ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ 作:シエロティエラ
一旦就活が落ち着いたのでちょっとずつ書いていこうと思います。
それではどうぞ。
「申し訳ありませんでした!!」
食事を終えてテントから出ると、和装を纏った少女二人からベル達は土下座をされていた。その傍らに立つ偉丈夫も頭は下げずとも、申し訳なさそうな表情はしていた。
「えっと、すみません。何に対する謝罪なのかいまいち理解していないのですが」
そしてその状況でベルは動揺を隠せず、オロオロとするばかり。そんな様子を見てリリは一つため息をつき、ベルに耳打ちをした。
「この方たちは、私たちに『怪物進呈』をしたパーティーの人たちです。恐らくそのことについてでしょう」
「ああ、あれの」
リリに説明されて、ベルは得心がいったとでもいうように、掌をポンと打った。しかしいつまでも頭を下げさせるわけにもいかず、何とかなだめて土下座を辞めてもらった。というよりも、今回のことに関しては、ベルは彼等を責めるつもりはない。下層まで落ちたのは誰が何といおうと、力を暴走させたベルに原因はある。
「あの、本当にすみませんでした」
立ち上がりはしたものの、それでも頭を下げてくる小柄な少女ー千草を見てその隣に立つもう一人の少女ー命も同じく頭を下げた。しかし大柄な男―桜花は頭を下げることなく、口を開く。
「あの指示を出したのは俺だ。責めるなら俺だけにしろ。だが、俺はあの指示を出したのは間違いじゃないと思っている」
堂々とした様相でそう言い放つ彼は、団長として責任を負うという覚悟と、絶対なる自信を感じられるものだった。しかしそんな彼等、タケミカヅチ・ファミリアの三人とは対照的に、ベルやリリ、ヴェルフの三人は非常に落ち着いたものだった。というよりも、この場をどう収拾つけようかということで頭がいっっぱいだったともいえる。
やや時間が経ったが、代表してリリが最初に彼等に言葉を放った。
「謝罪は受け取りました。それに、仲間を助けるためにはアレが最善だったのだろうということは察せられます。私たちとしても、そのあたりは理解しているつもりです」
「そうそう。それに、モンスターの大半はベルが倒しちまったし」
便乗してヴェルフが口を開く。
「……はい?」
その発言を聞いた目の前の三人は呆然とした表情を浮かべた。その気持ちもわからぬわけではない。ベルがアギトであると知らねば、たかがレベル2の冒険者が、あれほどのモンスター群の大半を一人で倒すなど普通は信じられない。特に千草は同じレベル2であるだけに、その実力差について想像の範疇を超えていた。
「まぁというわけで、こちらとしては貴方たちを責める気は毛頭ありません。それでも気に病むとおっしゃるのなら、貸し一つということでいかがでしょう」
最後にベルの出した提案が折衷案だったのだろう。ベル達に今後何かしらの危機が訪れれば、可能な範囲で手を貸すということで落ち着いた。
話がひと段落したのち、流石に物資を補給する必要に駆られたため、ダンジョンに形成された町、リヴィラによることになった。そこでもひと悶着があり、ならず者たちのリーダー格を図らずともねじ伏せてしまったり、物価の高さに驚いたりと色々あった。
その後、再び情操を目指して移動を始めたが、流石に休憩をはさむことになり、調度18階層にある小川近くで拠点を張ることになった。女性陣は拠点より少し離れた場所の川まで体を清めに行き、男性陣も軽く水浴びをする。しかし待っている間は暇になるもので、ベルは一人周囲の散策に出かけていた。
探索する時とは違い、比較的心にも余裕を持ちながら歩いていると、開けた場所にたどり着いた。地下にありながら巨木が立ち並ぶ十八階層には珍しい空間に、ベルは足を止める。特に急いでいるわけでもないため、空間に足を向けたベルは、一つ小高くなっている場所に目を向ける。そこには幾本幾種類もの武器が突き刺さっており、その様子はまるで墓標のようである。
「……ッ!? 誰だ!!」
突如背後に気配を感じ、背中の刀を一本抜いて構える。果たして目の前にいたのは、ヘスティアやヘルメス、桜花らと一緒にいたフードをかぶった女性。手練れとはわかっているものの、いったい誰なのかがわからない。少しだけベルは警戒を強める。
「……ベルさん、どうしてここに?」
「その声……もしかしてリューさんですか?」
「はい」
深緑のマントと体に張り付くタイプの白い服を纏った助っ人の正体に、ベルは驚きを隠せなかった。元々ミアの店の店員は手練れがいるとは前々から思っていたが、まさかこうして助っ人としてダンジョンに潜ってくるとは思わなかったのだ。
「……クラネルさんは、どうしてここに?」
「拠点付近を散策していて偶々。リューさんは……もしかして」
「ご想像の通りです。花を手向けに」
リューはそう言うとそれぞれの武器の前に一輪ずつ、丁寧に花を供えていく。やはりというべきか、場違いのように突き立った武器は墓標の代わりだったらしい。こうしてリューが手向けるということは、彼女の昔の仲間の者だろうか。
しかし聞くわけにもいかず、ベルは黙って彼女の動くを見ていた。それでもリューは察したのか、花を手向ける手を緩めずに口を開く。
「私はかつてとあるファミリアに所属していました。正義と秩序を司る女神アストレア様率いるアストレア・ファミリアです。時折ミア母さんに暇を貰い、彼女たちに花を手向けに来ています」
「……」
「ベルさんは、神ヘルメスから私について何か聞いてますか?」
「いいえ。ヘルメス様とお会いするのは今日が初めてですし、妙に頭に警鐘が鳴らされる感覚がするので、余り近寄らないようにしてます」
「そうですか」
リューは一度言葉を切ると、全ての花を手向け終え、武器の前で手を合わせる。暫く二人とも黙っていたが、やがて祈り終えたリューが再び口を開いた。
「私は、ギルドの
「え? リューさんが?」
「はい。冒険者の地位もすでに剥奪されています。一時は賞金も掛けられていました。私が所属していたアストレア・ファミリアは、迷宮探索以外にも、都市の平和を乱す者を取り締まっていました。しかしその分、対立するものも多くいました」
「ある日、敵対していたファミリアの罠に嵌められ、私以外の団員は全滅……遺体を回収することも出来ず、当時の私はここ18階層に仲間の遺品を埋めました。せめて彼女たちが好きだったこの場所にと」
「それで、復讐をしたと」
「……生き残った私はアストレア様を都市の外に逃がし、激情にかられるままに仇のファミリアを、一人で敵討ちしました。闇討ちに奇襲・罠など私は手段を厭わず、激情に駆られるままに。そしてすべての者に報復を終えた後、私は力尽きました。誰も居ない、暗い路地裏で……。愚かな行いをした者には相応しい末路だった。けれど……それでもミア母さんは、全てを知ったうえで私を受け入れてくれました」
立ち上がったリューは苦痛を我慢した顔のままベルに向き直り、しかしすぐに目をそらしす。
「耳を汚す話を聞かせてしまってすみません。私は本来ならば、こうしてベルさんの近くにいられるような、きれいなヒトではないのです。すでにこの手は、薄汚く汚れています」
そう言い、リューはこの場から去ろうとした。だが、それを許さぬように、ベルは彼女の手をつかんだ。唐突なことにリューは頭が追い付かず、振り払うことなど頭から抜けてしまっていた。
「リューさん。まずは話してくれてありがとうございます。僕は、出会う前のリューさんに何があったか、どんな葛藤があったかわかりません。ですがどんな過去があっても、少なくとも出会ってから見ていた貴女は優しい人だ。それは誰が何と言おうと、貴方自身が否定したとしても」
「わた……しは」
「それにリューさんの手が汚れているなら、僕の手も汚れています。僕も、激情に駆られて人を殺しました」
「……え?」
「神にもてあそばれ、本能のままに人を襲う存在になった人を、知己を、僕はこの手で殺しました。人を狂わせる力をその神は玩具と称し、人は神々の道具であればいいと」
ベルから発せられる言葉の数々に、リューは動揺を禁じえない。勿論世の中は綺麗事ばかりではない、それは自分自身の経験で十二分に理解している。ファミリアの中には、暗殺やら窃盗やらを積極的に行う組織もある。しかし神自身がヒトに手を加えるなど、今の常識では考えられない。「
「憤った僕は我を忘れ、うちに眠る力を暴走させ、義祖父に止められなければその神を『世界』から消してしまうところでした」
「え? ですが神は下界で死ぬような事態になれば、天界に強制送還されるのでは?」
「ふつうはそうです。でも、現状では僕は例外になるんです」
ベルはそう言うとゆっくりと構えた。すると彼の腰に絡繰りじみたベルト/オルタリングが巻かれる。ゆっくりと吐き出された呼吸と共に右腕が正面に延ばされる。
「……変身」
両のスイッチを押し込むと一瞬の輝きと共に、ベルはアギト・グランドフォームへと姿を変える。ベルの変身を目の当たりにしたリューは言葉を失い、またベルの紅い複眼の輝きと、その輝きの美しさに呆けてしまっていた。
「ベルさん……あなたはアギト……」
「はい。僕はこの力で神を一柱滅ぼしかけ、無理やりアギトに覚醒させられた知己たちを葬りました。それでも、そんな僕でも、神様やリリたちは受け止めてくれた」
「リューさん。僕たちは形は違えど『力』を持っています。そして二人とも罪を背負いました。でも僕たちはそれを忘れてはならない。でも……」
そこで言葉を区切ったベルは、再び元の姿に戻る。先程までの戦闘者としての気配はなく、元の人懐こい少年のものだった。
「僕も先程神様から言われました。辛いときは辛いと言っていいんだと。リューさんがもし辛くなったときは、仮令僅かであっても僕が一緒に支えます。だから僕やシルの……僕の前からいなくなるなんて考えないでください。もし離れたとしても、僕がまたあなたを捕まえます。だからどうか、自分で自分を貶めないでください」
リューの手を握ったまま、ベルはそう言葉を紡いだ。ベルは知らない。その言葉がどれほどリューにとっての救いになったのかを。彼が全てを知ったうえでリューを受け入れ、剰え自分も辛い状況でも支えると。その思いがどれほど大きくリューの心を打ったのか、ベルは知ることはない。
(全て知って尚私の、この血で汚れた私を受けてもてくれるのですか)
「……リューさん?」
そして正面にいたベルは気づいた、リューの頬に一筋光るものが流れるのを。だがそれを指摘することも、拭うこともできなかった。まるで凍り付いたように動かないベルに、リューは泣きながら微笑みを浮かべる。
勿論耐性のないベルは余計に固まることになるのだが。
「ベルさん」
「は、はいッ!?」
「ありがとうございます。何か、少しだけ軽くなった気がします」
「えっと……どういたし、まして?」
「それからこれからはリューと、呼び捨てで構いません」
今までに見たことのない表情でそう言うリューに、ベルは言葉を発することなく見惚れてしまっていた。
――完璧な人間なんていない。
――だからこそ人は支えあって生きていく。
――誰もが生きているうちに、何かしらの罪を負う。
――決断八割であとはおまけ。
――その罪を数えたとき、初めて救いがある。