ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ 作:シエロティエラ
――記憶をなくす、自分がわからなくなる。
――それでも大丈夫だと言ってくれた
――側にいてくれるるのは、自分らしくあるからだと
――あなたはもういない
――お礼も言えない
――ならばせめて、未来を見守ろう
「さてと。言い訳を聞こうか、ゼウス」
「あ、姉上? これには深い事情が……」
「ほほう? どういった事情があるというんだい?」
現在夕刻、ベルの実家。そのリビングでは、床に正座する義祖父と、それを見下ろすファミリアの主神の姿があった。
事の発端はベルの暴走にある。何とか暴走を収めたベルだったが、多大な精神力と体力の消費によって、変身を解いたあと泥のように眠りについたのだ。外的要因であったとはいえ、兆しとそれによる暴走を見せたため、何かしらベルのステイタスに異常が示されているかもしれない。そう考えたゼウスとテオスは、急遽ベルの主神であるヘスティアを呼び寄せた。
それが問題といえば問題だった。
テオスの手にかかれば、降臨したとはいえ、神一柱をこの場に転移させることなど訳ない。しかし一応事情を聴かされたとはいえ、一介の只神がテオス直々に招かれるなど大事件ものである。例えるのならば、王に唐突に、これまで直接関わったことのない一般市民が、突然直々謁見に招かれるようなものである。
で、ヘスティアが呼び出された結果がこれだ。
「痛い痛い痛い痛い!? 姉上、どうかご慈悲を!?」
「まだまだお仕置きは済んでないよ!! 生きているなら生きていると、言伝でも任せればよかっただろう!! これまで何回もベル君が君に手紙を送ったはずじゃないか!! それにはボクのファミリアになったことも書いてあったんじゃないかい!?」
「すっかり忘れておったんじゃ~!?」
「こんの愚弟がああ!!」
ベルを差し置いて姉弟喧嘩を始めた二人に、さすがのテオスや水のエルもため息をつかざるを得ない。現状を把握しきれていないベルに代わり、水のエルが一度ハルバードの石突で地面を一度打ち鳴らした。
『あっ、し、失礼いたしました』
その音で我に返った二柱は、すぐに地に膝をついてテオスの前にたたずむ。空気を切り替えた二人は、早速ベルのステイタス確認に移った。その結果、不審な項目を発見することになる。
──────────
【&え■$業―@もの】
#熱@%$の&の。そ$熱は! #を灰@*? す。「#え%4業―@戦士」。
────────―
これまでステイタスが不明になることはほとんどなかった。何かに隠されているように、封じられているかのようになる例はあったものの、今回のベルのように文字化けしていることは珍しい。しかし、ベル以外のこの場にいる全員が、こうなる理由にいくらか心当たりがあった。
「ゼウス。余り信じたくはないけどこれは……」
「姉上、現実を見てください」
「そうかい。とうとうこの時が来てしまったか」
うつ伏せになっているベルは知る由もないが、ゼウスとヘスティアは互いに苦い表情を浮かべていた。このスキルを発現、というよりこの兆候を見せたアギトは碌な未来をたどらない。むしろ津上翔一は特殊だったとしか言いようがない。今回は運よく暴走から帰還したが、次はどうなるかわからない。
暫く無言で真実を話すか迷ったが、結局はベルに包み隠さずに話すことにした。
「……そうですか」
総てを説明されたベルは、ただただ静かにそう独り言ちた。暫く無言で座っていたベルは、徐に机の上のウォッチへと視線を投げかけた。義祖父、ゼウスの話によれば、このウォッチを起動して体に押し当てられた後、少しして自動的に変身が解除されたらしい。そして刻まれている「2002」という数字は、人類史で今のところ、最初で最後に光輝に目覚めたアギトが出現した年だという。そしてそれはロストエイジの時代基準で、紀元後ということらしい。
「……翔一さん。そこまでして」
「翔一? 津上翔一のことか? いや、さすがにそれはあり得ない」
「いえ、ありえなくはないです」
ゼウスは津上翔一の干渉に対して異を唱えたが、意外にもベルを擁護したのはテオスだった。
「プロメスは力の大部分を失って尚、時を超えることができました。アギトはいわば先祖返りの一種でもあります。それ即ち、最も進化した津上翔一ならば、意識だけでも時を超えることは可能でしょう」
それだけを述べたテオスは、水のエルを伴って家を出ていった。もうこれ以上、今回は出てくるつもりはないのだろう。彼等が出ていくと、ヘスティアとゼウスは揃ってため息をついた。それも仕方がないだろう。
「とりあえずベル君は今夜安静にするんだ。帰るにしても明日だよ」
「はい、神様」
「その力のコントロールは並大抵の努力では不可能じゃ。初めは心を整理することから始めなさい」
「わかったよ、おじいちゃん」
そう言ったベルはまだ疲れが残っていたのか、再び泥に沈むような深い眠りについた。昼間気絶した時よりもいくらか柔らかくなった表情に、ゼウスは安堵の息を漏らした。暫くゼウスの淹れたお茶をすすると、ゼウスは息を吐きだし、ヘスティアに口を開いた。
「ベルはどうじゃ?」
「色々と助かっているよ。ボクのファミリアどころか、オラリオそのものを救ったこともある。でも市民や冒険者以外の危機のために、変身することが多いよ」
「そうか。永き時を経て尚、ライダーの在り方は魂にまで刻まれているのかのう」
「なぁゼウス、『仮面ライダー』というのは何だい?」
「『仮面ライダー』。その原点はとある秘密結社にある。姉上も、『ショッカー』の名を聞いたことがあるだろう?」
「あの鷲のマークの?」
「うむ、『ショッカー』に改造人間にされた一人の青年が、記憶抹消前に運よく脱出し、戦ったのが始まりとなっている。『ショッカー』やその後現れた数々の組織からすれば、ライダーは『同族殺し』という存在だ」
重々しく語るゼウスの纏う空気に、ヘスティアは何も言えなくなった。『仮面ライダー』の称号は、人類を陰から守護するものと考えていたが、その名に哀しい暗喩があったとは考えもしなかった。
思い返せば、アギトの力は確かに「同族殺し」に当てはまる。その因子は火のエルロード・プロメスによるものであり、ロストエイジ以降は確認されていないが、ギルス/ネフィリムに至ってはプロメスの末裔である。彼等がロードやエルロードを倒すことは、「同族殺し」の汚名を着せられても仕方がない。
だからこそゼウスは、愛しい義孫にライダーの称号を受け継ぐことに余りいい顔をしなかった。
「ベル君には、話したのかい?」
「話す前に今回の騒動があった。じゃがあの様子じゃと、薄々察しておるだろう」
「そうかい。ベル君が……」
勿論ヘスティアも、ベルがそんな宿命を負うことを喜ぶことはできない。だがスキル欄やベルの態度を見る限り、その業と称号を背負うことを受け止めている節がある。加えて今回甥のアレスが使ったという特殊なウォッチ。あれを甥に渡した黒幕もつかめていない。アレスはベルに対処している間に逃げたらしいので、消息はつかめていない。
新たに抱えることになった問題に、ヘスティアとゼウスは頭が痛くなったとでもいうように、姉弟そろってこめかみに手を当てる。
「ところでゼウス。君はもうオラリオに戻らないのかい?」
「……儂はもう現世にいないことになっておる。今更出て行っても邪魔者以外の何者でもなかろう」
「けど、ヘファイストスや他の血族には何も言わないのかい? 彼女も表には出していないが、何度か君を探す手配を整えようとしていたよ」
「多くの子供たちを犠牲にして、儂だけがのうのうと生きておるのだぞ? 加えて唯一の子孫たるベルにも、重荷を背負わせようとしている」
「今のベル君には君が必要さ。主神や仲間ではない、家族という存在が必要なんだ」
家族という存在は、側にいるだけでも支えとなる。仲間に励まされるのではなく、家族に存在を認められることが思わぬ好転を導いたりするものである。表情や言葉には出していないが、精神的にも疲弊しているだろう今のベルにこそ、その支えが必要だとヘスティアは判断したのだ。
「ベルがここまで良い子に育ったのは、間違いなく君のおかげだよゼウス。まぁ若干女たらしな部分も似ちゃってるけどね」
「それは面目ない」
「どうしてもこちらに来れないというなら、せめてオラリオに帰る前に一言たのむよ。ボクも自分の子が精神的に参るのは見たくない。それにこれは彼の育ての親である、君にしかできないんだよ」
「姉上……分かりました」
ヘスティアの説得にとうとう折れ、ゼウスは不承不承ではあるが帰る前に一言添えることを了承した。若いころ彼は色々とやり過ぎて、「下半身神」などという不名誉なあだ名をつけられたりした。だが何のかんの言いつつも、自らが赤子から育てた子供は可愛いのだろう。それは神であってもヒトであっても、変わらぬ愛情が成しえたことであった。
――悩んでいいのだ
――簡単に答えがでるなら、そもそも悩まないから
――納得がいくまで何年でも悩めばいい
――そのときいるそこが、君の場所なのだから
――その場所で本当に好きだと思える自分を目指せばいい