キュルルル~ッ! と武器屋を後にして露店街に出てからすぐ、隣のハベルにも届く程のかわいらしい音が響いた。彼は音源の方を見やると、ラフタリアが顔を青ざめながら自分のお腹を躍起になって押さえているのが見えた。そして、彼女は主人の視線に気が付くとブンブンと首を振り、一生懸命何かを否定していた。
その時、ハベルは露店街に漂う匂いから丁度昼時になったことに気づく。そして、先程から彼女の腹の虫が訴えている現状を見て、彼女が自分とは真逆の『生者』であることを思い出した。食事や睡眠など、生きとし生けるものであれば当たり前の行為。無論、奴隷から不死の従者となった亜人の彼女にもそれは必要なことだ。今後の生活を改めなければならんな・・・とハベルは一人思案する。
一方、ラフタリアは何やら考え込んでしまった主人を見て、腹の虫を抑えようと更に躍起になっていた。盾の勇者に見捨てられずに済んだ、という思いから安心しきってしまい、今まで忘れていた空腹感が蘇ってしまったのだ。躍起になっているのは、何も恥ずかしさからでは無い。卑しい奴隷と蔑まれ、呪痛や暴力が襲いかかってくることを恐れていたからだ。それは、今まで奴隷として過ごしてきたが故の、彼女に植え付けられた本能である。
「すまないラフタリア、すっかり失念していた。まずは昼食にしようか」
「・・・・・・えっ?」
彼から掛けられた言葉に、ラフタリアは耳を疑った。しかし、聞き返す暇も無くハベルはズンズンと通りを歩いて行き、適当な食事処へと入っていった。ラフタリアもついて行こうとしたが、店の看板に《亜人立ち入り禁止》と書かれているのを発見してしまう。
「あ、あの・・・・・・ここは・・・」
「・・・如何した貴公、早く来ないか」
ハベルは気にせず中から声を掛けるも、なかなか入ってこないラフタリアに対してしびれを切らし、小さな手を掴んで無理矢理店の中へ引きずり込んだ。そう、ハベルはこの世界の字が全く読めないのである。四聖武器の力で言葉は通じるものの、文字に関しては全く対応していなかった。別段、不死人に成り果ててから書物をあさる機会もあまりなかったため、彼自身は気にも留めていなかったのだ。
「いらっしゃ・・・・・・盾かよ」
「アレが例の犯罪者か」「しっ! 馬鹿お前聞こえるって」
「何で亜人がこの店に」「おい、誰か追っ払えよ」「無茶言うな、あの盾だぞ、消されるぞ」
店に入った途端、石鎧を見た者達全員が噂の勇者であることを察し、それぞれが恐怖し始める。ハベルもラフタリアも、民衆から向けられる目線や声にはとっくに慣れていたため、何一つ気にすることなくテーブルへと座った。
「・・・・・・注文良いか。あの子どもと同じ物を一つ」
「は、はい」とビクつくウェイターへと注文を済ませる。すると、ハベルは心底不思議そうな顔をしているラフタリアから「なん・・・で?」と問いかけられた。問いの意味が分からずに、ハベルは首をかしげる。
「なんで・・・とは? 貴公、腹が空いているのではないのか?」
「なんで・・・食べさせてくれるの?」
ラフタリアが再度問いかけると、ハベルは兜に手を添えながら深い溜息をついた。こちらの世界の奴隷は生者であるにもかかわらず、一々許可を取らなければ何もできないのか・・・と面倒に思うと同時に、奴隷として深く刷り込まれているラフタリアを不憫に思うようになった。
「貴公はこれから毎日戦いに出かけるのだ。その度に空腹で戦闘に支障が出るなどもってのほかであろう?」
「・・・・・・いいの?」
「・・・使命を果たすのに相応しい従者として、貴公には戦士になってもらう・・・そう言ったであろう。戦士はいつでも戦えるよう万全にしておくものだ」
「・・・じゃあ、ご主人様の分は?」
「・・・・・・何?」
改めてご主人様と呼ばれるのと、思いもよらなかったラフタリアの疑問に、思わずハベルはピクリと怪訝な反応をしてしまう。
「ご主人様が食べないのに、私なんかが口にする訳には・・・」
「・・・ぬぅ」とハベルは唸る。子どもながら不自然に感じたのだろう。亡者である彼と違って生者である彼女からすればもっともな感性だ。自分は化物だから食事を必要とはしない・・・などと説明する気が起きるはずもなく、ハベルは深い溜息の後でウェイターを呼び戻した。
「すまない、追加でこちらに一番安い定食と一番強い酒を頼む」
「は、はい!」と尚もビクつくウェイターを余所に、ハベルは自分自身も今後の生活を改めていく必要がある事を再確認する。生者と共に生活するにあたって、旅先で必要な物も増えてくるだろう。少なくとも、ラフタリアが自立できるほどの使い物になるまでには、ハベル自身が何とかしなければならないことは確かであった。
一人でまた考え込んでいると、先にラフタリアの料理が運ばれてくる。チキンライスやハンバーグ、サラダなど彩り豊かなお子様ランチだ。奴隷と成り果てて以来、初めてまともな料理が目の前に置かれると、ラフタリアは信じられないという風にしばらく見つめたまま固まってしまった。そして我慢できないと言わんばかりに再び腹の虫が騒ぎ始めると、「本当に良いの!?」と涎を溢れさせながら主人に許可を求め始めた。
「・・・食べないのであれば私が全部食ってしまうぞ?」
冗談混じりの脅しが通じたのか、ラフタリアは恐る恐るチキンライスを手づかみで口に運ぶ。そして、彼女の口から「美味しい・・・」という言葉が漏れると、そのまま目に涙を溜めながら料理に食らいついた。あまりに勢いが良いため喉に詰まらせるも、水の入ったコップがハベルから差し出されると、ゴクゴクと飲み干してはまたかぶりついていった。
「・・・美味いか、貴公?」
「うん! とっても美味しい! ありがとうございます、ご主人様!」
「・・・そうか・・・・・・」
そうして間もなく、ハベルのもとにも料理と酒が運ばれてきた。彼はいつもの如く面頬の隙間から黙々と料理を口に運んでいき、酒で流し込む。しかし、いつもの億劫なだけだった時間とは違い、隣で幸せそうに食事を楽しむ少女を眺めていた所為か、あまり苦痛を労さずに食事を済ませることができたハベルであった。
食事を済ませて店を出たハベルは、ラフタリアに必要と思われる生活必需品を揃えるため、雑貨屋へと彼女を引っ張って寄り道をし、片っ端から買い漁った。そうしてすぐに店を出ると、本来の目的地である草原へと歩みを向け、城壁の外へと向かっていった。
道中までハベルの手を繋ぎながら鼻歌を歌うほど上機嫌だったラフタリアも、城壁へと近づいて行くにつれて不安の表情が強くなっていく。やがて城壁の外に到着すると、彼女は丸い獣の耳をはためかせ、警戒心を強めていく。緊張のあまり身体がガチガチに強張る彼女を見かね、ハベルは彼女の小さな頭を不器用ながら優しく撫でた。
「・・・・・・では、始めるとするか」
「・・・っ! ・・・・・・はいっ!!」
ハベルの声かけにラフタリアは覚悟を決め、真っ直ぐな眼差しを向けながら強い決意を抱き直す。こうして、ラフタリアを戦士にすべき鍛練が幕を開けた。
最初は魔物の出現しにくい城壁にて、手持ちのダガーの握り方から振り方までの基礎的なことを順に覚えさせた。武器を振るったことのない彼女でもイメージがすぐにつきやすいよう、ハベルがラフタリアのすぐ後ろに付き添い、手取り足取り教えていく。
そうして得物の取り回しを覚えたところを見計らい、今度は教えた通りの振り方をハベル自身へと直接打ち込ませた。主人へと刃を向けることに酷く臆した様子のラフタリアであったが、ハベルは持っていたダガーを自身の石鎧へと突きたてて見せる。ダガーの刃は勿論通らず、石鎧に傷一つ付けることないことを実践すると、彼女は指示通り一生懸命取り掛かった。
「腕だけで振るな! もっと腰を入れろ!」
「はいっ!」
「振りが遅いぞ! 振るう時にだけ力を入れろ!」
「はいっ!」
「斬るだけでは見切られるぞ! 刺突も混ぜろ!」
「はいっ!」
「体勢はすぐ立て直せ! 寝ているばかりでは死ぬだけだ!」
「はいっ!」
国家騎士時代を思い出してか熱の入ったハベルの指導に、彼女はめげることなく付いていく。何度素手のハベルに振り払われ、その反動で地面に打ち付けられようとも、彼女は諦めることなく挑み続けた。目に涙を浮かべ、痛みに耐えながらも、彼女は必死に教えを身につけていった。
そうすること約2時間、頃合いと判断したハベルは彼女に《回復》の奇跡をかけて傷を癒やした後、小さな口に『緑花草』をちぎって放り込む。その独特の苦みに耐えつつ飲み込むと、身体に溜まった疲労が段々と薄れていくのが分かる。そして有無を言わさずに、ハベルは万全な状態へと戻した彼女を草原の奥へと引っ張り出した。いよいよ実戦である。
手を繋いでいなくとも、ハベルは先程から耳をそばたてている彼女の緊張を直に感じ取っていた。早すぎる程の初陣では臆病なくらいが丁度良い・・・と考えを浮かべていると、早速オレンジバルーン三体が飛びかかってきた。尚も怯える彼女の手を離し、牙を剥くバルーンに向けて兜ごと顎をしゃくる。示された合図に、彼女は強い眼差しを取り戻し、ダガーを手に果敢に攻めかかっていった。
バルーンを倒した後も彼女が一人で戦っている最中、ハベルは極力手を出さず見守りに徹していた。初陣ゆえに被弾を重ねる彼女に奇跡を掛けてから立ち回りを教え、途中どうしようもない数に囲まれたときだけは盾を展開し、彼女を守って援護する程度だ。こうすることでラフタリアは彼の目論み通り、ハベルに頼ることなく魔物と戦えることにある程度の自信を付けていった。しかし同時に、なんだかんだ助けてくれるハベルに安堵感と信頼を感じるようになってきたのは彼女の中でしか知る由もなかった。
ここら一帯の魔物を狩り尽くすほど戦い続けていると、気が付けば日が暮れ始めていた。ハベルは満足げに頷くと、疲労困憊でへばっているラフタリアをおぶり、野営地として考えていた川辺まで連れて行った。いつの間にか背中で寝ていたラフタリアを起こし、タオルを渡して行水することを促すと、彼女はそそくさと川の方へと向かっていく。
彼女が行水の間、ハベルはすぐさま薪を組みあげてから呪術の火で着火し、焚き火を作っていく。そして晩食を確保すべく『雷のスピア』を片手に、川魚を何匹か仕留めては適当に串に刺して焼いていった。訓練時代の野営術がこんな形で実を結ぼうとは・・・と耽っていると、コホッコホッという声が聞こえる。気が付けば、行水から戻ってきたラフタリアが暖まりながら、口に涎を溜めてハベルを見つめていた。先に焼けた分を彼女に全て与え、残り一匹だけをハベルは頂く。塩をふっただけだというのに、ラフタリアは咳を挟みつつ、破顔しながらあっという間に平らげた。
「・・・貴公、まだ咳が目立つな。これを飲んでおけ」
満腹感から若干表情が緩んできたラフタリアに、ハベルは調合した薬を入れた薬瓶を差し出した。ステータス魔術により薬の作用は確認済みであるため問題は無い、と説明してから手渡すと、彼女は匂いを嗅いでから一口含んだ。瞬間、顔色が一瞬で青ざめ、これ以上ないほど表情を歪めながら「う゛ぇぇぇ」と含んだ分を吐き出してしまった。「・・・そこまでか」と嘆くハベルも同じ薬を試しに飲んでみる。すると、口の中で微かに苦みが転がった。亡者ですら苦みを覚えるほどだ。生者である彼女にとってはこれを飲めというのは拷問にも匹敵する所業であろう。
「・・・・・・明日は必ず薬屋に寄るとしよう。だから、貴公。頑張れ」
「う゛ぇぇぇぇぇーーーーーー!?」
あの後何とか薬を一気に飲み干したラフタリアは、急に疲れを覚えたのかぐっすりと倒れ込むように寝てしまっている。焚き火の近くとはいえ冷えぬように毛布を掛けたハベルは、いつものように薬の調合に勤しみながら今日のことを振り返る。
間違いなく言えるのは、導きに従って正解だったことだろう。亡者と同等の下賎な輩に絡まれない日常を手に入れたのもそうだが、指導の成果が早期に出現したことや、実戦の中での立ち回り、どれをとってもラフタリアの順応性は目を見張るモノがある。彼女のソウルも今や輝きと共に質量も順調に増している。このまま心折れぬ限りは波までに奴隷から戦士へと成り上がるのも時間の問題だろう。
「・・・いや・・・・・・助けて・・・・・っ!」
「・・・ぬ?」
思考の最中、掠れた声の主を見やると、うなされているのか毛布をギュッと握りしめているラフタリアの姿が見えた。そして次の瞬間、ラフタリアは眼を大きく見開き、ガバッと勢いよく起き上がった。
「いやぁあああああああああああああああああああああ!」
「ヌッ!? どうしたラフタリア! 何が・・・」
そこまで言いかけ、ハベルは奴隷商が夜中にパニックを起こすと言っていた事を思い出した。「お父さん! お母さん!」と、尚も泣き叫び続ける彼女に、ハベルはどうして良いか見当も付かずオロオロとするばかりである。このまま騒音が続けばいずれ獣や魔物が聞きつけてしまう。なにより、先程から泣き叫んでいる彼女のソウルに陰りが見え、本来の輝きを失いつつあった。
様々な好ましくない事象を危惧したハベルは、とりあえずラフタリアを抱き寄せて膝上に乗せ、頭を撫で続けてあやし始めた。こんな時にどう言葉を掛ければ良いかも分からなかったが為に、ただひたすら鎧と密着させて撫で続けた。亡者である事に感謝するわけでは決して無いが、睡眠を必要としないのを良いことに、日が明けるまでの間、涙を流しうなされ続ける彼女を抱きしめ続ける形となった。
翌日、ハベルに抱きかかえられたまま目を覚ました彼女は「ヒィ・・・!」と喉を鳴らすも、自分の身に何が起こったのかを察したのか、すぐにハベルの膝上から離れて必死に謝り続けた。そんなラフタリアに彼は黙って手を伸ばすと、彼女はサッと顔色を青ざめてはギュッと目をつむり、その場に縮こまってしまった。
しかし、彼女に触れた手は暴力的なものではなく、むしろ優しげに彼女の頭を撫でていた。驚いた様子で主人を上目遣いで見つめるが、無機質な兜に隠れた彼の心情をラフタリアは理解できなかった。その後もハベルは特に何も言わずに野営地を片付け、彼女と共に城下町へと戻るのであった。
城下町に戻るとすぐに朝食を露店で買い、ラフタリアに与えたハベルは彼女を薬屋の前で待たせ、咳止めなどの病に効く薬を注文すると共に、薬屋の主人に薬の調合について相談していた。試しに薬を見せてみると主人は一口含み、すぐさま手元に置いてあった水を飲んで無理矢理飲み込んだ。
「グェ・・・味は最悪だが、品質は然程悪くはないようだ。あんた、今までで薬学を習ったことは?」
「・・・いや、全くの素人だ。スキルとステータス魔術で確認しながら手探りでな・・・。如何せん手引き書でもあれば助かるのだが・・・」
「味だけに関してなら、ウチで売ってる手引き書を買えば何とかなるだろう・・・。しかし、四聖勇者の恩恵てのは恐ろしいもんだな。こういう薬ってのは最低半年は修業しないとままならねぇもんなんだが・・・」
「・・・恩恵、か・・・・・・」
確かに主人の言う通り、四聖は呪いだけでなくスキルなどの恩恵をハベルに与えていた。さらに城下へと戻る際に気が付いたことだが、昨日ラフタリアに掛けた《回復》の奇跡の使用回数が、なんと元に戻っていたのだ。これらを利用しない手はないだろう。
その後に、ハベルは薬屋の主人と商談を交わしていくつか自身で調合した薬を売り、そのお金で手引き書を買った。早速中身を見てみると、初級者向けと言うこともあってかイラストを中心とした大雑把なものであった為、文字の読めないハベルは助かっていた。
主人に礼を言ってから店を出ると、店の前で待つように言ったはずのラフタリアの姿が見えなかった。割と長い時間が経っていたこともあり、仕方がないかと辺りを見渡すと、彼女は小物を扱っている露店を覗き込んでいた。店の者は買いもしないで居座る亜人の少女を疎ましげに見ていると、向こうから全身石鎧で覆われた噂の勇者が歩いてくるのを見つけ、思わず腰を抜かした。一方、ラフタリアは気が付かず、尚も視線は一点に集中していた。
「貴公、欲しいものでもあったか?」
「っ!? ご、ご主人様!? い、いえ全然何でもないです!」
主人に必死で否定する前の彼女の視線の先には、細やかな装飾が施された金色のオルゴールがあった。夜泣きの軽減に使えるかも知れないと判断したハベルは、すぐさま店主に注文する。一応どういう物か聞くと、開いておけばその間ずっと子守唄が流れるという。尚更丁度良かったハベルは食い気味で頼み込むと、中古品だからと何故か半泣きの店員に半額ほどで買い取ることができた。
あらかた買い物を済ませたハベルはすぐさま城下の外へと歩みを進めた。そして「出発するぞ、早く来ないか」と急かされ、その後ろを行く亜人の少女は、奴隷とは思えぬほど幸せそうに微笑みながらその後を付いていくのであった。
次の話で血が流れるんで飢えた方々は勘弁してくだしぃ・・・。