言っちまえばアイツとの出会いは最悪の一言だった。
あの時、フィーネからバカと一緒に拉致するよう指示されて、実際遭遇してみたらアイツにロクな反撃も出来ずにボロ雑巾にされちまった。先輩の絶唱もだがあの時[ネフシュタンの鎧]が無かったらと思うとゾッとする。
それ以降はアイツに会う度にアタシは助けられた。バカが[デュランダル]を持って暴走した時、フィーネに捨てられて逃げてた時、追っ手のノイズが迫ってきた時、バカと一緒にノイズを片付けていた時…。
思い返す度にアタシは迷惑をかけているのを思い出す。
だからだろうアイツが月の破片を迎撃してぶっ倒れた時は心底落ち着かなかった。
「あれだけ恩売っといて簡単にくたばるんじゃねぇ」
と、特機部二に保護されてからの一週間はそう思うばかりだった。アイツが目を覚ましたとオッサンから聞いた時はいの一番に駆け込んだ。
押し入った病室のベッドに上半身を起こしたアイツがパチクリしながらアタシを見ていたのを今でも覚えている。アタシも勢いで来ちまっただけになんて話せば良いのか分からずその場で固まっちまった。
「心配を掛けてしまったようですね、すみません。ですが真っ先に来てくれた事、とても嬉しく思います」
微笑みながらそう言ってきたアイツにアタシは途端恥ずかしくなり「うるせぇ…」とそっぽを向いて突っぱねた。後から来たバカにその事をからかわれ怒鳴り散らし、先輩がそれを見て「やれやれ」と呆れていた。
それからオッサン達のおかげでいわゆる普通の生活ってのが出来て学校にも行けて、正直今が現実かどうか怪しく思えるほど充実していた。
そんなある時、アイツが普段のメシはどうしてるか聞いてきた。「三食外食だ」と伝えると血相を変えて育ち盛りがどうこう言い始めたが軽く聞き流した。
特機部二からの小遣い使い余してるんだしどう使おうが勝手だろ。
てなことを話した翌日の夕飯時、特に訓練もなく学校終わってから家に戻ってメシをどうすっか悩んでいる時、家のインターホンが鳴った。
玄関を開けて確認してみるとアイツが立ってた。何でもメシを作りに来たらしい。
断ろうとしたが…
「作らせなさい…!」
と、迫力のある言い方をしていたので渋々家の中に入れた。
たまに出てくるアイツの従わなきゃイケねぇ圧力みたいなのは何なんだ?王様特有のカリスマってヤツか?
家に上がったアイツは真っ先にキッチンに向かった。全く使った跡が無いシンクやコンロを見て顔にシワが寄っていた。次に備え付けの冷蔵庫の中を見た。中は飲み物と小腹が空いた時用の菓子ぐらい。それを見て今度は頭を抱えていた。
なんだよ別に良いじゃねぇか!メシ何て作らねぇんだしよ!
なんてアタシの言い訳を無視して手に持っていたレジ袋から何かの材料を広げ始める。見ているだけなのも嫌だからなんか手伝おうとしたら…
「包丁使えますか?」
と言われて黙って待つことにした。チクショウ。
アイツは自前のエプロンを着けてテキパキと手を動かす。それをジッとみるアタシ。ふと頭に過るのはチビの時に見たママの姿。ママもあーしてキッチンでメシを作って。パパとアタシは何ができるかよく予想してウキウキしながら待っていた。
後ろを向く。フローリングの部屋には不釣り合いなでかい仏壇。この間オッサンに頼んで運んでもらったパパとママのだ。
チビの時には出来なかった唯一の親孝行、それをしたくて。何時でも見守ってるって思いたくて。なんて取り繕っても結局は寂しい気持ちを少しでも和らげたくて置いてるんだと思う。
そんな黄昏てた私の鼻に香しい匂いがやってきた。アイツがお玉杓子を使って鍋の中をグルグルと回す姿が見えた。
これって…カレーか?
その予想は当たって大皿に盛られたライスにお玉杓子ですくったカレーが上から降り注ぐ。
「どうぞ」
目の前出されたそれは黒寄りの赤色のルーに色とりどりの野菜が散りばめられて鮮やかな色合いをして目を楽しませてくれる。対照的にライスは一粒一粒が輝いててきらびやかだ。そしてなにより白い湯気と一緒に漂ってくる香辛料が効いた香りがアタシの腹ん中の虫を暴れさせる。
「いただきます…」
作ってくれた者に対する最低限のマナーを言いつつスプーンを持つ。スプーンの上にルーとライスを半分づつすくいそのまま口に運ぶ。
ピリッとした辛みの後、野菜の旨味や甘味と言ったものが溶け合い混ざり合った味が口いっぱいに広がる。
「悪くねぇんじゃねぇか…」
ハッキリ言って旨かった。だが素直に称賛するのはなんとなく恥ずかしかったから言葉を濁した。
「そうですか。ありがとうございます」
なのにアイツは嬉しそうに微笑んだ。その顔がなんだか見透かされてるみたいでなにより微笑みが綺麗だと不意に思ってしまった事がアタシの羞恥心を掻き立てる。誤魔化す為に大皿を持ち上げスプーンでカレーをかきこむ。
「…クリス、食べ方が汚いですよ。貴女も女性なら食事のマナーと作法はしっかりするべきです」
「モグモグ…ゴクン。るっせーよ、大体アタシはチビの時から戦地で生きてたから礼儀作法なんて知らねーし」
なんて言い訳をするとアイツはどこか悲しそうな顔をする。多分アタシの生い立ちについては知ってるはずだからな、色々察したんだろ。だけどそれで失言だったなんて思われるのも癪だ。
アタシは持ってた大皿をアイツに差し出す。
「ん。おかぁり」
「…はい!」
一瞬戸惑った顔になったが直ぐに何時もの微笑み顔で答えてくれた。
うん、暖かいな。
鍋の中に入ってたカレーはその日の内に完食した。
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「―ス――リス?…クリス?」
ふと、物思いにふけってた意識がアイツの声で戻ってきた。
「どうかしましたかクリス?」
「あ…、わりぃちょっと考え事してた」
「包丁ではないとは言え刃物を片手に考え事とは感心しませんよ?」
「あぁ…」
アタシの生返事を聴いた後、アイツは野菜を切るのを再開する。
アタシは手に握られてる裸になりきってないじゃがいもにピーラーを押し当てて皮剥きを再開する。
フロンティアの戦いの後、アタシは大晦日の手前辺りから料理の手伝いをしてる。最初こそ勝手をやった報いと思ってやっていたが、こなしていく内に楽しくなっていった自分がいて、気付いた時にはアイツと一緒に献立を考える事が多くなって、バカやバカの親友に振る舞った時に「美味しい」と言ってもらえる事が嬉しくなって…
あぁ…、恵まれてるなアタシ。
隣で切った野菜を鍋の中に流し込んでるアイツを見る。
アタシがこうして恵まれてるのもオッサンやコイツのお陰なんだよな。
いつかコイツにちゃんとお礼を言いたい。助けてくれた事、夢を預かってくれた事、信じてくれた事、そして何よりこの暖かい温もりを思い出させてくれた事に感謝したい。
今はまだ無理でも、いつかもう少し心が強くなったら目一杯言ってやろう。
そんな事を考えてるとアイツと目が合った。
「また考え事ですかクリス?」
「へ、オメーの優等生ヅラ見て平和ボケを嘆いてただけだ」
「そうですか。私はクリスの愛らしい顔が見れて嬉しいですよ」
「ん″なっ!?///」
た、たく!なんでコイツはバカと一緒でそんな小っ恥ずかしいセリフを平気で言えるんだ!?まったく!本当にまったく!!
熱くなる顔を誤魔化す為にじゃがいもの皮剥きをちょっぱやで終わらせて、適当に切り分けてから鍋に突っ込む。
一連の動きを見てアイツがニッコリ顔になってるが気にしない。気にしてたら進まねぇ。
今に見てろよ!いつかテメーの顔を真っ赤なリンゴみてぇいにしてやっかんな!
そんな野心を抱きつつアタシは次の手順の準備に取りかかった。
その日作ったカレーは胸焼けするくらい甘く感じられた。