ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~   作:シエロティエラ

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――どうしても抑えられなかった。

――助けた人を見ていると、自分もくしゃっと笑ってたんだ。

――見返りを期待したら、それは正義とは言わない。

――それでも誰かの力になることは、それを嬉しく思うのは間違っているのか?

――現実はどうしても弱く、脆い。

――だから戦ったんだ。

――それでも愛と平和の思いを、一人一人が胸に生きていけるように。




26. 奈落の底

 

 一日平穏に過ごしたベルは、翌日から鍛錬とダ上層でのンジョン探索を再開していた。しかし昨日までの焦燥に駆られた顔はしておらず、帰省前のベルに戻ったかのような落ち着きぶりだった。

 その様子に安心したヘスティアは、帰省前同様、深層での探索も許可した。流石に蓄えがあったとしても、いつまでも上層での攻略ばかりだと底をついてしまう。なまじしっかりした装備をベルもリリも使っているため、整備費用がバカにならないのだ。それらを鑑みた貯蓄を持つとなると、最低でも十層辺りまでは行かないとならない。

 

 

「で、ベルよ。お前さん大丈夫なのか?」

 

「うん。心配かけてごめんね」

 

「まぁ大丈夫ならいいんだけどよ。んじゃ、今日もよろしくな」

 

「はぁ、ベル様もお願いですから、無茶しないでくださいね」

 

「うん、気を付けるよ」

 

 

 ヴェルフとリリから軽く注意されたのち、一行はダンジョンに出発した。時刻は昼時のため、どうしても探索時間は短くなってしまう。今日は野宿で日跨ぎ探索という計画ではないため、必然探索時間は三時間程度になってしまう。

 それをわかっている三人は、途中のモンスターは道を遮るものやしつこく追ってくるものだけを倒し、魔石はとらずに下層に降りていった。

 

 

「さて、全員サラマンダーウールは身に着けているし、いよいよ中層なんだけど」

 

「早速囲まれちゃいましたね」

 

 

 中層にたどり着いた途端、三人を囲むようにヘルハウンドという狼型モンスターの群れが取り囲んだ。彼等モンスターからすれば、ベルたち三人は火に飛び込む夏の虫のように見えているだろう。しかしそこは冷静に、ヴェルフとベルが背中を合わせるように己の武器を構え、二人の間でリリが腕についた小型クロスボウガンを構える。

 その動きだけで目の前の獲物が只者でないと悟ったのか、リーダーだろう一頭が一つ吠えると、一斉に他のモンスターが襲い掛かる。

 戦略としては間違いではないだろう。敵が少数だが力が未知数であったとき取るべき行動は、様子見でこちらも少数で接敵させるか、初めから最大火力で殲滅するかである。そして今回のモンスターは後者を選んだ。これが只の冒険者ならばパニックになっただろうし、彼等の思惑通りに事が運んだだろう。しかしここにいるは武人とそれに肩を並べるもの。

 

 

「おりゃあ!!」

 

「ハッ、タアッ!!」

 

「そこです!!」

 

 

 互いが互いの死角を補い、とびかかる狼が悉く打ち倒され、魔石に姿を変えていく。自分たちが挑んだ相手が遥か格上と悟ったのだろう、群れのリーダーが残った面子に向けて吠えるが、状況判断が少しばかり遅かった。リーダーが気付いた時には、既に残るはその一頭だけだった。

 

 

「……ひかないなら、このまま君を切る」

 

 

 一刀のみを片手に構えたまま、ベルはリーダーの前に立つ。ただ立つだけ、しかしその目を狼からそらすことなく、襲いくればいつでも切り伏せられるよう観察している。

 逃げれば命は助かっただろう、しかし狼は己の矜持を優先したのか、ひと声吠えてベルに襲い掛かった。それを見たベルは悲し気に、しかし毅然として刀を振るった。地に落ちる狼の首、塵に還る肉体に取り残された魔石。ベルは短く手を合わせると、魔石を自身のポーチに入れる。

 

 

「まぁ、何とかなっているな」

 

「何を言ってるんですかヴェルフ様。それもこれも、私たちが戦いやすいように立ちまわっているベル様のおかげです」

 

「ああ、なんとなくそれは分かっていたが。それにしても前から感じていたが、戦い慣れてるんだなベル」

 

「あはは、色々と事情があってね。ただ犯罪は侵してないからそこは安心していいよ」

 

 

 苦笑を漏らしながら、ベルとリリは落ちている魔石を回収していく。

 

 

「今日は中層での戦い方の確認だから、そんなに深く潜らなくてもいいね」

 

「それもそうだな。……お?」

 

 

 魔石を拾い終えたとき、ヴェルフが物陰から飛び出してきたものを目にする。真っ白の体毛に覆われ、血のように真っ赤な双眼。額の真ん中には一本の鋭い角が生えており、両耳は長く垂れている。

 

 

「……ベル様ですね」

 

「ああ、ベルだな」

 

「失礼な、あれはアルミラージだよ!!」

 

 

 目の前に現れたベル(もとい)アルミラージを前にして、そんな漫才をする三人。しかし白い柔らかな毛並みに真っ赤な目。成程、確かにベルの特徴と似通っており、ベルも若干親近感を抱いてしまう。しかしそれでも、目の前のアルミラージと違って、自分はそんな貧弱な体をしていないと、ベルは小さく憤る。

 

 

「おお、すまんすまん。一瞬見間違えた」

 

「あんなに綺麗な赤い目を持っているのは、ベル様以外いないので間違えちゃいました」

 

「見間違える要素ないからね? 僕は歴とした人間だからね?」

 

 

 大きくため息をつきながら、ベルは目の前で戦う気満々のアルミラージに対し、背中に納刀した剣を再び抜いた。

 それから暫く探索を続けているうちに、時刻は夕方辺りになった。そろそろ戻らなければ、予定外のダンジョン内野宿になってしまう。流石にそうなると自分たちの主神達に心配をかけてしまう。加えてヘスティアは自身の眷属に過保護気味なため、予告なしで帰ってこないとなると、ギルドに捜索願を出しかねない。

 何より自分たちのパーティーには交代メンバーがいないため、三人は戦い続けで疲労がたまっているのもある。これ以上ダンジョンに残れば、最悪全滅なんてこともあり得る。それだけは避けたいと考えたベルは、引き返すことを提案しようとした。

 しかし現実はそううまく運ばない。

 

 

「あれ? どうしたんだベル?」

 

「ベル様?」

 

 

 突如通路の奥から複数の気配が迫るのを感じたベルは、それまで一本で使っていた刀を逆手に持ち、抜刀したもう一本と組み合わせて両剣の形にした。他二人が怪訝な表情を浮かべたのもつかの間、奥から飛び出してきた人影に驚きの表情を浮かべる。

 総勢六人の集団は全員モンゴロイド系の人間であり、その中でも大柄な男に背負われた小さな少女は、モンスターの武器が痛々しく刺さったままである。そしてそのパーティーがベルたちのそばを駆け抜けるとき。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 という声が小さく聞こえた。

 その直後、集団の後方から感じられたのは、数えっるのも馬鹿馬鹿しいモンスターの多量の気配。

 

 

「いけません、押し付けられました!! 『怪物進呈(パス・パレード)』です!!」

 

 

 リリが叫ぶように警告したときはすでに手遅れ、ベルたち三人は周囲をぐるりとモンスターに囲まれてしまった。先程まで戦っていた狼や兎とは違う、上層よりも明らかに強さが違うモンスターたちだった。

 

 

「これは、仕方がないか」

 

 

 ベルはそう呟くと、腰にオルタリングを出現させた。今は生き残ることが優先事項であるため、力の出し惜しみはしていられない。すでに蒼く染まっている賢者の石に呼応するように、変身したベルはグランドフォームではなく、ストームフォームとなっていた。

 

 

「おい、ベル……なんだよそれ」

 

「ゴメン、後で話すよ」

 

 

 短く言葉を切ったベルはストームハルバードを構え、モンスターに突進する。その戦いざまはまさに一騎当千、彼に襲い掛かるモンスターは次々と撃破されていく。ベルだけに頼ってはいけない、そう考える二人だったが、根本から体のつくり方が違う二人では、一対一で何とか退けられるレベル。狡猾なモンスターは、ベルの目を盗んで他二人に襲い掛かる始末。

 

 

「これじゃあ……このままでは……」

 

 

 そのことがベルに焦りを生み出していく。上層とは異なり、モンスターの耐久性も上がっているために倒すことにもひと手間かかる。次第に目の前が赤く染まっていく感覚に陥り、自然全身に力がこみあげてくる。ベルは気づいていないが、オルタリングにはドラゴンズネイルが生えており、目は紅から橙へと変わっていた。

 

暴走のトリガーは、何処にでも転がっているものである。

 

 目の前にいたモンスターを切り払ったとき。ベルの視界にモンスターに切りつけられるリリとヴェルフが映った。脳裏に蘇るは、己が奪った命の数々。無理やり覚醒させられ、人にもアギトにもなれず、死ぬことでしか解放されなかった命たち。

 

 

(二人が死ぬ? 僕が至らぬせいで? 力が足りないせいで?)

 

 

 ストームハルバードを握る手に、砕かんばかりの力がこもる。そしてワイズマンズモノリスからは、ボツボツと炎が吹き出始める。

 

 

(……させない。二人を、死なせない!!)

 

うおおおおお!!」

 

 

 体にたまった力を、一気に解き放つ。するとベルを中心に、灼熱の嵐が吹きすさび、三人を囲っていたモンスター群が地鳴りと共に消滅していった。一瞬の出来事に理解が追い付かないリリとヴェルフだったが、嵐の中心に立つ人物を見て目を見開いた。

 先程までの紺碧の肉体ではなく、筋骨隆々のひび割れた深紅の外皮に覆われたベル。双眼は紅ではなく燈火色となり、先程までとは違って輝きが失われているように見える。はたしてそこにベルの意志があるのか、それは離れている二人にはわからない。

 

 

「あれ? 足元が揺れてる?」

 

「お、おい……なんか地割れが大きくなってないか?」

 

「あっ、ベル様!?」

 

 

 足元の地盤が崩れたとき、立ち尽くしていた二人のもとに赤くなったベルは走り寄った。しかし刹那それは間に合わず、地面は陥落する。同時に地に立つ三人も、岩塊とモンスターの残骸と共に底の見えない穴に落ちていく。

 落下するリリとヴェルフが最後に見たのは、落ちる岩塊を蹴り歩きながら、彼女らに手を伸ばす紅い龍人だった。

 

 





――記憶を失い、そして偶然呼び覚まされた力。

――この力は人を不幸にする、そう思っていた。

――自分の料理を食べて、幸せになってくれる人がいる。

――自分の居場所に入る時が一番幸せだった。

――だから守りたいと思ったんだ、生きようと思ったんだ。

――人の未来を。


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