ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ 作:シエロティエラ
――始まったものは必ず終わりが来る。
――「今」という限られた時間。
――青春スイッチをオンにして。
――大きな夢、貪欲な毎日。
――友と階段を駆け上ろう。
――限界を自分の手で壊して。
――タイマン張って宇宙キター!!
「そうですか、ロキ様にバレたんですね」
ベルは一つ嘆息を漏らしながら、夕食の席でそう言ちた。最善ならば誰にもバレないのが好ましかったが、それでもロキにだけにとどめたのは、ヘスティアの努力の賜物だろう。
「この際ロキにはバラしたから、君の言う四人も知っていることも伝えたよ」
「ええ、それは仕方ないです」
「それで、ロキ様はこれからベル様にどうするおつもりなんですか?」
「基本的には静観するそうだ。でもこの先ベル君が暴走したり、ロキの子供たちに危害を加えたら手を出すらしい。手を出す云々は、アギトの力で且つベル君から喧嘩を吹っ掛けた場合さ。無論正当防衛の場合は除いてね」
「……具体的には?」
「天界送還を代償に、君を全力で排除する。テオス様に聞いてるかもしれないけど、アギトの力は絶大だ。それこそボクのような文化系の神様なら軽く屠れる戦闘力を持つ。ベル君に自覚ないかもしれないけど、そこらの文化系神々はエルロードよりも圧倒的に弱い」
「まぁ、エルロードは全員最低限の武は修めてますし」
「そして戦神や荒神、邪神だと、低級のロードならどうにでもなるけど、エルロードとなると話が変わる。あくまでボクの見立てだけど、アテナ当たりでも五撃耐えられるかどうかだね」
「ロキは魔法・魔術に非常に秀でている。かつての神話で、主神の仇敵といわれるほどにね。それに策略家だから、あらゆる方法を思いつき、実践し、自爆覚悟でもアギトを潰すよ」
「……肝に銘じておきます」
ヘスティアの説明に、ベルは素直にうなずく。当然だ、誰が好き好んで自らの命を散らすことをするだろうか。だがロキが不安に感じるのも、ベル自身も理解している。次々と進化をしていく己の力に、ベル自信も少し悩んでいる。体に追い付かない進化、心に追い付かない進化は碌な結果を生み出さない。
「……なんとなくわかりました。ところでお二方にお聞きしたいのですが」
「どうしたんだいリリ?」
「先程から話されているロードやエルロードとは何ですか?」
リリの疑問に、ベルとヘスティアは顔を見合わせた。ベルは当事者だから知る由ないが、ヘスティアは現在の世界の事情を失念していたことに気づく。今の時代ではアギトは辛うじて伝わっているものの、テオスやロードたちの記録は殆ど残っていない。それこそ知るのは、神々のみといっても過言ではない。
置いてけぼりのリリに説明するべく、ひとまず全員食事を平らげることを選択したのであった。
◆
明くる朝、ベルは以前訪れたヘファイストス・ファミリアの武具店にいた。防具と武器を自力で整備はしていたが、やはりどうしてもガタは来てしまう。その修復のためと魔石になる前にモンスターを解体するためのナイフを買いに来たのだ。一通り店内を見渡したベルは、一振りのナイフを持ってカウンターに向かった。
「おう坊主!! あの武器の調子はどうだ?」
「こんにちは。ええちょっと整備をお願いしたくて来たんですが、製作者に会えますかね?」
「ヴェルフにか? あ~すまんが俺の一存ではな~」
制作者と会うのも、さすがに自由とはいかないようである。しかしそこに一つの人影が近寄っていった。
「いいわよ。会わせてあげる」
「へ、ヘファイストス様!?」
店員が声を上げた先には、眼帯をかけた緋色髪の美しい女性がいた。彼女はヘファイストス、この店を経営しているファミリアの主神である。
「……初めまして、ベル・クラネルといいます。神ヘスティアの眷属です」
「ああ、貴方が噂の眷属ね。で、ヴェルフとの面会だけど、私が許可するわ。ただあの子、少し気難しいきらいがあるから、そのへんは堪忍してね」
「ええ、わかりました」
ナイフを買ったベルはヘファイストスの案内のもと、一つの鍛冶工房に通された。そこにはヘファイストスとはまた異なる緋色の髪をした、一人の青年が座っていた。
「初めまして、ヴェルフさんですね?」
「ああ。ヴェルフは俺だが、俺になんか用か? 言っておくが魔剣は造らねえぞ?」
「違います。今日は武器と防具の整備をお願いしに来ました」
「整備だぁ? そう言うのは俺のようなもんじゃなくても……」
ベルの頼みを一度断ろうとしたヴェルフだったが、彼の持ってきた防具と武器を見た途端言葉を失った。ベルが背負っていた武器は、彼がまだまだ駆け出しだったころに鍛えた武器。存外に良い仕上がりになったのはいいが、使い手を選びすぎる性能によって、本人も認める駄作となったもの。そして防具はデザインと機能性が他の防具と比べて良くないと評価を受け、これまた駄作となったもの。
だからそんなものを、目の前の男が整備を頼むほど使っていることが信じられなかったのだ。鍛冶師としての目でもわかる、防具や武器についている汚れや傷は、一朝一夕でつくものではない。
「あんた、それは?」
「使い勝手もよく、性能も非常に優れている。だからこれからもこれを使い続けたいんです」
ベルの言葉に、しばしヴェルフは無言で考え込む。己の武具を大切に扱ってくれるのは、職人冥利に尽きるというもの。しかしだからといって今日初対面の人物を、そうホイホイと信用して仕事を請け負うほど優しい人間でもない。
だからヴェルフは一つの質問をベルに投げかけた。
「あんたに聞きたい。強い武器を求めるのをどう思う?」
「求めることは間違っていないと思います。でも、自分に見合った武器を扱わないことには無意味かと」
「……それで?」
「先程の貴方の発言から、無責任な仕事をしたくないことが伺えます。武具は己の半身、己に見合うものを持って初めて全力を出せるというもの。それは魔剣であっても変わらないと思います」
「冒険者なら、誰だって自慢できる手柄を立てたいでしょう。でもそれは生き残ることによってはじめて為し得られる。人伝ですが、魔剣は途中で砕けることが普通なのでしょう? 主を残して無責任に砕け散る魔剣を、見合わないものに使わせるわけにはいかないのでしょう」
ベルの話を、ヴェルフは静かに聞き続ける。先程とは変わらない仏頂面、しかしベルを見つめる視線には、明らかな変化があった。
「……分かった。そしてあんたがどういう人間かも朧気ながらな」
「それは良かったです」
「なぁあんた。俺の武具を使うってことは、俺の顧客ってことでいいなだな?」
「そう、なりますね」
「ならよ、俺と契約結んでもらえないか?」
唐突なヴェルフの発言に、今度はベルが黙りこくる。彼が「客」という存在に固執するのは、多少ながら目星がついている。大方鍛冶師間による縄張り争いのようなものだろう。顧客がいるということは、冒険者から認められた腕を持っているということ。鍛冶師として認められることは、一人前へのスタートを切ったと同義である。
彼の顧客となることに関しては、ベル自身もやぶさかではない。両剣もアギトのような防具も、ベルのためにあるかのようにしっくりくるし、扱いやすい。しかし彼の作品や力量を示すものは、現状この二つ以外は知らない。
「……契約は少し待ってください」
「まぁ、そうだよな」
「ええ。ですのでこの武具の整備次第で、契約を結ぶか決めます」
「……そんなことでいいのか?」
「もちろん、少し難しいかもしれない要求をしますが。それに必要な素材などは僕が工面します」
「いや、場合によっては『鍛冶師』スキルが必要かもしれない。俺はまだ持ってないから少しダンジョンに行かなければいけないが……」
そこでヴェルフは口をつぐむ。スキルの発言には、本来であればレベルアップや冒険が欠かせない。しかし鍛冶を
「……なら僕のパーティーに入りませんか? 実際の戦い方も観察すれば、どんな調整をすればいいかの参考にもなるでしょうし」
「いいのか?」
「ええ。ヘファイストス様が許可されたら」
そう言い、ベルとヴェルフは部屋で静観していたヘファイストスに目を向ける。目を向けられた彼女は一瞬表情を崩すが、すぐに真顔に戻り、口を開いた。
「まぁあなたの話は聞いてるし、今のやり取りから誠実な子であるのは分かるわ。レベルも2になっているし、上層なら大丈夫でしょうね。いいわヴェルフ、私は許可するわよ」
「だそうです」
「なら善は急げだ。明日から頼むぜ」
「ええ、よろしくお願いします」
許可を聞いたヴェルフは立ち上がり、ベルと握手を交わした。片や大柄な青年で片や小柄な少年、何の変哲もない、人間同士のただの一シーンである。しかしヘファイストスの目には何やら神聖なものの様に見えた。
神が「神聖なもの」と形容するとは、なんたるお笑い草な話だろうと、ヘファイストス自身も思っている。しかし二人の人間、特にベルからはその小柄さからは予想できない大きな気配を感じた。
よくよく見れば、彼の使いこまれた鎧の形といい使っている武器といい、ある存在を連想させる。一部の神々の間では忌まわしき存在と認定されている、光と火を司る神格の系譜。見れば見るほど、彼の纏うそれが彼の存在を彷彿させる。
「……まさかね」
頭によぎった予想を、彼女は馬鹿馬鹿しいと一蹴した。ここ数百年ほど確認されていない存在が、まさか目の前の少年だとは考えられなかった。
──どのような存在でも、必ず試練が課せられる。
──そしてその内容は個々によって異なる。
──アギトとの戦いが、私のそれだった。
──ヒトの子よ、お前は何を望む。
──自らが忌み嫌う力を持ち、何を成し遂げる。
──己の運命を呪うか、それとも乗り越え己がものにするか。
――いつだって不安という影はあった。
――その中で、無茶をしても戦い続けた。
――流された涙を、きらめく宝石に変えるため。
――昨日今日に明日未来。
――全ての絶望を、希望の魔法で吹き飛ばそう。
――理想は常に高く、目の前で届かなくても。
――幕が上がれば最後までやりきる。
――3, 2, 1. さあ、ショータイムだ。