「知らんのか? 執筆時間が減り、投稿頻度が下がる」
実際ハーメルンにて社会人の方ってどれ位の割合でいるんだろうか・・・。
「カッワイィィィーーーーー!!」
魔法屋で精製した魔法の糸を手にし、エルハルトが勧めた洋裁屋へと足を運んだ盾の勇者一行。早朝に店へと赴いた彼らを出迎えたのは、人間に変身したフィーロを目にするなり、嬉々とした様子で甲高い奇声を放ちながら突撃する年若き女性であった。
「フィーロちゃーん! ギューーッ!」
「わわ! びっくりした! でもいいよー。ふぃーろも、ぎゅーーっ!」
眼鏡を掛けた大人しげな外見とは裏腹に、過剰なまでの触れ合いを繰り広げる洋裁屋の女店主。もっとも、行動自体に悪意を感じぬ所為かフィーロも快く応じていたが、ハベルはこのような奇っ怪な人物に大事な依頼をするのに早速暗雲が垂れ込めていた。
ラフタリアでさえも苦笑いがこぼれる中、満足したのか店主はフィーロを離して二人に向き合った。
「ごめんなさいね、私ってばカワイイを見つけるといてもたってもいられなくって。さて、武具屋と魔法屋さんから話は伺ってますよ! 早速ですが、魔法の糸はお持ちですよね?」
「・・・・・・うむ」
魔法の糸を店主へと渡すと、彼女は糸を手にした途端「・・・へえ」と感嘆の息を漏らした。聞けばこれほどまで魔力が濃い糸は今まで見たことがないとか・・・。しかし、だからといって服の作製に支障があるのかと問えば、店主は首を振った。
「私だって、伊達にこの道一筋で店を持っていませんから! 必ずフィーロちゃんに似合う最高の一品を仕立てて見せますので、任せて下さい!! そのためにも・・・」
機敏にサッと奥へ引っ込み、一瞬にして彼女は色とりどりの子供服を何着も手にして戻ってきた。
「こちらの調整もあるので、少しフィーロちゃんを借りる形になってもよろしいでしょうか!」
「・・・う、うむ」
その後は店主に言われるがままマントを預かり、隅の一部屋にてフィーロのファッションショーが始まった。どれも子供特有の活発な動きを阻害しない機能性溢れるものばかりであり、ゆったりとゆとりのある品が多いようにも見える。
フィーロ自身も女の子であるためか、面倒くさがるどころか自分から店主に渡された服を試着していく。その度に鏡を見ながら、ハベルとラフタリアに笑みを浮かべながら感想を求めるのだ。その様子は正に人間性の溢れる姿であった。
「ぱぱ、まま、どう?」
「フィーロは何を見ても似合うのね。とっても可愛いわ・・・ね、ハベル様?」
「・・・・・・うむ」
「もう、ダメですよお父さんってば! フィーロちゃんは小さくてもきちんと女の子なんですよ? 女の子は大切な人に可愛いって言われるともっと可愛くなれるんですから。ちゃんと伝えてあげなきゃ!」
「・・・ぬ・・・・・・か、かわ・・・いい・・・似合って・・・いるぞ・・・?」
生涯を戦いに費やしてきた岩兜の下から出た感想は、それはそれはとてつもなくぎこちないものだったが、それでもフィーロは両親に褒められたことでますます上機嫌となっていた。
一方で、先程から洋裁屋のぐいぐい来る気迫にハベルは終始押されっぱなしである。専門外のことになるとことん押しに弱い方なのか、とラフタリアは微笑ましくも彼の性格を再認識するのであった。
そうして店主が持ってきた子供服を全て順調に試着して見せたが、肝心の店主はどこか芳しくない表情で唸っていた。素人目ながらハベルにはどの服も彼女に似合っていたと思うのだが・・・。
「・・・普通」
「・・・・・・何?」
「フィーロちゃんの素材が良すぎる所為で! どんなお洋服でも普通に似合ってしまう・・・それじゃダメなんですよ! 私の洋裁屋としてのプライドが! フィーロちゃんは特別じゃなければと叫んでいるんです!」
「・・・貴公の言いたい事は何となく理解できるが、本人は先程着た物で満足している―――」
「可愛い洋服じゃフィーロちゃんを引き立てられない・・・と言うことは・・・発想の逆転! 閃きました! よーし待っててねフィーロちゃん! お姉さんが今からズババッ! と仕立ててきますからねーー!!」
ハベルの言葉など疾うに耳に入っていないのか、忙しないまま店主は部屋を後にした。残された盾の一行はしばらく呆然としていたが、服ができあがるまでには待つ他ない状況である。
「なんとも強烈な方でしたね」
「・・・良くも悪くも職人ということだ・・・ラフタリアはあのような服はいらんのか?」
「お気遣いありがとうございます。でも良いのです。私は貴方の従者ですから。剣と鎧があれば、後は何も」
「・・・・・・そうか。ともかく、今は彼女を待つ他あるまい。それまでは・・・まあ、適当に時間を潰すとしよう」
「別室とは言え店の中ですから、薬の調合はできませんよ? お店のお洋服にあの匂いが付いてもいけませんし」
「・・・・・・・・・勉学に励むとしよう」
「ぱぱ、まま、ふぃーろもまほうのおべんきょうしたーい!」
そうして勇者一行は洋裁屋を待つ間、フィーロの教育を主点に置き、別室にて大人しく座学に励むことにした。特別な魔物であるが故か、それとも人間で言う幼子特有のソレか、知識の飲み込みが異様に早いフィーロは瞬く間にハベルと並ぶくらいにはこの世界の読み書きを修得していった。
ラフタリアは純粋に娘の様を喜んでいたが、ハベルの方は言いしれぬ危機感の方が勝ったという・・・。
「お、お待たせしました~~・・・」
昼時を過ぎ、フィーロが空腹を訴えた丁度その時である。よほど神経を使ったのか、げっそりとしながらも瞳にキラキラと光を宿した店主が、バタン! と勢いよく扉を開けて入ってきた。
そして、有無を言わさずにフィーロを試着室へと連れ去ること数十分。戻ってきた彼女を一目見ると、勇者と従者はそれぞれ同時に息を呑んだ。
洋裁屋が仕立てたフィーロの服、それは上下が一続きのゆったりとしたローブであった。全身が色合は違えどチョコレート色で染まっており、今まで試着した彩り豊かな物とは明らかに違って大人びているようにも見える。
彼女が感想を求め、その場でくるりと回ってみせると、サラサラと揺れる銀髪の他に、背中の白い羽も服の下に収まっているのが目についた。彼女の願望通り、更に人間の姿へと近付いているのだ。
「どうでしょうか!? 試着のようなカラフルで可愛い服も良いんですが、フィーロちゃんの魅力を一番に引き出すためには何かが足りないと思っていたんです! そこで発想の逆転! フィーロちゃんの白い肌、そして綺麗な長い銀髪を映えるように敢えて暗い色合の服にしちゃいました! 本当は白い羽を外に出したかったんですが、そこはフィーロちゃんが希望しなかったので収めました。それよりどうですかお父さんお母さん!」
眼鏡をクイッと上げつつ、息継ぎなどお構いなしに店主は捲し立てた。彼女の言うことはあまりよく分からなかったが、彼女の感覚は確かなものであるとハベルは確信していた。正直に言って、服など本人が納得すればどれを着てもあまり違いはないだろうという考えを改める必要があると思わせるぐらいに、ハベルは感銘を受けていた。
「カワイイ・・・と言うより・・・綺麗という言葉がしっくりくるな」
「ほんと!? やったぁぁぁーー!」
店主の言葉を思い出し、ハベルはそのままの感想を口にする。試着の時とは違い、ぎこちなさの感じられない素直な賞賛を受け、フィーロは岩鎧へと飛びついて喜んだ。
一方、ハベルから綺麗などと洒落た単語が飛び出したことで、ラフタリアに衝撃が走っていた。刹那、私も・・・という些細な想いが彼女の胸をちくりと刺すが、そんな想いも抱くのも束の間、今度は彼女の胸元へフィーロは飛び込んでいった。
「まま、これからはもっとちかくにいられるね! ままといつでもこうしていられるんだよね! ふぃーろはそれがとってもうれしいの!」
「フィーロ・・・うん、そうね!」
満面の笑みを浮かべるフィーロに、ラフタリアは多くを語らずギュッと優しく抱き留める。なんとも微笑ましげな光景を見つめるハベルであったが、そんな彼に今度はうって変わって申し訳なさげに近付く店主。
「それで・・・その・・・すいませんがお父さん・・・お支払いはこちらの方になるんですが・・・」
「・・・ああ、そうであったな。どれ位に・・・」
店主から受け取った伝票に書かれた値段を見ると、ハベルは思わず一歩後ろへと身じろいだ。エルハルトから参考までに聞いた魔法の服の値段のおよそ3倍程の数字が刻まれていたのだ。
普段から金銭の管理を行っているわけではないが、流石にこの値段が冗談にならないまでは理解できる。理由を問おうにも、店主の申し訳なさそうな表情からどうにもならないことが察せられる。
「すみません・・・魔法の服を仕立てる際、こちらでも魔法石をいくつか消費するんですが・・・フィーロちゃんの魔力が思いの外強くって・・・・・・私もついつい無我夢中で・・・様子を見に来てくれた夫に言われるまで消費した魔法石の量に気が付かず・・・こんな事になってしまって本当に申し訳ありません!」
「・・・・・・貴公」
「はい、あの、まあ、はい・・・・・・・・・すいません大丈夫ではないです破産寸前ですどうか助けて下さい勇者様ぁぁぁぁぁ」
頑強な岩鎧にだらだらと涙を流しながらしがみつく店主を引き剥がし、ハベルは懐から出した金袋を渡す。今すぐに一括で支払うと今後が少し心許ない気もするが、彼女がその身を賭して良い仕事をしてくれたのは事実だ。今までフィーロのような事例など無いことを考えれば、このような結果となるのも致し方ないだろう。
それにハベルとしてはそんな理由でごたつき、フィーロに要らぬ不安を与えたくないという思いのが大きかった。ここでうじうじと悩むのもらしくはないと、彼は支払いと礼を済ませ、すぐさま二人を連れて冒険者ギルドへと足を向ける。
店主とのやりとりをチラリと見ていたラフタリアはある程度主人の思いを察したのか、あれほど嫌がっていた冒険者ギルドもやむなしとして、従者としてその後を付いていくのであった。
そうしてフィーロを迎え、冒険者ギルドを通じて依頼をこなす日々が続き、三度目の災厄の波まであと二週間を切ったところである。
一行の稼ぎだが、相も変わらず依頼報酬の半分は国に徴収されている現状である。フィーロのお陰で新たに馬車という画期的な移動手段を手に入れたことにより、こなせる依頼の量が増えただけでなく、遠方の地へと旅立つことも叶い、活動範囲は大いに広まった。だがそれでも、一行の生活は常に余裕を持てる状況ではなかったと言えよう。
フィーロの膨大な食費もさることながら、問題はハベル自身の行動にあった。
依頼をこなした後の道中にて、重い荷物を抱え込み、一人苦しそうに道を歩く者を見かけては目的地まで乗せていき・・・魔物に襲われている現場を見かければすぐさま駆け付け・・・病に苦しむ者が多く、医者も薬屋も無い村へと足を運べば薬を分け与える等々・・・・・・本人が成していること自体はフィーロが来る前とあまり変わらぬが、行動範囲が広まったことによって更に悪化したと言えよう。
悪名高き盾の勇者としてメルロマルク中で広まっているものだから、助けられる側としては見返りを一切求めようとしない彼の姿勢はひたすら不気味であった。しかしながら、どんなに疑おうとも、どれほど心なき罵詈雑言を投げかけられようとも、彼は勇者として人々のために動くだけであった。
そうしてようやく民達もまた彼の純粋な異質さを、いつぞや彼の従者が味わったように理解していくようになる。重厚感ある岩鎧の下からは、人間としての『欲』そのものが感じられないのだ。連れの二人(正確には一人と一匹)はその限りでは無いが、盾の勇者自身はただ淡々と、何のこと無く人々にその手を差し伸べていく。
民草を助け続けるその行動にハベル本人の意思は有れど、四聖勇者の絵本で描かれているような暖かみは・・・彼の行動が良きものであるのに変わりないはずなのだが、まるでそれが当然と言わんばかり・・・そんないきすぎたようにも見えた彼の姿勢に、民達は人間性を感じることは終ぞできなかった。
しかし、それでも盾の勇者が受け入れられたのは、やはり人間性を置いて他ならないだろう。勇者が連れていた者達は、遠目でも分かるほど彼を慕っており、大きな魔物に変身する幼子に至っては家族同然の距離感であった。
そして何より、盾の勇者自身がその仲間二人と会話をしている時や、仲間のことを聞かれ答えている時等、彼は口調こそ変わらぬがその殆どが人々にとってより近しいモノを感じさせることができるのだ。
それは勇者として手を差し伸べられたときよりも、よほど人々の心に安心を与えたという。そのお陰もあり、彼自身を不気味に思いはすれど、国で流れているような不快な噂を疑いなく信じる者は、彼が訪れた地方では少数となっていた。
そんな盾の勇者一行が何時もの如く依頼をこなし、宿泊のため近くの村を目指している道すがら。
「ぐわぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」
「ッ!? フィーロッ!!」
「分かった、パパ!」
雲一つ無い良い天気とは裏腹に耳をつんざく男性の断末魔のような叫び声。すかさずハベルは手綱を握り、フィーロを一声で促す。あれから時が経ち、人間の発音にすっかり慣れたフィーロはハッキリとした物言いで返答し、声のした方向へと駆けていく。
目的の村に近付くにつれ、辺り一面の景色が緑に染まり、植物が異様なまでに生い茂っていくのが見てとれる。そんな獣道同然の荒い道を進む中、明らかな血の臭いが馬車で待機しているラフタリアの鼻にも届いてくる。
「ハベル様・・・これは」
「・・・既に死人が出ているかもしれんな。だが、やることは変わらん。ラフタリアとフィーロは怪我人の護衛を、私は魔物の処理を行う・・・良いな?」
ハベルの指示に従者二人は首を縦に振る。やがて蔓が巻き尽くされ、緑蔓延る変わり果てた村の建築物が見え始めたとき、既に戦闘は終わりを迎えようとしていた。
戦況は酷いモノで、鎧が太い根で貫かれ事切れた人間の男性と、植物型の魔物に囲まれ身動きが取れずにいる負傷した亜人と獣人の男女が一人ずつ。
「突っ込め、フィーロ!」
「とりゃぁぁぁーーーーっ!!」
猛々しい雄叫びをあげ、フィーロは魔物の群れへと突撃し、包囲網に無理矢理穴を作った。馬車を生き残った冒険者二人のすぐ横に付け、ハベルがすぐさま敵陣の一番厚い場所へと飛び出した。
『黒騎士の盾』と『黒騎士の斧槍』を瞬時に展開し、突然の奇襲によって身じろぐ魔物達を前に、力の限り薙ぎ払う。そのままハベルは筋力にモノを言わせるように斧槍を円状に激しく回し続けた。長いリーチを誇る漆黒の刃に魔物達は陣形を崩され、まとめて刈られていく。
「す、すげえ・・・あ!? あんたその鎧と盾に付いてる緑の宝石は、もしかして盾の・・・うわっ!?」
「危ないっ!!」
予期せぬ援軍、助かる見込みが出てきたことによる油断、勇者の戦いを間近で見て呆けてしまった冒険者二名に、種子の弾丸が飛来する。その直後、何とか庇うように二人の前へ出たラフタリアは直剣を抜き、弾丸の真を見通して弾いた。
ガキィン! と、まるで金属同士がぶつかり合うような音が響く最中、狙われた亜人の男性が腰を抜かした。
「馬車の中へ避難をッ! 早く!!」
「あ、ああ。すまねえ嬢ちゃん・・・」
「あんたしっかり! 今のアタシ達じゃ邪魔になるだけだよ!」
仲間がやられたショックもあるのか、あまり意識がハッキリとしていない亜人を、獣人の女性が肩を貸す形で馬車へと連れて行く。だが何としても仕留めたいのか、魔物達は一斉に馬車へ特攻を駆けてきた。
二人が馬車に乗り込んだのを見届けた後、奮闘する父の姿に負けじとフィーロは人間体へと変身して両手で握り拳を作り、そこに魔力を集中させる。
「『力の根源たるフィーロが命ずる。理を今一度読み解き、突風を纏い敵を打て』《ファスト・エンチャント・エアーブロウ》」
乱戦のため、フィーロはフィロリアルクイーンのフィジカルを活かし、拳に風を纏わせて突っ込んでいく。膨大な魔力から生み出される風力は強烈の一言であり、巨体で堅い樹木に覆われた魔物の外皮を次々と打ち抜いていった。
そして比較的数の多い苔や葉で形成された魔物は、ラフタリアが馬車から離れることなく処理していく。目などの感覚器官が存在しない植物型であるため、得意の幻術魔法は対して効果を発揮できないが、それでも単純な技量で遅れをとるわけではない。
一歩の範囲で攻撃を躱し、絡みつけられた蔓を逆に引いてバランスを崩させ、再生できないよう心臓部の核を狙って確実に数を減らしていく。
間髪入れずに魔物達の頭数が減ってくその時、あらかたを殲滅したハベルの元で新たな動きが見られる。
地面が不意に盛り上がり、人間の冒険者を貫いた鋭い根がハベルへと複数同時に襲いかかった。接触する寸前、ハベルは後方へと転がって回避し、咄嗟に顔を上げる。視線の先には堅い樹木が絡み合い人型を成す異形の魔物が存在していた。
独特な威圧感を放つその個体から、群の司令塔である事は明確。あちらがハベルを標的に定めると同時に、ハベルも異形へ素早く距離を詰めてその刃を向けた。
だが、人型の外皮は現在フィーロが相手をしている魔物達よりも堅牢であり、ハベルが振り下ろした斧槍の刃を通さず、真正面から受け止めた。
「・・・・・・タ・・・テ・・・」
「・・・何?」
「・・・タァァテェェェーーーーー!!!」
異形から発せられた音は的確に言葉を成していた。憎悪に塗れた叫びを挙げ、異形は樹木の両腕を振り払い、ハベルを強引に突き放す。今まで相手取ってきたどの魔物よりも明確な意思・・・人間に近しい敵意を持つ存在に、ハベルはより一層気を引き締めた。
一瞬の膠着、そして動いたのはほぼ同時であった。
ハベルが距離を詰めようと地を蹴り上げた瞬間、異形は片腕を地面に抉り込ませ、再び根を生やした。根はハベルの直下から勢いよく放出されるが、見越していたハベルは既に真横へ飛び込んで躱し、更に距離を詰めようと標的に向かって走り出す。
そうはさせじと、異形はもう一方の腕を地に突き刺し、更に手前で根を放出させた。
放出された根を難なく盾で防いだハベルであったが、人型が両腕を地面へ突き刺した状態で低い唸り声を上げると、根がそのまま成長を続けたのだ。
「なっ!? ・・・・・・くっ!?」
急成長を遂げ続ける複数の根の勢いに盾が弾かれ、ハベルの岩鎧を打突する。冒険者が装備する鋼の鎧をいとも容易く貫通する程の威力を誇る奴の根は、いくらハベルの鎧であれダメージを与えるのに充分であった。
吹き飛ばされ、地に放されたハベルを一瞥し、異形は樹木の身体をギシギシと上下に揺らしながら先程の低い唸り声とは違う甲高い音を挙げた。それは苦しむハベルを嘲笑うような、明らかに知性を感じさせるものだった。
「・・・・・・ぬう」
肺の空気を全て持っていかれた感覚が残りつつも、ハベルは無理矢理立ち上がる。村の現状や既に死人が出ている以上、この異形を野放しにするわけにはいかなかった。
―――何としてもここで仕留めなければ・・・出し惜しみなどしていられん!
ハベルは斧槍を収納し、『呪術の火』を右手に起こした。そして、黒騎士の盾を収納して彼が新たに取り出した盾は、自身の名を冠する岩の大盾であった。
「・・・『ハベル』の力、とく味わえ!」
『ハベルの大盾』を正面に構えると、彼の全身は鋭く尖った岩の身体に変化した。これこそが後の世代まで岩として讃えられ、ハベルを
突如として変貌を遂げた盾の勇者に異形はたじろぐも、すぐさま地面に腕を突き刺して根を張らせた。トドメと言わんばかりに、ハベルを包囲するように根を張り巡らせる。
しかし、先程と違って彼は盾を構えもせず、こちらにゆっくりと歩くばかり。その緩慢とも言える動作からは警戒も何も感じられなかった。
「ママ、こっちは全部やっつけたよ!」
「ええ、フィーロ。あとは・・・・!? 危ないっ!! ハベル様!!」
「よけて、パパッ!!」
目立った被害もなく魔物の殲滅をこなした従者二人であったが、主人の戦況を見た二人は声の限りに叫んだ。だが、そんな二人の声が届く前に無情にも、多数の鋭い根がハベルの周囲に展開され、その身を覆い尽くすほどの根が彼を襲った。
惨憺たる光景を目の当たりにしてしまった二人は瞬時に顔を青ざめ、人型はまたギシギシと身体を揺らして嘲笑する。なまじ知性が存在している故か、勝負あった・・・と人型は確信してしまっていた。
だからなのだろう、目の前から飛来した大きな火球の直撃を異形は許してしまった。
「オオォォォォォーーーーッ!?」
パチパチと燃え盛る音、さも苦しげな音が異形から発せられる。火球が飛んできた方向には既に何も無かったかのように根の包囲網から脱し、尚も異形に歩むハベルの姿があった。
異形は苦しみ悶えながらも、すぐさま片手を地面に抉り込ませて根を向かわせる。だが、根はハベルに到達する前に、その身に纏った棘状の岩によって逆に粉砕されていく。そして、そのままハベルは岩の如くどっしりとした歩みで着実に、異形へと距離を詰めていった。
鋼の鎧すら容易に打ち破るはずの根が、目の前の岩を砕けぬどころか破壊されていくこの現状に、異形は理解が追いつかずそのまま根を張り続ける。対してハベルはダメージを受ける様子も、躱すこともなくただ黙々と歩み続けた。
そして、無駄なあがきだと教えるようにハベルの右手から炎が猛り、そして再度発射される。大きな火球は異形を包み、爆風をあげながら樹木の体を焼き尽くした。
「あれが、盾の勇者の・・・いえ、ハベル様の力なの・・・!」
「パパも変身できるんだ・・・すっごーい!」
もはや二人にハベルが負ける事など考えつかなかった。
苦痛でギシギシと身体を揺らす異形であったが、その間にもハベルは進み続け、遂には目と鼻の先という所までになった。
「オオ・・・オオオォォォーーーッ!!」
身体中に火が纏わり付き、ボロボロに果てようとも、異形は観念することなく自身の周囲に根を張り巡らせ、ハベルとの間に壁を形成した。時間を稼ぎ、植物型特有の自己再生を狙っての行動である
だが、如何なる障害も真正面から突破するのがハベルの戦士だ。彼は呪術の火を引っ込めると、己の中で一番の破壊力を誇る得物を握った。朽ちぬ古竜の牙をそのまま武器とし、ハベルの戦士を象徴する大槌『大竜牙』を、ハベルは勢いをつけて叩き付けた。
堅固な筈の根は簡単にひしゃげられ、壁は微塵に破壊された。そのすぐ向こうには自己再生を始めて無防備な異形の姿があり、表情は無くとも其処には一遍の希望すら見受けられなかった。
本来であれば両手に持ち替えて振り下ろせば、壁ごと奴を屠る事も可能であったが・・・やはり勇者の加護など碌なものではないと改めて思うハベルであった。
「タ・・・タテェェ・・・・ッ」
目の前の勝利に一喜一憂すること無く、ハベルはただ淡々と大竜牙を振り下ろした。
目の前の異形が灰燼に帰すのを見届けたハベルは、ちょこんとその場にへたり込み安堵の息をついている従者の方へ顔を向ける。二人が無事なことにハベルも安心しつつ、馬車へと戻ろうとしたその時、異形の灰からチャリッと何かが落ちたことに気が付いた。
何気なしに拾ったそれは聖職者が持つようなロザリオであった。剣、槍、弓の三つが折り重なった銀のロザリオであった・・・・・・。
当作品のフィーロの服は人形ちゃんとアリアンデルのお嬢様を足して二で割ったようなものです。