ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ 作:シエロティエラ
就活辛い。
二十社以上うけて試験までこぎつけたのはたったの二社。
コロナといい、爆破予告といい、ままならないものです。
右も左もわからぬ真っ暗な空間の中、ベルは一人棒立ちしていた。自身の記憶は集団訓練の途中から途切れていた。正確には、ベートが集団から飛び出してきたところから明確には記憶していない。僅かに覚えているのは、ベートがベルを殴り飛ばしたこと。そのままベートが緑色の異形、おそらくギルスに変身したこと。そしてその姿を見た途端、これまでの比ではない闘争心が沸き上がったこと。
アギトとは違い、ギルス/ネフィリムは火のエルロード/プロメスの直接の子孫が発現する変身体であり、非常に生殖能力と戦闘能力が高い。反面その強すぎる力に耐えられずに本能に吞まれるものや、理性を保っても体がついていかずに、老化という形で体組織崩壊が起きてしまう。
ベートはそれを知っていて変身したのだろうか? ギルスについてテオスに聞かされていたベルにとっては、それが非常に気がかりであった。だが恐らく現実の自分は未だ気絶しているのだろう。初めてのフォームチェンジとは違って無差別に攻撃はしていないものの、やはり強すぎる力に踊らされたのだろう。
「いったいどうすれば……」
ベルとて、このまま力に踊らされるつもりはない。大した関わりを持たぬ、それこそ昨日初めて会話しただろう相手に、己が寿命を削る選択までして己を止めたベートに、何とかして報いたいと感じている。そしてバーニングフォームの制御はそのうちの一つの手段だとベルは考えていた。
しかしいくら考えてもその方法が思いつかないし、だんだんと泥沼に嵌っているようにも感じられた。バーニングフォームは他の三種類のフォームとは質が異なる。恐らくだが、プロメスの力の攻撃性のみが表層化したものだとベルは精神世界で考える。いわばバーニングフォームは抜身の刀のようであり、必要なのはそれを抑える鞘である。
何が足りない? 何が必要?
「悩んでいいんだよ」
突如暗闇に声が響く。右も左もわからぬ空間に木霊する声は、ベルに声の主の特定を困難にさせた。しかしそんなベルを無視するかのように、声は話を続けていく。
「いいんだよ。納得がいかないときは、何年でもかけてもとことん悩んでいい」
「ここで悩んでいたら、答えは出るでしょうか?」
「出ないだろうね。だって、そんな簡単に出たら、悩む事ないじゃない」
「でも、どうにかしないと……」
声に問いかけるが、明確な答を得ることができない。
「みんな悩んで大きくなるんだから。君の場所はなくならないんだし。君が生きてる限りずっと、そのときいるそこが君の場所だよ。その場所でさ、自分が本当に好きだと思える自分を目指せばいいんじゃない」
「本当に好きになれる、自分ですか?」
「そう。少年の状態はさ、今は雨が降っている感じなんだよ。土砂降りの雨のせいで、右も左もわからない。だからこそ、自分というものがわかっていないんだと思う。でも大丈夫、止まない雨はないように君の心もきっと晴れる」
「そんな、理想的なことがそう簡単に……」
「そう、理想的。でもだからこそ、現実にしたいんじゃない。本当は綺麗事が一番いいんだもん」
段々とベルに問いかける声にエコーがかかり、暗闇にも光が満ち始める。しかしそれでも周囲を見渡せど、声の主の影はない。何の手掛かりもなく、徐々に視界も白く染まっていく。
「大丈夫、君ならできる」
その言葉を最後に完全に音は途絶え、精神世界にも関わらずベルの意識も薄れていく。最後にベルが目にしたのは、だだっ広い空間で一つ漂う、赤と黄金に色どられた特殊な時計と、その傍らで親指を立てた人懐こそうな青年の姿だった。
◆
「……ん?」
背中に感じる分厚い布の感触を認識するとともに、ベルは一つ身じろぎをして目を覚ました。ここ数日で見慣れたロキ・ファミリアのテントの天蓋に、一つため息をつく。また暴走を起こし、リリやヴェルフ、アイズたちに迷惑をかけてしまっのだと。
首を左右に傾けてほぐし、寝袋から身を起こす。幸いというべきか、テントの中にはベル一人しかいないらしい。凝り固まった体をほぐしつつ、ベルは周囲の気配を探る。テントの外には複数の気配があり、しかしそれはここ数日で慣れ親しんだものだった。汗を拭くためだろう、脱がされていた服を着なおし、身だしなみを整える。そしてそれが終わるころに、テントの入り口が開かれた。
「あれ? どうして神様がここに?」
「……君たちがモンスターの群れを押し付けられたと聞いてね。居ても立っても居られないから規則を破ってでも来たのさ」
眉尻を悲しそうに下げながら入口に立っていた人物、ヘスティアは静かに言った。彼女の表情を見て、どれほど自分たちがヘスティアに心配をかけたかを察してしまう。三度棒させたことも含めて、ベルの心中は申し訳なさで満たされていく。
「色々と話したいことはあるけど、まずは何か食べないとね。話は食事が終ってからだ」
そう言うや否や、ヘスティアは二人分のスープ皿を手に持ってテントに入ってきた。それに続くようにリリもテントに入ってくる。その手にもスープの入った皿が握られていた。今回はファミリアだけで食事をとるつもりらしい。
「スープ自体はボクが来てから作ったものだ。非力な僕が探索に同行するんじゃスピードは遅くなる。野宿用の食糧で作ったものだから、これの負担はうちだけだから安心していい」
「え? このスープ、神様が作ったんですか?」
「はい。リリも側で見てましたから本当です」
彼女らの返答を聞いて、改めて皿に目を落とす。ヘスティアの言うように、使われている具材は干し肉にハーブというシンプルなもの。一口飲むとベースの味付けは塩という非常にシンプルなものだった。しかし今の心身が疲弊した状態では、このシンプルさが妙にありがたく感じた。
全員が食事を終えて一息ついたあと、ヘスティアは徐に口を開いた。
「さてベル君、事の仔細はリリ君とヴェルフ君。それからロキの子たちに聞いたよ」
「……はい」
「まずは良く生きててくれた。無事であったことが嬉しいよ」
微笑みを浮かべたヘスティアは、二人に向けてそう言った。その笑みを見る限り、心の底からほっとしたのだろう。
「ベル君。もしかしてだけど、自分の暴走が原因でこんな状況になったと思っていないかい?」
ヘスティアの指摘に、図星だったベルは答えることができなかった。もしあの場でバーニングフォームになっていなかったら、ダンジョンの床を抜かすことも、こうやって鍛錬中に他派閥に手数をかけることもなかったのでは。どうしてもそのように考えてしまう。
一つため息をついたヘスティアは、ベルの顔をt両手で挟み込んで無理やり自分に向けさせた。突然の彼女の行動についていけずに当事者のベルも、静かに話を聞いていたリリも唖然としてしまう。
「あの大穴はボクも見た。あれほどの破壊跡は、アギトじゃない限り難しいだろう。でも君が、あの場であの形態にいならなかったら、ここにいるリリ君も、外にいるヴェルフ君も生きてはいなかった」
「……あ」
「後から『こんな策があった』、『あんな策があった』と顧みることはいいことだよ。でもベル君、キミはあの時実行できる最善をしたんだ。それを周りが何と言おうと、せめて自分だけは否定しないでくれ」
「辛いときは辛いと、しっかり言うんだベル君。そうして人は強くなっていく。内にため込んでも何も進展しない。それともボクやリリ君は、キミの話も聞けないほど、信用できないのかい?」
ヘスティアの言葉が耳に入るたび、ベルの目は開いていく。しかし顔色はそれまでの青白いものから、徐々にだが血色を取り戻していた。ヘスティアの手からはなれたベルは、改めてリリとヘスティアの顔を見る。二人とも決して目をそらさず、真っ直ぐにベルを見つめ返す。その意志の強さは、今のベルにとって眩しくてたまらないものだった。
――人が一人でできることなんてたかが知れている。
――どんなに助けたくても、手が届かないことなんてたくさんある。
――だからこそ、この手が届く大切を守り抜きたい。
――自分に何ができるか、何がしたいのか。
――最後には自分で見つけないといけないんだ。