ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ 作:シエロティエラ
――ギルス。
――なんだあ? 鍵はかけたはず……。
――この手は……悲しい事です。プロメスよ、何故。
――テメェ、何もんだ。嫌な気配がビンビン来やがる。
――今は知らずとも。眠りなさい。
――なっ!? なに……し…や……がる……。
――ロキの愛し子、
――この力を受け入れるか否かで、貴方の運命は決まるでしょう。
神アポロン主催の宴にて、周囲の視線を集める一組のタッグがあった。
広間の中央にてステップを踏む男女は、片や絹のように滑らかな金の髪を舞わせ、片や白銀の髪を明かりに反射させてパートナーの体を優しく回す。華麗に力強く、それでいて儚い蝶の様に舞う姿に会場の目を一身に集めていた。
「ベぇぇぇえルくぅぅぅぅううん!? どぉぉぉぉおおおしてヴァレン某と踊ってるんだい!?!?」
「アァァァァアアアイズたあああん!? なんでドチビのとこのと踊っとるんやああああ!?!?」
若干二名ほどは別の意味でだが。
他のペアがダンスを途中で辞めるほど、ベルとアイズのペアは目立っていた。言わずもがな、アイズは今までの冒険者としての実績とその美貌で。ベルは最近の噂及び実績と、改めてみれば幼さと大人の色気が両立された雰囲気によって。
加えて本人たちは意図せずだが、ベルとアイズのペアを引きはがそうと二人に飛び掛かっては地面と接吻を繰り返す二柱の神によるところも大きいだろう。ステップを踏みながら―偶然出会っても―飛びつく神を避けていく様を見て囃し立てる観覧者も少なくなかった。
結局最後まで二人は踊り切り、二人に対して惜しみない拍手が送られた。
「ベル、踊るの上手だった」
「ありがとうございます。アイズさんも」
「うん」
会場の興奮は冷めないが、流石にベルとアイズは休憩のためにダンスホールの外へと出る。前へと視線を向けると、ヘルメスが拍手をしながら二人に近づいてきていた。
「ヘルメス様」
「見事なダンスだったよベル君。隣のアイズ君も」
「恐縮です、ヘルメス様」
「いやいや。ところで君たちはいつまで手を繋いでいるんだい?」
「え? ああああ、すみませんアイズさん!?」
ヘルメスに指摘されて、初めて自分たちが手を繋いだままであることに気づいた。顔を真っ赤にし、慌ててベルは手を放そうとするもののそれ以上の力でアイズに握られてしまっていた。
「あ……ごめんねベル」
それも無意識に。
手を放すと無表情ながら捨てられた子犬のような目をしているアイズを見て、この先の修羅場を回避できたことに安堵する気持ちと、もう少し繋ぎたかったという欲求が、ベルの中で只管に渦巻いていた。
「諸君、宴は楽しんでいるかな?」
ベルが一人であたふたしていると、宴の広間に一つの声が響いた。見るとホールの中央には赤い髪の見目麗しい青年の姿をした男神が立っていた。オリーブの冠も被っていることから、彼が主催者である神アポロンであるのは間違いないだろう。現にベルの主神であるヘスティアはロキとの口論を中止してまでその神を怪しげに見つめており、ベルのすぐ近くにたつ神ヘルメスも苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「ヘルメス様、あの男神が……」
「そう。我が愚兄弟のアポロンだ」
ベルの問いかけに、渋い顔を隠そうともしないヘルメス。アレスといい目の前に立つアポロンといい、ゼウスの子供は愉快な神が多いらしい。恐らく常識神といえるのは、話を聞く限りではヘファイストスとデメテルぐらいなのではないかと、ベルは失礼と分かっていてもそう思わざるを得なかった。
流石に自分の主神の傍にいないのは拙いだろうと思い、気づかれないようにベルはヘスティアの隣に移動した。同時にアポロンも自然に見えるように移動し、ヘスティアの目の前に立つ。それを参加者が囲むように並び、自然と縁が出来上がっていた。
「遅くなったがヘスティア。先日は私の眷属が世話になった」
「一応ボクは君の伯母なんだけど。それを言えば、ボクの方こそ眷属が世話になったね」
「私の子は君の子に重傷を負わされたのだよ。代償をもらい受けたい」
全くヘスティアたちの身に覚えのないことに、ベルと二人そろって口をぽかんと開けた。
しかしそんな二人の様子を意に介することなく、アポロンは奥から人を招いた。支えられるように入ってきた者は、まるで
「ああ!! 可哀想なルアン、こんなことになってしまって!! 更に先に仕掛けてきたのはそちらだと聞いている。証人も多くいる、言い逃れは出来ない!!」
「……なら一つだけ。悪いけど件の騒動はギルドに報告している。その際証人として『豊穣の女神』の店員一名と店主のミアが来てくれた」
「何が言いたいんだい?」
「つまり、君が今この場で何を主張しようと虚偽であるということ。アポロン、君はボクの甥だけど今回ばかりは見過ごせないよ」
ヘスティアの主張に、傲慢に歪んだ顔は次に羞恥でゆがんだ。大方代償と称して無茶な要求をしようとしたのだろうが、それを事前に予想していたヘスティアたちは先手を打っていたのである。
「だ、団員を傷付けられた以上は、大人しく引き下がるわけにはいかない!! 我がファミリアの面子にも関わる。ヘスティア、どうあっても罪を認めないつもりか!! 認めぬというのならば、君に『
焦って事を急いたのか、ヘスティアの意見も聞かずに無理やり話を進めていく。その有様を見て周りの神々もやれ“やらかした”だの、やれ“いじめだ”だのヤジを飛ばしていた。もはやだれが見ても、どちらに非があるのか丸わかりである。
「これに我らが勝ったら、ベル・クラネルをいただく!!」
「……(やはりそうですか)」
「駄目じゃないかヘスティア~。こんなかわいい子を独り占めするなんて~」
「化けの皮が剝がれたね……」
悍ましいという表現がこの上なく合致するような気色悪い笑みを浮かべ、アポロンはベルに向かって顔をグイっと近づけた。ただただ嫌悪感しか抱かない顔と態度であったが、ヘスティアに恥をかかせぬようベルはポーカーフェイスを貫く。
「……受けた場合、君はウチの主力たるベル君を引き抜く。そう言うことだね?」
「そうとも!!」
「じゃあこちらが勝った場合は?」
賭けをするならば正当な対価が必要である。ましてやヘスティアの眷属は二人しかおらず、数的値では決してアポロンにはかなわない。個々の力が協力でも、数に物を言わせたらどうなるかわからないのが戦の基本である。
故にヘスティアが対価を求めるのは決して間違いではないはずなのである。
「勝ったら? 今勝ったらと言ったのかい!? こいつは傑作だ!!」
「いいから、どうなんだい?」
「いいだろう、君が勝ったらいくつでも、どんな要求でも飲もう!! 君に勝算なんてないだろうけどね!!」
既に勝ちを確信しているのか、多くの神や眷属の聞いている空間でそう宣言した。これにより両者ともに勝負後の扱いにイカサマを使うことが不可能になる。尤も、ヘスティアはそんな卑怯なことをするつもりは毛頭なかったが。
「ああ楽しみだよベル・クラネル!! 君をウチに入れ、愛でるその時が!!」
「……変態」
「何とでも言うがいいさ。待っていてくれベル君、キミは必ずもらい受ける」
ヘスティアの悪態を物ともせずに自分のペースに戻ったアポロンはベルに手を伸ばした。アポロンとしてはベルの手や顔、体のどこかしらに触れるつもりだったのだろう。流石にその動きは予想できなかったのか、ヘスティアは動きが一瞬出遅れることになった。ベルの視界の端では、ロキの隣にいたアイズが今にも飛び出そうと足に力を込めているのが見て取れる。
しかしベルは一切手を出さなかった。
「二度ハナイゾ、神アポロン」
誰にも気づかれることなく、アポロンの背後に立つ存在を確認していたから。
クジラの意匠が強く出ているその存在は、今までベルが見たよりも一回り大きい斧をアポロンの首筋に添えていた。身にまとう装飾も一層豪華なものになっており、晴れ姿にも見えないことはない。
「誰だい? こんな無粋なことをするのは」
気持ちの悪い笑みを収め、非常に気分を害したとでも言うように後ろを向く、が、目の前の存在が何者なのか気づいていない様子で、胡散臭げな眼を向けていた。周りの神々がざわめき、ロキやヘスティア、ヘルメスやベルが跪いているのにも気づく様子がない。
その存在―水のエルはアポロンを無視し、ヘスティアとベルの前に立って石突を地面に打ち付けた。シャランと鳴った斧の音に合わせ、二人とロキは顔を上げる。そこで初めて、アポロンは佇む存在に違和感を覚え始める。
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。血族の不始末は私の不始末でもあります」
「その眷属も同罪、罰は如何様にも」
ヘスティアとベルは顔を上げるも依然膝をつき、水のエルの処断を待つと宣言した。どれほどの愚か者であれ、ヘスティアにとっては
「何モセヌ。コヤツハ既二出来上ガッテイル故、其方ラガ責ヲ負ウ道理ナシ」
「……はい。確かに承りました」
「何だいこいつは? こんなのを酒宴に招いた記憶はないけど」
未だ胡散臭げな態度を崩さないアポロンに、流石のヘスティアも苦言を呈した。
「口を閉じるんだアポロン!! この方は我らが『世界』の創造主/テオス様の御使いが一柱、水のエルロードであらせられるんだぞ!?」
「は? 水のエルロード?」
「「「 はあああああああ!?!? 」」」
ヘスティアの宣言に、会場は爆弾が落ちたのかと感じるほどの驚嘆の声が上がった。補足すると、いくら神といえどもエルロードと出会うことは滅多にない。精々で各神話の最高神が、長い歴史の中でテオスの伝言を受け取るぐらいである。低級のロードであれば稀に見ることはあるが、基本的にその格の違い故においそれと関わろうとも思えないのである。それゆえに、この場の神々が水のエルロードを見ても、何者かわからなかったのは仕方がないことなのである。それでもアポロンの態度は目に余るものがあるのは確かだが。
アポロンも今までの自分の失態に気づき、自分の服ほどに顔を白くさせる。
「お聞きしてもよろしいでしょうか?」
そんな神々やアポロンにはお構いなしに、ヘスティアは膝をついたまま問いを出した。
「許ス」
「何故あなたはこの場にいらっしゃったのでしょうか? 失礼ながら、あなた方は天上より人を見守り、過度の干渉を好まないと存じておりますが」
津上翔一らとの戦いのような場合ならばともかく、通常エルロードやロードが下界に本来の姿で降臨することは殆どない。例外とてベルを鍛えているときなどはあるが、それでもこういった酒宴に姿を見せることは絶対といえるほどない。
「我ガ主ヨリ、オラリオ二住マウ神々ヘノ伝令デアル。神々の集ウコノ場ガ相応シイト、判断シタマデ」
「伝令、ですか?」
「『是ヨリ先ニテ混沌ノ兆シアリ。然ルベキ時二備エヨ』トノコト。神々ハシカト受ケ止メヨ」
それだけを言うと水のエルロードは光の玉となり、宴のホールから音もなく去っていった。悠久を生きる神々からしても、余りもの現実離れした出来事に暫くは一部を除いて呆然としていた。ヘスティアとベルはというと、もう用はないとでも言うように退場し、ヘファイストスやロキ、ヘルメスらもそれに続くように退場していった。
――のうヘファイストスの。こいつをウチに預けてみんか?
――直せるの?
――当時そのままとはいかんな。だが今の世に合うようにならば。
――そう、お願いできるかしら?
――相わかった。小僧、完成したら試運転に付き合えよ?
――見つけたのは俺なんで、最後まで付き合いますよ。
水のエルロードの名前はオリジナルでもつけるべきか
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つけるべき
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つけなくていい