ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~   作:シエロティエラ

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本当はルート分岐を30話ぐらいでやりたかったんですけど、大きく予定変更になっちゃいました。
さて、最新話です。どうぞ。




29. 深緑の狼爪

 

 理由は分からない。

 しかしなんとなくだが、あの戦いざまを見て妙なイラつきとむず痒さが体を支配していた。そして頭の中で、度々妙な光景が浮かび上がり、その都度激しい頭痛に悩まされていた。

 そのヴィジョンでは遥か昔の時代だろう光景が何度も浮かび上がる。一人の青年が、力を持ってしまったが故に孤独になっていく。同時にその力の代償によって、体はどんどん老化が進んでいくという。更には当時人間に害を及ぼしていた存在の出現で、本人の意思に関係なく力が発動してしまう。

 ヴィジョンの中の男は、最終的には戦う本能を抑えられたようだが、それまでにどんな葛藤があったのか、わかりようがない。

 

 

「ウウウウウウウウウウ……」

 

 

 そして今目の前で無言で佇む少年。ファミリアの団長が言うように、少年の全力には束になっても易々と手玉にとられた。そしてその結果、彼の少年はさらなる力を開放し、正気を失ってしまった。

 ベートは弱者が嫌いであった。だが何も、自分より劣る存在が総じて嫌悪の対象というわけではない。だが己がどれだけ強くなっても、どれだげ技術を磨いても、両の手から零れ落ちていくものがある。それを理解しているが故に、力なく戦場に行こうとする弱者が、まるで過去の己を見ているようで、嫌悪の対象になっていたのだった。

 だが目の前の少年は、力を持ちながらそれを使いこなせていない。己よりも強大な力を持っていて、それを恐れている。正直に言うならば、ベートは嫉妬していた。己よりも「力」という意味で恵まれている少年に。

 

 

「調子に……乗るなあ!!」

 

 

 だからこそ、ベートは憤った。力を恐れている少年に。ヴィジョンの青年の友のように暴走するベルに。暴走を止めようと、しきりに叫び無理やり抑えようとする少年に。

 そして何よりも、その強大な力に嫉妬した己自身に。

 

 

──何を望む? 

 

 力を、目の前のベル(雑魚)を殴れる力を。

 

──何のために望む? 

 

 目の前の雑魚(バカやろう)を引き戻すため。

 

──会って間もない相手に何故? 

 

 

 頭に何度も問いが掛けられる。己の内側を暴かれるようでいい気がしない。そして同時に怒りも湧き上がってくる。

 身の程を弁えない弱者ほど、始末に負えないものはない。彼等は己の弱さを棚に上げ、分不相応な戦場に立ち、挙句身勝手に絶望して死んでいく。そんな奴らが死んでいく様を、泣き叫ぶ様子を何度見てきたことか。何度手を伸ばすのが間に合わなかったことか。

 だが目の前の少年はまだ間に合う。己を知り、己に過ぎた力を御しようと心身を削っている。その過程で出しているだろう泣声が、聞きたくなくても聞こえてくる。

 

 

──どれほど危険な力であっても? 

 

 

 力は強大であるほど、求められる対価も重くなる。そしてベートがこれから手に入れようとしている力は、どれほどレベルが上がっても身に余るものだと、彼は直感で理解していた。

 だが迷うことはない。大して知りもしない、しかし何かが違う少年をこの手で掬い上げられるのならば、どんな対価でも支払おうではないか。

 

 

──俺はあのとき、自分が自分である意味を見つけるために動いた。

 

 

 その声と共に、ベートの頭には一つの光景が広がる。力を恐れる青年と意見を交わし、青年を置いて戦いに赴く一人の男の姿を。最終的に青年は恐怖を克服し、さらなる進化を遂げたことを。

 

 

──振り払った俺に言えたことではないが、伸ばした手を決して離すな

 

 

 その言葉を最後に、声は消えた。代わりに己の背後に、別の存在(じぶん)が立っているのを感じる。狼ではなくカミキリムシを彷彿させる偉丈夫がベートの横にいた。

 だが拒絶はしない。手を伸ばせるのなら、何処までも伸ばすと覚悟した。

 両腕を顔の前でクロスさせ、そのまま両腰の位置に勢いよく腕を引く。すると隣にいた存在(じぶん)が入り込み、自分の体がそれに代わっていく。それと同時にベートの体は、目の前の少年と戦うという強い欲望が沸き上がった。

 目の前で変身したベートを見たベルは、天井に向かって雄たけびを上げる。それに合わせるようにベートも雄叫びを上げ、互いに拳を構えながら走った。そしてそれぞれ右拳を引き、突き出して相手の拳にあてる。獣となった二体は拳を振り上げ、足を回し、相手の肉体へと打ち込んでいく。そしてその撃ち込まれた打撃は、冴えわたった勘によって往なされていく。

 

 

「フンッ!! はあ!!」

 

「ダっ!! グォオオお!!」

 

 

 最早言の葉を出さない獣の戦いに、誰もが動けずにいた。当然だろう、人のそれではない、本能に任せた格闘戦に割り込めば、彼等の拳で焼かれ、爪でなます切りにされる未来が見えている。だから下手に動くことができないでいた。

 拳を重ねるにつれ、ベートの頭には変身前よりも鮮明に過去のヴィジョンだろう物が見えていた。自分の記憶でないのは勿論だが、目の前の少年の、ロストエイジの創造主との戦いも、そしてこことは違う、何処かの世界で戦ってきた戦士たちも。

 

 

「……テメェの様な兎野郎が、何を背負っているか知らねえよ」

 

「……」

 

「だがな。今のテメェの姿を見て、テメェは納得すんのか!? そんな弱虫野郎が、半端な覚悟で戦場に来るんじゃねえ!!」

 

 

 何度目かの交錯の後、ベートがベルに向かって吠える。事情を知らぬものからすれば、彼等がどんなやり取りをしているか、露程も理解できないだろう。だがそれでも、アギトの伝説についてある程度知っている者からすれば、非常に重要なやり取りをしているのがなんとなくだが理解できた。

 

 

「戦うんなら、最後まで走り抜けろ!! それができないなら巣穴に引きこもっていやがれ!!」

 

 

 ベートが吠えるとともに、ベルト/メタファクターと額のワイズマンズオーブが輝きを増し、ギルスアントラーから放出される余剰エネルギーも、バカにならないほど強大になっていく。触覚の様な角も。それと同時にベルのワイズマンズモノリスからは炎が噴き出し、額のマスターズオーブも輝きを増していく。

 

 

「……タアッ!!」

 

「グゥィァアアアアア!! ダアアッ!!」

 

 

 雄叫びと短い掛け声という違いだけを残し、膨大すぎるエネルギーを込めた右拳が、ベートの腹を、ベルのワイズマンズモノリスを射抜いた。二人を中心として浅く広い範囲に、クモの巣状の亀裂が地面に刻まれる。

 一瞬の静寂ののちに、二人は同時に膝をついた。ベートは辛うじて意識を保っているものの、ベルはそのまま変身が解け、地面に倒れたまま動かなくなった。ベートも変身が解けるが、肩が激しく動くほどの荒い息を繰り返し、尋常ではないほどの汗をかいている。

 

 

「ッ!? 二人とも、治療します!!」

 

 

 いち早く事態を察したリリが、ポーションを手に二人に駆けだした。それに続くようにリヴェリアとレフィーヤも駆け出し、それに続くように他の者も走り出した。

 

 

「ベル様、ベート様!! 大丈夫ですか!?」

 

「待っていろ、すぐに回復させる」

 

 

 リリは手持ちで一番質のいいポーションを二本取り出し、片方はベルに振りかけ、もう片方はべーとげと渡した。依然ベルは気絶したままだが、ベートは無言でポーションを受け取ると、自身の患部にかけていく。見る見るうちに傷は治っていくが、消耗した体力と精神力はポーションでは戻らない。そのためベートはリヴェリアが、ベルはレフィーヤが回復魔法をかけていく。

 

 

「ベート、さっきのはなんだい?」

 

「……あ?」

 

「お前の姿だ。アギトと似ているが、何処かが決定的に違う」

 

「知るかよ。それより悪いが先に休ませてもらう」

 

「待つんだ、ベート!!」

 

「テメェ、クソ狼!! 団長が聞いてるのに無視するとは何様だ、コラ!!」

 

 

 話すことなどないという態度のベートにティオネが突っかかるが、暖簾に腕押しという様子で彼は自身のテントへと戻っていった。

 

 

「……ガレス、君は何か知っているようだけど」

 

「……わしらドワーフに残る伝承じゃ。あれはギルスといってのう、アギトの進化の一つといわれておる。じゃがアギトとは違い、その強すぎる力を制する体内機関がない。じゃから殆どは制御できずに、本能に従う獣になるか、体が耐えられずに死ぬかのどちらかといわれておる。そのためか、ロストエイジ以降は目撃証言がなかったはずじゃが」

 

「じゃあ彼の異常な発汗や発熱、疲労は」

 

「ギルス化の反動じゃろうな。あやつは冒険者として心身が鍛えられておるからか、変身で己を失うことはなかったようじゃ。が、しばらくは様子見じゃな。必ずロキに話さんといかん事案じゃ」

 

「忘れないようにしよう」

 

「レフィーヤ、ベルは大丈夫そう?」

 

「……一応回復魔法は成功しています。ですが彼の心は相当に疲弊しているようで」

 

「皆さま、ありがとうございます。私たち三人の保護だけでなく、このような治療まで」

 

「いや、礼には及ばないよ。こうなった原因は僕たちにもあるからね」

 

「一先ず彼はこのままテントに運ぼう」

 

 

 フィンが指示を出すと、ヴェルフがベルを抱え上げ、テントに運んでいった。念のためにリリは二、三本ベート用のポーションを渡すと、ヴェルフの後を追ってかけていった。

 

 

「……フィン」

 

「どうしたんだい、リヴェリア?」

 

「ヴェルフの治療をしているときに気づいたんだが……」

 

「それが本当なら、どうすれば……」

 

 

 リヴェリアから発せられた言葉に、フィンは頭を振った。下手をすればロキ・ファミリアのバランスが良くも悪くも崩れかねない報告を、フィンは両手で顔を覆うことで整理しようと試みるのだった。

 

 





――アギトにネフィリム、否ギルスも目覚めた。

――無理やりの覚醒ではないことは分かる

――刹那だが、あの狼の隣にあの男が見えた気がするが。

――まぁ今はいい。幻影の男は後にしよう。

――さて、貴様にするか。

――ただの塵芥の塊がどこまで奴らに通じるか。

――これを私がお前たちに課す試練としよう。


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