ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~   作:シエロティエラ

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――ロキ。こいつはなんだ?

――ああそれか。テオス様からの送り物や。あんたにと。

――俺に?

――ああ。それとこうも言ってたで。受け取るからには覚悟を決めえとな。

――覚悟……はッ、んなもんこの力にてを出したときから決めてる。

――そうか、ほなウチからは何も言わんで。好きにしいや。




40. 戦争遊戯・序

 ゲーム開催日当日、オラリオの宿屋、居酒屋、料亭、ファミリア本拠地において、試合を今か今かと待つ人々で溢れかえっていた。「戦争遊戯」は「神の力」を限定解除し、「神の鏡」という神器を通してオラリオ中に生中継される。そのため、ほとんどの冒険者が今日の攻略を休んで店などに集まっているのだ。

 居酒屋などの料理店では観戦を決め込んだ冒険者たちが、どちらのファミリアが勝つのか賭けをしている。

 

 

「全員アポロンにベッドか。これじゃ賭けになんねぇよ」

 

 

 それはダンジョン内都市でも同じこと。十八階層にある街の酒屋には、ならず者たちが集まって賭けを行っていた。しかし殆どの者がアポロン・ファミリアの勝利に賭けており、このままでは賭博が成立しなくなってしまう。

 胴元のを務めるドワーフが頭を悩ませていると、彼のついている席の机にずっしりとした重みを感じる大きな革袋が置かれた。

 

 

「兎野郎に50万賭けるぜ!!」

 

「は? はあ!? 正気かよモルド!?」

 

「俺だけじゃねぇぜ? そら、後ろ見てみな」

 

 

 ドワーフの驚きを気にすることなく、革袋をおいたモルドは自分の後ろを指した。そこには何人かのならず者兼冒険者がおり、全員が決して軽くも小さくもない革袋を手に持っている。

 

 

「こいつらは全員兎野郎に賭けている。これで成立するだろ?」

 

「ああ、文句ない!!」

 

 

 アポロン側に賭けられた金額に釣り合うものだったため、胴元はそれでベッドを締めた。ドワーフは知らないが、モルドとその取り巻きたちはベルとの決闘の場におり、且つベルがゴライアスを撃破した瞬間を見た者たちであった。

 

 場所は変わり、地上の「豊穣の女主人」店内。

 一日限定で休業している冒険者が店内でごった返しており、リューたちウェイターは盆を持って忙しなく動き回り、店主のミアもキッチンから一切離れられないほど忙しくオタマを振るっている。そんな店内に、シルがなだれ込むようにして入ってきた。

 

 

「ごめんなさい、ミア母さん!! 遅くなりました!!」

 

「ああ、来たかい。急いで準備しな!! ゲーム始まるまで忙しいよ!!」

 

「はい!! すぐに着替えてきます!!」

 

「ちゃんと渡せたのかい?」

 

「あ……はい。終わったら来てくれると」

 

「そいつはいいや!! ならあんたは出来る範囲で手伝いな。最近余り体の調子が良くないんだろ?」

 

 

 ミアの言葉に驚くも、シルは曖昧な笑みで返して店の奥に入った。少し前から、シルは度々頭痛に悩まされることか多かった。特にベルが初めてこの店に来てからというもの、その頻度が倍ほどに上がっている。

 

 

(何も起きなきゃいいんだけどね……)

 

 

 一抹の不安が頭をよぎったが、気のせいということにしてミアは再び鍋に向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベル達が陣を設置した場所では、各々が最終チェックを行っていた。その中で、ベルは己の愛機の最終整備を行っていた。いくらトルネイダーと言えど、流石に砂塵の舞うだろう場所で走らせると、思わぬトラブルが起こる可能性があるからである。

 

 

「ところでベル、お前アレを持ってきたんだな」

 

「トルネイダーのこと? うん、なんか持ってきた方がいい気がしてね」

 

「そうか。なら、俺のこいつもお披露目だな」

 

 

 ベルに近寄ったヴェルフは、少し離れたところで布をかけられている大型のものに近寄ると、かけてある布を一息に取り払った。その下から出てきたのは、トルネイダーよりも一回り大きい車体のバイク。青と白のツートンカラーに彩られたそれは、どっしりとした体格で非常に安定してそうなものであるが、反面スピードが遅そうな印象を受ける。さらには車体の横に、「M.P.D」と青色の字が書かれていた。

 

 

「ヴェルフ、それは?」

 

「ああ、この前のゴライアス騒動の時に偶然見つけてな。ゴブニュ・ファミリアに頼んで整備してもらったんだよ。まあ、整備といってもオーバーホール? っていうのをやったらしいけどよ」

 

「へぇ。でも練習はしたの? 馬とは勝手が違うよ?」

 

「ああ、練習はしているから乗れるぜ。で、一応横にもう一人と背中に一人乗れるようになってる。横のはオプションでつくやつだな」

 

 

 ヴェルフも車体を磨きながら自身の愛機の説明をしていく。ベルにとっては、些か見覚えのあるバイクではあったが、まさかダンジョンに眠っているとは思ってもいなかった。暫くヴェルフの作業を見ていると、自分のことが終わったリリと命が二人に近寄ってきた。

 

 

「ヴェルフ様、いつの間にそんなものを?」

 

「本隊の方に運搬は任せていたからな。もう一つとっておきがあったんだが、そっちは間に合わずだ」

 

「まぁバイクがあるだけで意表は突けるだろうけど。ところでそのバイクの銘はなに?」

 

「名前か? そうだな……『追跡者(チェイサー)』。ベルという光を追い、時に守る盾となる。こいつの名前は『ガードチェイサー』だ!!」

 

 

 そう自信満々に言うヴェルフの顔は、これ以上ないほどに輝いていた。今やヘスティア・ファミリアの出納管理をしているリリとしては、整備代などが多少気になるところ。しかし既にヴェルフがプライドを捨てて魔剣を鍛えたことにより、既に支払いは前払いで済んでいるということで安堵していた。

 

 

「しかし見るほどに奇妙な絡繰りですな。昔の人はどうやってこんなものをたくさん作っていたんだか」

 

「まぁ技術も使い方も失われてしまったからね。それに魔力に頼らない、純粋に科学の力だし」

 

「まぁ今は気にしても仕方ねえだろ。で、悪いがリリ助か命のどっちかがサイドに乗ってくれ。ベルは自分のやつがあるしな」

 

「じゃあ私がサイドに乗りますね。小人族の私なら隙間に色々入れられるでしょうし」

 

「わかりました。なら私がヴェルフ殿の後ろに乗ります」

 

 

 それぞれの乗る場所が決まったため、あとはどう攻め込むかの最終確認を集まって行い始める。その表情は緊張に張り詰めながらも、全員が少しばかり余裕を持ったものであった。

 

 

『みなさん、おはようございますこんにちは!! 此度の『戦争遊戯』の実況を務めさせていただきます、ガネーシャ・ファミリア所属のイブリ・アチャーでございます。以後お見知りおきを』

 

 

 会議がひと段落着いた時、調度良く実況が流れ始める。どうやら開始時刻になっていたらしい。一度目配せをして、ベル達は定位置に着いた。その際、ポーションの類は予定通りにリリがサイドカーに積み込んでいる。

 

『では鏡が置かれましたので改めてご説明させていただきます。今回の『戦争遊戯』はヘスティア・ファミリア対アポロン・ファミリア、形式は『攻城戦』です!! 両陣営の戦士達は既に戦場に身を置いており、正午の始まりの鐘が鳴るのを今か今かと待ちわびております!! ていうか、ヘスティア・ファミリアの四人は城からほど離れた丘の上にいるようですが。はて、何かに乗っているようですが、あれは馬でしょうか?』

 

「まぁ、これが公での初お披露目だからね」

 

『それでは、間もなく正午となります!!』

 

 

 実況の声に合わせて、ベルたちはヘルメットを装着した。とはいってもロストエイジのようなライダーズヘルメットは存在せず、フルフェイスのヘルムの内側に羊毛を厚めに縫い付けたものだが。

 

 

「始まるね」

 

「うん。頑張って、ベル君」

 

 

 試合の成り行きはギルド職員であるエイナも見守っていた。

 

 

「ベル・クラネル、大丈夫でしょうか? 一応魔法やポーションであの日の治療はしてますし、ある程度日にちは経っていますけど」

 

「心配ない。ベルはそんなやわじゃないし、レフィーヤの治療も完璧だった」

 

「アイズさん。ですが……」

 

「グチグチうるせぇ。野郎が出ると決めたんだ、今更動向いても遅えよ」

 

 

 ロキ・ファミリアの一室では、アイズやヒュリテ姉妹、レフィーヤやベートが「神の鏡」を見つめている。ベルの負傷を間近で診て治療を施したレフィーヤには不安が残っていたようだが、壁に寄りかかっていたベートがそれを一蹴する。

 暫く神の鏡で試合を見ていた面々だったが、誰一人として気づく者はいなかった。ベートが静かに退室し、外で高めのエンジン音が鳴り響いていたことを。

 遠くで鐘が鳴った。

 

 

『それでは戦争遊戯(ウォーゲーム)、開幕です!! 「Boom!! Boom!!」……は? なんですかこの音!?』

 

 

 開幕と同時に、フィールドにエンジン音が響き渡った。丘の上で一人アクセルを捻るベルが何度かエンジンを空蒸かししたのち、勢いよく飛び出して走っていく。その方向は、アポロン・ファミリアの拠点であるシュリーム古城の真正面である。その余りにもの大胆不敵な行動に、実況も観戦者もガードチェイサーから目を離してしまっていた。

 

 

『速い速い、速すぎる!? 一体彼が乗っているのは何なのでしょうか!? しかし向かう先は城の真正面!! これでは狙い撃ちだあ!!』

 

 

 オラリオ中に響き渡る実況の声に、全員が固唾を飲んで見守っている。鏡に映る映像では、馬などでは比較にならない速度で荒野を駆け抜ける一騎の戦士の姿。キッと真正面を見つめるその姿は、強き焔をも、激しき嵐をも連想させる。

 

 

「馬鹿め!! 真正面から突っ込んでくるとは『的にしてくれ』とでもいうものだ!! 弓矢隊、放てえ!!」

 

 

 外壁の上でアポロン・ファミリアの隊長格だろう一人が指揮をとる。一斉に放たれた何十ともいえる矢が、風を切りながらベルヌ向かって放たれた。それは矢の絨毯爆撃、右も左も、果ては前後にも逃げ道がないように放たれた数の猛威。しかしベルはそれを意に介さずに、更にアクセルを回してトルネイダーのスピードを速めた。

 

 

「何やっているのですかベル・クラネル!! 自殺行為ですよ!?」

 

「レフィーヤよく見て。紙一重だけど全部避けてる」

 

「英雄君すごいよね!! 矢が見えているのかな?」

 

 

 アイズの観察の通り、ベルはスピードを維持しながら時々左右に進路を変えつつも確実に矢の雨を避けていた。しかしそれでも雨はやむことを知らず、さらに激しさを増していく。

 とうとう一本の矢がベルのヘルメットを弾き飛ばした。地面を転がっていく緋色のヘルメットは時間をおかずに数多の矢によってハチの巣にされた。しかしベルは止まることなくその白髪を風になびかせながら走り続ける。

 

 

「何をやってる!? 早く次の矢をつがえんか!!」

 

「隊長、弓矢程度じゃ止まりませんよ!?」

 

「どうするんですか隊長!?」

 

「仕方がない。魔法隊!! 弓矢隊と一緒に最大火力で魔法を放て!!」

 

「隊長!? それじゃあ冗談抜きで死んじゃいますよ!?」

 

「ふん!! 戦争で死ぬことは当たり前だろう?」

 

 

 指揮官は有無を言わせずに再び隊列を組ませる。疑問に思う者も封殺し、弓矢隊は再度矢を弓につがえて魔法隊は詠唱を始めた。

 

 

「……一人相手にまぁ大きな歓迎だね。もうちょっと先で使うつもりだったけど」

 

 

 トルネイダーを走らせたまま、城壁の上に見えたいくつかの光をみてベルが言ちた。とはいえ弱小であるはずのヘスティア・ファミリアが、トルネイダーというオーバースペックの道具を使っている時点で未知数と判断されるのは仕方ないことだが。

 一際激しく城壁の上が輝くとともに、多数の火炎弾と矢がベルに向かって飛んできた。流石に前後左右どちらに避けでも、最悪トルネイダーは大破してベルも無事では済まないだろう。敵もそれがわかっているのか、微妙にタイミングをずらして魔法と矢を放ってきている。

 迫りくる脅威を冷静に見つめながら、ベルは車体を一度軽くたたいた。するとフロントライトに当たる青い水晶体が一つ輝きを強くする。同時に魔法と矢が着弾し、大きな爆発音と噴煙が荒野に上がった。誰が見てもベルは無事ではすまず、最悪死んでいるかもしれないと考えた。

 

 

「あはははは!! どうだいヘスティア、やっぱ君の負けは決まっていたんだよ!!」

 

「……」

 

「さぁどうしようかな? ベル君は私のところに来るから、どうやって愛していこうかな?」

 

「皮算用もいいけど、よく見ると言いアポロン。ボクの最高の眷属はまだ倒れてないよ」

 

「は? なにを言って……」

 

 

 バベルの三十階。鏡で観戦していた神々もベルの敗退を予想していたが、ヘスティアだけが鏡を冷静に見つめていた。そして彼女に指し示されて再び鏡をみた神々は、目をこぼれんばかりに見開くことになる。

 

 

「あそこまでやれば塵すら残らんだろうな」

 

「隊長、良かったんでしょうか」

 

「何度も言うが、戦争で死ぬことなんて当たり前だ」

 

「しかし隊長。これは遊戯であって本当の戦争では……」

 

「うるさい!! お前も魔法の一斉掃射を喰らうか!?」

 

「……申し訳ありません」

 

 

 抗議の声を上げる部下を脅し、次の行動をとるために頭を働かせる。先程まではベル一人だけに注視していたが、他にもあと三人の敵がいる。あの一斉掃射で見失ってしまったが、恐らく拠点から然程離れた場所に移動はしていないと予想をつける。ベルが短時間で城の正面に来れたのは、ひとえにトルネイダーの恩恵によるものだと考えていた。

 

 

「……あれ? 何か聞こえてこないか?」

 

「方向は……うえ?」

 

「お、おい!! 上を見ろ!!」

 

 

 部下の焦った声に顔を上げると、はるか上空に一筋走る赤い光があった。その光はスピードを上げ乍ら真っ直ぐ城壁、それも正門の上を目指して急降下をしてきている。ある程度見て取れるまでの大きさになったときには、既に彼等に対処するには遅かった。

 

 

「……ライダーブレイク!!」

 

 

 スライダーモードになったトルネイダーに乗ていたベルは、そのまま足場にして飛び出した。自由落下速度にトルネイダーの加速、更にはベルの蹴りだしによって馬鹿にならないほどの力のベクトルをもったベルは、太陽に反射するその白い髪と黄金のアーマーよって真昼の流れ星のよう。

 宙から降ってきた黄金の彗星は、白の外壁と正門を完膚なきまでに粉砕した。






――我が主。お耳に入れたいことが。

――どうしました。

――アレスの使っていたアナザーウォッチに関することです。

――なにかわかったのですか?

――はい。どうやらアポロンが入手した模様で、眷属に渡しておりました。処分いたしますか?

――そうですね。そう言えば今は戦争遊戯中、ベルに任せよう。

――あの者はやり遂げるでしょうか?

――心配いらない。あの子は殻を破る。


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