ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~   作:シエロティエラ

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――もしも選ばれしものだったのなら、願うことすべてが叶うだろう。

――それでも運命の扉は問いかける。

――君がどこを目指すのかを。

――誰もいない時空、誰も止められない時間。

――だがそれは彼の妨げにならない。

――スピード、モーション、全てを超えていく。

――彼は天の道を往き、総てを司る男。

――見逃すな、ついてこれるのなら。




16. 神の想い

 

 

 余程の酒屋か研究熱心な者以外は寝静まる真夜中。一人の長髪の男性の部屋に来客があった。

 男の部屋には大きめのものから小さめのものまで、さまざまな壺が所狭しと並んでいる。扉をノックする音に、面倒くさげな表情で反応する男は、同様に面倒くさそうな声色で入室を許可した。

 部屋に入ってきたのは小人族の少女と、白髪の少年だった。

 

 

「……なんの用だ。私は忙しい」

 

「ソーマ様。この度私の『改宗(コンバージョン)』を許可していただきたく、この時間に訪問いたしました」

 

「改宗だって?」

 

 

 男、ソーマはその表情を煩わしげな表情から一変、驚きに染めた表情を浮かべた。てっきり自身の団員と同じく、神酒をよこせとでもいうのかと思えば、他派閥への鞍替えの許可と来たのだ。

 

 

「……話を聞いてもいいか?」

 

「……このファミリアに加入してから、長い時間が経ちました。ずっと、ずっと長い間、私の周りには、神酒を求める冒険者しかいませんでした。神酒のためなら、外法に手を染めるのも厭わない行いに、私は嫌気がさし、冒険者を憎みました」

 

 

 ソーマに促された少女は、改宗希望に至るまでを話した。その全てが、ソーマには初耳のことばかりだった。否、団員が非合法なことをしていることは把握していた。そしてそれを辞めさせることを、ソーマ自身はあきらめていた。

 神酒は人を「壊してしまう」。

 昔、ソーマが自らのファミリアを結成したとき、自分のもとに来てくれた冒険者の激励と歓迎のため、神酒を振る舞った。しかしそれを飲んだ冒険者は神酒の力に魅せられ、吞まれてしまった。それ以来、団員たちは須らく神酒のためだけに稼ぎ、神酒のために法を犯し、神酒のために他の冒険者を危険にさらし始めた。

 ソーマは何度か止めようとした。しかし団員は聞く耳を持たず、何も知らない新入りもいつの間にか用意されていた神酒を飲ませ、神酒の傀儡にされていた。

 それでソーマはヒトに失望した。最早自分は何もできないと感じたソーマは、ただただ神酒を造ることに専念することにした。神酒自体は、質の低いものは市場に出しており、そこらの酒屋でも購入できるし、呑まれるようなことにはならない。元々商業系ファミリアとして設立したため、低質の神酒の供給は続けなければならぬと、ずっと酒造を続けていた。

 

 

「……以上が事のあらましです」

 

「そうか……」

 

 

 ヒトに興味を持たなくなって幾星霜、神酒も最上級のものを、いつの間にか創れなくなった。だからファミリアが現在どんな状況なのかも、細かくは把握していなかった。

 目の前の少女が、嘘をついていないことは自らが神であるからわかる。神の前では、どんなヒトでも偽ることはできない。だから少女のいうことが真実だと、否が応でも理解してしまう。

 

 

「一つ聞く。脱退したあとはどうするつもりだ?」

 

「既に改宗先のファミリアは見つけております。今後はヘスティア様の下で今までの贖罪のために、生きていこうと思います」

 

「ではその隣の少年に聞こう。君は、彼女を引き込んでどうするつもりかね?」

 

「僕から、僕らからは、彼女に強要することはしません。彼女は十分に苦しんだ。そろそろ、彼女自身の幸せを掴んでも良いというのが、我が主神の意思です」

 

「なるほど」

 

 

 その言葉を聞き、ソーマは一つ考え込む。話を聞く限り、目の前の少女と少年は神酒を飲んだことがないようだ。素面での改宗の意思は、なかなかに固いことも簡単に伺える。少女に関しては、それ以外にも想いがあるようだが。

 ソーマは徐に歩き出し、棚から一つの小さな陶器瓶と、二つの猪口を取り出した。そしてそれらに少しずつ、瓶の中身を注ぐ。途端に室内を満たすのは、匂いだけでも酔わせそうな酒の芳醇な香り。

 酒の注がれた二つの猪口を、目の前の二人の前に置く。その酒は、昔造った最上級の神酒。余程のことがない限り、呑まれるかもしれない逸品である。

 

 

「これを飲んでもその意思が変わらなければ、君の改宗を認めよう」

 

「……わかりました」

 

 

 一瞬の逡巡(しゅんじゅん)ののち、少女は猪口を手に取る。少年もそれに倣い、二人同時に中身をあおった。飲み干した猪口を置いた二人は、しばらく静かに目を閉じた。

 その様子をソーマは黙って見つめる。動かないところを見ると、やはり酒に吞まれたか。やはりどんなものでも、神酒に吞まれるのかと思い、ソーマの目に再び失望の色が浮かびそうになった。この二人ならばあるいはと、彼は思っていたのだ。

 そこで少女が猪口を置くと、目をカッと開いた。そして若干顔が赤い状態でソーマにずいと近寄った。

 

 

「ソーマ様、貴方は勝手すぎます。今まですべて自己完結してきて、今もまた同じことをしている。自分が悪いのではないと、一方的に失望して興味をなくして!!」

 

「痛かった、苦しかった!! 何度死のうと思ったかわからない!! でも生きたかった……そして罪を重ねてしまった。でも今は違う!! 自由になれる、手を差し伸べてくれる人がいる!!」

 

「もう手放したくない!! 罪を犯したくない!! それを阻むというなら、こんなお酒でも私は打ち砕く!!」

 

 

 ヒトとは思えない気迫で、少女はソーマに叫んだ。酔いはヒトの心の(たが)を外す。人を変えるのではなく、個人が無意識に抑えていた想いを表面に出してしまうのだ。

 目の前の少女を改めて見つめる。顔は紅く、目つきも酒の入った者特有の目つきである。しかしその状態で先程の言葉を言ったということは、少女は真に自由を欲している証拠である。

 

 

「……認めよう。君の、リリルカ・アーデの改宗を承認しよう。そして少年よ、彼女を頼む。ヘスティアに頼むと伝えてくれ」

 

 

 酒に酔って寝てしまった少女の代わりに、もう一人の少年に顔を向けていった。白髪の少年は無言で頷くと、少女を横抱きにして部屋の出口に向かおうとした。

 

 

「少しいいか?」

 

 

 しかし一つの疑問を解決するために、ソーマは少年を呼び止めた。呼ばれた少年は、少女を横抱きにしたまま体ごとソーマに振り向く。

 

 

「何でしょう?」

 

「彼女が神酒に魅了されなかったは納得がいく。しかし何故君も平気なのだ? 見たところ、酒は飲んでも蟒蛇(うわばみ)というわけではなかろう」

 

「……」

 

 

 ソーマの問いに、ベルは口を開かなかった。しかし何かの起動音と共に、少年の腰に光を湛えるベルトが巻かれる。中央にはめ込まれた賢者の石は黄金に輝き、その左右にある二つのドラゴンズアイは赤と青の二色に光っている。

 それだけでソーマは察した。彼が何者であるか、何故神酒に魅了されなかったか。何故この場に来るまでに、酒に魅せられたものの妨害を受けなかったのか。

 少年はベルトを消すと、今度こそソーマの酒蔵兼自室から出ていった。いつの間にか緊張していたのか、少年の気配が無くなった途端に冷や汗が流れ出し、何度も大きく息をつくことになった。

 アギトは進化し続ける。降臨した状態ならば勿論のこと、仮に天界送還のリスク無く立ち向かったとしても、ソーマのような武闘派じゃない神ならば容易に殺されることは予想できる。自分はアギトに対して中立を貫いているが、オラリオにはアギトを嫌う神もいる。

 幸い彼は肯定派であるヘスティアの団員らしい。そしてリリルカ・アーデがこれから身を寄せるファミリアも、彼女のところらしい。アギトとそれを擁護する神の側ならば、余計な心配はいらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒトも、捨てたモノではないでしょう?」

 

「貴方様は……お初にお目にかかります、まさか下界にいらっしゃるとは」

 

「少し気になる者がいましたから」

 

「……彼ですか」

 

「遥か昔、今や『ロストエイジ』と呼ばれている時代の話です。私はアギトを滅ぼそうとしました。人には過ぎた力だと、プロメスの想いを否定した。しかしそんな我らに、最初は一人の青年が立ち上がった」

 

「人類で初めて、光輝に目覚めたアギトですね。たしか名は津上翔一でしたか」

 

「そうです。彼は次々とロードを打ち破りました。初めは本能に従って、途中からは人類の未来をその手に勝ち取るために。彼の想いに共感したのかそれから二人の戦士が彼に味方しました」

 

「ギルスの葦原涼、絡繰りの鎧を纏った氷川誠ですね」

 

「三人の戦士によって、私の計画は阻止されました。そうして人は、己の手で未来を勝ち取りました」

 

「その後もアギトは現れ度々厄災を払い、アギトにならず進化して今の種族の元となった存在も誕生しました」

 

「彼は、あの時の彼等と似た魂を持っています。決して『正義』ではなく、人間の『自由』のために力を使い、戦っている」

 

「少なくとも二十人、その理由で戦いましたね。ある者は故郷のため、別の者は愛と平和のため。そしてある者は、人の笑顔のため」

 

「人は彼らのことを畏怖と羨望を込めて『仮面ライダー』と呼びました。彼の津上翔一も、『仮面ライダー』の歴史の一つとして伝わっています」

 

「彼は果たして、『ライダー』となるのか。降りた神の一人として、今までの贖罪も含めて、私は見守っていきます」

 

「頼みましたよ」

 

 






――もしもかなえたい夢があるのなら。

――それを願った日々を信じてほしい。

――いつだって「始まり」は突然だから。

――自分が変わることを恐れないで。

――過去を書き換えたくても壊さないで。

――昨日までの記憶は必要になるから。

――必ず誇れるようになるから。

――いつか「約束の場所」に辿り着くまで。

――時を超えて、俺、参上。


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