ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ 作:シエロティエラ
「ウッ!?」
「どうしたの、翔一君?」
「この……感覚は……」
「ちょっと、大丈夫!?」
「ダメだ……のまれてはだめだ!!」
「おい!! どこに行く、翔一!!」
「オオオオオオオアアアアアアアッ!!!!」
幾人もの人間が見守る中、紅の竜人は尚も雄叫びをあげ続ける。最早獣やモンスターとも取れる彼の行動に、テオスは無表情ながらも悲しげな視線を送っていた。アギトはその特異性から、力に飲み込まれるか恐れ自害するのが殆どであり、途中で進化が止まったとしても、正気を保って人のために戦う者の方が珍しい。
一抹の希望を持って手ずから鍛えてはみたものの、ベルもまたその大多数の中の一人になるのだろうか。
「な、何なんだ……貴様はいったい何なんだ!?」
「ヴゥゥゥゥゥ……」
「これは……引いた方が良さそ……」
「ダァアッ!!」
「へブロアッ!?」
突然の変化にアレスは撤退しようとしたが、だが竜人がそれを許さない。ストームフォームよりも鈍重になったが、しかし人のそれをはるかに超越する速さで再びアレスの頬を殴り飛ばした。
その殴られた後は先程までと違い、高熱で焼かれたような火傷を負っている。そして殴った竜人の拳からは、煙が幾筋か立ち上っている。
「何故、何故だ!? 俺はアギトの力を持ち、戦神の力を更に超えた次元にいるのに!? なのになぜだ!?!?」
「ヴゥゥゥゥゥァァァァ……」
「来るな……来るなくるなクルナああああ!?!?」
余程の恐怖だったのか、自分の絶対優位を信じて疑わなかった先程と違い、顔面を引きつらせながらアレスは走り出した。だが竜人はそれを逃さない。自身に出せる最高の速さでアレスに追いすがり、再び殴り飛ばす。そして起き上がる前に近寄っては殴り飛ばし、近寄っては殴り飛ばしを繰り返し、アレスが逃げないように本能的に動いていた。
「は……はふへ……(た……たすけ……)」
最早満身創痍のアレスだが、それでもアナザーライダー化は解除されていない。それをみた竜人は自然右拳を胸の位置で構える。すると炎のようなエネルギーが右手に集まり、皮膚の溝には溶岩が流れるように赤い輝きが張り巡らされる。
「ひぃっ!? や、やふぇ……!?!?」
「ハァアッ!!」
アレスの制止もむなしく、竜人の拳打は正確にアレスの鳩尾をえぐった。今日一番に吹き飛ばされたアレスは、空中で放物線を描きながら、アナザーライダーから元の青年の姿へと戻った。ただしダメージは蓄積されており、それを示すかのように彼の鎧はボロボロに壊れており、そこから見える体のあちこちに見るも痛々しい青痣がのぞいていた。
そして彼をアナザーライダー足らしめていたウォッチは空中で排出され、そのまま粉々に砕け散っていった。これでウォッチに封じられた力は元の持ち主に返されたのだろうが、それが善人か悪人かはわからないだろう。運がいいのか悪いのか、アレスはウォッチがあったから天界送還されずに済んだのだった。
「フウウウウウ……」
ウォッチの破壊を確認した竜人は、しかしそれでも尚先程よりもゆっくりとした足取りでアレスに近寄る。気を失ったアレスはそれに気づくことなく、このままではアレスは天界送還の前に存在ごと竜人に殺されてしまうだろう。
流石にそれは看過できないと、テオスの制止も聞かずにゼウスは走り出した。自分の愛しき孫が変身しているのは、間違いなくアギトの暴走形態。人類史上唯一光輝に目覚めた彼も、持て余し制御に苦心した力である。
「ベル!!」
「……」
ゼウスは後ろから彼に近寄り、羽交い絞めにするように孫に組み付いた。しかしそれも障害とすら思われていないのか、無視して竜人はアレスに足を進める。それでも、非力な身なれどゼウスは必死に足を踏ん張った。
「ベル!! 飲まれてはならん!! お主は何のために戦っていたのじゃ!! 何故ウォッチを託されたのじゃ!!」
「……?」
「お主の受け継いだものはなんだ!! 『仮面ライダー』の名は、怒りで忘れてしまう程度のものなのか!? 思い出せ、ベル!!!!」
「ラ……イ、ダー……」
目の前で繰り広げられた光景に、村人たちは愚か、テオスですら驚きに表情を変えた。万が一に備えて彼の柱の隣に侍っていた水のエルも、驚きに身を動かせずにいた。
周りの目も気にせず、ただただ怒りと本能のままに力を振るっていた竜人が、たった一つの言葉で歩みを止めた。あまつさえ、唸り声や雄叫び以外上げなかったのが、拙いながらも言葉を発したのだ。
「う、ウグァアア……」
「ベル、戻ってこい。お主はここで終わっていいものではない」
「あ、アアアアアアアア!?!?」
唐突に叫び始めた竜人は背中の老人を跳ね飛ばし、頭を抱えながら悶絶し始めた。のたうち回り、時折地面に頭を打ち付け、懸命に何かに抗うように叫び続ける。
その時彼の体から、金色の何かが落ちた。先程アレスの使っていた物よりも、より流麗でより神々しい意匠の時計が、竜人の側で黙して置かれている。老人は何かを察したのだろう、咄嗟にその時計を手に取ると起動し、目の前の竜人に押し当てた。
◆
「うっがぁ、あああ……」
全身が焼かれるような痛みを感じ、夢中になって全身をかきむしる。アレスの言葉を耳にしたとき、ベルはとうとう意識を手放した。が、精神世界において彼の思考は続いていた。
日課の瞑想をしているときは、彼の精神世界は凪いだように静かである。ウユニ塩湖のように見果てぬ地平線があり、明るくもなく暗くもない、まばらな雲の浮かぶ空を鏡写しにした水面。波紋一つ絶たないその凪いだ世界は、彼が暴走を始めると同時に常闇に覆われ、彼を中心にして業火が燃え盛った。
心の中なのに、只管にのどが渇く。肌は直接燃やされているように熱く痛み、一層のこと殺してほしいとも願ってしまう。
「あ……あ……」
どれほど時間が経ったのだろうか。最早現実同様、ベルの自意識はほとんど失せていた。地に倒れ伏し、燃やされるがままになっている。先程までは何とか体を制御しようと模索してはいたが、その意欲すらもわいてこない。
それでも何故か、彼の腕は起き上がろうと地面を押し、彼の足は立ち上がろうと弱弱しく踏ん張ろうとしている。
「……それでいいんだ。諦めちゃいけない」
ベル以外いないはずの空間、しかしそこに聞き覚えのない声が響いた。驚き、首だけでもとその声が聞こえた方向に顔を向ける。その方向からは、今の時代ではありえない服装に身を包んだ青年が、炎をものともしない様子でベルに向かって歩いてきていた。
一件動物の革で作られたように見えるグローブは、よく見れば自然界には存在しない材質で奇妙な模様と色で彩られている。彼の纏う上着やズボンも、羊毛や絹、麻ではない材質なのが見てわかる。恐らく、いや確実にロストエイジの科学技術によるものだろう。
「君の怒り、悲しみ。それらは正しいものだよ。でもそれに吞まれたらいけない」
「……あな、たは?」
「君と一緒だよ。自分の時代で生きる人々のうちの一人さ」
彼の側でかがみこみ、一言一言をゆっくりと、ベルを諭すように紡いでいく。その言葉に励まされるように、ベルの全身に少しづつ力がみなぎってくる。それに追随するように、精神世界の炎も次第に勢いを衰えさせていく。しかし完全に消えることなく、あちらこちらで種火をちらつかせ、いつでも燃え盛らせるよう待っている。暗くなった精神世界も、さほど明るさを取り戻してはいない。
弱弱しくも立ち上がったベルに視線を合わせるように、目の前の青年は少しだけ腰をかがめながら話を続ける。彼の話す言葉の一つ一つが、これからのベルにとって非常に大切なものになると感じ、一言一句を漏らさぬよう耳を傾ける。
「僕は、誰かのためになるなら、この力を喜んで使おうと思ってた。でもこんな、こんな危険な力なら……」
「うん。いらないと、そう思うよね」
「あなたは、そう思ったことなかったのですか?」
「あったよ。それでも、俺は戦うことを選択したんだ。大切なものを護るために。人の未来を取り戻すために」
「人の未来……まさか、貴方は?」
ベルの問いかけにこたえることはせず、代わりに彼は腰に一つのベルトを巻いた。それはベルが変身するときに発現するベルトと非常に似ている、否、全くの同一のオルタリングが巻かれていた。しかしベルとは違い、発せられる力の質が全く違った。ベルの何倍もの濃密な力の気配に、自然とベルの体がこわばった。
「変身」
静かに言葉を発して両脇のボタンを押し込むと、一瞬の輝きと共にグランドフォームのアギトへと変身した。そして間髪入れずに再びボタンを押すと、黄金の複眼と深紅の体を持つ戦士へと変化した。
戦士はそのまま深く息を吸い、ドラゴンズネイルの包み込む賢者の石に力を集めるかのように構えた。するとちらほらと残っていた種火から炎が伸び、そのまま彼の賢者の石に吸い込まれていく。やがてすべての種火が吸い込まれたとき、ベルの精神世界は元のように凪いだ状態へと戻っていた。
「あの、なんでここまでしてくれるんですか?」
「君が『未来』だからだよ」
「僕が、『未来』?」
「うん。未来のために、僕は戦う。それに、同じ悩みを持つ人に、答えは上げれなくてもヒントはあげたいからね。たぶんまだ君は自分の力が、今の自分を受け入れてくれるか怖いだと思う。でも、心配しなくてもいい。気負わなくていいんだよ」
「前を向いて、僕らしくいる?」
「そう。君のままで変わればいい。知っていると思うけど、俺は一度、記憶をなくした。それでも『俺は俺だから』と、一生懸命に生きた。君も、今まさにそうやって生きてるんじゃないの?」
青年の問いかけに、ベルは咄嗟に答えることができなかった。確かに彼の言葉は正しい。どんなことになっても、ベルはベルであり、ベル以外になることはできない。だが頭ではわかっていても、そう言葉にすることができない。何もベルは、世界平和だの人類の未来だの、そんな大それたもののために戦っているわけではない。
ただただ純粋に、自身の手の届く範囲で、誰かの涙を見たくないという、そんな独善的な欲求だった。
「独善的でいいんだよ。俺の戦う理由だって、他の人から見たら偽善だ。でも、それでも俺を支えてくれる人がいる。俺の作る料理を食べて、笑顔になってくれる人がいる。君にも、そんな人がいるじゃない」
彼の言葉にふと思い浮かんだのは、自身の主神と最近加入した少女、同じチームでダンジョンに行く鍛冶師の青年。みんなベルのアギトという力ではなく、ベル自身を見て一緒にいてくれている。只人とかけ離れた彼を見ても、友と、家族といってくれる人たちがいる。
「その様子だとわかったようだね。あとは君次第だよ」
その言葉を最後に、彼はこの世界から姿を消した。最後消える直前、元の姿に戻った彼の表情は、人懐っこくそれでいて周りを安心させる笑顔だった。
「あっ、帰ってきた!!」
「津上さん、どこ行ってたんですか?」
「いやーゴメンごめん、ちょっとね」
「……津上。お前もしかして」
「それは、秘密だよ。大丈夫、アンノウンじゃないから」
「翔一君が言うならそうなんだろうね。じゃあ早くキッチンに入って」
「じゃあ心配かけたお詫びに新しく考えたレシピを……」
『それはいいから』