「《ツヴァイト・・・アクア・・・スプラッシュ!!》」
確かな呪詛を纏った言葉が巨大な水泡を作り出し、それら全てが散弾となってハベル一人に集中して襲いかかる。事前に『ハベルの大盾』を構えていたお陰で防ぎきったものの、連続する水弾の勢いでスタミナを一気に削られ、耐えきれず地に膝を突いてしまう。
「・・・・・・ぬぅ!?」
「ハベル様!?」
誰よりも頑強な強靱を誇るはずのハベルが受け身で膝を着かされる・・・初めて目にした彼の光景に、従者は思わず駆け寄った。
「パパ!! むーっ! あいつもパパをいじめるなんて!!」
それにしても、すぐ隣には彼の従者も位置していたというのに、わざわざ散弾全てを集中させるとは・・・。魔物故に自制が無になったとはいえ、盾の勇者にどれほど私怨を抱いているか・・・それは常人には決して計り知えるものではないだろう。
「・・・・・成程な」
ラフタリアが主人の傍へと駆け寄り、フィーロが頬を膨らませながら異形に向けて怒りを向ける最中、ハベルは肩で息をしながら思考をまとめていた。奴の狙いが自分にしか向けられていないとするならば、と・・・。
「・・・まずは目障りな雑兵を片付ける。フィーロ、範囲魔法は撃てるか?」
「うん! でもあいつら全部をまきこむなら、ちょっとえいしょうに時間がかかっちゃうけど」
「・・・充分だ、それで構わない・・・ラフタリアはフィーロが邪魔されないよう護衛に回ってくれ」
「分かりました。ハベル様は?」
「・・・私は、このまま奴らに突っ込む・・・フィーロは詠唱が済み次第、魔法を私に放て」
「うん! フィーロ分か・・・へっ!?」
突飛な発言に思わず素っ頓狂な声を挙げてしまうフィーロ。彼女が聞き返す間もなく、ハベルは既に『大竜牙』を手元に展開させ、敵陣へと突っ走っていた。何か聞き間違えたかと思うくらいに、フィーロは不安げな面持ちで母の顔を見やる。しかし、フィーロと対照にラフタリアは真っ直ぐな眼差しをハベルに向け、迷わず魔物達へと切っ先を合わせていた。
「ママ、良いのかな? 本当に、パパに魔法を?」
「・・・大丈夫よ、フィーロ。なんて言ったってパパは盾の勇者なんだもの、信じましょう。私達は私達のできる事をして、パパを助けないとね!」
気丈に振る舞う彼女だが、実のところ心配の程度はフィーロとあまり変わりなかった。ハベルとの付き合いはこの世界で一、二の自信があるが、未だ戦いにおいて彼の胸中を読み取れない事が多かった。
今すぐにでもハベルの後を追い、フォローに回りたい気持ちでいっぱいだったが、彼の語った采配で要と成るのはフィーロであった。ならば主人の期待を裏切らぬようにラフタリアがすべきことは一つ。フィーロが確実に魔法を成功させる為に、ましてや幼き彼女を一人にして不安にさせる訳にもいかないだろう。
「パパを助ける・・・うん! フィーロ、信じるよ!『力の根源たるフィーロが命ずる』」
決意を固めたフィーロの詠唱を背に、ハベルは勢いを殺す事なく突貫する。あまりに無謀ゆえ予想だにしなかった彼の行動に異形は少しばかり怯むも、すぐさま唸り声を上げては杖を盾の勇者へと向ける。それに呼応した周りの魔物達は盾の勇者へと向かって溶解液や種の弾丸を飛ばし、さらに何体かは身体の蔓を鞭のようにしならせて接近を試みた。
「『理を今一度読み解き』」
接近してきた魔物を大盾で押し返すようにいなし、弾丸や蔓の鞭を受け流して尚も距離を詰めていく。そして異形の真正面、陣の中心にて魔物達の攻撃が一斉にハベルへと降り注ぐその瞬間、彼は『ハベルの大盾』を掲げた。
「・・・『ハベル』の力よ!!」
そうして彼は再度、神話から継承されてきた力を解き放ち『岩』と成った。異形の根や魔物達の蔓、溶解液、種子の弾丸など悉くが岩と成った彼を直撃するも、それらが岩を崩せる道理があるはずもない。敵の反撃に間髪入れず、ハベルは大竜牙を腕力の限りに振り回し、寄ってきた魔物を根こそぎ薙ぎ払った。
「『激しき旋風を巻き起こし、彼の者たちを吹き飛ばせ!』」
前衛の半数が磨り潰された瞬間、ハベルの後方から巨大な魔力を異形は感じ取った。視界を魔力の方へと向けると、そこには今まで気にも留めていなかった盾の
岩と成り、重量が格段に増して鈍重なハベルの横を魔物達が次々と抜き去るのを見届けると、更に異形は万が一を考えたのか、杖を魔力の元である銀髪の幼子へと向けて詠唱を始めた。そう、異形はハベルから目をそらしてしまったのだ。
フィーロに気が付いた異形の動向を察したハベルは、岩と成った自らの身体を力尽くでドスン!と転げ、無理矢理にでも異形へと距離を詰める。そして、無防備を晒している異形へ大竜牙を振り上げ、固い樹木を纏った腕部をものの見事にへし折った。
グシャリ! と、まるで人骨が砕けるような不快な音と共に異形がよろめいたところで、更にハベルは胴体部へと大竜牙を突き出す。堅牢であるはずの樹木の殻皮がひしゃげる音を響かせながら、異形は大樹とは反対に吹き飛ばされていく。致命の一撃にまではならずも手応えは確実であり、異形は自己再生に時間を有するあまり、しばらく立ち上がれずにいた。
一方、ハベルを抜いた魔物達も、指示通り待機していたラフタリアが迎え撃つ。振るわれた蔓の鞭をステップで躱し、懐に潜り込んで心臓部の核を直剣で刺し穿つ。複数の蔓が腕に巻き付かれたときには、鍛えた筋力にモノを言わせて逆に引きずりあげ、まとめて斬り捨てては、着実にフィーロへと向かう筈だった魔物共の頭数を処理していく。
何より好都合だったのは、司令塔である異形がやられた所為で指示が滞ってしまった魔物達が本能の赴くまま、近くに位置していた亜人の従者だけに狙いを定めてしまっていた事だ。それこそ正に現状は、ハベルにとって理想の展開であった。
「行くよ、パパ! 『ツヴァイト・トルネェェェェド!!』」
ラフタリアの護衛が功を奏し、想定よりも早くに詠唱を終えたフィーロが両手に溜めた魔力を一気に解放する。長い銀髪をなびかせながら放たれた激しき双の竜巻がラフタリアを避け、ハベルの元へと合流して巨大な竜巻へと変化する。
ツヴァイト級の威力を遙かに超える魔の風により、ハベルの周囲に位置していた多くの魔物達は諸共に巻き込まれ、竜巻の中で生じた真空の刃で切り裂かれていく。しかし、異形を始めとした鋼の剣すらも弾くほど堅固な樹木の外皮を持つ魔物達には致命を与えられず、その多くが竜巻の中でも平気で立っていられる状態であった。
だが、それはハベルも同じ事。今のハベルが手にしている大竜牙には使用者に魔法の耐性を与える古竜の加護がある。かつて世界を支配していた古竜の加護、それに加えた岩の鎧。そして何より、エルハルトから賜った頼もしき勇者のマントが娘の風刃からハベルを守ってくれていた。
そんな吹き荒ぶ旋風の中、ハベルは大竜牙を背負い、空いた手に呪術の火を発現させる。真空の刃が飛び交う暴風の最中でも、決して消える事の無い呪われた火種を猛らせ、『炎の大嵐』を巻き起こした。
ハベルを中心として吹き出した極大の炎柱が暴風で煽られ、やがて一つに混ざり合い炎の渦が形成される。この世界において親和性の高い火と風の属性により織り成される『合体魔法』という業である。
真空の刃と共にソウルの業火に晒され、樹木の外皮を持った魔物達は、たちまちその原型を留める事無く焼き尽くされていく。名実ともに炎の大嵐となった合体魔術が収まったときには、広間全体を支配していた蔓は跡形も無く焼け尽くされ、辺り一面の視界が遮られるほど真っ黒い煤が空気中に漂っていた。そして、その場に存在していたのは煤を纏った盾の勇者と焼け爛れて朽ちかけの異形であった。
棘状の岩が身体からポロポロと剥がれ落ち、岩の体を解いていくハベルであったが、その下の岩鎧には傷一つ無く、正に健在そのものである。対しての異形だが、その見るも無惨な様は語るまでも無い。樹木の殻皮が焼け落ちた部位からは人骨が覗き見られ、頭部と思われる部位からは爛れた頭蓋が剥き出していた。
「・・・タ・・・テ・・・・・・アク・・・・・・マ・・・・・」
「・・・・・・哀れな」
焼け焦げた片腕を伸ばし、大地から根を放出させようと足掻く異形。見るに堪えない姿と成り果てようと、どうあっても消える事の無い殺意の塊を向けられたハベルは、一切の迷いと容赦を見せず、大竜牙を振り下ろした。
「ハベル様、ご無事ですか?!」
「パパ凄かったね! フィーロの風とパパの炎がゴォゴォ! って!」
煤で視界が晴れぬ中、大地を揺るがすほどの衝撃が放たれた方を頼りに、興奮した様子のフィーロと不安げな表情を浮かべたラフタリアが駆け寄った。しかし当のハベルは二人に目もくれず、《修理の光粉》を『岩の体』の発動で消耗したハベルの大盾へと振り掛けている。
「パパどうしたの? みんなもうやっつけたんじゃ・・・」
「・・・この感じ、まさか!?」
ハベルの傍まで来たからこそ感じ取れた身の毛もよだつ明確な殺意の波動。宙に舞う灰が不自然に晴れ、見上げるハベルの目線の先には依然として何ら変わらぬでっぷりと肥えた大樹が存在していた。
「そんな・・・あれだけの魔法を受けたのに・・・」
「・・・ぬぅ・・・さて、どうしたものか」
幾多の加護を重複したハベルでも辛うじて無傷だったというのに、目の前の大樹は何ら堪えず数多の血走った瞳を向けている。空気中に舞う灰を大樹の葉が吸い込み、その腹に蓄えているかのようなおぞましい光景をただ見上げる一行。過去に剣を向けた例の苗床ほどでは無いものの、これほどの大きさと堅固さを誇る相手にハベルは攻めあぐねいていた・・・・・・そんな時である。
「ねえ、パパ。もしかしたらフィーロがなんとかできるかも!」
小さな手をブンブンと振り上げて主張するフィーロ。ヌエとの戦い以来、珍しく意見を呈する彼女にラフタリアとハベルは思わず揃って顔を見合わせる。
「フィーロ、何か考えがあるの?」
「あのねママ! フィーロが練習してる魔法なら、あのかたい木を倒せるかもしれないの! だから、ここはフィーロに任せて欲しいの!」
「ほんと!? ・・・でも、まだ未完成の魔法は何が起こるか分からないってフィーロも勉強したでしょ。何か起こってからじゃ危ないわ!」
「でもママ! 早くアイツをやっつけないと、村のみんなが死んじゃうよ!」
涙を浮かべ必死に訴えるフィーロに、ラフタリアは思わずウッと息が詰まる。確かにこの子の言う通り、ここでオタオタとしていては村の子供達が呪いの苗床となるのは時間の問題である。
だからといってフィーロの言う魔法がハベルとの合体魔法が通じなかった大樹に効果を発揮するかどうかだが・・・彼女はフィロリアル・クイーンだ。先程の魔法がツヴァイト級とは思えぬほどの威力があったのも事実。その彼女が自信を持つ魔法とならば、他に有効な案も無い以上試す価値は充分にあるのかもしれない。
だが問題は・・・と、ラフタリアは未だ岩兜の下から「ぬぅ・・・」と、唸り声を挙げる主人の方に目線を向ける。一行の中で歴戦の経験を積むハベルも既に従者等と同等の考えなのだが、どうにも首を縦に振れられずにいる様子。有耶無耶な事象が多いまま、フィーロ一人に大きな負担を背負わせる事になる策にどうしても納得がいかないのだろう。
「・・・自信があるのね、フィーロ?」
「うん! フィーロ、ぜったい成功させてみせるもん!」
「分かったわ・・・・・・ハベル様、ここはフィーロに任せてみてはどうでしょう?」
「・・・ぬぅ・・・しかしだな、貴公・・・」
「『強い想いがあれば、新たな魔術を生み出す切っ掛けともなる』 そうでしたよね、ハベル様」
フィーロはヌエとの戦いから途端に聞き分けの良い子になった。食べ物の好き嫌いをしなくなる事から、最低限の人としてのマナーを身につけ、文字や魔法の勉強を一緒に行う等、嫌な顔一つせずに父と母の教えを守った・・・それはもう不自然なまでにだ。フィーロが初めて戦った強敵であるヌエに見せられた幻覚は彼女の中に深く刻まれ、年相応の
そんな幼き彼女が父を誹謗され、他者の命が懸かるこの状況下において懸命に自身の考えを訴えている。短い期間ではあるがハベルとラフタリアの想いを傍で感じ取り、ヌエが見せた見捨てられる絶望を断ち切ろうとしている。自身の意思を口に出して伝えるというごく当たり前な行為は、彼女にとってみれば決して容易い事では無いのだ。
これほどの強い思いなら或いは・・・とラフタリアは感じ、悩む主人の背中をあえて押す事にした。
「・・・確かにそうは言ったが・・・・・・ぬっ!?」
大樹の葉が周囲に舞う灰を全て吸い上げ、青空が見えるまで視界が晴れ渡った瞬間、激しい地鳴りと共に一帯の地面が揺れ動く。あわあわと従者等の体幹が揺さ振られる中、大樹周辺の地面が盛り上がる。ゴォッ! と勢いのまま大地を突き破り現れ出たのは、四本の大きな太い根であった。
その根で仕掛けてくると踏んだハベルは盾を構えるも、大樹は未だ攻撃の様子を見せてはこない。纏わり付いた土を払いながら、四つの太い根はまるで下肢のように大地へ踏み込んだ。
まさかと思うのも束の間、根はそのまま醜く肥えた大樹の幹を持ち上げる。その様は四肢の獣のようで、正に大樹が地にそびえ立ち、不気味に血走った眼で彼らを見下ろしていた。
「あっ・・・ああ・・・パパ、ママ・・・」
「・・・な、なんて大きさ・・・」
呪いの大樹から醸し出される迫力と、生物的本能に打ち込まれる程の言い知れぬ恐怖に、その身を包まされた従者二人。植物がひとりでに動き回る。それは植物型の魔物が闊歩しているこの世界においては珍しくもなんともない。現にトレントと呼ばれる樹の魔物がおり、根を器用に稼動させて自律しているのだが・・・。目の前のソレは全てがあまりに違いすぎる。
大樹がゆっくりと、ずしりと鈍重な四肢の根を踏み轟かせながらこちらに向かってくる。
ソウルを感じる術を持たぬ彼女たちでさえ、その身に直に刻まれる圧倒的な差。単なる力だけでは無い。根本である存在そのものから押しつぶされるような畏怖。肥えた腹に溜め込んだ怨嗟に呑まれたのか、振り上げられた足根に立ちすくむ以外の為す術を持てず、その身は竦み、ただ硬直に陥っていた。
そして気づいたときに根は振り下ろされ、正に目前であった。咄嗟にフィーロを庇うように抱きしめるラフタリア。両目をグッと瞑っては来たるべき衝撃に身を任せると共に、戦の中で恐怖に呑まれた己の不甲斐なさを一心に嘆く。
(また私は・・・これじゃあの時と同じ・・・こんな・・・・・)
ガァンッッ!! と振るわれた根による衝撃が大地を走る。しかし、従者等の身には何の異変も訪れてはいなかった。恐る恐る目を開け、自身が見慣れた影に覆われているのに気づく。
「ハベル様ッ!!」
「・・・・・・ぐぅっ・・・」
『ハベルの大盾』を両手で構え、大地を踏みしめ、全力をもって真っ向から質量の暴力を受け止めるハベル。しかしながら力の差は歴然、古竜のブレスを耐えうるはずの岩の鎧を介しても、凄まじい負荷が全身に掛かる。兜の下で苦痛に顔を歪めながらも、大盾を支える両腕を震わせながら限界を維持して身を挺していた。
「・・・フィ・・・フィーロ・・・」
未だ母の腕の中で恐怖に震えている彼女の耳に、父の苦しげな声が聞こえてきた。そしてようやく、フィーロもまた現状を理解する。
「・・・すまないフィーロ・・・お前の言う通り・・・子供達に残された時間は僅かやもしれん。この化物を倒すには・・・お前の魔法が必要だ・・・私に見せてくれ・・・お前の・・・『想い』を・・・」
父から掛けられた訴えが、フィーロの中で思い出へと変換される。それは、この村に来るずっと前の事・・・とある野営での事だ。
パチパチと優しく暖かな炎で辺りを照らす焚き火の傍で、ここ最近ずっとフィーロは父から買って貰った分厚い魔法書に目を通していた。しかし、今の彼女の識字はハベルと同等だが読解力はまだまだ年相応である。
加えて彼女は挿絵が少なく、文字ばかりが書き込まれた魔法書に大変辟易していた。小さく可愛らしい顔に眉をひそめ、食後のためかページをめくる度に襲いかかる眠気に奮闘するも、敗色は濃厚であった。
それでも何故彼女は挑み続けるのか・・・魔法を習得する度に喜んでくれる父と母の顔をもっと見たい。それもあるが、それだけならばその父と母からの「無理をしなくていい」という一言で終わっているはず。
彼女の真意は、母から読み聞かせて貰った盾の勇者の御伽噺に登場したフィロリアルクイーンにあった。多種多様な魔法で幾多の敵を屠り、主人である盾の勇者だけでなく、その仲間全員からも頼りにされる存在。フィーロは目をキラキラと輝かせながら絵本に食い入っていた。
そう、とどのつまり憧れである。彼女が他者に(と言っても御伽噺の登場人物だが)初めて抱いた憧れは留まるところを知らず、一刻も早く彼女のようになりたいという想いが、フィーロのやる気の源となっていた。
だが、悲しきかな。現実は物語のようにぽんぽんと魔法を会得する事は無く、分厚い魔法書というある意味では魔物よりも非情な難敵に阻まれ、フィーロを悩ませていた。最初の内は幼くも悩み苦しみながら挑戦しようという彼女の姿勢を微笑ましく見守っていた保護者二人であったが、連日につれて彼女の眉間の皺が増えていくばかり・・・。
流石に助け船を出したいとは思っているのだが・・・肝心の悩みが悩みであった。ラフタリアはまだしも、
だからといって何もしないという選択肢はない。普段のラフタリアが行っている教育の姿勢を見習い、分からぬなら分からぬ成りに学ぼうと、ハベル自身も手元にあった魔術書や、ロードランで手にした魔術のスクロールに目を通していたその時である。伊達ではあるが多くの年月を過ごしてきた彼は、視点を変えてみる事にした。
「今日も精が出るな、フィーロ」
ハベルは魔術書と睨めっこをしているフィーロの隣に腰掛け、彼女のコップにホットミルクを注いだ。「ありがとう、パパ」と口にするものの、彼女は一向に目を離す様子は無い。
「・・・フィーロは凄いな。私が子供の時には・・・勉強などあまり好きではなかったというのに」
「・・・実はね、フィーロもあんまり好きじゃないの。でも、フィーロはパパとママみたいになんでも知ってるわけじゃないから、勉強していっぱい魔法を覚えなきゃ」
「・・・そうか、だがなフィーロ。ラフタリアはともかく、私は毎日お前と彼女からいろんな事を学ばせてもらっている」
「えっ!? パパが? フィーロからも!?」
ここでようやく、フィーロはハベルの方を見た。小さな顔に驚きの表情をめいっぱい浮かべて。
「本当だとも。貴公等のお陰で、私は世界に色を少しずつ取り戻す事ができている。生きている事を思い出させてくれるのだ」
そう言うとハベルは自分のジョッキにも注ぎ、口に含む。これは紛れもない彼の本心だ。現に今、口の中に広がる非情に微かな風味にも彼の心に安らぎを与えている。二人が傍にいるからこそ、彼の中に眠る人間性が活性化している証拠である。無論、この想いがフィーロに伝わるはずも無く、彼女はまた顔を顰めて首を傾げていた。どうしてもその表情が彼には面白く見えてきたのか、ハベルはフッと岩兜の下で笑みを浮かべた。
「・・・気になったのだが・・・フィーロは何故、そこまで魔術にこだわる?」
「えっとね、ママが持ってたパパと同じ盾の勇者さんのお話に出てきたフィロリアルに早くなりたいの! 凄いんだよ! フィーロの知らない風魔法がいーっぱい使える凄い女の子なの!」
「・・・その子の様に成った後、フィーロは何をしたい?」
「それはね・・・えっと・・・・・・あれ?」
そういえば、と途端にフィーロは首を傾げてしまう。成りたい成りたいという思いばかりが先行してしまい、その後の事にまで全く考えが及んでいなかったのだ。新たな悩みの種が増えてしまった事により、むむむっと彼女の額に新たな皺ができあがる。
ここで、一部始終を遠くから見守っていたラフタリアが、盾の勇者の絵本を手にしてフィーロの隣へと座る。更に彼女は気を利かせ、今一番フィーロが知りたいであろう答えが載っているページをめくって見せた。
「ねえ、フィーロ。この中のフィロリアルクイーンはどんな事をして、みんなを笑顔にしているのかな?」
そのページを見た瞬間、はたと気が付いたフィーロはみるみるうちに晴れやかな表情になる。
「フィーロ分かったよ! 悪い奴をやっつけるだけじゃない、いろんな魔法を使って困っている人達を助ける。この娘みたいに立派なフィロリアルに成りたいの!」
キラキラと蒼い瞳を輝かせながら納得のいく答えを導き出した彼女に、ラフタリアは嬉しそうにハベルと顔を見合わせてフィーロの頭を撫でた。
「よいかフィーロ。力とは所詮、『想い』を成すための『手段』でしか無い。決して『目的』となってはならんのだ。それを履き違えれば、その者は必ず道を違える・・・私は・・・・・・そういう者達を多く見てきてしまった・・・・・・どうかフィーロは、その想いを忘れずにこれからも精進して欲しい。良いな?」
「う、うん。フィーロ忘れないようにする。ありがとう、パパ」
父の語る事は難しいことが多い。だが、彼は必ずそういった大事なことはいつもフィーロから目線を外さずに語ってくれるのだ。その声色は悲しげなものが多いような気もするが・・・。全てを理解することはできずとも、フィーロのことを思う気持ちだけは伝わっていた。
「・・・そうだ、フィーロにはもう一つアドバイスをしておこう。まあ、様は気の持ちようであるがな?」
そう言うと、ハベルは手元に大きなとんがり帽子を出現させた。魔法屋の魔女も似たような帽子を被っていたが、それはもうハベルの兜よりも大きく、フィーロの頭がすっぽりと覆われるくらいの大きな古い帽子だ。
ハベルは何のことなくフィーロに帽子をかぶせる。すると如何だろうか。どう見てもサイズの合わない帽子だが、不思議と彼女の頭へスッと馴染むような感触があった。
「おっきな帽子だね。これパパの?」
「・・・とある魔術師の知人から、譲り受けた物だ・・・偉大な魔術師だった。彼も魔術を極めたいという、その想いの強さから自分だけの魔術をいくつも作り出したのだ」
えぇっ!? と、フィーロだけではなくラフタリアも驚愕する。反応から察するに、やはり魔術を生み出す所業はどの世界においても並大抵ではないのだろう。かの御老人はハベルが思っていたよりもずっと博識で、ずっとデタラメで・・・そしてやはり、ずっと狂人だったのだろう・・・。
「『真摯な探究心の積み重ねが、やがて知識として結晶する』・・・その知人の言葉だ。確かに知識も必要だが、その根本を成すのは心・・・言わば想いだ。強い想いがあればこそ、新たな魔術を生み出す切っ掛けともなる。お前の目指す道は険しいが、決して不可能ではない。それにだ、たとえ心が折れようと、私とラフタリアが付いている。よいな?」
それから彼女が思い詰めることも、眉間に皺が寄ることも極端に少なくなった。無論彼女は鍛練をやめたわけではない。彼女なりに時間を決めて、魔法書と格闘するときには必ず父から譲り受けたとんがり帽子を被り、そして絵本を片手に魔法の練習に励みだしたのであった。
そして時は移り変わり、ようやく今フィーロの想いが試される。父の言葉を思い出し、強大な敵の恐れから解放され、父と母からの想いも託された今の彼女の蒼瞳には、もはや一抹の恐れすら混じってはいない。
「・・・パパ、ママ。フィーロの作戦、おねがいできる?」
彼女のささやきに二人は勿論と首を縦に振る。だが、無情にも大樹は彼らを粉砕しようと再び根を振り上げた。またも質量の暴力が襲いかかる瞬間、娘の策を聞き終えたハベルは大盾の構えを変えた。
「・・・ヌゥン!!」
今度は真っ向から受け止めるのではなく、受け逸らしたのだ。根はハベルの大盾を擦り、彼らのすぐ真横の地面を抉るように叩き付けられる。間髪入れずハベルは右手に呪術の火を出現させ、燃え盛るそれを自分自身に宿した。
全身が燃え、焼き尽くされるような熱さと痛みが彼を内側から包み込む。不死であるその身にも僅かに流れる血液が沸騰し、体外へと蒸発してか赤いオーラが全身に出で立つ。尊き生命の代償を払ってこそ生まれる忌避すべき力、『内なる大力』を宿したハベルは大竜牙を再び手に取り、上手くわきに逸れた根に向かって叩き付ける。
「ズェアァァーー!!」
勇ましき咆哮と共に繰り出された一撃は大樹に勝るとも劣らず、強硬な樹皮を打ち砕くばかりか更に大地を抉り抜き、大樹の根をその場に埋め込んだ。
「今だ! 行けぇっ!」
「行くわよ、フィーロ!」
「うん! ママ、しっかりつかまって!」
勇者の号令に合わせボフンッ! と魔力の煙を纏い、一瞬で魔物の形態へと姿を変えるフィーロ。その大きな背にラフタリアが乗った後、フィーロは未だ引き抜こうと藻掻く大樹の根に飛び移る。
埋め込まれた自身の根に気をとられている大樹ではあったが、自慢の脚力でその根に駆け上り近付くフィロリアルに気が付くと、幹から複数の蔓を生やしては鞭のように振るい叩き落とそうと動く。だが、この程度の妨害は二人にとっては想定済み。身を屈め、時に跳躍して蔓を躱し、どうしても避けられないときには母の剣がこれらを弾き、彼女を守ってくれていた。
尚も向かってくる二つの命に大樹は花の瞳を血走らせ、自身の鬱蒼たる枝群を振るわせる。そして彼女等に向かって次々と、青白い果実を投擲の如く降らせていく。
「こんなものっ!」
「っ!? 待ってフィーロ!」
大樹に果実を蹴り返そうとしたフィーロだったが、本能的な何かを察知したラフタリアが制し、先に直剣を当てていく。すると如何だろうか、弾くつもりで当てた筈が予想以上に果実の皮は酷く脆弱であり、剣先に触れて滴る果汁はジュッと音を立てて溶け始めていた。
「くぅっ!?」
「ママッ!!」
魔法鉄をも融解してしまうほどの強酸性の果汁を幾分か浴びてしまったラフタリア。見れば落ちた他の実も、流れて当たったレンガの建築物を溶解させていた。熱傷にも近い激痛が彼女の身体を襲い、思わず声が漏れてしまう。
しかし、自分の所為でフィーロの勢いが止まってしまうのは何としても避けたかったラフタリアは「大丈夫、これくらい平気よ!」とすぐに笑みを浮かべた。それがやせ我慢である事は一目瞭然だが、それでもフィーロは母の想いを汲み取り、そのままの勢いで登り続けていく。
そうして中枢へと近づき、大樹がまたも何かしらの動きを見せようとした瞬間、ラフタリアはフィーロの背から飛び降りた。
「フィーロ! 後はお願い!! やあぁぁぁーーーっ!!」
ボロボロになった魔法鉄の直剣を大樹の大きな花に突き刺す。白い樹液を飛び散らせ、数多の目をぐちゃぐちゃに、刃が折れるまで斬り込んでいく。濁った呻きが大樹から発せられ、苦しげに全身を蠢かせる。自身の得物と引き替えに、ラフタリアは大樹の動きを止めることに成功した証である。
対するフィーロは大樹の幹へと足を掛け、力の限りを込めて真上へと空高く翼を広げて跳躍する。
蒼く広がる晴天の空、真っ白な雲との距離が近付くと、フィーロは幼きヒトの姿に戻る。ただしその背には、自身が人に成るときにだけは邪険にしていた一翼の天使と見紛う純白の翼が生えていた。
宙にその身を投じたフィーロは目を閉じ、小さな体に魔力を最大限まで集中させる。長い銀髪がなびき、純白の翼を広げて大気中に漂う風さえも全身で捉えていく。フィーロの中に眠る風の魔力が相互作用の如く高まったその時、彼女は翼をたたみ一気に急降下していく。狙いは勿論、今なお父と母を・・・村の皆を苦しめている大樹だ。
小さな右手に己が魔力の全てを込めると、凝縮された風の魔力が三爪の鉤爪を形成する。フィーロは全てを守るべくして生まれた女王の、憧れの業を繰り出した。
「『スパイラル・ストラァァァーーイク』!!」
流星の如き勢いで繰り出されたフィーロの必殺技。ハベルの力と大竜牙をもってしても完全に砕くまでにはいかなかった樹皮を、肥え太った醜き腹に大きな風穴を開けた。白き樹液が噴水の如く噴き出し、事切れるかのように大樹はゆらりと地に倒れ臥した。
ドガァッ! と地鳴りが響き、辺り一面に土埃が舞う。巨体に巻き込まれぬようなんとか先に避難していたハベルとラフタリアは、視界の悪い中で必死に愛娘を探す。
「・・・本当に、やってのけたのだな」
捜索の最中、倒れた後も醜悪な匂いを放つ樹液を撒き散らしている大樹へとハベルは目を向ける。確かにフィーロは倒木させるほどのダメージを負わせたが、如何せんまだトドメを刺しきってはいないようだった。しかし宿すソウルが風前の灯火であることも事実。周りの建物を囲んでいた蔓群が一斉に枯れ始めたのがその証拠だろう。
とにかく核を潰さねば・・・と、ハベルはその手に最も長いリーチを誇る自身の得物『黒騎士の大剣』を手に大樹へと足を向けた。
「あっ! いたっ! いましたよ! フィーロ! 大丈夫!?」
視界が薄らと晴れてきたとき、大樹の目の前にふらふらと小さな影がよろめいていた。魔力を限界近くまで使い果たし、疲労困憊のフィーロである。ラフタリアはすぐに気が付くと、ハベルを追い越して駆け寄り、その小さな体をぎゅーっと抱きしめる。
「よく頑張ったわねフィーロ。あなたのお陰でみんな助かったわ。本当に・・・本当に・・・立派だったわ・・・」
「えへへ・・・ママ、フィーロできたよ・・・ちょっと疲れちゃったけど・・・勝ったよ。これでみんな・・・もう大丈夫・・・なんだよね?」
疲労から何とか言葉を絞り出すフィーロに「勿論よ」と、ラフタリアは涙ぐんだ声でぼさぼさになった彼女の銀髪を撫でる。
光景を目にしたハベルは特大剣の柄を握る力を緩め、頑張った娘の方へと向かう。トドメを刺すのは彼女を労ってからでも良いと、気を抜いていた。
そう、気を抜いてしまった。
ドクンッ! とハベルのソウルがけたたましく鼓動する。強大なソウルを目の前にした時と同じ感覚がハベルの全身を走った。
一方、いつまで経ってもフィーロの所へ来ない主人に目を向けるラフタリアであったが、そこでようやく彼の雰囲気がまた違ったものだと気が付く。戦いはもう終わったものだと思っていた彼女はどうしたのかとハベルの名を口にしたその刹那―――
大樹の腹から腕が生えた。
「―――えっ」
「くっ!!」
白い人の腕のような何かは自身に深手を負わせたフィーロへと手を伸ばす。だが、そうはさせじと咄嗟に地面を駆け出したハベルがラフタリアごと突き飛ばした。白い腕に向かい盾を構えるも、手掌はハベルを鷲掴みにできるほど巨大であった。全身を掴まれた勢いで黒騎士の大剣を手放してしまったハベル。弱った敵を前にして気を抜くなど、ロードランでの旅では考えられぬ失態だ。
標的は違えど、構わず腕は力を込め始めた。
「ッ!? グゥッ!?」
自力で振り払おうと力を込めるハベルだが、大樹の腕力は正に桁外れであった。鎧の外から莫大な力が加えられ、ハベルの全身は砕ける一歩寸前だった。ハベルの岩鎧でなければ一秒とも持たずに肉塊へと変貌を遂げてしまうだろう。
「そんな・・・ハベル様!」
何とかしなければいけないことは分かっている。だが、自身の得物は既に刃の根元から折れてしまい到底使い物にならず、フィーロは魔力を使い果たしてグッタリとしている。何か無いかと辺りを必死に見渡すと、大樹の腕の真下付近・・・ハベルの手放した漆黒の特大剣が目に見えた。
間髪入れず彼女は特大剣に飛びかかり、その大きな柄を握った。しかし―――
「っ!? なっ!?」
両腕で握っているというのに、特大剣は少しばかり浮き上がる始末。これを片手で振るうハベルと自身との力の差には絶望すら覚えてしまう程である。
「・・・くぅっ・・・・・・ふんっ・・・・・・」
だが、それで諦める彼女ではなかった。顔を真っ赤にし、息を荒げながら両腕で特大剣を引きずり、主人を締め上げる腕へと距離を詰めていく。
(フィーロがあんなに頑張ったのに、従者の私が諦められるわけがない! 今度は私がハベル様を!)
「・・・頑張れ! ママ!」
「くぅぅっ・・・だああぁぁぁーーーーー!!!」
フィーロの応援を背に、ラフタリアは猛々しく特大剣を振り上げた。筋力的な面からも彼女の剣筋はハベルのそれには程遠かったが、それでも『黒騎士の大剣』本来の切れ味があれば、脆弱な腕を切り落とすことなど造作も無かった。
再び白き樹液飛沫を噴き上げ、苦しみもだえる大樹。解放されドスンッ! と音を立てて着地したハベルは、全身に怒りと殺気を纏わせながら大樹へと足を進めた。それはロードランでは夢にも思わぬ甘い環境下にて緩んでしまった自分への怒りか、はたまた自分だけではなく従者等にまで痛手を負わせた大樹への憎悪か・・・。
ドス黒い人間性を纏ったハベルはへばったラフタリアの手元から特大剣を片手で受け取り、フィーロが空けた穴へ怒涛の刺突をズブリと繰り出した。枝を揺らし、根をひくつかせる大樹だったが、核を貫かれた直後、ハベルのソウルの業にて全身を灰に変えていく。しかし崩れ去る中、大樹は何を思ったのか最後に枝を振るわせ、辺りに多量の赤い果実を落とし始めた。
大樹がソウルへ変わっていくと、周囲一帯の植物はみるみるうちに枯れ果てていく。全てこの大樹の呪いによる産物だったのだ。
「ようやく・・・終わったんですね・・・よかったぁ・・・」
「パパ・・・大丈夫?・・・フィーロね・・・頑張ったらお腹すいちゃった」
よたよたと満身創痍の二人がハベルへと近付く。今回の戦は確実に災厄の波の時よりも苦難に満ちたものだった。
「・・・匂い立つなぁ・・・」
「・・・ハベル様?」
ラフタリアに名を呼ばれ、ハッと我に返るハベル。大樹の手によって生命力が僅かだったハベルは亡者特有のソウルへの渇望が強くなっていたことに気が付く。マズイ、とハベルは慌てて大樹のソウル本体を握り潰し、すぐさまエスト瓶を一気に飲み干して事なきを得た。
「・・・パパ?」
「・・・ああ、いや、大丈夫だ。それよりも・・・奴が最後にばらまいた実を回収するとしよう。後々、実害がないとも限らんからな」
そう言うと、ハベルは粗布のタリスマンを手に奇跡『生命湧き』を従者二人の手を握って詠唱する。二人が暖かな光に包まれると、傷の痛みと疲労は徐々に薄まり、万全とはいかないまでも後処理を行うに支障が出ないほどには体力が回復していた。
「フィーロふっかーつ! 後片付けは大事だもんね! 頑張るぞ~!」
元気を取り戻すや否や、そこらで拾ったのか収穫用の大きな籠を背負って上機嫌に走り回り、次々と赤い果実を拾っていくフィーロ。御伽噺の彼女に一歩近付くことができたのが余程嬉しかったのだろう。
「ふふ。フィーロったら、あんなにはしゃいじゃって」
「・・・強くなったものだな、貴公とフィーロには今回随分と助けられた」
「ハベル様のご指導の賜物ですよ。言ったじゃないですか、貴方の負担は従者である私が減らしてみせますって・・・あっ・・・あの、そう言えば・・・」
「・・・ぬ? ああ、武器がダメになったんだったな」
すみません、と格好良く決めたかったつもりが、申し訳なさげに獣耳と尻尾をたれる。気にするな、と微笑ましげにハベルは手元から直剣を取り出した。
「以前、私が使っていた直剣だ。だが、恐らく私が扱うよりも今の貴公の方が良かろう。手にとってみよ、適性はそれで分かる」
そう言われて恐る恐るラフタリアは受け取ると、握った瞬間強力な祝福の力が剣先に施されているのを感じ取れた。それはハベルが手にしているときよりも遙かに凄まじい物であり、彼女の持つ光の魔力が相互作用しているものと思われる。
「ソラールの国の剣『アストラの直剣』だ。今の貴公ならば容易に使いこなせよう」
「えぇ!? そんな、いいんですか。でもこんなに良い上質な武器を・・・」
「・・・それほど貴公は技量を上げたということだ。どのみち、次の波までには渡すつもりでいたのだ。受け取っておけ・・・今後とも頼むぞ?」
ハベルから言い渡されると元気よく返事をしたラフタリアは、愛おしげに剣を鞘へと収める。何であれ想い人から労われ、贈り物を貰ったのだ。フィーロと同様に元気を取り戻したラフタリアは、愛娘の元へと駆け寄り仲良く赤い果実を拾い集める。
「・・・私も随分と甘く、弱くなったものだ」
そう独りごちては、ハベルも赤い果実拾いに参加する。だが、だからといってハベルは今の生活を手放す気は微塵も起きなかった。ここはロードランではない。あの不死やら深淵やらが蔓延る醜悪な世界とは違うのだ。そう言い聞かせながらハベルは一際大きな実を手に取った。
北の不死院火継ぎの祭祀場城下不死街城下不死教区不死街下層最下層病み村クラーグの住処センの古城アノールロンド黒い森の庭狭間の森小ロンド遺跡深淵デーモン遺跡混沌の廃都イザリス地下墓地巨人墓場公爵の書庫結晶洞穴飛竜の谷大樹のうつろ灰の湖エレーミアス絵画世界霊廟裏庭ウーラシールの霊廟王家の森庭ウーラシール市街深淵の穴―――最初の火の炉―――
「・・・ベルさ・・・ハベ・・・さま・・・ハベル様!」
またも従者二人の呼び声に意識を取り戻すハベル。いったいどれ程意識を飛ばしていたか。気が付けば日は落ちかけ、夕焼けが辺りを染めていた。
「ハベル様! やはり具合がよろしく無いのですか? ずっと座りっぱなしで何度呼んでも起きなかったんですよ。もう村に戻って休みましょう。実は全て集め終えましたし、枯れた植物の片付けは村の皆さんと協力して・・・大丈夫ですか、ハベル様?」
「・・・あ、ああ、うむ。大丈夫だ、うむ」
先程脳内に直接流れてきた忌まわしきあの光景、走馬燈にしてはもう一度周回したかのように鮮明であり、ハベルは未だ朦朧としていた。今までに無い主人の姿に、ラフタリアは本気で心配する。
「ねえねえ、パパ。それなぁに?」
「・・・なに?」
「右手に持ってるものだよ」
籠いっぱいに赤い実を背負ったフィーロが首を傾げながら指摘する。確か赤い果実を拾ったはずだが・・・とハベルは目にすると、握り潰してしまったのかハベルの右籠手は果汁でべったりと塗れていた。だが、何か固いものを握っていることは分かった。種だろうか? ゆっくりと拳を開いていくと、てのひらには螺旋状の破片が握られていた。
まあ、こんなことしなくても原作主人公岩谷尚史様のようにスキルを使って除草剤を使えばイチコロなんですけどね☆