ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~   作:シエロティエラ

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――壊れそうな未来、壊れそうな時代。

――それを護るのも誰かわからない。

――その中でも、戸惑いや迷いは捨てなければならない。

――この身がジレンマに襲われようとも。

――叫ぶ声は、不可能を壊す。

――心に剣、かがやく勇気。

――悲しみは未来で終わらせよう。

――さぁ、運命の切り札をつかみ取れ。




15. 紺碧の嵐

 

 いつもと変わらぬ早朝、ベルはダンジョンへと向かうために大通りを走っていた。しかしふと立ち止まり、遠く見えるバベルの上方を見つめた。しばらく立ち呆けバベルを見つめていたベル、だがすぐに駆け出し、ダンジョンに向かっていった。

 そんなベルを、バベルの上から見つめる一つの視線。

 

 

「嗚呼、やっぱり素敵……」

 

 

 見れば誰もが振り向くであろう、「絶世の美女」という言葉でも足りぬほどの美貌を持った、一人の女性が立っていた。女の名はフレイヤ、このアラリオに降臨した神の一柱であり、美を司っている。そして彼女ができることの一つに、対象の魂を色として見分けることができるというものがある。

 そのフレイヤの目には、紺碧に染まりつつ、しかし他の黄金、深緋、白銀の色を潰さずにいる魂が映っていた。

 

 

「私の視線に気づいた。この前も、そして今回も……ウフフフ」

 

 

 怪しく、妖しく、艶やかに口に笑みを浮かべる。

 

 

「欲しい……アギトかどうかなんてどうでもいい……貴方が欲しい」

 

 

 彼女の目には、最早ベルしか映っていない。その表情は神ではなく、一人の女として恋しているような、そんな表情を浮かべていた。それを指摘する者は、今は彼女のそばにいない。

 

 

「……魔法とかどうかしら? アギトに魔法、鬼に金棒どころじゃないけど、あの子がどんな魔法を手にするか見てみたい」

 

 

 自室に戻ったフレイヤは、本棚から一冊の本を取り出す。古ぼけたその本は、見た目は魔法に関する物とはわからないものだった。

 

 

「あとはあの店に置いておけば……」

 

 

 恍惚とした表情のまま、フレイヤは魔導書をその豊満な胸に抱く。その日、「豊穣の女主人」のカウンターに一冊の本が置かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルがリリを雇ってから幾日かが過ぎた。

 

 

「今日もいっぱい稼いだね。これなら目標備蓄額に予定よりも早く溜まりそうだ」

 

「……もうベル様には突っ込みませんよ。ええ、レベル1に見合わない実力なのには突っ込みませんよ」

 

 

 またもやパンパンに膨らんだ二人の魔石袋をの中身をすべて換金すると、やはりというべきか、普通のレベル1冒険者の数倍の稼ぎをたたき出し、何度目ともわからぬエイナの仰天顔を拝むことになった。

 

 

「まぁまぁそれは置いといて、はい、これが今回の分ね」

 

「……まぁ確かに、いつもよりも数段いい稼ぎですし、仕事も楽ですけど」

 

「あはは……」

 

「じゃあ私はここで」

 

 

 リリはそう言うと、先日同様足早に去っていった。感情の読めない目でそれを見つめるベルに、エイナが近寄る。

 

 

「ベル君、あの子はサポーター?」

 

「ええ、『ソーマ・ファミリア』の子ですけど」

 

「『ソーマ・ファミリア』か……最近余りいい噂聞かないけど」

 

「というと?」

 

「なんか団員がね、憑りつかれたようにお金を集めてるみたい。死に物狂いというか」

 

「……リリは狂気じみてはいませんが、何かの目的のために資金を集めているようですね。彼女は大丈夫かもしれませんけど、他の面子には注意します」

 

「うん、お願いね」

 

 

 エイナと言葉を交わしたベルはギルドから退所し、「豊穣の女主人」へと向かった。実は今朝、ベルはシルから弁当を受け取っており、そのバスケットを返さなければならなかった。なお、その手段は初対面の時同様、後ろから忍び寄って話しかけるというものだったことは言うまでもない。

 

 

「シルさん、お弁当ごちそうさまでした」

 

「喜んでもらえて何よりです」

 

 

 ベルのお礼に、シルは笑顔で応える。店はまだ開店前ではあるが、ある程度準備が済んでいるため、店員は開店前の一休憩中だった。

 

 

「あれ? ここにこんな本ありましたっけ?」

 

「ああ、誰かの忘れ物なんです。持ち主がわかるよう置いていたのですが」

 

 

 ベルの疑問にリューが応じる。余談だが、リューは先日と違い、平静を保ったままベルと接している。若干ベルとの距離が離れ気味なのは否めないが。

 

 

「でもこれ……なんか嫌な感じがするんですよ」

 

「嫌な感じ、ですか?」

 

「はい。何というか、モノなのに語りかけてくるというか、心に侵入しようとしてくるというか」

 

「そうかい? それならこいつは捨てちまうか。そんな危険物を放っておくほうが悪い」

 

 

 ベルの話を言聞いた店主のミアは、机の本を手に取ると、躊躇なくゴミ箱に投げ入れた。有無を言わさぬ彼女の行動に反論する者はおらず、そのまま解散となった。

 

 

 

 

 

 ────────────────────-

 

 

「冒険者なんて、全員一緒なんだ。みんな、どうせ自分第一なんだ。あの人もどうせ……」

 

 

 ────────────────────-

 

 

 

 

 

 あくる朝、ベルはリリと共にダンジョンに潜っていった。エイナからの許可もあり、二人は第十層まで降りてきている。それまでの敵と違い、同一モンスターでも強度が違ったり、全く新しい強モンスターがいたりと、階層が纏う空気ががらりと変わる。

 

 

「ふっ、はっ、セヤァッ!!」

 

 

 両剣を振り回し、武器のリーチを変化させながら襲い来るモンスターを次々と屠っていく。落ちていく魔石はベルかリリが回収し、順調に階層を攻略していた。

 

 

「……この感じ、モンスターが集まってきている?」

 

 

 しかし様子がおかしい。道を阻むモンスターが減る様子がなく、逆にどんどんベルのもとに集まってきている。

 原因はすぐにわかった。ベルの近くにある木の根の部分に、モンスターの血肉が設置されていた。典型的なトラップであり、且つ効果的なシンプルなものだった。そしてそれを設置したのはただ一人。

 

 

「申し訳ありませんベル様。ここまでです」

 

 

 リリはそう言うと踵を返し、上層に上がるための会談を駆け上がっっていった。同時にベルは多数のオークに囲まれ、逃げ場を失ってしまう。

 

 

「……ハァァァァァ」

 

 

 状況を確認したベルは長く息を吐き、改めて両剣を構える。その目は、薄暗いダンジョンでもはっきりと見えるほど、紅く光っていた。

 

 

「申し訳ないけど、手加減はしないよ。というよりも、この状況で手加減できるほど僕は強くない」

 

 

 そう静かに言ったベルは、一息に得物を振るった。結果、ありえない風が吹きすさび、鎌鼬(かまいたち)となってオークたちを襲う。風の刃は、容赦なくオークたちを切り払い、魔石へと変えていく。

 しかしオークは戦意を衰えさせることなく、雄たけびを上げてベルに畳みかけていく。戦いは始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでいいんです。これで……」

 

 

 階段を駆け上がるリリは、自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。予め決めておいた逃走ルートを走るが、その表情は明るいものではない。

 

 

「【響く十二時のお告げ】」

 

 

 ある程度走ったリリは途中で止まり、頭部に手を当ててそう詠唱する。するとフードに隠れて気づきにくいが、彼女の頭に生えていた獣耳がなくなり、生えていた尻尾も消える。

 彼女が使っていたのは「変身魔法」。本来の姿から偽りの姿に変えるその魔法は、リリの仕事に重宝された。この魔法を使い、冒険者に近づき、資金を集めていた。

 ベルを嵌めたことには、今までと違って後ろ髪をひかれる思いが、わずかながらもある。しかし彼女のこれまでが酷過ぎた。ベルのような根っこから善人であっても、いつかは掌を返すとリリは考えてしまう。

 己の葛藤を振り払うように、迷いから逃げるようにリリは走り続ける。しかしその逃亡は、第七層で止まってしまった。

 

 

「あ……グゥ……!?」

 

「ようやく捕まえたぜ、糞小人族!!」

 

 

 以前嵌めた冒険者につかまり、それに気づく前に腹に一撃入れられてしまった。そして間を置くことなく、数回体を蹴られ、頭部も数回殴られる。口の中が切れ、頬が腫れ、肺から空気が強制的に出される。そのままリリは、男性冒険者に髪をつかまれ、宙に持ち上げられた。

 

 

「この階層の安全ルートは四つだけ、四人で網を張っていたが大当たりだったな」

 

「あ……み……?」

 

 

 ああ。この顔、この声だ。相手を人として見ない、下品で耳障りで、気持ち悪い顔と声。

 リリはそのまま荷物とローブを取り上げられ、床に投げ捨てられた。いつの間にか到着したのだろう、同じ「ソーマ・ファミリア」の冒険者三人も加わり、リリの荷物を物色し始めた。彼女の荷物は資金にし、彼女自身はこの場に放っておく算段なのだろう。

 しかし長年の度重なる暴力に蓄積で、リリは体を動かせなかった。

 

 

「こっちのには何が入ってんだ?」

 

 

 以前リリに嵌められた冒険者が、未開封の袋の紐を解く。

 しかし中に入っていたのはお宝ではなく、瀕死状態のキラーアントだった。キラーアント自体は、しっかり準備をしておけば、討伐はそれほど難しくはない。しかし厄介なのは性質で、奴らは瀕死の同族のもとに集まる習性がある。

 そして現在、この空間にあるのは瀕死のキラーアントの袋。ついでに言えば、この袋はリリの荷物ではなく、「ソーマ・ファミリア」の冒険者がさりげなく混ぜていたものだ。

 

 

「しょ、正気かテメェ!? 何やってるのかわかってんのかぁ!?」

 

 

 だから嵌められた冒険者が慌てるのも当然である。

 

 

「ひっ!?」

 

 

 突然のことに、リリも悲鳴を上げてしまう。同時に、何処かあきらめのような感情も湧き上がってきた。

 思えばろくな人生ではなかった。両親は物心ついた時から、ファミリアの主神が作る「神酒(ソーマ)」に魅せられ、頭の中には「神酒」のことしかなかった。それは他の団員も例外ではなく、神酒のためなら平気で外道に手を染める。そんなファミリアに嫌気がさし、脱退するための資金集めを始めたのだった。

 あと少しだった。今回の報酬で、脱退のために要求されたお金がたまるはずだった。しかし最早それは叶わない。自分はここでキラーアントの餌となり、生涯を終える。

 全てをあきらめたリリは目を閉じ、いずれ来る痛みに身を任せようとした。

 

 

「……ギリギリ、間に合ったのかな?」

 

 

 聞こえるはずのない声を聴くまでは。

 驚き、その方向に目を向ける。八階層から登ってくる通路から、全身に傷を負い、しかし堂々とした足取りで登ってくるベルの姿がある。前髪の隙間から覗くその赤い双眼は爛々と輝いていた。

 

 

「なんで……なんでここにいるんですか、ベル様!?」

 

 

 リリは信じられなかった。ベルの腕ならば、多少傷を負っても、地上に戻れただろうことは想像できた。そして自分のもとには来ず、地上に戻ってしまえばよかったのだ。

 しかし現にベルはここにいる。全身から隠さない闘気を滲み出しながら、一歩一歩階段を上ってくる。

 

 

「アーデが嵌めた冒険者? こいつもこの女に復讐に来たんですかい?」

 

「復讐? まさか、僕はただリリを迎えに来ただけですよ」

 

「は?」

 

 

 ベルの言い分に理解できない冒険者たち。しかしそれを気にすることなく、ベルはリリに近づき、顔などを濡れた布で優しく拭っていく。ついでにポーションをかけることにより、傷も治していく。

 

 

「リリ、大丈夫?」

 

「なんで……どうして……」

 

「ん~、一番は知りたかったからかな。罠にかけたにしては、苦しそうな顔をしてたからね。放っておけなかったんだよ。ゴメンねリリ、来るのが遅くなって」

 

 

 リリは自分の耳が信じられなかった。貶めたのはリリ自身、しかし貶めた対象が謝罪してくるという事態。

 

 

「なんで…………なんでベル様が謝るんですか!? 初めからお金目当てでベル様に近付いたのに、罠に嵌めたのに!? 今まで冒険者を嵌めて、武器や防具を盗んで売り払ってきた!! 報酬金をちょろまかしてきました!! そんな盗人の、薄汚いコソ泥のリリを、なんで助けようとするんですか!?」

 

 

 動揺が収まることもなく、リリは叫んだ。今までに出会ったことのないタイプの人間に、混乱が収まらなかった。しかし、こうしている間にもキラーアントの群れが集まってきており、ベルを含む六人を取り囲んでいた。

 

 

「……ベル様、今ならまだ間に合います。リリを、私を置いて逃げてください」

 

「ゴメン、それは出来ないかな」

 

 

 あらかた治療を終えたベルは立ち上がり、モンスターと向き合うように立つ。その様子に、全員が目を共学に見開く。

 

 

「どんな罪人でも、ヒトには等しく生きる権利がある。最も、あの四人のようなタイプは本心では助けたくないけどね。それにね、リリ。僕自身が、君を助けたいと思ったんだよ。他はそのついで」

 

 

 リリに顔だけ振り返り、わずかに笑う。ここでリリは気づいた。腰に収めていたはずの小太刀はなく、メインウェポンの両剣もリリのそばに刺さっている。即ち、今のベルは無手なのである。

 

 

「なんで、なんで私なんかを!? 私が一言でも、『助けて』と言いましたか!?」

 

「確かに言ってない。でも君の心は、今でも叫んでいる」

 

「……!?」

 

「人には等しく、生きる権利と幸せになる権利がある。リリ、君はどうしたいの? どうしてほしいの?」

 

 

 ベルの目がリリの(まなこ)を射抜く。その光が物語っていた。叫べと、彼女自身の言葉で伝えろと。

 

 

「……て……」

 

「……」

 

「たす……けて……」

 

「私を、助けてください!! ベル様!!」

 

「うん、助けるよ」

 

 

 その声と共に、ベルの腰に一つのベルト/オルタリングが光と共にまかれる。薄暗いダンジョン内を、まばゆい輝きが満たしていく。

 

 

「変身!!」

 

 

 掛け声とともに、オルタリングのスイッチが押される。ひと際強い輝きが収まると、そこには黄金の体を持った人型が経っていた。

 

 

「アギ……ト……? ベル様が?」

 

 

 リリは目の前の光景が信じられなかった。人型が左のスイッチを押すと、バキュームで吸い込むような音と共に、紺碧の鎧をまとっていく。

 

 

「スウゥゥゥゥ……」

 

 

 腰からどこかで見たような得物を出したベルは、息を吐きながら体の両側で武器を振り回す。するとダンジョン内では余り吹かない風が、否、ベルを中心に小さな竜巻が起こっているのだ。その竜巻に巻き込まれる形で、ベルに近い位置にいるモンスターから、風の刃に細切れにされていく。

 

 

「せいっ!! ハァッ!!」

 

 

 武器を回すのをやめ、ベルはモンスターの群れに突き進む。そのスピードはフレイムフォームは言わずもがな、グランドフォームよりも早く、この場にいるすべての冒険者は、ベルの動きを追うことができなかった。

 あっちでモンスターが魔石になれば、気づけばこっちでモンスターが細切れになっている。かろうじて青の軌跡が回廊を動き回るのがわかるだけで、何がどうなっているのか理解できない。

 ふとリリは、昔読んだ本の一説を思い出した。

 

 

「『其の龍人、蒼き息吹と共に現れん。その姿、嵐を纏い、風を切り、襲いくる厄災を切り払わん』」

 

「『それ即ち、超越精神の青』」

 

 

 その一説の通り、リリの目の前でモンスターは須らく滅されていく。一片たりとも肉片も残さず、いくらかの個体は魔石ごと打ち倒さていく。最後に疾風を纏った得物、ストームハルバードを大きく振ると、残りのモンスター群が殲滅させられた。

 変身を解除したベルはゆっくりと、リリのもとへと近寄り、座り込む彼女のそばに膝をついた。

 

 

「お待たせ、リリ」

 

「あ……」

 

 

 優しく、ベルに横抱きにされたリリは、己の感情を抑えることができなかった。堰を切ったように、彼女のハニーブラウンの目からは涙が流れ落ちる。とめどなく流れるそれは、リリの服を、ベルの服を、ダンジョンの地面を濡らした。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ベル様ぁ……」

 

 

 小さな体から出る嗚咽は、大きなダンジョンに染み渡っていく。ベルはしばらく、彼女のために胸を貸した。

 

 

 

 

──ステイタス更新

 

──スキル:【嵐を纏うもの(ストームフォーム)

 

 

 






――たとえ世界の全てが無意味に見えても。

――たとえ歩き疲れた道の途中でも。

――夢見たものは思い出せる。

――不安に感じても、君は一人じゃない。

――僕らには、英雄(ヒーロー)がいるから。

――心が震える響きをさがして。

――晴れた日に胸を張って行こう。


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