ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ 作:シエロティエラ
――いたッ!? 痛……い!?
――シル? 大丈夫ですかシル!?
――ミア母さん!! シルが気を失ったニャ!!
――なんだって!? リュー!! 早くシルを運んで寝かせるんだ!!
――は、はい!!
――なんだってこんなタイミングで……
――ちょ、ちょっ!? みんな鏡を見るにゃ!?
――なんだい? ……は? あの坊やがアギト?
バベル三十階。そこでは大騒ぎをする神々の声で包まれていた。特にヘスティアや彼女と懇意にしている神々の表情は、鬼もかくやと言えるほど憤怒に染まっていた。
「アポロン!! 君は何をしでかしたのかわかっているのか!?」
「何がだいヘスティア? 私はただ、勝利に最善を尽くしただけさ」
「馬鹿か君は!! いや、馬鹿を通り越して『たわけ』だ!! 君の眷属の使ったアレはね、『世界の理』そのものに喧嘩を売るようなものなんだよ!?」
「はあ? 『理』に喧嘩を売る? あはははは!! 君こそ何を言っているんだいヘスティア!! あれは天ではなく人によって作られたもの、人為的なものなのだよ」
ヘスティアが怒りでアポロンを糾弾するも、彼には馬の耳に念仏な状態であった。それどころか開き直り、現実を視ようともしていない。彼の眷属であるヒュアキントスがウォッチに汚染され、自我を失っていることにすら気づいていない。
「じゃあウォッチに組み込まれた『アギトの力』はどこから来るか、それを考えたことはあるのかい!? あれはね、何処とも知れぬ誰かが持ったアギト因子を無理やり引き抜いているんだ!! 運が良ければただの人間になるだけかもしれない。でも抜かれた人間は最悪死ぬかもしれないんだ!! 無理やり引き抜かれたから、力そのものが反転して汚染されている。適切に作動させなかったウォッチは、謂わば強制移植のように使用者を汚していくんだ!!」
「汚染? どこが汚染だというんだ!! 私の眷属はその程度で自我を失うほど弱くはない!! ヘスティア、君は私の眷属を侮辱するのか!!」
「ほな見てみいや、あの偽モンのアギト!! 自分の仲間なのに何にも考えんで、無理やりバケモンに変えとるやないかい!!」
一切の反省の色を見せないアポロンにしびれを切らせ、ロキも口論に参戦した。そして彼女は無理やりアポロンの頭をつかみ、鏡に映ったヒュアキントスの成れの果てを見せつける。
ベルの近くにいた冒険者や運び出された冒険者は無事だったが、待機していた者たちは軒並み成り損ないに変形した。しかもヘスティアの言葉が真実ならば、変化した冒険者は殺す以外には救いようがないらしい。今その偽物と対峙しているベルは、成り損ないになった知己を涙を呑んで黄泉に送ったという。
他者の眷属であるが、人の命がいいように失われていくのをロキたちは良しとしない。だからこそ、アポロンに現実を見せなければいけないと行動を起こしたのだった。
「ええかよう聞け!! あの成り損ないになったアンタの子はもう助からん!!」
「……え?」
「ああなったら最後、本能に従って戦い続けるんや!! それもモンスターか人かなんぞ関係なくな。それを辞めさせるにゃ殺すしかないんや!!」
「う、嘘を言うな!! 何か方法はあるんだろう!?」
「そんなものはない!! あるんだったらあの日、ベル君は悲しみに吞まれることも怒りで暴走することもなかった!! アポロン、これは君の短慮から生み出した非常事態なんだよ!!」
直に話を聞き、そしてベルがどうなったかその目で見たヘスティアの怒りはすさまじい。いつもは彼女を馬鹿にしたり、ロキとの口論を囃し立てたりしている他の神々も、彼女や真剣なロキの剣幕に慄いていた。
「う、うあああああああ!?!?」
突如叫びだしたアポロンは顔をゆがめながら、走り出して部屋から出ようとした。冷静な判断力を失い、逃亡を図ろうとしたのだろう。しかしそうは問屋が卸さなかった。
扉の前には先日の水のエルロードがいつの間にか立っており、斧を手に持って出口をふさいでいた。それを見たアポロンは急ブレーキをかけ、その拍子に服の裾を踏んでスっ転んでしまった。それでも立ち上がろうとする彼の服に矢が一本射込まれ、その場に縫い付ける。どこからともなく射られた矢に場が騒然とする中、アポロンが突如動きを止めた。否、強制的に止めさせられたというのが正しい。
気付けば彼を囲むように大鷲のような頭を持つ存在が弓を持ち、獅子のような頭を持つ存在が剣を構えて水のエルと共に立っていた。彼の者ら特徴から、否応なしにどういうような存在なのか、神々は理解してしまった。
「地と風のエルロードまで……」
「それほどの罪ということやな」
恐怖に顔をゆがませたアポロンを見つめるヘスティアとロキの視線は、哀れみ以外の何も孕んでいなかった
◆
全員が広間から退散したのを確認し、ベルは改めて目の前のアナザー・アギトへと向き直った。「AGITO」「M.A1015」と書かれていることから、つい最近また生成されたウォッチだと判別ができる。その事実がまた、ベルの怒りを加速させた。誰が作り出したのかを明からない。だが誰かの未来を奪い、誰かの未来を定めてしまうアナザーウォッチは、この世に存在してはならないものだと。
腰にオルタリングを出現させるが、既にドラゴンズネイルによって覆われている。鏡でその様子が放送されているが、彼にとっては人を護る戦いに移り変わっている。一々人目など気にしていられない。
「……変身!!」
両腰のボタンを押すと同時に薄暗い城内に火柱が立ち上った。先程の地獄のような黒い靄とは異なり、恐ろしくも雄々しい焔の柱に誰もが黙って魅入られてしまう。
炎が晴れた場所に立っていたのは、全身から並々ならぬ熱を発した、紅の肉体を持つ偉丈夫。巌のように引き絞られた筋肉と、龍を思わせる顔に観戦者は一様に小さく恐怖を覚える。
「ヘスティア。まさかと思うが、彼は……」
「うん。ベル君はね、人類史上二人目のバーニングフォームへの進化を成し遂げたんだ」
「暴走はしたのかい?」
「勿論したさ、タケ。ついこの間まで、暴走する自分を恐れて心がボロボロになるほどにね」
「そうか。だからこその、あの力強い炎なのだな」
オラリオの神々が見つめる先でゆっくりと構えるベル。胸のワイズマンズモノリスからは、絶え間なく炎が噴き出して全身を駆け巡る。
「ベル……クラネルウウウウウ!! 」
アナザー・アギトは雄たけびを上げ、二刀を手に取って駆け出した。対するベルもシャイニングカリバーを出現させ、刃を交えていく。幾手もの切結びが行われ、火花を散らし、傷跡から血を流していく。床には飛び散った血が点々と付着しており、ベルの熱とヒュアキントスの気迫で即座に染みとかした。
「貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は貴様は貴様はああ!! この場で死なねばならないイイイい!! 」
「……」
「アポロン様のご寵愛を受けるなどおおオオお貴様に相応しくないイイイイイイ!! アポロン様ああアあアアああこの勝利を貴方様にイいイイイイ!! 」
狂ったように叫び続けるヒュアキントスを、ベルは表情の読めない目でじっと見つめていた。攻撃を加えるでもなく、ただただ只管静かに見つめ続ける。
やがて言葉にもならない声を上げ乍ら、ヒュアキントスは両手に持つ剣で四方八方からベルに切り込んでいく。そこには変身する前までの太刀筋は面影を残しておらず、本能に赴くままに滅茶苦茶に振り回しているだけだった。
ゲームのヘスティア側拠点にも配慮されてか、戦いを見るための鏡が設置されていた。そこから見たヒュアキントスの様に、意識を取り戻したアポロン・ファミリアの面々は恐怖を禁じえない。最早モンスターといっても差し支えない状態だの、その彼と向かい合うベルもまたモンスターのように映った。
そしてそれは彼等だけでなく、オラリオ中が感じたことである。
「にゃにゃ……白髪頭がアギト……」
「アギトって、金色じゃないの? あんな赤くて筋肉質なんて」
「まるで、モンスターにゃ」
「豊穣の女主人」に集まる人々は、いつもの柔和なベルからの変わりように大なり小なり恐れを抱いていた。それも仕方ないだろう。誰もがアギトなど伝承でしか知らず、実物を見たことがないのだから。
「一時期あの坊主が化け物って噂流れてたが、あながち間違いじゃねぇんじゃないか?」
「そ、そうだ。多分ゴライアス騒動も、あいつがあの姿になったからじゃ」
「大丈夫なのか? 地上にモンスター予備軍みたいなのがいて!!」
誰もがベル達を見て、彼に恐れを抱く感想を持つ。このままだとベルだけでなく、ヘスティア・ファミリア一派全てを排除する動きになりかねない。
「ベルさんは、モンスターなんかじゃない!!」
しかし騒がしい店内を一喝する声が響いた。ミアの声ではない、今しがたシルを運んだはずのリューの声だった。普段の物静かな彼女からは想像できない声量に、客は勿論、アーニャら店員たちも驚きに目を見開いだ。
「ベルさんはいつだって、誰かのために手を伸ばして戦ってきた!! 貴方たちは分からないのですか、彼がどのように戦っているのか!! なぜ彼が戦っているのか、わからないのですか!!」
リューが指さす先にある鏡を改めて見つめる。向かい合う二体の異形は、片や自我をなくして叫んで腕を振るうばかり。もう一方は何も声を発することなく攻撃を受け流し、時折突き飛ばす程度であった。その動きの差は一目瞭然であり、どちらが異常かなど言うまでもなかった。
そして彼等彼女らは思い出す。
ベートも変身してヴェルフと協力していたことと、ベルが他の冒険者を逃がすために殿を務めていたということを。彼が変身したという事実だけに目を向け、誤った判断を下そうとしていたことを。
「傷ついて心がボロボロになって、人間の醜い面を嫌というほどに目の当たりにして。それでも彼は人のために戦う」
レフィーヤたちと共に鏡を見つめていたフィンが静かに言つ。
一度彼が暴走した瞬間をみた。彼の力の強大さを身をもって叩き込まれた。あとからベートとアイズに聞いた話では、彼は暴走しながら泣いていたという。誰かに懺悔し、傷つけたくないと己を傷つけていたと。
鏡面の中では、大きく殴り飛ばされたヒュアキントスの姿が映っていた。
「みんな、覚えておくと良い。強すぎる力は、己や己の大事なものにすら刃を向ける」
「彼はそれを身をもって経験した。傷つけること、傷つけられることを知った彼は、それでも尚前を向くことを辞めなかった。修羅になることをも覚悟して」
更に邪なオーラを強くしたヒュアキントスが、今度は武器を捨ててベルにとびかかっていく。繰り出される拳や蹴りを受け流しつつ、ベルも負けじと反撃をしていく。自身の攻撃が当たらぬことに激昂したヒュアキントスは更に力を増大させ、同時に体も一回り大きくさせた。ベルの体躯よりも更に大きくマッシブな体となったヒュアキントスは、その筋力に物を言わせて暴れまわり、壁や天井を破壊していく。
「でも、ベルは負けない。助けを求められたら、ベルは何度でも立ち上がって手を伸ばす」
「『仮面ライダー』として、『ベル・クラネル』として。ベル君は己の魂に誓って救い上げるよ」
暴れた衝撃によって、全ての天井が瓦解した。時刻はとうに昼を過ぎ、夕方となって薄暗い。逢魔が時を象徴する茜と菖蒲が入り混じった輝きは、瓦礫をかき分けて戦いの場に差し込んで二頭の龍を照らし出す。
ピシリッという音が響き渡った。
決して大きくない音、しかしオラリオの人々すべての耳に、何かが罅割れる音が入っていく。更に罅割れは続いていき、そこで人々は気づいた。紅い龍人の肉体が割れていき、中から仄かな光が溢れていることを。
──さあ、目覚めなさい。我が力を宿せし、愛しい子よ。
「スゥゥゥゥ……ハアッ!!」
漏れ出る光が眩しくなったとき、ベルが叫ぶとともに何かが割れる音が響いた。
それは暗い荒野に、ありえないはずの太陽が生まれ落ちた瞬間だった。
――ステイタス更新
――ああ、やはり私の予想は間違っていなかった。
――あの子は、彼の魂を受けついている。
――プロメス、あなたの光はまだ世界を照らしてくれている。
――あの子たちは先駆者、いつか訪れる未来への道標。
――世界は光と闇のどちらかではいけない。
――あの時、貴方が人の子に種を植えたのは正しかった。