ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ 作:シエロティエラ
ベル達がダンジョンに向かってから半日が経過した。しかし一向に還ってくる気配がない。これまでも何度か帰りが遅くなることはあったが、今日のような胸騒ぎが怒ることはなかった。しかしベルが暴走を一度してからというもの、日に日に増していく旨の中の淀みは、おそらく今最高潮に達している。
やはりいてもたってもいられなくなり、ベルから贈られた護身用の小型ナイフを持った後、ヘスティアはギルドへと向かった。彼等がそこに入れば一緒に還ればいいし、いなくてもすでにギルドを出たと聞けば、すれ違いと納得することができる。
しかし辿り着いたギルドの建物では、何やらゴタゴタと人がせわしなく動いていた。
「ヘスティア!!」
ギルドの建物に到着したヘスティアだが、入り口を開けた途端に複数人に取り囲まれた。突然のことに彼女の頭は理解が追い付かず、呆然と立ち尽くしてしまう。しかしそんな彼女に一人の男が近寄る。
彼は長いだろう髪を両耳の部分でまとめ上げ、質のいい麻で織られた服を身にまとった東洋の風貌を持つ男性。彼は人ではなく、タケミカヅチと呼ばれる神の一柱である。そんな彼が人一倍焦りに満ちた表情でヘスティアにいの一番に駆け寄った。
「タケ? いったいどうしたんだい、そんなに慌てて」
「ヘスティア、すまない」
「いったい何事だよ? 僕は自分の眷属の帰りが遅いから、ギルドによってないか聞きに来ただけなのに」
「その眷属が帰ってきていない原因が、俺たちかもしれないのだ」
彼の言葉に、ヘスティアはただただ首をかしげるばかりであった。
かいつまんで話をまとめると、タケミカヅチの眷属パーティが中層へと探索をしていたところ、一人が重傷を負ってしまったという。治療しようにも、モンスターに囲まれてしまっていた。何とか安全圏まで移動しようにも、しつこくモンスターたちに追われてしまい、重傷を負った仲間を見捨てるか、他のパーティーに押し付けるかしないと、生き残る道は考えつかなかった。
結果として逃走経路中で探索をしていたベル達一行にモンスター群を押し付ける形になり、瀕死の眷属は助かったものの、こうして大事に発展したというわけである。
「すまん、ヘスティア!! 俺たちの所為で……」
「確かに原因の一端はあるかもしれないけど、今は別にすることがあるんじゃないのかい?」
「その通りだタケミカヅチ、今はいかにして彼等を救うか、その手立てを考えねば」
そこにもう一人の男が姿を現す。
こちらも長い髪をしているが、背中辺りで一つにまとめて縛っており、黒灰の衣装を身にまとう柔和な雰囲気の男。彼も神の一柱であり、医学面に精通しているミアハという神である。彼のファミリアはポーションなどの薬品も販売しており、ベル達も彼のファミリアが経営する薬屋の常連となっている。常日頃から神同士、眷属同士が親しくしているだけではここまで深入りすることはないのだが、それは彼の男神が根っこからのお人好しということが関係しているだろう。
「そ、そうだ!! もとはといえば我がファミリアに責がある!! だから捜索は責任もって行わせてもらう!!」
「ヴェルフもいるし協力したいけど、うちの目ぼしいのは軒並みロキ・ファミリアの遠征に参加してるし」
「言い出してなんだが、俺のところも桜花と命、それからサポーター枠として千種ぐらいしかダメだ。あとはレベルが低すぎて足手まといになってしまう……」
タケミカヅチが申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
捜索にはどうしても人手と戦力が足りない。一人でも高レベルの冒険者がいれば話は変わってくるが、現状そんな伝手もいない。そんな現状にヘスティアとタケミカヅチ、ヘファイストスにミアハは手をこまねいていた。
「その話、俺も協力しよう」
そんな一団に、更にもう一人の男が話しかけてきた。深緑の羽根つき帽子をかぶり、橙のマフラーを身に着けた美丈夫。夜でもわかる美しい金髪をたなびかせた彼は、その顔に微笑を浮かべながら一団に近づいた。
「ヘルメス!? いつ旅から戻ったんだ!?」
「なに、久しぶりにギルドに来てみれば、何やら神友の子が行方不明というじゃないか。どうやらクエストは発注してないようだけど、俺も協力しようじゃないか。ベル・クラネル一行捜索にね」
「友、ね。それにしては頼りの一つもなかったじゃないか、ヘルメス」
「我が叔母上ヘスティア、お久しゅう。俺にもやるべきことがあったものでね」
「そうかい……」
「手厳しいねぇ。ところで叔母上、ヘファイストス。伝えたいことがあるから、捜索が終わり次第時間が欲しい」
「そうか、ボクも二人に言わなきゃいけないことがあるから、ちょうどいいね」
少し三人で後の予定を話した後、捜索パーティーを結成することになった。メンバーはタケミカヅチのところから三名と、ヘルメスの眷属であるアスフィという女性、そしてミアハのところからヌアザという犬人族の女性、そしてヘルメスが個人的に雇ったという用心棒である。
この用心棒というのが曲者だった。あまりしゃべらず緑色のフード付きマントを目元まで深くかぶっているため、顔もわからない。ただわかっているのは、彼女が小太刀の二刀流で戦うことと、体格と身体特徴から女性であることだけである。
自身も化け物を戦いの末に倒した逸話持ち故に、人の戦闘力を観察することにおいては、ヘルメスはいい目を持っている。そのため、彼が信用できる、腕が立つと称した者は、一定以上の高い実力を持ていると保証されると同義である。
そしてヘルメスがパーティーに同行するということを盗み聞きしたヘスティアが、パーティーへの同行を強行した。これは本来ギルドの定めた規則に反することなのだが、何のかんの言いつつも、ヘスティアは規則を平気で破るほど内心動揺していたのである。そしてこうなったヘスティアを止めるすべをヘルメスは持っていなかった。
「……神に愛されしアギト」
そして更に、その会話と集団を見ている存在に、誰一人として気づいていなかった。
◆
「……あ、れ? ここは?」
「おうリリ助、起きたか?」
どれほど気を失っていたのだろう、リリが目を覚ました時、既にヴェルフはすでに目を覚ましていた。そして二人の側には、申し訳なさそうな顔をしたベルが座っていた。そして体のいたるところに包帯や薬による治療が行われており、自分たちの荷物になかったはずのテントや敷き布の上に寝そべっていた。
「あの、ヴェルフ様。私たちはどうなったのですか?」
「それも含めて、これから話すよ。その前に共に腹ごしらえとしようじゃないか」
リリのヴェルフに対する問いに、しかし別の人間が応答した。テントに入ってきたのはリリと同じ小人族の金髪の男。しかし纏う空気は歴戦の強者のそれである。彼はロキ・ファミリアの幹部であり、団長でもあるフィン・ディムナ。戦闘者としてレベルが上がりにくい小人族でありながら、オラリオでは上から数えた方が早いほどの実力者である。
そんな猛者が何故この場にいるのか、リリの頭は寝起きであることも加わって非常に混乱していた。
「混乱するのは理解できるよ。でもその傷ではポーションを使っても、暫くは戦闘が出来ない。だから休憩がてら、僕らの拠点で暫く過ごすといいさ」
彼はそう言うと、テントを出ていった。同時にテントの外からは、おいしそうなハーブの香りが漂ってくる。
「……二人とも、ごめんなさい。僕が至らないせいで」
側に座るベルが謝る。彼女らが怪我をした原因が己であると、彼が自分を責めているとリリとヴェルフは理解した。
しかし二人はそれを否定する。確かに冷静に考えれば他にやりようがあったかもしれないが、あのような
このままでは終わらないと判断した二人は、一先ずベルの謝罪を受け取り、フィンたちの待つ場所に向かった。
大きな鍋を囲むように座しているのは、ロキ・ファミリアの幹部及び高実力の冒険者たちだった。
「まずは初めまして、かな? 僕はフィン・ディムナ、ロキ・ファミリアの団長を務めている」
「私はリヴェリア、見ての通りエルフで、ロキ・ファミリアの副団長を務めている」
まずはこの二人が自己紹介をし、それに続くように他の面子が自己紹介をしていく。
「さて、何故君たち二人がここにいるか、だったね」
「はい。申し訳ありませんが、私が知る限りロキ・ファミリアの眷属とは特別繋がりがあったという記憶がないですが……」
「まぁ、当事者じゃないとそう思うだろうね。でもこちらが感じている恩義はあるよ」
フィンは一つ微笑みを浮かべると、口を開いた。
元々ベルが、アイズやレフィーヤ、ヒュリテ姉妹の鍛錬に参加していたことを知っていること。見慣れたからこそ仲間では気づかない短所が、ベルという新たな要素によって表面化し、改善することができていたこと。それにより、彼女ら四人が目覚ましい成長を遂げたという事情を鑑み、ベル一行に手を貸すことで決定したという。
「多分君たちも知ってるだろう、ベル・クラネルの秘密を」
「……あっ」
「その秘密のおかげで彼女たちは成長したし、今回君たちも九死に一生を得たんだ」
彼等がこの下層でベルを見つけたとき、何体かのモンスターに囲まれていた。地に伏して気絶するリリたちを護るように、しかし本能での挙動でモンスターに立ち向かう様は、戦士というよりモンスターに近かったよう。それでも仲間を護らんとする姿にベルの面影を感じ、救援に入り、三人を保護する形となった。モンスターを殲滅すると同時にベルの姿は戻り、怪我の治療が拠点で行われたというわけである。
もしもロキ・ファミリアが遠征帰りに出くわしていなければ、ベル達がどうなっていたか想像に難くないだろう。
「勿論見返りなしに滞在させても君たちは気が休まらないだろうし、僕たちの団にも納得いかない者もたくさん出てくるだろう」
「それで考えたんだけど、一緒に上に戻る中で、ベル君は共に鍛錬に付き合ってほしい。そちらの鍛冶師は武具の整備を、サポーターの君には道具整理などを一緒にやってほしい。それでどうだろうか?」
フィンとリヴェリアの提示した条件に、しばし三人は考え込む。リリとヴェルフの条件は理解できるが、ベルの条件がいまいち理解できない。彼の秘密を鑑みたとしても、それでは余りにもいつも通り過ぎる。
「勿論ただただ鍛錬するだけじゃないさ。これは僕たち幹部組だけに限る話だけど、君の力を使ってほしいんだ」
「僕の力、ですか?」
「そうだ。ダンジョン探索では決して得られない経験。アイズやレフィーヤたちとやっている鍛錬を、他の幹部たちとやってほしいんだ」
「でも僕はレベルも低いし、あれは……」
「まぁ力に関しては追々でいいよ」
そう言葉を締めると、配膳された簡易的な食事に手を付け始めた。傷を治すためにはどうしても栄養を取らねばならない。ポーションは何とか手持ちのもので事足りたが、食事に関してはどうしようもない。
多少重苦しい空気であったが、食事の雑談を交えることで、多少なりとも空気は改善された。ただ二人だけを除いて。
――なんだ、何が起こっている?
――体が、うずいて止まらない。
――あれを目にしたときから
――あれを耳にしたときから、いやに感覚がさえわたる
――レベルアップとは違う力の沸き上がり
――いったい、この疼きをどうすればいい