ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ 作:シエロティエラ
――ヘファイストス様。これはこの前の探索で見つけたのですが。
――ちょっと見せて……へぇ、機械の鎧。ロストエイジのものね。
――そんなに昔のですか? しかしなんかに似ているような。
――ゴブニュ・ファミリアに持って行ってみれば?
――そうですね。この後行ってきます。
何とか無事に帰還したベル達だったが、ヘスティアらのダンジョン入場という規則やぶりも報告せねばならず、該当ファミリアは所有財産のいくらかをギルドによる没収という処分が下された。幸いなるはベルとリリのやりくりにより、没収されてもある程度の蓄えが残ったことだろう。しかしそれでも消耗した武具の整備費用や使ったポーション類の補充などを考えると、しばらくは質素倹約を心掛けた生活が必要になるだろう。
普通ならば。
ヘスティア・ファミリアに入団したことによってリリのレベルアップも順調に行われたことにより、十層までならばリリ単独でも効力が可能になり、ベル単独ならば、
しかし問題もあった。
それはベルの変身に関することである。初めは単独でアギトとして戦っていたが、その後再生強化されたゴライアスとの対峙は、ロキ・ファミリアとヘファイストス・ファミリアなどの不特定多数の冒険者に見られてしまっている。人の口に戸は立てられぬというように、いくら緘口令と箝口令を敷こうにも、やはり話は広まってしまうもの。疲弊から回復したあとにギルドに向かったベルは、ギルド職員や他の冒険者に取り囲まれる事態になった。
何とかその時はエイナや偶々居合わせたロキ・ファミリアの幹部たちによって事なきを得たが、外食先や道行く先でヒソヒソとあることないことを話されることが続いていた。ある程度のことはベル達も予想していたが、まるで化け物を見るような目にさらされることに慣れているわけではない。
「ベル様の責任じゃありませんよ」
「その通りだぜベル。お前のことを知らない奴らの言葉は気にするな」
共にダンジョン探索をしているリリやヴェルフが励ますが、それでもベルの顔は浮かない。ベルが懸念しているのは、自分に降りかかる災いではなく、彼等仲間や主神を巻き込んでしまうことである。最近はベルが一人で行動している時を狙って闇討ちをしてくる輩が出始めていた。
最早自分が化け物扱いされることは些末事である。それは自分がアギトであることを自覚したときから既に覚悟していたことであるし、テオスや水のエルロードから再三口酸っぱく警告されていたことだ。それにこの先何を言われようと、己の守りたいものを護るためならば人前で変身することなど厭わないという思いも固まっていた。
そんな中で事件が起こった。
ある日の夕刻、帰還祝いも合わせて「豊穣の女神」に赴いた一行は料理に舌鼓を打っていた。ベル達にとって良いことだったのは、リューのおかげで「豊穣の女神」の店員や女将のミアはベルを偏見の目で見ることがないことだった。というよりも、ベルがアギトであると正確に伝わったがために、アギトの伝説を知っている彼女らの疑念が消えたというのもある。
「そういやどこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!!」
しかし食事を楽しんでいる彼等に、態と聞こえるように大声でそうなじる客がいた。見るからにガラの悪そうな冒険者のグループは、ベル達を横目で見ながら、なおも罵倒を続けていく。態と声を張るということは、ベル達から手を出すことを狙っているということ。それを察したベル達は気分を害しながらも、食事を続けていた。
「新人は怖いものなしでいいご身分だよなぁ!! 化け物なのに人間と誤魔化してもおとがめなしと来た!! 俺たちには恥ずかしくて真似できねえよ!!」
「それに『化け物』は他派閥の連中とつるんでるんだってよ!! 売れない下っ端鍛冶師に別のファミリアから掻っ攫ったガキのサポーター、寄せ集めの凸凹パーティだ!!」
「威厳もへったくれもない女神のファミリアなんてたかが知れてるぜ!! 主神がへっぽこだからその眷属も腑抜けなんだろうよ!!」
しかし罵倒はエスカレートし、ヴェルフやリリ、果てはヘスティアまでも飛び火した。自分がとやかく言われるのは別に構わない。しかし、自らの仲間まで
手に持っていた匙を置いて立ち上がろうとするも、隣に座っていたヴェルフが彼の肩に手を乗せる。
「落ち着け、ベル。俺たちのために怒るのは嬉しいが、ここで暴れたら奴らの思うツボだ」
「そうだよベル君。このまま放っておけば、ミアが何とかする。この店は彼女の城だからね」
「ベル様、どうかここは抑えてください」
三人に諭されながら、渋々匙を手に取るベル。しかし顔は渋い表情を崩さず、食事もじっくり味わう様子もなく口に運んでいる。暫く無言で罵倒を聞き流していたベル達だったが、やがて冒険者たちの方がしびれを切らしたのかベル達に直接突っかかってきた。
「おい!! 聞いてんのか!?」
「……聞いてましたが何か? 先程から好き勝手言っていたようですが」
「好き勝手? 事実じゃねえかよ!!」
「百歩譲って僕が『化け物』ということには目をつむりましょう。ですが僕以外の仲間や神様については事実無根、到底見逃せるものではないですけど。どうやら貴方のファミリアは、他者を不当に貶めても何も言われない、素行の悪い団のようですね」
「貴様、言いがかりだぞコラア!!」
ベルに反論されたことに激昂し、一人の冒険者が拳を振り上げる。しかし彼の拳はベルには届かず、彼の手によって止められていた。
「な、なんでだ!? 全然動かねえ!!」
「やっぱこいつはバケモンだ!?」
拳を止められたことに驚き、なおもベルに対する貶めを辞めない冒険者たち。その言葉にベルは拳をつかんだまま立ち上がり、そのまま彼等を倒さずに押す形で店の外に出た。一連の出来事に店内の客も店の外にいた人々も、野次馬よろしくベル達を取り囲む。その中にはベルが心配だったのだろう、シルやリューの姿もあった。
「どうやら貴方たちは僕が騒動を起こすことがお望みのようだ。ならばその通り、一つ相手をしましょう」
「てめぇ、余り調子に乗るなよ小僧!!」
拳を離したベルに、先程まで悪態をついていた全員がとびかかった。それをベルは受け流し、避け、攻撃を往なしていく。そしてベルからは一切攻撃を加えないことで、冒険者たちが怪我をしないようにも経ちまわっていた。そしてベルの立ち回りを見ていた周囲の人間は、徐々に彼が冒険者が詰るような「化け物」ではないと思い始めていた。
暫くベルによって攻撃をかわされていた冒険者たちであったが、そこに一人の男が野次馬から飛び出し、一般人では目測できない速度で冒険者たちを突き飛ばし、ベルの腹に拳を繰り出した。
一瞬ベルは拳を受け止めるか受け流すかを考えたが、今回はわざと受けることを選び、男に殴り飛ばされた。
「ヒュアキントスだ……」
野次馬の一人がつぶやく。
ベルを殴り飛ばしたのはアポロン・ファミリアに所属する第二級冒険者のヒュアキントス。レベル3であり、エルフに見劣りしない美貌をとレベルに相応しい力量を持つことから「
「よくも俺の仲間を傷つけてくれたな、『
気絶するふりをしているベルに対し、ヒュアキントスは得意げに話しながらゆっくりと近寄っていく。一般人にはわからないが、レベル2以上の冒険者ならば、彼の言い分がいかに不合理極まりないものであるか理解できる。しかし首を突っ込んで厄介ごとに巻き込まれたくないがために、誰一人彼等を止めようとする気配がない。
流石にまずいと考えたのか、リューやヴェルフたちが割り込もうと一歩踏み出そうとした。
「……雑魚が何騒いでやがる。酒がまずくなるだろうが」
しかしその歩みを止めるかのように、一つの声が店の外に響いた。聞こえた方向に全員が目を向けると、ジョッキを片手に持ったベートが面倒くさそうな表情でベル達を眺めていた。
「ガサツな……やはりロキ・ファミリアは粗雑とみえる。飼い犬の首に鎖も付けられないとはな」
「他人に喧嘩売るしか能のない手前らと一緒にするな。蹴り殺すぞ?」
「ふん、興がそがれた」
ベートの威圧に余裕の表情を崩さないが、恐らく内心冷や汗が流れていただろう。レベル6とレベル3ではどうにもできない差が出来上がる。加えて知るものこそ少ないが、ベートもギルスとして覚醒した影響で身体能力が根本から上昇している。覚醒による対組織崩壊も併発しているが、レベル3程度なら複数いても片手間に片付けられる力を持つ。
地面にのびる冒険者を回収し、ヒュアキントスは足早にこの場を去っていった。
「それで、てめぇはいつまで寝てやがる」
「……やっぱバレますよね」
「当たり前だ。なんで態と攻撃を受けたんだ?」
「その方が後々有利になるかと……」
「黙らせた方が早いだろうに」
ベートはそう言ちると、飲み干したジョッキを置いて会計を済ませる。
「そうだ兎野郎」
「何でしょう? あと僕はベルです」
「そうかよ。明日の朝、外壁の上で待ってる。鍛錬に付き合え」
ベートの言葉に一瞬ベルは驚く、が、それがギルスのコントロールとすぐに察したため、二つ返事で了承した。承諾を受けたベートは何も言わず、そのまま店から去っていった。
暫く店内も店外も沈黙に包まれていたが、やがて一人また一人と宴席に戻り、やがて店は元の陽気さを取り戻していった。因みに多少なりとも問題にかかわったとしてベル達に更に料理が運ばれ、予定よりも多くの代金を支払うことになったのは完全な余談である。
明朝、まだ日も登らぬオラリオの街の外壁に、二人の人影があった。誰もいない城壁の上には、紅蓮色の筋肉質な体を持つ異形と、深緑色の肉体を持つ異形が向かい合って立っている。
暫く沈黙したままお互いを見つめていた異形だったが、どちらからともなく走り出し、互いの拳を振りかぶってぶつけた。空気が破裂する大きな音が鳴るが、それを意に介していないように互いに拳や蹴りを繰り出す。どちらの攻撃も鋭いが、それを分かっているかのように互いがそれを受け流していく。
「……フン!!」
「Grrrrrrr……」
一度距離をとった異形たちは再度にらみ合いに入った。しかしすぐに、深緑の異形は両手の甲の黄色い突起を伸ばし、片方は蛇腹鞭のように、もう片方は鎌のような形状に変形させた。対する紅の異形は腰のバックルを光らせ、折り畳まれたような形の両剣を取り出し、展開する。
互いに己の得物を持った異形は一呼吸を置いたのち、互いに向かって切りかかる。片や鞭でけん制しながら鎌で切り付け、一方は鞭を往なしながら両剣で鍔迫り合いに持ち込む。素早さや手数は緑の異形が勝っているが、純粋なパワーは紅の異形の方が勝っているようだ。
「……ベートさん。次で決めましょう」
「ふん……GrrrraaaaAAAA!!」
武器がらちが明かぬと判断した紅/ベルは武器を収め、足元に紋章を発現させた。対する緑/ベートも言葉をしゃべらずも、突起を収めて足元に紋章を出す。
緑と金に輝く紋章は渦を巻きながら互いの足に吸い込まれ、肉体で膨大なエネルギーに変換されて、それぞれの右拳に収束していく。そして力がたまり切ったとき、同時にお互いに駆け出し、拳を突き出した。
◆
「ギルスには慣れましたか?」
「ある程度はな。変身してなくても力が上がっていて、抑制に苦労した」
「本来なら素体に影響はあまりないのですけど、やはり僕たちが『冒険者』だからですかね」
「知るかよ」
ようやく街に日が差し込み始めた時刻、外壁から少し離れた広場にベートとベルはいた。まだ町の人々は寝静まっており、起きているのは店の開店準備をしている者か、早めにダンジョンに潜る冒険者ぐらいである。
「慣れるのは大事ですけど、余り多用はしないでください」
「チッ、お前もロキと同じこと言うんじゃねえ」
「それは……ですが」
「わかってるよ、死ぬのが早まるんだろ?」
「……分かりました、もう言いません」
「それでいい」
ベンチにどっかと座った姿勢ではあるが、一応ベルとの会話にはお維持ているベート。しかしベルは少し疑問を感じていた。アイズやレフィーヤなどがベルを気に掛けるのはまだ理解ができる。しかしベートとまともに関係を持ったのは、ゴライアス騒動直前の暴走であり、せいぜい顔見知りがいいところだ。
「ベートさん。どうして、僕とここまで?」
「何だてめえ。アギトの力を持ってるからじゃいけねえのかよ」
「い、いえ……」
しかしベートは取り付く島もなく、手に持った水筒の中を飲みながら話を打ち切る。流石にベルもしつこく聞く気にもなれず、白と銀の凸凹コンビが、一言もしゃべらずにベンチに座るという光景。ちらほらと見え始めた人の往来も、この奇妙な光景を遠巻きながらも気にしているようだ。
暫く二人で黙って水を飲んでいると、ベートが口を開いた。
「おい、ベル」
「何でしょう?」
「『仮面ライダー』ってのはなんだ? お前らがゴライアスと戦っているときにそう名乗るやつと戦っていたんだが」
「『ライダー』とですか? 一体誰と……」
「怪盗と名乗っていた。あとはシアンのロストエイジの道具を使ってたな。銃って言うらしいが」
「怪盗……銃……ディエンドさんですね。ベートさん、『仮面ライダー』について話すのはいいですけど、この後僕らの拠点に来ていただいてもいいですか?」
「あ? ここで言えばいいじゃねえか」
「口だとズレが出るので。拠点でしたらまとめたものがあります」
暫く渋っていたベートだったが、ようやく首を縦に振り、ヘスティア・ファミリアの拠点である廃教会に向かった。道中で珍しいものを見る目で眺められたものの、特に絡まれたりすることなく教会に到着した。中では朝餉の準備をしているだろうリリの動く音が聞こえるが、特に気にすることなくベルはベートを招き入れる。
地下でゴソゴソと動いていたベルだったが、やがて革表紙の分厚い一冊の本を持ってベートの許に戻ってきた。
「これをどうぞ、ベートさん。こちらに大体の知りたいことが書かれています」
「……このデカいのにか?」
「はい。詳細は兎も角、『仮面ライダー』の大まかなことは分かると思います」
「そうかよ。いつ返せばいい」
「貴方が納得がいったらでいいです」
そう言い包め、本を無理やりにでも持たせるベルの気迫に、ベートは少々気後れしながらも本を受け取った。ついでにとベルはベートを朝食に誘ったが、流石に断って急いでロキ・ファミリアの拠点に戻ることになる。
――お? なんやベート、朝帰りか?
――ちげーよ、野暮用だ。
――ほーん、そか。ん? その本なんなん?
――何でもねーよ。
――しっかし珍しいこともあるもんやな、ベートが本なんて。
――うるせぇ。
――……そうか、ベートもか。