ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~   作:シエロティエラ

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――ねぇ、アギトってまだ進化できたの?

――私が知っていると思うの、ティオナ?

――あはは、だよね。団長、アレについて何か知ってる?

――いや、僕は知らないな。リヴェリアはどうだい?

――私も知らない。私たちエルフには青い形態しか伝わっていない。

――アマゾネスは紅いのと筋肉マッチョな奴だけだよ。

――これは、ロキに聞くことが増えたね。

――……この声、ベル・クラネルの?

――レフィーヤも聞こえたの? ベルの声。




44. 纏うは輝き、されど戦士は

 

 

 地上に現れた太陽。その表現が最もふさわしかった。

 あたり一面を照らすほどの強い輝きは、ヘスティア側の拠点からも確認できるほどであった。

 

 

「な、なんなのあれは?」

 

「綺麗……」

 

 

 ヘスティア側の拠点では、治療を施し施されながら、鏡と遠目から輝きを見つめていた。変貌してしまったヒュアキントスはあまりの眩しさに目を覆っており、少しずつだが後ずさりしていく。

 やがて強い輝きは勢いを沈めていったが、日の暮れた今でも戦いの場は昼のように明るかった。その中心に立っていたのは、グランドフォームのように均整の取れた体になりつつも、白銀の肉体に覆われた龍人であった。相変わらず六本の紅蓮の角は雄々しく伸びており、黄金に輝く双眼は唸るアナザー・アギトから目を離していない。

 

 

「輝く龍……あれが、世界が遣わした龍」

 

「カサンドラ。もしかしてあなたが言っていた二頭の龍の戦いって」

 

「う、うん。たぶん……」

 

「あれが……」

 

 

 光と闇。まさに相反する二つの力が立ち並ぶが何故だろう、彼ら彼女らはベルが負けるというビジョンが浮かばなかった。

 

 

「伯母上、俺は夢を見ているのか?」

 

「夢じゃない……夢じゃないよヘルメス」

 

「じゃあ、本当に……」

 

 

 神々も信じられないという表情で鏡を見つめていた。当然だろう、神々しか知らぬことだが、津上翔一以来のシャイニングフォームの出現である。肯定派の神々からすれば、奇跡を目の当たりにしているに近い。

 暫く向かい合っていた二人だったが、ゆっくりとベルが歩みより始める。静かな脚運びなのに、一足一足のお足音が嫌に大きく鳴り響いた。彼の動きに合わせるように、ヒュアキントスは後ろに後ずさりしていく。しかしそれほど動くことなく、ヒュアキントスはわずかに残った壁に突き当たってしまう。

 

 

来るな……

 

「……」

 

来るな、来るな!!

 

「……」

 

来るなくるなクルナクルナくるな!?!?

 

 

 これ以上下がることが出来ぬと悟ったのか、手近に転がっている瓦礫の塊をベルに投げつけた。しかしツインモードになったシャイニングカリバーによって瓦礫は豆腐のように切り刻まれ、ベルに一切のダメージを与えていない。そしてベルは尚も、ゆっくりとした足取りでヒュアキントスに向かっていく。

 ある程度歩みを進めたところで、ベルはその足を止める。その距離は、ヒュアキントスまで5メートルというところであり、ギリギリお互いの間合いの外側にあった。ヒュアキントスの側には瓦礫はなく、またベルも遠距離用の攻撃手段を持ち合わせていない。どちらかが動けば、どちらかの餌食となる一触即発の均衡を保っていた。

 しかしベルと異なり、ヒュアキントスはアナザーウォッチによって闘争本能が極限まで昇華されている。加えて暴走状態でもあったため、この均衡は容易く崩れ去ることになった。

 

 再び咆哮を上げたアナザー・アギトは、右腕の筋肉を盛り上がらせながらベルへと殴り掛かった。正しく互いが互いの間合いに入ったことにより、どちらの攻撃が当たるのか想像もできない。

 アナザー・アギトはスピードは遅いものの、見た目に違わぬ剛力で障害を破壊していく。反対にベルは先程よりも細身になりパワーは下がっているだろうが、その代わり敏捷性が上がっていると誰もが予想を立てた。実はパワーこそはバーニングに少し劣るものの、それでも他のフォームよりも格段に高いスペックを誇ることを、一部を除いて知る者はいない。

 

 

「……ハッ!!」

 

 

 だからこそ、カウンターとして繰り出された拳に偽物が吹っ飛ばされる光景は、見る者すべての口を開いたままにさせた。殴り飛ばされたアナザー・アギトはそのまま壁を越え、はるか下の地面へと落下した。

 どうッという大きな音共に背中から落ちたアナザー・アギトは、痛みに悶えながらもなんとか立ち上がった。そこでふと周りを見渡して自分が外に出たことを認識した。

 

 ベル達が戦っていたのは城の上層の方であり、普通に階段などで降りたならばかかる時間は馬鹿にならないし、外に飛び降りても屋根や各塔を繋ぐ通路などで地上に着くまで何度か屋根や通路を経由しなければならない。アナザー・アギトが地上に真っ直ぐ落ちれたのは、ベルが殴り飛ばした先が偶然にも妨げがない空間だったため。

 それを理解したアナザー・アギトは最も近い出口を見つけ、そちらの方に駆け出そうとした。

 

 

「おっと、通行止めだぜ?」

 

 

 しかしその道を阻むように足元に銃弾が撃ち込まれた。飛んできた方向に目を向けると、傷だらけで頭から流れた血で片目を閉じながらも、ケルベロスをアナザー・アギトに向かって構えるヴェルフが立っていた。ベル達より下の階層で戦っていたのもあってか、ベートが突き破った壁の穴から正確無比に射撃を行ったのである。

 一つ雄たけびを上げてヴェルフの許に向かおうとするも、今度は背中を蹴り飛ばされた。頭から地面に倒れて少し滑るが、何とか立て直し後ろに向き直る。そこには荒い息を繰り返しながら、夜でも目立つ真っ赤な双眼でアナザー・アギトを睨みつるベートの姿があった。二人とも何とか成り損ないを殲滅したようで、もしもの時を考えて待機していたようである。

 

 

「逃がしませんよ」

 

 

 ベートたちの登場に驚いている間に、アナザー・アギトの背後にベルが降りてきていた。ヴェルフも何とか地上に降りてきており、三方向を囲まれた状況になっていた。

 だがヴェルフとベートは手を出す気はないのか、逃走経路をふさぐ形でベルとアナザー・アギトだけを残して下がった。感謝するようにベルは一度頷き、目の前に立つアナザー・アギトに集中する。

 決して軽くないダメージの蓄積により、もはや自我も薄れ、低い唸り声しか発しなくなっていた。

 

 

「神アレスは自我を保っていたけど。人なら簡単に飲み込まれてしまう……」

 

 

 表情は読めなくとも、その声色で彼が憐れんでいることが誰にも理解できた。心なしかその黄金の双眼も悲し気なものにも感じられた。本能でも逃げ場はないと悟ったのか、先程よりも粗の目立つ動きでアナザー・アギトはベルに襲い掛かった。

 やはりというべきかベルは拳や蹴りを受け流し、カウンターの一撃を次々に入れていく。ノックバックは受けているものの、最早引くことも頭にない様に我武者羅に向かっていく。

 何処までも孤独に、何処までも実直に。アナザー・アギト/ヒュアキントスは唯々アポロンのために力を振るう。しかしその深すぎる愛が彼を歪め、またそうまで狂わせたアポロンの愛がこの事態を生み出してしまった。

 

 

「……フンッ!!」

 

「アあああアあアア嗚呼アアア嗚アッッッ!!」

 

 

 力のこもった一撃がアナザー・アギトの鳩尾に突き刺さった。一度全ての空気が吐き出され、痛みに蹲ったままもだえ苦しむ。それでも彼の叫び(クルシミ)は止まらなかった。立ち上がる力さえも残されておらず、それでも意思と本能に従うままに唸り、拳を振り上げ、一歩踏み出そうと必死に立ち上がろうと藻搔く。誰もが呼吸することも瞬きすることも忘れ、結末を見守っていた。

 

 

「……初めに殺したのはゴブリンの群れだった」

 

 

 突如構えを解いたベルは直立し、言葉を紡いだ。その目はアナザー・アギトから離してはいないが、顔は若干下を向いているようにも見えた。

 

 

「僕は襲われて、この力が発現した。そして本能のままに、そのゴブリンの群れを殺した。あとから調べたらそのゴブリンは森に棲んでいて、食料調達できずに巣で待つ血族のためにと、せめて少しの食料になれば僕を襲ったみたいだった」

 

「次にミノタウロスを殺した。何かの拍子で上層に逃げ込んだ個体を、放っておいたら他に被害が出るとして一方的に殺した」

 

「その次が『怪物祭』のモンスターたちだった。脱走したモンスターを、犠牲者を出さないためとはいえ総てこの手で止めを刺した」

 

 

 言葉だけで判断するならば、まるで武勇伝を聞かせているようにも思える。事実、鏡を通して事の成り行きを見守っている者たちの中には、そのように感じていた者も少なくはなかった。

 

 

「殺した……幼い頃に世話になった知己を。顔も知らぬ人々を!! 化け物になり切れず、人間にも戻れなくなった人たちを……この手で!!

 

まだ生きたかっただろうに!! 幸せな人生にしたかっただろうに!! 本人の関係ないところで好きに利用されて、未来を奪われて、希望も絶望も感じられない存在に変えられた人たちを!!

 

殺して殺して殺して殺して、何人も殺して!! 救い上げることが出来なかった!! どんなに手を伸ばしても届かなかった!!

 

 

 彼の語りは叫びに変わり、最後は嘆きになっていた。そこでようやく人々は気づく。彼の言葉は嘆きは、普段は人懐こい、ともすれば人誑しともいえる彼に巣食う、消えることのない心の傷跡。笑顔の下に隠されていた彼の贖罪(クルシミ)の叫び。紅の角と黄金の複眼の下で、彼はずっと泣いていたのだった。彼と親しかった者たちの目からも、知らず一筋二筋の涙が流れていた。

 

 

「僕は、僕の罪を数えました。アポロン・ファミリア団長、ヒュアキントス・クリオ。今度は貴方が、貴方の罪を数える番です」

 

クラネル……クゥゥラネルウウウウ!!

 

 

 アナザー・アギトが立ち上がると同時に、ベルの足元には黄金に輝く紋章が浮かび上がった。大きさはそれほど大きくはないが、内包する力の質が今までの比ではないほど濃密なものになっている。ギルスに変身しているベートは勿論、ケルベロスを構えていたヴェルフも知らず冷や汗を流していた。

 対抗するようにアナザー・アギトの足元にも紋章が浮かぶが、ベルのものと違って形の定まらない酷く歪なものだった。紋章の全てが足に吸収され、先にベルが上空に向かって跳びあがった。

 そこで全員がようやく気付く。ベルの向かう空に、城の敷地ほどの大きさの紋章が、夜闇の中で白銀の輝きを放っていたことを。

 一足飛びで紋章よりも高い位置に跳びあがったベルは一瞬の対空ののち、紋章に向かって急速発進をした。光る右足を突き出したまま紋章を透過すると、さらに加速と輝きを増した状態で一直線にアナザー・アギトへと向かっていく。それはまさに夜空に輝く流星といっても過言ではない。

 

 

「タアアアアアッッ!!」

 

 

 アナザー・アギトも紋章を吸収して右腕にエネルギーが集めたが、それよりも早くベルのキックが彼に襲い掛かった。

 キックとパンチが重なったとき、鏡面を、二人の戦士の視界を真っ白な輝きが覆いつくした。特に直接見ていた二人は目が潰れんばかりの輝きに思わず絵を覆い、次いで全身を襲う衝撃と風圧に吹き飛ばされそうになる。

 龍の咆哮のような爆音を轟かせ、パンチを押しきってアナザー・アギトの胸に全力の蹴りが突き刺さった。刹那の均衡ののち、鼓膜を破らんばかりの爆音と熱が沸き起こる。たった数秒、しかし永劫にも思える時間の末に戦場に残ったのは、落ちくぼんだ地面に描かれたアギトの紋章と、その中央で気絶するヒュアキントス。

 

 そしてその側で、黒い時計を握りつぶす輝く龍人の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『戦争遊戯』、非常事態により強制終了。

ウォッチという異物について、ギルドはアポロン・ファミリアへ責任を追及。

神アポロンは抵抗するも、全財産のヘスティア・ファミリアへ譲渡を決定。アポロンは追放処置。

生き残った団員は、デメテル・ファミリアがカウンセリングと労力獲得のために受け入れを容認。

希望者は他派閥に『改宗』をし、冒険者活動を行うことを承認された。

ヒュアキントス・クリオは冒険者権限の一生涯剥奪を決定。

ヘスティアとロキは、眷属の変身についての情報開示をギルドに命令される。

両派閥主神は該当者への不干渉と許可を条件に、可能な範囲で全てを提示した。

光輝(アギト)』と『最古の神子(ネフィリム)』の復活。

この二つの出来事と共に、此度の『戦争遊戯』は終結した。

 

 

 






――クソックソックソッ!! なんで私がこんなことにならなければ!!

――神アポロン。貴方に聞きたいことがある。

――今度はなんだ!? エルロードに囲まれるわ追放されるわと!!

――ウォッチを、何処で手に入れた? 誰から手に入れた?

――なんだギルドのやつか? 話すわけないだろう!!

――これ以上アレの犠牲を出すわけにはいかない。言え!! どこで手に入れた!!

――い、言うわけないだろう!? あれを使えば、オラリオの愚か者どもに復讐できるんだ!! 手放してなるものか!!

――言わぬなら、星に還るがいい。

――……は?


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