勇者よ、人間性を獲得せよ   作:じーくじおん

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エルデンリング…おお……エルデンリング…(あいさつ)

ストーリートレーラーからすでに興奮が冷めないなあ
早くやりたいなあ!!
のう!!褪せ人どもよ!!


EP29 暗き亡者の性

「やったあ! フィーロ達の勝ちーー!」

 

 竜の核たる紫の血晶を握りしめ、フィーロは嬉々として勝ち鬨を上げる。

 

 もしや、また起き上がるのでは……そんな途方もない不安を抱えるラフタリアだったが、勇者二人が得物を降ろすのを見かねてホッと息をつく。

 

 彼等の行動が示すとおり、竜のソウルは二人の身体に満遍なく流れ込んだ。それはつまり、彼等が言うところの完全な決着とみて良いものである。

 

「なんとかやれたな、ハベル殿。これは大物じゃないか? 俺が今まで狩ってきた竜の中ではかなりであったぞ! 貴公等のお陰で記録更新だな! ウワッハッハッハ!」

 

「……まったく、予想以上に手間をとった。竜など久しく狩っていなかったが、間違いなく奴はただ者ではなかった……波の主と比べて……どうだ?」

 

「うむ、確実にこちらが上だな。まったく、こちらの竜と呼ばれる者どもが皆これほどじゃないことを祈るほかないな、貴公。ああ、俺のアポロは別だぞ。アイツは必ず立派な……む?」

 

 戦いの余韻を共に浸っていると、向こうからさえない顔つきでとぼとぼとやってくるフィーロの姿を目撃する。先程まで満面の笑みを浮かべていた彼女だったが、思うところ…と言うより思い出したところがあるのか、悲壮な趣のオーラを放ちながら近付いてくる。

 

「や、やったわね、フィーロ。ソラールお兄ちゃんに良いところも見せる事ができたし。それにまた必殺技のキレが良くなったんじゃない? ママびっくりしちゃった……ね? ハベル様」

 

「……う、うむ。そう……だな」

 

「……怒ってくれないの?」

 

「…っ! それは……フィーロがやりたくてやったわけではないのでしょう? だったら―――」

 

「でもでもでも! フィーロは自分を抑えられなかったの。パパがいっつも言ってる戦いの中での言いつけを守れなかった。自分勝手に動いて、やっちゃいけないこと、いっぱいやっちゃった……グスッ……ごめんなさい……」

 

 涙をグッとこらえようと顔を歪ませる娘に対し、ラフタリアとハベルは同時に顔を見合わせるも、どうしても掛ける言葉が見つからなかった。今回の騒動の責任は決して彼女にあるなどと思っていないのが二人の見解だったが……どうやら幼くとも自分自身が許せないのだ。

 

「何を言うんだ、貴公が一番凄かったぞ! ウワッハッハ! フィーロには毎度毎度、驚かされっぱなしだな。これはアポロにも負けぬよう伝えておかねば!」

 

 そんな時に手を差し伸べるのが、この太陽のような男なのだ。

 

 彼はしょげ込むフィーロを勢いよく抱き上げ、ぐるぐると回転しながら賛辞を送った。突然の奇行にあわわ…とフィーロは目を丸くして驚く。

 

「でも、フィーロ失敗しちゃったんだよ。悪い子って思われるようなこと、いっぱい……」

 

「む? おいハベル殿! 貴公のネガティブが少しばかり似てきたのではないか?」

 

「なっ?!」

 

「あはは……言いたい事が分からなくもないような……」

 

 「……っ! ……ぬぅ」

 

「俺はフィーロを悪い子と思ったことなど一度もないぞ? むしろ今日は可愛くてかっこいいところを沢山見れたな! まあ、その……なんだ。確かに失敗はした。でもフィーロはちゃんと反省してるじゃないか! そこもまた良い子のポイントだぞ!」

 

「…グスッ……反省?」

 

「そうとも! 充分反省している貴公をどうして怒れよう。失敗など生きとし生けるものなら誰だってするさ。ハベル殿も、ましてや俺なんか失敗ばかりの人生だ」

 

 失敗ばかり……太陽を目指したロードランでの思い出が走馬燈のように駆け巡り、思い返した彼に一瞬だけ影がちらついたが、エヘンと盛大に咳払いをして誤魔化す。彼の真意を何となく図れたのはハベルのみであった。

 

「何度失敗してもその都度反省し、次に活かす。そうすることで誰しも成長していくものだ。最初から何でもうまくいく者なんていない。だからフィーロも大丈夫だ!」

 

「……ホントに? フィーロね、絵本に出てくるフィロリアル・クイーンみたいになりたいの。みんなを守れるような強くて優しい彼女に……なれるかなぁ」

 

「なれる!! きっと大成する! ハベル殿の強さとラフタリア殿の優しさを受け持つ貴公なら! 勇者の俺が言うんだ、間違いない!」

 

「……うん! フィーロ、元気出た! ありがとう! ソラールお兄ちゃんだーい好き!!」

 

 俺もだー!! と尚もフィーロを抱き上げじゃれつく()の太陽。そこ抜けた明るさに当てられ、すっかり表情がいつもの元気なものへと戻るのを見たハベルは安堵の溜息を漏らす。

 

 流石ですね、と言う従者の声に同意していると、急なふらつきがハベルを襲った。慌ててラフタリアが支えとなり、倒れることはなかったが……同時に、ソウルの輝きをより一層強く感じるように……。

 

「……ヌゥ…くそ」

 

「わわ、大丈夫ですか!?」

 

 実のところ、ハベルはかなりの負傷を受けていた。荒れた地を転げ落ち、そして駆け上り、エストも奇跡も掛ける暇もなく黒炎を防ぎきったのだ。そこへ重ねて『内なる大力』を使用したともなれば、亡者の体が求めるソウルはまだ足りないと言ったところ。

 

――――渇くのがはやくなった…篝火がなければこんなものか……ああ、ソラール…なント……。

 

 赤く輝き始めた彼の目には、ソラールの内にある膨大なソウルが輝いて仕方なかった。この世界に篝火がない以上、不死人にソウルを消費する手立てがない故だが……。

 

「ハベル様、よく見たらボロボロじゃないですか。すぐ馬車に戻って手当てをしましょう。待ってください、とりあえず今は手持ちの回復薬を」

 

「……っと…まずいな」

 

 ラフタリアの声を聞き、ハベルの正気は取り戻される。

 

―――まったく、これではフィーロを笑えんではないか。ともかくまずは、残った竜のソウルを。

 ラフタリアの手をすり抜け、急いでハベルは竜の死骸へと赴き、そして褪せり果てた黒い剣を突き立てた。

 

 すると巨大な竜の骸は跡形もなくソウルへと変換され、凝縮された塊となってハベルの手元へと現れる。ハベルはそれを躊躇なく握り潰した。

 

 

 

 

 

『許サン……許サンゾ!』

 

「なに? ……ぐっ!? グアァァァァーーーーー!!」

 

「ハベル様っ!? どうし…っ!!」

 

 主人の動向を見守っていた彼女がいち早く異変に気が付いた。だが、気が付いたからといって何ができるとは思えなかった。

 

「がァァァあぁぁぁァァァぁぁーーーー!!」

 

 ソウルを取り込んだハベルは突然苦痛に悶え、その場にうずくまる。そして従者が駆け寄る間もなく、彼の岩鎧の隙間からドロッと黒い膿のような何かが溢れ出てきた。

 

 竜が生み出した瘴気とは比べものにならないおぞましいソレは、ラフタリアの体毛を逆立たせ、気持ちとは裏腹にその足を止めてしまう程には醜悪であった。

 

「ああ、そんな…だめよ…だめっ!! ハベル様っ!!」

 

「よセ……来ルナ…呑まレル…グゥゥゥゥーーー!?」

 

「パパ!!」

 

「ハベル殿!!」

 

 危険信号を出す自らの本能を全力で押し込め、尚も駆け寄ろうとする彼女だったが、辛うじて意識のある主人に『命令』をもって止められる。胸の奴隷紋が光を帯びたとき、ソラールとフィーロもようやく事態を把握する。

 

 『ホウ…ヤハリ貴様、タダノ人間デハナイナ。流石ノ不死ダ…濃クモ深キ闇ヲ感ジル』

 

「キ…貴様…なにヲ…」

 

 ハベルの中で声が響く。地の底から這い出るような低い声が、ハベルの内に溜まった人間性を掻き乱し、食い荒らしているのだ。全てを始まりの篝火に注いだ後、この世界に来てから受け取った暖かな人間性をこいつは……。

 

『ダガ妙ダナ不死ヨ、何故貴様ハ枷ヲ付ケテイル。コレ程ノ力ヲ持チナガラ、ナントモッタイナイ』

 

「な、何のコとダ……貴様は…」

 

『我ガ枷ヲ外シテヤロウ、下ニ愚カナ神ノ枷ヲ』

 

「ヤ、ヤめ……グァァァァァァぁぁああ――――――!!」

 

「離してソラール様!! ハベル様が…ハベル様がっ!!」

 

「いかん! アレはだめだ。不味すぎる。行けば貴公まで……」

 

 命の全てを否定するかのようなソレに怯え、へたり込むフィーロを横に、今にも飛びかからんと必死な従者を、ソラールは懸命に押さえ込む。

 

 必死すぎる彼女の気持ちは嫌でも分かるが、目の前のそれはロードランの地においても目にしたことのない異常なもの。何の祝福も得ていない生者が飛び込めば、更なる凄惨が生まれることだけは確信していた。

 

「ぁぁぁァァァぁぁああぁあぁぁ………アア……」

 

 苦痛に満ちたハベルの叫びと共に、彼の身体に暗い穴が空き、流出する黒い膿が激しくなる。やがてそれ等は次々結晶と化し、竜骸の呪いを上書きする彼の如く、枯れ果てた大地に根付いていく。

 

 そして叫び声が掠れる頃には、盾の勇者の全身は溢れ出た人間性の黒き闇の結晶に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 盾の勇者が死んだ。

 

 ハベルの身体についた黒い結晶をソラールが残らず剥がし、急いで彼を馬車に乗せて一行は下山した。死にものぐるいでフィーロは馬車を駆け、村に着くまでラフタリアはハベルの作ったあらゆる薬を試し、そしてソラールはあらゆる奇跡を掛けた。

 

 それでも、彼が意識を戻すことはなかった。

 

 脈も呼吸もなく、今まで以上に生命の息吹を感じられないその感覚を、ラフタリアは幼い奴隷の頃から知っていた。ハベルの状態はまさにソレに該当する。

 

 目の前が真っ暗になる感覚に囚われそうになる彼女を励まし続けたのはソラールであった。ハベル殿は大丈夫……そう何度も言い聞かせて。

 

 ハベルやソラールはただの人間ではなく、不死人という存在である事は本人達から薄らと聞いていた。しかし、死なずとは言うものの、それがどういう物か分からぬ以上、彼女の不安が尽きることはなかった。

 

 旅の道中で何度か聞いても、本人がはぐらかしてしまうのだ。ソラールに聞こうも、ハベル殿が話していないことを俺がおいそれと言うわけには……の一点張りである。

 

 

 

 下山して村へと到着するやいなや、一行は急いで宿を借りた。

 

 肝心のミルソ村はと言うと、ハベルが事前に渡した薬、そしてソラールが手配した物資によって無事に事なきを得ていた。心配の大本だった瘴気も晴れ、事態の解決を悟った人々は盾の勇者への偏見を改め、剣の勇者に感謝と信仰の念を抱いていた。

 

 だからこそ、人々の歓迎に応える余裕を持ち合わせていない程に切羽詰まる彼等の様子を見かね、村中総出で彼等の助けになろうと動いたのはごく自然であった。

 

 村一番の癒やし手の魔法、一番高価な聖水、更には残ったハベルとソラールの用意した薬さえ……ありとあらゆる手段を実行するも何の変化もないまま、それらは全て無駄に終わった。

 

 いや、最初から手の施しようなどあるわけがない。やはりハベルはどうあっても死んでいるのだ。

 

 誰もが諦め目を伏せる中、黄色の液体が入った緑のガラス瓶をぶちまけ、懸命に奇跡を掛け続けるソラール。ラフタリアとフィーロは縋り付くように見守っていたが……とうとう彼の手も止まってしまった。

 

 「あの、ソラール様……ハベル様は?」

 

「……くそ!! 篝火がなければこんなものか。我ら不死人は…亡者とは……これでは余りにも……あんまりではないか!!」

 

 悲痛に満ちた彼の叫びに、一人は泣き喚き、一人は声もなく崩れ落ちた。

 

 そうして、盾の勇者が死んでから三日が経った。

 

 

 

 

「ハベル様……」

 

 主人の死を受け入れられない亜人の従者は、この三日間何度その名を口にしたかも分からないまま、片時もベッドで横になっている彼の傍から離れられなかった。瘴気の影響で凶暴化した魔物の討伐に足を運ぶことはあれ、それが終わればまた彼の下へ。

 

 「ハベル様……」

 

 唐突すぎる彼の死……大切な人をまた失う羽目になった彼女の心は奴隷の頃より衰弱しつつあった。自分から何もかもを奪う理不尽なこの世を恨む気力はとうに尽き、彼のマントを握りしめながらラフタリアはうな垂れ続ける。

 

「私は……また……いやだよぉ……」

 

「ママー! 宿の人がお菓子を焼いてくれたんだって! 魔物を一杯やっつけてくれたお礼なんだって! 食べに行こーよー!」

 

 ドアをドンドンとノックする娘の声が耳に届く。毎食毎度、何かあるたびにフィーロはこうして彼女に声を掛ける。余力のない母を気遣ってのこと、彼女だって父の傍へ寄り添いたいだろうに、一日に何度か顔を見に来て話をするだけで済ませていた。

 

 そんな孤独を埋める彼の如く、彼女は村の子供達と一日の大半を過ごし、夜はソラールの下へ足を運んでいた。彼が自分の騎竜の看病をする間も付きっきりで、あろう事か種族的に折りが合わぬ筈の、アポロ(ドラゴン)の看病を手伝うまでに。

 

 「……今、行くわ。待ってて」

 

 多量に息を吸い込み、何とか声を絞り出す。最低限、娘の声に応える余力は残っていた。親という存在の重さを痛感していたが故に。

 

「……行ってきます。すぐ戻ってきますので」

 

 届かぬと分かっていながらも、彼女の言葉が静寂に投げられる。

 

「……ぬぅ」

 

 はずだった。

 

「……っ!! ハベル様!!」

 

「えっ!? パパ!!」

 

 ラフタリアの叫びに呼応するかの如く、勢いよくドアを開けて中に入るフィーロ。彼女等の先には重厚な岩鎧を音もたたせずに起き上がった勇者の姿があった。

 

「ああ……ああ……良かった……本当に……」

 

「パパーーー! あのねあのね、パパが寝てる間に色々あってね! お友達が沢山できて、その中でもメルちゃんがね! でもまずはぎゅーーーっ!!」

 

 溢れ出る感情を発散させ、我慢ならなくなったフィーロがハベルに飛びついた。これはいつもの光景だ。飛びついてきた彼女を抱き留め、ハベルの不器用な手つきでサラサラの銀髪を愛おしげに撫でる。

 

はずだった。

 

「……あ、あれ? パパ?」

 

 抱きつくフィーロに対し、ハベルは何の動きもなく、それどころかゴトッと岩兜を傾げて困惑しているようにも思えた。しばらくそうしていると、彼は黙ったままフィーロを引き離し、日が差す窓へと足を運んでいた。

 

「……パパ?」

 

「あの、ハベル様。どこか具合でも? もしかして、あのドラゴンゾンビに何か―――」

 

「……なあ、貴公等」

 

 窓から村の光景を眺め続ける彼に声を掛ける二人だったが、そんな彼からの返答は鬱陶しげで酷く褪せたものだった。

 

「…貴公等が言う……ハベルとは…パパ……とは、何だ?」

 

「……えっ」

 

「どうしたの!? パパは、フィーロのパパだよ!」

 

「……貴公等など、知らぬ」

 

 心底鬱屈そうに、彼の口から放たれた言葉は想像だにし得ぬものだった。瞬間、ラフタリアは目の前が真っ暗に包まれ、全身が脱力し、その場で膝を着いてしまう。

 

「どう……して……ハベル様……」

 

「ま、まってて! 今ソラールお兄ちゃん連れてくる!」

 

 フィーロが慌てて部屋から出て行くのを止める者はいない。

 

 ハベルは崩れ落ちた従者を気にする素振りも見せず、また窓から外の景色を注視していた。光り輝く太陽、賑やかな声、人々の日常の営みを物珍しそうに、ただひたすら見つめていた。

 

 それから寸分もたたず、ドタドタと忙しない足音を響かせ、フィーロに負けず劣らずの勢いでソラールはドアを蹴破った。その手に不思議な灰色の石を握りしめて。

 

「ハベル殿!! 無事蘇って何よりだが―――」

 

「っ!? 近付くな!!」

 

 ソラールの姿を目にした途端、彼は手元に黒騎士の剣を展開。鋭い殺意と警戒を露わにし、切っ先を向ける。そんな父の姿に後ろでビクッと体を震わせるフィーロだが、向けられた当の彼は全く動じていなかった。

 

「貴公…やはり……」

 

「なんのマネだ……ソラールは…確実に……この俺が殺した。貴様の…その恰好…私の……友に対する侮辱だ……。今すぐにやめ―――モガッ!?」

 

 言い切る直前、不意打ち気味にソラールは石を投げつけ、ハベルの顔面に直撃する。力強く投擲された石は砕け散り、粉末がハベルに吸い込まれるように散りばめられる。

 

「ゴホッゴホッ……何をするソラール……ソラール?」

 

「解呪石だ、ハベル殿。もしもの為にと思って持っていたが、まさか貴公に使うことになろうとは。何があるか分からんな! ウワッハッハ!」

 

「一体、何が。解呪石? 私は……そうか。呪われて…ああ、思い……だした」

 

 部屋に張り詰めていた殺気が消え失せ、彼の声に色が戻る。

 

「戻ったか、ハベル殿」

 

「……感謝する、また助けられたな」

 

「図らずも、これでお互い様になってしまったな。さて、貴公。亡者が故に仕方がないとはいえ、いろいろとやることができたな」

 

「……その、ようだな」

 

 ハベルはゆっくりと立ち上がると、まずは彼の後ろに隠れ続ける娘のもとに向かった。

 

「……パパ、で良いんだよね?」

 

「っ!? ああ、フィーロ、すまない。私は…もう、大丈夫だ。」

 

 先程とは別人のような暖かな声色でハベルは両手をひろげた。いつもの父が戻ってきたことを察すると、彼女はまた思いのままに飛び込んだ。

 

 感情が入り交じりながら泣きじゃくる娘を今度こそ抱き留め、小さな幼き頭をなで上げる。娘にあんな事を言わせてしまった、そんな行き場もない罪悪感を抱きながら。

 

 そしてすぐ、彼は娘の手を引きながら落胆に陥った従者の下へと足を運んだ。瞳に光が灯らぬ彼女を、ハベルは自らやさしく抱きしめる。

 

「懐かしいな。こうするのは貴公がまだ奴隷であった頃の事だ。あの時から随分と、大きくなった。よくぞここまで……すまなかった」

 

「…かな…で…ハベル様」

 

「…ん?」

 

「おいて行かないで…ハベル様。ずっと……ずっと…私達と一緒に……」

 

「……勿論、だとも。何所へも、行きはしないさ」

 

 掠れた声で訴えかけるラフタリアを、ずっと泣きじゃくるフィーロも、ハベルは両手で抱き留め、その存在の重さと込み上げる懐かしさを噛み締めていた。

 

 もう二度と手放すまい、そう誓っていたのに……。

 

 ハベルの中で再び、人間性が燻り始めた。

 

「……今こそ、話さなければな。不死とは、不死人とは何たるか。そして、私が居た世界のことを……私が歩み、そして…失ってきた旅路を……」

 

 ハベルがまだ『ハベル』と呼ばれる前のこと。一介の不死人に過ぎず、そして世界のために薪となり、火を継いだことを。

 

 感情を発散しつくし、真剣な容貌でハベルの話に耳を傾ける二人を、ソラールは黙って見届ける。事態も丸く収まりつつある一行に安心し、彼は静かにその場を去った。自らも温もりを求めてか、今もなお苦しむ仲間(アポロ)のもとへと向かって。

 

 懐でフィーロから貰った紫の結晶が淡く輝くのに気づかぬまま……。

 




当作品で初の主人公【YOU DIED】
おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない

【解呪石】小さな頭骨が溶け込んだ灰色の石。呪いの蓄積を減らす。

亡者は死を重ねる度、記憶を失っていきます。さらに呪われるとその効果は倍増し……故に起きた事件でした。

皆様からの暖かな感想、作者のモチベにも繋がります故に、心よりお待ちしております。なるべく返信できるよう頑張ります

「フィーロちゃん、ちゃんと盾の勇者に伝えてくれたかなぁ? やっぱり直接…でも、もう暗いし、いまから行くのはものすごーく場違いな気が…やっぱり明日にしましょう。まっててください、母上。次期女王としての初仕事、必ず一人でもやり遂げて見せます!」


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