虫の良い話かとは思いますが、皆様にはこれからもハベル等の活躍を見守っていただけると嬉しいです。
「ギャオアァァァッァァァァァァァァーーーーーー!!」
腐りきった大地を揺るがすほどの咆哮が放たれ、逆巻く呪術の火を残らず消し去る。骸はその身に宿す圧倒的な呪詛により、新たに生を受けた。いや、生と呼ぶにはあまりに禍々しい。
ゴポッ……不完全な全身から耳障りな泡音を響かせ、瘴気を噴き出しながら肉体を再生していく。全ての生きとし生けるものへ限りない憎悪を纏いながら、四つ足の竜は蘇った。
「ドラゴン……ゾンビ……」
「やはりか。まったく、竜というのは何所でも…」
生命の理に自ら抗う上位者の姿に、ラフタリアは呆然と立ち尽くす。しかし、忌々しげな声を漏らした主人を隣にし、いけない! と気を入れ直し、アストラの直剣を構え直す。
ハベルの世界においても、
それは竜骸を目にして生き残った物が多いからこそ言えること。しかし、目の前の存在はそんな生半可な者達とは遙かに別物だった。
体を完全に再生させ、鮮血の如き赤瞳を宿してこちらを見据える。出方を窺い、勇者等と真っ直ぐと対峙するその様からは明らかな知性を感じさせた。
「なんと。やはりただの飛竜ではなかったか」
「まったく……生きていた時の方が楽だったのではないか?」
「ハッハッハ、言ってくれる。それでハベル殿、どう動こうか?」
「ソラールは右……私は左から……ラフタリアは下がってフィーロの援護……フィーロはいつものように魔法で―――」
ある程度予測のついていた不死人二人は冷静に軽口を言い合い、小声だがハッキリとハベルが指示を飛ばす。手慣れた様子の彼等を見かね、ラフタリアの中に多少の安心感が生じ、剣を握る両手に力がこもった。己の主人とその友人の頼もしさに当てられ、私達なら勝てる、そう波長が重なる瞬間――――
「ドラゴン!! 大っ嫌いっ!!!」
血走った瞳を向けたフィーロが翼を広げ、
「ぬぅっ!?」
「フィーロだめぇっ!!」
両者の硬直を崩し、先制したフィーロの蹴りが竜骸の頭部に直撃する。薄い皮膜に辛うじて包まれた脳が揺れてよろめく隙に、彼女は野性的な動きで二撃、三撃目を入れていく。
後方で戻れと叫ぶ声が届く素振りすらなく、彼女は真っ白な羽をドス黒い返り血で染め上げていた。
端から見れば竜骸と彼女は拮抗しているようにも見えるだろう。だがそれは彼女が既の所で、身の丈と変わらぬ爪や牙をかわし続けているからこそ。
そのまま頭部に何度も打撃を加えられても倒れず、ましてや彼女が付けた傷は瞬時に腐肉と化した後に液状化し、跡も残らず再生されている。ダメージが通っているかさえ怪しい現状はジリ貧もよいところである。
「フィーロは一体どうしたというのだ!? もしや……ドラゴンとフィロリアルが種族的に仲が悪いという本能が働いて……」
「ソラール様! そんな本能だなんて……でも、あの子の様子がおかしかったのって山に入ってからじゃ……」
「……そうかっ! そう言えばフィロリアルは動物ではなく魔物と分類されるのか……奴から出た瘴気を吸って……村長が言っていたな、瘴気が山の生態系を変えたと……」
ハベルは自らの采配を呪った。山の瘴気は亡者である彼にとっても息苦しい程には濃度が高い。人の姿をとっても感覚が魔物のソレと変わらぬフィーロを気遣い、比較的耐性が高いであろうと踏んだ魔物の形態へと変身させたが、最悪な形で裏目に出てしまった。
今のフィーロは理性なき魔物そのものだ。瘴気によって凶暴性に更に拍車が掛かり、ヒトの思考を放棄するほどの憎悪に呑まれていた。
「ともかく、今はフィーロを何とかせねば。貴公等、こういうことは前にもあったのか?」
「私かハベル様があの子の近くで声を聞かせてあげれば、きっと……」
「……ラフタリア、その役目を頼めるか? 私とソラールでは今のフィーロに追いつけん。だから竜の気を引いてる隙に貴公は…ッ!」
ハベルの指示が途切れた瞬間、鮮血が飛び散った。鋭利な爪がフィーロを捉え、地面へと叩き付けられる。
素早いが単調、故にそこらの魔物と大差のない突撃に慣れたのだろう。そのまま竜骸は彼女へ顔を向け、ガバッとおもむろに口を開く。
刹那、竜骸の口腔に閃光が走った。
「ガアァァァーーーーッ!?!?」
腐肉が飛び散り、咆哮に伴い雷鳴が共鳴する。ソラールの奇跡『雷の大槍』が竜骸の次を許さなかった。
そして彼が奇跡を放つのと同時に、もう一人の不死も全力で地を駆けていた。苦しむ竜骸の懐へと潜り込み、大竜牙の一振りで爪ごと手掌を打ち砕く。
肉が潰れ、骨が砕ける不快な音が響く最中、間髪入れず大竜牙を振り降ろし、重量ある暴力が前脚を破壊した。
腐りきったが為に脆弱……四肢の均衡が一瞬にして崩れ、体勢を保てなくなった竜骸は何が起こったか把握する間もなく倒れ込む。
高く据えていた頭部が地に付けられ、屈辱から竜骸の瞳は更に深みを増す。だが、慣れぬ視界の中で竜骸が最初に目にしたのは、事もあろうに自身の丈と同等の大槌を振るう岩鎧の人間だった。
まるで最初から竜骸の頭がそこへ位置するのが分かっていたかのように……。大槌が迫る間、竜骸は岩鎧へ自身を殺したバケツ頭と既視感を覚えていた。
二人の立ち回りがあまりに手慣れていたのだ。それではまるで幾度となく同族を屠ってきたかのよう…だが、そんな人間の存在など竜骸は生きてこの方知り得もしなかった。
だが、瞬時にあの騎士とは比べものにならない程の“ある気配”を感じ取り、竜骸はこの状況下においても僅かに口角を上げる。ハベルがそれに気づくはずもなく、かの邪な思考と共に原形を留めることなく、その頭部を怒りの一振りで粉砕した。
脳漿腐肉を撒き散らし、竜骸の動きが停止した……かに見えたが――――
「気をつけろ、貴公! まだ息があるぞ!」
「……っ! ……ぐっ!?」
正に奇襲。現存する方の前脚が振るわれ、巨大な爪がハベルを捉えた。
咄嗟に構えたハベルの大盾で直撃は免れるも、自身より何倍もの大きさからくる質量の暴力に吹き飛ばされる。
「ハベル殿! おのれ、よくも!」
急な斜面を滑り落ちていく彼のもとへ向かう気持ちをこらえ、ソラールは四聖武器に力を込める。それはハベルの強靱性を信じてのこと、なにより彼が生み出したチャンスをみすみす逃すなどもってのほかだ。
「もう一度俺がこの手で……【日輪・双刃剣】!!」
ソラールの剣に二つの世界の太陽が宿り、全てを照らし焼き尽くす斬波が放たれる。斬撃は稲妻の如き速さで竜骸の腹を切り裂き、腐った傷口から炎が走った。
「今度こそ、その醜き体ごとソウルに還して……なっ!?」
確実な手応えを感じるも、ソウルの流れは変わらなかった。それが意味することはただ一つ……それを指し示すかのように竜骸の腐肉が膨張し、炎に巻かれながらボロボロと剥がれ落ちていった。
腐れから出でたるは新たな生……。
全身の骨格に沿うよう薄い皮膜のみに包まれた竜が、自ら生み出した瘴気を振り払い五体満足で顕現した。しかして、新たな竜は新たな命を回生しようが、赤い瞳に灯す殺意だけは決して衰えてはいなかった。
「ギュオワァァァァァァーーーーーーッッ!!」
「……バケモノめ」
不死人の不死はただ死なずのみ。しかし目の前の存在は生と死の循環を自力で施行した……そのような存在にはその言葉しか見つからなかった。
「だが、今の貴様など腐ってもいなければ鱗もない! ならばまた倒せるはずだ!」
太陽の騎士は諦めなかった。例え古竜じみた業を堂々見せつけられようとも、生命の輪に囚われているのであればやることは変わらない。一度で叶わぬのなら、幾度でも殺せば良いのだ。
しかし、そんな彼の決意を嘲笑うかのように竜は標的を変更する。顔を向けた先にいたのは、他ならぬ盾の従者等であった。
一方場面は切り替わり、爪を喰らって出血し地面に叩き付けられたフィーロ。傷薬を両手いっぱいに抱えたラフタリアの必死の介抱あってか、ソラールが視界を移したその時には既に立ち上がっていた。
しかし未だ正気を取り戻してはいない。雪のように真っ白な羽が自身と竜の血で赤く染まろうと構わず、蒼く澄んだ瞳は獣性に縛られ酷く充血し、殺意に囚われたまま再度竜へ挑もうとしていた。
「よくもやったなドラゴン! フィーロ絶対に倒す!! ムガっ!?」
「フィーロ!!」
翼を広げ跳躍の構えに入った瞬間、ラフタリアが組み付いた。
「しっかりして!! 私の声が聞こえる? フィーロお願い、大丈夫だから!」
身を乗り出してフィーロの顔を両手で掴み、ラフタリアは声を届けようと躍起になる。しばらくして母の声が聞こえ始めたのか、幾何か獣性を留めたフィーロの動きが止まった。
「……ママ? あれ、フィーロ一体……」
「ああ、良かった……。戻ったのね、フィーロ。とにかく今は人間に戻って…」
そう、動きが完全に止まってしまった。それはかの地において、まさに致命にも等しい行為…・・。
フィーロが正気を取り戻し、人間に姿を変えるのと同じ刻、竜は腹を限界まで膨らませ、一対の翼を広げて仰け反った体勢をとった。その予備動作へ大いに覚えがあるソラールはブワッと冷や汗をかく。
彼は両手で空高く剣を掲げ、己が内に残された僅かな勇者のエネルギーを注ぐ。使える奇跡も底が見えている中、今の戦いにおいて勇者の業を使えるのは、恐らくこれが最後だろうと覚悟を込めて。
「させるか! 【雷鳴け…】 ―――ぐぁ!? 何!?」
突如として腕に激痛を感じ、ソラールの業が中断される。痛みの原因、それは常人の半ほどの背丈もある巨大な蛆であった。
どこから来たのかは嫌でも目についてしまった。奴が回生のために脱ぎ捨てた腐肉から湧いてきたのだ。それも一匹ではない、撒き散らされた腐肉の断片一つ一つから湧き続けている。
そして最悪なことに、それらは一斉にソラールへ向かっていった。新たな肉を求め、ぎちぎちと大顎を鳴らし、緑の唾液を垂れ流しながら……。
「バカな……ダメだ!!」
腕に食いついていた蛆を胴体から斬り払い、再度業を構えるが、別の蛆等の牙が迫る方が速かった。有効打たる奇跡も使い果たした現状、ソラールに捌く手立てはない。そして次の瞬間、竜の口から禍々しき黒炎が放射された。
「させないっ!! 『理を今一度読み解き、我らを守れ!』【ファスト・ホーリーシールド】」
両手を突き出し、その先に光の魔法壁が形成される。
状況が掴めず、未だ混乱の最中にあるフィーロを全力で護りに掛かるラフタリア。呪われた大樹での戦にて恐怖に呑まれた事を猛省したが故に動けたのだが……。
「ママっ!!」
―――だめ……抑え、きれない……でもっ!!
魔法壁の維持に全力で魔力を注ぎ続けるも、圧倒的な力の差にラフタリアの顔が歪む。咄嗟のために省略した不完全な詠唱と、最近会得したばかりの未熟な魔法。仮にこの二つの要因を除いたとしても竜のブレスを凌ぎ続けることは不可能だ。だが、それでも彼女は諦めなかった。
「ぐうぅぅ……まだ…負けるものかぁ……」
魔力の過剰放出により全身が悲鳴を上げようと、守るべき存在がある限り絶対に退かない。己が主人とて必ずそうする。否、そうしてきたのだ。
ならば盾の従者である自分が、そして何より、この子の親となる事を決めた自分が退くことなど、あってはならないのだ!
「よく頑張ったな、ラフタリア」
無我夢中で歯を食いしばる中、炎の中から声が届いた。それは決して幻聴などではなく……。
「後は、任せろ!」
マントをたなびかせ、黒炎の中をかき分けながら突っ走り、従者等の前へ力強く展開される岩の盾。四聖のスキル『防御壁』が発動され、魔力の防護膜が一行を包み、黒炎を完全に阻んでいる。
突き落とされた崖を必死に駆け上り、従者のもとへ再び馳せ参じ、盾の勇者ハベルは再び戦地へ降り立った。
「ハベル様…良かった……」
「すまない、出遅れた。それにフィーロ、もう大丈夫なのだな?」
「パパ、ごめん、なさい。あのね、その……」
記憶が戻ったのか、今にも泣きそうな顔で声を震わせる娘に、ハベルは首を振り、片方の手で不器用に銀髪の小さな頭をなでる。
「謝らなくていい、お前が無事ならそれで良い。それより、今はコイツを何とかせねばな。魔法を頼めるか?」
「うん……もちろん! 『力の根源たるフィーロが命ずる』」
フィーロの所為では無いと言い聞かせるような彼の手つきに気を入れ直し、しゃんとした彼女は人間体のまま羽をひろげ、集中した顔つきで詠唱を始める。
フィロリアル・クイーンの聖なる羽が黒炎の中でも膨大な風の魔力を集めていき、彼女のてのひらに凝縮されていく。
「『理を今一度読み解き、猛き疾風で敵を貫け』【ツヴァイト・エアーショット】!!」
凝縮された風の魔弾がハベルの背後から発射され、黒炎を裂いて竜の口腔へ直撃する。それはブレスが中断されただけではなく、鋭い牙の殆どが折れる程のダメージを与えていた。
今までがむしゃらに突っ込むだけよりも遙かに優れた一撃。他の魔物では獲得できぬ
「今だ、一気にたたみ掛けるぞ! フィーロは“とっておき”を。ラフタリア、私に続け!」
「「はいっ!!」」
号令を轟かせたハベルが駆ける。ラフタリアは即座に追随し、フィーロは翼を閉じて上空へと跳躍する。迷いなど一欠片も見せぬ、良く仕込まれた一行の動きは戦いの風向きを変えるに充分であった。
竜もその徴候を察知したのか、新生した翼をはためかせ巨体を宙へと持ち上げ始める。あの小さなフィロリアルの娘よりも遙か高く空へ飛び立ち、かの定命どもを見下しながら焼き尽くせば良いと。
「させると思うかぁ!!」
雄々しき叫びと共に放たれる斬撃が、竜の尾を根元からそぎ落とした。骸の時には感じる事のなかった激しき痛み、そして部位の欠損によるバランスの崩壊が、再び竜を地に伏せる。
全ての蛆を捌ききった剣の勇者・ソラールの存在を完全に失念していた竜の落ち度である。
「太陽万歳!! 【雷鳴剣】!!」
残り少ない勇者の力を剣に込め、放出された雷が竜の対翼を貫き、翼膜を焼いていく。もはや竜に逃れる術などなかった。
「ハベル様、盾を借ります!」
「良し、行ってこい!」
「はい! やああぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
彼女はハベルの大盾を踏み台にし、獣の血が混じった亜人の身体能力を思う存分に活かした。そしてソラールへ気をとられる竜の僅かな隙も逃さず、跳躍したラフタリアの直剣が突き立てられ、赤く血走った瞳を抉る。
視界が削がれ、次々と与えられる痛みと怒りに、堪らず竜は全てを振り払おうとその場でデタラメに暴れ狂う。それが悪手であるとも知らずに。
「……ヌゥンッ!!!」
「……ガアッ!?」
デタラメに振るわれた竜の爪が弾かれ、受け身も取れぬ状態の土手っ腹に打撃が襲いかかる。それは竜の巨体が僅かに地から離れるほどの威力。
回生したばかりであれ自分より小さな体の下等生物に純粋な力負けなど、生まれてこの方味わったことのなかった竜は、困惑と屈辱に呑まれたまま宙で二撃目を貰い、岩壁に叩き付けられる。
ラフタリアを飛ばした後、ハベルは呪術の火を身体に宿し【内なる大力】を発現させた。全身を駆け巡る痛みと灼熱を代償に、圧倒的な力を会得した彼が大竜牙を振るえば、如何に上位者たる存在であれ造作のない事である。
それでもまだ息のある竜は、一切揺るがぬ闘志に身を任せて起き上がる。
下等種どもが決して許さぬ……憎しみの炎が猛る赤き瞳を開け、反撃に移ろうと身構えたその時だ。赤き瞳が映し出したのは、太陽の光を背に空を駆ける小さな人間の姿であった。
「【スパイラル・ストラァァァイク】!!!」
風の魔力が凝縮して形成された3爪の鉤爪が、竜の身体を岩壁ごと貫いた。フィーロの体格以上に大きく開けられた風穴、その部分にあった回生に必須な器官である核を完全に破壊された竜に打開の術はない。
己の負けを悟った竜は決して消えることのない呪詛を宿しながら事切れた。
その矛先が最初に殺された剣の勇者から変わったのは、その命が尽きる瞬間であった。
リハビリがてらちょっと文字数少なめです。もしかしたら今後も同じくらいになっていくかも? キリの良いところでは終わらせるつもりです。