ハベルがラフタリアを従者にしてから三日目、エルトハルトの勧めもあってショートソードを手にした彼女は、盾の勇者指導の下で確実に力を付けていた。草原にて出現する無機質なバルーン系や植物型の魔物に遅れを取ることはもう無く、ハベルの手を借りずにそれらの群れを相手取れるほどまでに。
咳も薬屋で買った物に加え、手引き書を見て調合した彼の薬も相まって大分落ち着きを見せている。また、ガリガリだった恰幅も欠かさぬ食事のお陰かそこら辺の人間の子どもと大差ないまでに回復した。ボサボサとしていた身なりも、ハベルが不器用ながらに整え、なんとか形にはなっていた。
そして四日目、ハベルは昨日の彼女の立ち回りを判断し、狩り場を森へと移すことを決める。彼女もそれに反対することはなく、色とりどりのバルーンを殲滅した後に、森の中へと一足先に歩みを進める主人へとついて行く。
森の中の雰囲気は草原とは異なり、様々な魔物の敵意が青々とした木々の間からより多く、より近くで感じられた。魔物の強さ自体も草原の物より強靱ではあるが、一度戦いの立ち回りを覚えたラフタリアのやることは変わりない。対峙した敵の動きをいなしながら観察し、動きの隙を見極め攻撃に転じていく。ハベルの教えを正確に守り、実行に移していくことは常人であれば容易ではない。だが、彼女の持ち前である順応力がソレを可能としていた。
そうしてラフタリアは出会った魔物を順調に仕留めていた。ここまで聞けば、彼女は立派な戦士に成ったといえよう・・・・・・だが、哀しきかな。彼女はまだまだ子どもであった。
ラフタリアがキノコ型の魔物を三匹同時に切り伏せているのを見守る中、ハベルにも敵意が向けられた。茂みの中から小型の影がハベルに向かって跳躍し、勢いよく突進を仕掛けるも、彼は四聖盾で難なく受け流す。力の行き場を失ったソレは宙に投げ出され、ハベルにガシッと片手で捕縛される。姿を視認すると、角が生えたウサギの魔物がまだ戦意を失っていないのか、ハベルの手の中で必死に藻掻いていた。
「ご主人様! こっちは終わりまし・・・・・・ヒッ!?」
魔物との戦闘を終えたラフタリアが、手元のウサギを見た途端に目に見えて怯え始めた。そう言えば何気に草原ではあまり見ることがなかった血の通う魔物である・・・・・・まさか、と不審に思ったハベルは捕縛したウサギをラフタリアの目の前へ叩き付けた。ご自慢の角が折れるほどの力で地面に打ち付けられ、意識が朦朧としていているウサギが目の前に居るにも関わらず、彼女は何故かその場から動けずにいた。
「何をしている、貴公。トドメを刺せ」
「で、でも・・・斬ったら血が・・・・・・怖い・・・・・・」
顔がみるみるうちに青ざめて声を震わせながら、ラフタリアは剣を降ろしてしまった。血を全く知らないはずもないだろうに、完全に戦意を失ってしまった彼女を見て、ハベルは溜息を吐きつつ項垂れた。
「ラフタリアよ、貴公を戦士にすると私は言ったはずだぞ・・・使命の障害となるモノは全て排除する。この先、そのような魔物だけではない。国に仇成す賊共や頭のイカレた狂人を相手にすることもあるだろう。分かるな? ・・・覚悟を決めろ」
「うぅ・・・・・・分かってます・・・でも・・・」
「・・・そうか、できれば使いたくはなかったが仕方がない・・・・・・ラフタリアよ、《命令だ!トドメを刺せ!》」
ハベルが言い放った瞬間、ラフタリアの胸元に刻まれた奴隷紋が紫光に輝きながら浮かび上がる。そして、久方ぶりの呪痛が彼女の身に襲いかかった。「うぅぅぅ・・・・」と歯を食いしばり、彼女は痛みのあまりうずくまった。呪痛を払うには命令を聞けば良いだけ・・・それはラフタリアも充分知っているはずなのに、彼女はそれでも剣を構えることはできなかった。
―――役に立たない誓約だ・・・。
奴隷の誓約である《命令》が強制的に行わせるソレではなく、ただ呪痛を与えるばかりのモノと再認識すると、彼は心の中で悪態をついた。彼はなにもラフタリアに苦痛を与えたいわけではない。無理にでも血を覚えさせようとしただけなのである。
彼女が呪痛に苦しむ中、遂にウサギの意識が回復する。そして、目の前でうずくまり隙だらけで弱っているラフタリアを認識すると、ウサギは標的を変えて彼女に跳躍し、鋭利な前歯を向けた。
「・・・・・・・もういい」
ラフタリアと目と鼻の先まで詰め寄ったところで、ハベルは『トゲの直剣』をウサギ目掛けて突き下ろす。グシャリと皮膚を裂き骨が砕ける音と共に、小さな体から吹き出した鮮血がラフタリアに降り掛かった。
呪いの誓約を取り消して呪痛が解かれたはずではあるが、返り血を浴びたラフタリアは魔物の亡骸を見ては「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」とメソメソ泣くばかりでまだ動けずにいた。そんな彼女を見つめ、ハベルは自分が無意識のうちに焦りを覚えていたことを思い知らされる。
ラフタリアに起こったソレはなんて事はない・・・ハベルの世界でも新兵によく見られる症状だ。大のおとな・・・それも男であっても常人であれば生き物を殺めることに少なからず忌避は生じる。ましてや、それを一介の少女に早々と慣れろというのは、あまりにも酷ではないか。かねて血を恐れたまえ、なんて警句をハベルは国家騎士に成り立ての頃に教わったことがある。最初から血を恐れぬ者は、もはや人では無い。ただの狂人なのだ。
ハベルはそっとラフタリアに向けて手を伸ばした。しかし、彼女は主人に奴隷の呪いを使わせたあげく、それでも命令に背いたことから、またもや怯えてギュッと涙を溜めている目を瞑った。今度こそ呪痛よりも酷い折檻が来る・・・と観念していたが、ハベルはまたいつも通りに頭を撫でるだけだった。
「・・・・・・すまなかった、だが今はまだ無理でも、じきに慣れてもらうぞ。貴公が今の生活を続けていきたいのならな」
「ご、ごめんなさい・・・ご主人様、どうか・・・見捨てないで・・・」
ボロボロと涙を溢れさせながら、掠れた声でラフタリアは懇願する。確かに、彼女の身体は奴隷商の下に居たときよりは常人以上に回復したと行っても良いだろう。だが、まだ彼女の心は奴隷のままであった。その思いを断ち切らぬ限り、ハベルにとって望ましい従者・・・戦士には成れない。そのことは彼女が一番痛感していた。
「なら、せめて・・・これだけはやらせてください」
そう言うと、ラフタリアは魔物の亡骸に解体用のナイフを突きたて、ハベルの見よう見まねで素材を回収し始めた。手元がおぼつかず、動脈を傷つけて更に血が噴き出しては表情を歪ませ、涙を流しながら捌いていく。痛々しく儚げなその姿を、ハベルはただ黙って見守る事しかできなかった。
それから二人はいつものように日が暮れるまで戦いに打ち込んだ。血の通う魔物が現れた際も、ラフタリアは決して戦わないと言うことはなく、殺さずに意識だけを奪いハベルがトドメを刺すといった具合だ。彼はそのことに関して何も言わなかったが、良い感情を向けられていないことだけは理解していた。
辺りが暗くなり始めてからは、森の近辺にあるリユート村へと足を運んだ。ラフタリアの夜泣きの件もあり、ハベルはなるべく魔物の目に付きやすい野宿はしないよう心がけていた。小規模ではあるが狩り場を移した後の拠点にするには良さそうな村であり、宿は一つしかないが宿泊費は銀貨1枚、商人も二日に一度は滞在するという好立地であった。
村人達は全身に重厚な石鎧の鎧を纏ったハベルを見て、噂の盾の勇者である事に気が付く途端に怯え始める。しかし、隣に連れている亜人の少女がまるで親子のように親しげに接しているのを見て、彼が噂の化物であるか疑問を持つようになっていた。
そして何より、壮年の村長が村人達の混乱を治めるべく、直接ハベルに話を伺ったときである。村長が何気なしに村全体で薬が不足していることを仄めかすと、ハベルは夜中に調合していた大量の薬を譲ったのだ。
ハベルとしては夜中にラフタリアを寝かしつけた後、特段何もすることが無いため薬の調合に勤しんでいただけであったが、そんなことはつゆ知らない村長は警戒度を下げ、すぐさま村人達に薬を配給した。中には怪しむ者も何人か居たが、村の大部分はハベルに対して恐れを抱かなくなった。
そんなわけで城下町よりも居心地が良いリユート村を拠点として滞在することしばらく、ハベルは村長から勇者様にしか頼めないと相談を受けた。なんでも村の大事な炭鉱に住み着いた魔物を討伐して欲しいとのことである。
最初の災厄の波の影響か、村の特産であった炭鉱に危険な魔物が迷い込み、そのままねぐらにしてしまってから誰も近づく事ができず、村の活気が失われてしまったという。ラフタリアの鍛練に丁度良いかも知れないとしたハベルは、これを二つ返事で了承した。
「あ・・・あの・・・・・・」
「・・・ぬ?」と、問題の炭鉱に向かう道中、突然ラフタリアからクイッと手を引かれたハベルは兜を彼女の方へ傾けた。
「ご、ご主人様が、さ、災厄の波に立ち向かう理由って何でしょうか!」
ラフタリアは勇気を振り絞り、若干声を張り上げてハベルに問いかけた。
「・・・・・・理由・・・・・・それは、私が盾の勇者だからであろう?」
「そ、そうではなくて、あの・・・私は臆病だから・・・だから変わりたくて、その・・・ご主人様の戦う理由を聞いて・・・ご主人様の勇気を少しでも貰えればな・・・って」
「・・・戦う理由? 私が盾の勇者として召喚されたからだろう?」
彼との間に認識のズレが生じているのか、こちらの意図が伝わらないことに、ラフタリアはどうすれば良いかとオロオロする。そんな彼女を、ハベルは心底不思議そうに見つめ、首を傾げていた。
「で、ですから、そうではなくご主人様自身の理由を―――」
「理由も何も、それが私に課せられた使命であろう?」
「・・・えっ?」と、あまりにも堂々と言い切ったハベルに、ラフタリアは言葉を失った。
「私がこの世界に存在しているのは、四聖勇者という使命を与えられたからだ。盾の勇者として使命の邪魔をする者を排除し、災厄の波を打ち払い、世界を救う。ソレがこの世界に召喚された私の存在意義であり使命だ・・・・・・他に何かあるか?」
それから炭鉱に到着するまで、ラフタリアが言葉を発することは無かった。しかし、到着するまでの間ずっと、ハベルの手を離すことも無かった。
地図を広げて場所を確認しながら、二人は人の手が長らく入っていないだろう雑草が生えだしている道を行き、目的地の炭鉱へと到着する。ボロボロで碌に整備もされていない坑道へと入って行くと、足下の所々に獣の足跡を発見する。
大きさや足跡の形状からから見ても、大凡中型程度の野犬であろうことが予想される。犬型の魔物と推定すると、ハベルは兜の下で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。ハベルの居た世界での主な死因の一つが、まごう事なき犬である。何度取り囲まれ、その度に何度あの牙に八つ裂きにされたことか・・・。重量のある武器を好むハベルは単体でもさることながら、犬を従えていたデーモンを見た瞬間、心が折れて思わず使命を投げ出したくなったほどだ。
ハベルの不安が伝わったのだろうか、手を繋いでいたラフタリアは心配そうに見上げる。「・・・問題ない」と彼は一言添えると『頭蓋ランタン』を片手に薄暗い坑道を先頭で突き進んでいく。
木材で所々が補強された暗い洞窟内を抜けると、今度は小さな泉や流れの緩やかな滝等の水源が存在する広々とした空間に出た。天井からは外の光が疎らに覗いており、至るところにある鉱石がその光を反射して輝いているため、ハベル達の居る空間は光源には困らなかった。どこか幻想的な光景にラフタリアは目を輝かせていたが、ハベルはお構いなしに泉の方へと続く坂道をズンズンと下っていく。
慌てて付いてくるラフタリアを余所に、ハベルは辺りを見回して索敵を行っていた。犬型の魔物相手に高所で戦うのを嫌っていた彼は自然と早足になっていた。途中、ラフタリアがきちんと付いてきているか振り返ると、息を切らす彼女の後ろにソレは居た。
滝の方の坂道から彼女を二つの顔で見下ろし、獲物と定めたのか牙を剥いている。ハベルよりも一回りほど大きい双頭の黒い野犬が、気づかずに駆け寄ってくるラフタリアに巨体を揺るがしながら駆け出した。
ハベルもすぐさま地面を蹴り上げて走り出し、キョトンとしたラフタリアの背後へと周り『黒騎士の盾』を展開して野犬を迎え撃った。ガァンッ! と真正面から野犬の突進を受け止めたハベルはすぐさま『黒騎士の
ニヤリと舌を出して嘲笑う双頭の顔にハベルは舌打ちをしながらも、冷静に武器を構え直す。道中で見かけた足跡はコイツの幼少期の物だろう。先程受けた力もそんじょそこらの魔物とは比べものにならなかった。今のラフタリアではまだ早かったか・・・・・・と彼女を案じて顔を向けると、彼は異変に気が付く。ラフタリアは尋常では無いほど蒼白に青ざめ、ガクガクと全身を震わせていた。ハベルはその光景に嫌な既視感を感じていた。
「ああ・・・ああああ・・・・・・イヤアアアァァァァァァーーーーー!」
炭鉱に彼女の悲鳴が木霊した。パニックを起こし泣き叫ぶ彼女に、野犬はターゲットを変更したのか、ハベルの横を突っ切った。「マズイ!」と思わず口にしたハベルはその重厚な鎧に似合わない俊敏さを見せ、ラフタリアを抱きかかえたまま泉の方へと飛び込んだ。
そして、落下の最中に彼は手にしていた斧槍を力任せに崖へ突きたて、岩壁を崩しながら徐々に落下の速度を崩していく。ラフタリアを抱えたまま片腕にありったけの力を込めて続けると、やがて真下の岸へドスン! と衝撃を受けつつ着地した。「グゥッ・・・」と落下の衝撃で体を痛めたハベルは、堪らずエスト瓶を取り出して口に含む。瞬間的に痛みを癒やしたハベルは、尚も泣きわめく彼女の方へと視線を向けた。
「・・・ヒック・・・犬の魔物が・・・・・・村の皆や・・・お父さんとお母さんを・・・うぅぅ・・・」
「・・・そうか。貴公、最初の波で・・・」
ハベルの言葉に、ラフタリアはかろうじて頷いた。彼女の夜泣きの原因をある程度察すると、彼はラフタリアをこの場から逃がすことを決めた。パニックを患っている彼女を守って戦える自信を、彼は持ち合わせてはいなかった。まだまともに血を覚えていない彼女に、この戦いは早尚過ぎるのだ。
「ワオオオォォォン!」
「「っ!?」」
しかし、いつの間にか野犬は二人の前へと姿を現し、どこにも逃がさないという意味を込めてか遠吠えを始めた。ハベルはすぐさま武器を構え直し、またもパニックに陥りかけているラフタリアへと語りかけた。
「ラフタリア・・・・・・貴公は逃げろ」
「・・・えっ!? で、でもご主人様は!?」
「私は・・・このまま奴の注意を引く。貴公はその間に逃げろ」
「で、でも―――」
「黙れ! ・・・奴は貴公のお守りをしながら戦えるほど弱くはない。だから黙って言うことを聞け! でなければまた《命令》をするぞ!」
「ご主人様を置いて逃げるなんて――――」
「グアァァッ!!」
ラフタリアの言葉を遮るように、野犬が先に動いた。ハベルもそれに合わせて前へと出ては斧槍で刺突を繰り出す。すると、野犬はまたもや当たる直前にバックステップで距離を取ってコレを躱した。
距離を置かれたハベルはすぐさま斧槍から連装クロスボウ『アヴェリン』を展開し、三本のボルトを続けて狙い撃つ。駆け出した野犬の体に2本命中するも、図体がでかく強靱なためか怯まずにハベルへと距離を詰めていった。
―――抜かったか!?
ハベルは咄嗟に盾を構え野犬の片頭の牙を防ぐも、もう一方が続けざまに牙を剥き、ハベルの肩部へと食い込ませた。痛みに耐えつつ、ハベルは空いた手元から『トゲの直剣』を振り上げるが、まるで動きを読んだかの如く後ろへと下がった野犬に浅い裂傷を負わせるだけであった。
図体の割に素早い身のこなし、最悪の組み合わせにハベルは苛立ちが募っていた。だが、先程の手応えからしても強靱な割に耐久性はそこまで高いわけではないことを彼は察した。一撃、致命的な一撃を与えることができればすぐさま沈められるのだが、そのチャンスは容易ではないだろう。思案を巡らせていると、尚も後ろで彼女の嗚咽が聞こえてきた。
「何をしている! 《命令だ! 今すぐ逃げろ!》」
ままならず怒鳴ると、ラフタリアの胸から紋章が輝きを放ち、呪痛が彼女を襲った。しかし、それでもラフタリアは逃げなかった。否、両親の影と重なった主人を置いて逃げられなかった。
「逃げろと言っているだろう! ラフタリア! 《命令だ! 逃げろ!》」
叫ぶように命令を下し、ラフタリアの身に掛かる呪痛が重なろうとも、彼女は更にパニックを起こし、自分自身でもどうすれば良いか分からずにただ狼狽している。そんな中、またもやラフタリアを狙って襲いかかる野犬を、ハベルは全力で受け止めた。
「貴公は生きろ! 頼む、ラフタリア!
その言葉が、彼女の中で幾重にも響いた。刹那、ラフタリアの家族を襲った最初の波の記憶が鮮明に思い出される。両親は幼いラフタリアに生きて欲しいと願いを込め、崖から海へと突き飛ばした。海へと落ちる最中、彼女の目の前で三つ首の獣が両親を食い殺す。おびただしい鮮血・・・飛び散る肉片・・・そして両親の言葉が、ラフタリアの中で何度も繰り返された。
『生きてくれラフタリア』
『私たちの我が儘を許して』
―――行かないで・・・行っちゃイヤ・・・・・・置いてかないで・・・もう、一人にしないで!!
「死んじゃ・・・ダメエェェェーーーーー!!」
「グルアァァアアアアア!?」
それは、誰もが予想だにしていないことだった。ショートソードを構えたラフタリアは、全身の力を振り絞ってハベルへ食らいついている野犬へと跳躍し、片頭の喉元へと渾身の力を込めて突き刺した。堪らず野犬は全身を使ってラフタリアを振りほどき、彼女を地面へと叩き付ける。ラフタリアはそれでも体勢を立て直し、強い敵意を込めた眼差しを野犬へと向ける。野犬もラフタリアを敵と見なし、牙を剥く。
「よくやったぞラフタリア!」
だが、彼に背を向けた時点で、勝負は既に付いていた。
ハベルは黒騎士の斧槍を展開させ、自身の筋力に物を言わせ全力で振り下ろした。斧槍の刃は確実に野犬の首元を捉え、健常な片頭が宙へと跳ねる。凄まじい痛みに体を揺らすが、逃がすまいとハベルは傷ついたもう片頭を鷲づかみ、首元から胴体を掛けて斧槍を貫通させる。鮮血が吹き出し苦しむ野犬に更に力を込めて差し込み、野犬の体をねじ伏せた。
そうして事切れた野犬のソウルがハベルへと流れ込むと、拠り所を失った肉体は灰となり、宙を舞って跡形も無くなっていった。
「・・・まったく・・・役に立たない誓約だな」
ハベルの言葉が戦いの終わりを示すと、ラフタリアの手から剣が滑り落ちる。そして、じわりと涙をにじませると、彼女は勢いよくハベルに向かって飛びついた。
「絶対に死なないで! 私を一人にしないで・・・ハベル様・・・」
嗚咽を交えながらボロボロと涙を溢れさせる彼女を、ハベルは腰を下ろし、慣れた手つきで優しく抱き寄せて撫でる。
「死なないさ、私はな・・・・・・よく頑張ったな、ラフタリア」
思わぬ成長にハベルの声色もどこか優しげな物へと変化する。彼女が泣き止むまで、ハベルはずっと、彼女を抱き寄せていた。