ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~目覚めるその魂~ 作:シエロティエラ
更新、お待たせしました。
クライマックスにすると言った分私の文章力不足のせいで、恐らく私が書いた全二次創作の中で最も長い一話になっております。詳しく言えば、9000字後半です。
前編後編にすべきだったかなぁ、でも50話で共通ルート締めたかったし……。
何であれ、どうぞいつも以上にごゆるりと。
女神イシュタル。
その存在の歴史は古く、人類史上最初の文明といわれるメソポタミア文明まで遡る。彼の女神はイナンナ信仰を核とし、王権授与の役割以外に金星・愛欲・戦争を司る女神として完成された。そしてイシュタルはのちに生まれる、ギリシャ神話・アフロディーテやエジプト神話・アヌス、旧約聖書・カナン=アスタルテのモデルとなっていることは有名である。
彼女は愛欲を司ることもあり、夫以外にも120人を超えるの恋人を抱えていたとされる。その逸話が転じて、彼女が美を司る神と認知されることになったのだろう。
だからこそイシュタルに魅了されず、彼女の求婚を跳ねのけた人類最初の王ギルガメッシュには、激しい屈辱と憤怒を覚えたのだろう。シュメール神話が廃れても、彼女から連想された幾柱かの女神は非常に気性が激しくなっており、先に述べたエジプトのアナトは「凶暴なる乙女」と評されたほどである。
このように愛欲と美を司るイシュタルがその裸体をさらせば。
イシュタルは衣服を床に脱ぎ捨てたまま、勝利を確信した顔を正面に向ける。廊下の奥の方にいた戦闘娼婦たちは一様に恍惚とした表情を浮かべており、呆けた顔を隠すこともなく光を失った目をイシュタルへと向けている。自分の「魅了」にかなうものなどいない。
(さて、ベル・クラネルはどう……!?)
後方から手前にと視線を写したイシュタルの表情は、愉悦から驚愕へと変化する。イシュタルの計画通りならば、目の前に立つベル・クラネルは己の美しさに魅了され、だらしなく床に崩れ落ちている。そのはずなのだ。
「……女神から痴〇神に改名したほうが良いのでは?」
しかし現実はどうだ?
魅了されるどころか、冷ややかな目でイシュタルを見つめている。その視線はかつてのギルガメッシュ王を思い起こさせるようで、彼の王よりも冷たいように感じた。
ギルガメッシュの場合は、過去のイシュタルの数々の暴挙を聞き及んでいたため、彼女の求婚を根っこから跳ねのけた。恐らく性格的にも合わないことも多分にあっただろうが。
しかし目の前のベルは違う。彼女の眼前に立つ少年は今や記録に残らぬ、彼の叙事詩や神話など知らず、己についてもここ最近のオラリオでの行動についてしか知らないはずなのである。
仮令エルロードの系譜であるアギトであったとしても、冒険者のスキル程度ならばともかく、降臨の枷でも制限できぬ己の「美」を、神の権能である「魅了」をただの人の子が跳ねのけるなどあり得るのだろうか?
「何故……変身もしていないのに……!?」
イシュタルの中から、沸々と怒りの感情が沸き上がってきた。何千年も昔に味わった屈辱が時を超えて蘇る。否、半分神であったギルガメッシュとは異なり、種族で言えば目の前の少年は紛れもなくただの人間。そのため、湧き上がる憤怒は数千年前の比ではない。
因みにベルが魅了されなかった理由は大きく二つ。一つは単純にイシュタルが彼のタイプじゃなかったこと。もう一つが現在戦闘中のために、色欲の方向に意識が向かなかったからである。
これが戦闘中じゃなければ目を背けるなり、顔を赤らめるなりしただろう。
「この私を……『美の女神』をコケにしやがってエエエエエエッ!!!!」
彼女の怒りに呼応するように、戦闘娼婦たちのさらに後方からアイシャが剣を片手にベルへと切りかかった。
背後から切りかかられたことを気にすることもなく、ベルは静かに背中の一本を抜き、アイシャの一太刀を受け流した。
「悪いね、イシュタル様をやられるわけにはいかないのさ」
「ええ、わかってますよ」
短く会話をしながらも、ベルはアイシャの攻撃を往なしていく。後方の呆けていた戦闘娼婦たちは未だ陶酔状態から戻っておらず、目の前で繰り広げられている剣戟にも反応する気配がない。
「……あの小僧はちゃんと『剣姫』に渡したよ。ポーションも飲ませて傷も癒した」
「それは良かったです」
「あたしは責を果たしたよ。だから……」
「ええ、任せてください」
短い会話を切り、アイシャは分かりやすい上段切りを跳びあがりながらベルに放つ。勿論太刀筋は当たれば必死の一撃で、アイシャも当たれば殺す勢いで剣を振っている。だが態と隙を作るように胴をがら空きにしたまま上へと跳んだのだ。
彼女の示したサインを逃すはずもなく、ベルは剣を握っていない左手の掌底をアイシャの腹へと打ち込んだ。当然素のレベルでもベルに劣るアイシャでは、ブーストを受けていようとも馬鹿にならないダメージが通る。
薄れゆく意識の中、堕ちるアイシャを優しく支えたのは他でもない、己の腹に一撃を入れた健か*1な腕だった。彼になら任せられると、本心でそう思った。
◆
ようやく空中庭園へとたどり着くも、そこにはイシュタルの姿はなかった。その代わり庭園の中央に、鎖につながれた春姫と手に特殊な短剣を持ったアマゾネスが佇んでおり、飛び出してきたベルに対して二人とも驚きの表情を浮かべている。
アマゾネスの短剣のs柄頭には拳大の宝玉が取り付けられており、妖しげなかあが焼きを放っていた。恐らくそれが儀式に必要な宝玉であり、「殺生石」となるアイテムなのだろう。
「あ、『可能性の戦士』ァ!? どうしてここに!?」
「クラネル様!!」
「春姫さん、お待たせしました」
出来るだけ己の怒気を抑え、にこやかにベルは春姫に声をかけた。しかしその視線は油断なく宝玉に向けられており、見た目ではわからないが五感総てを用いて周囲の気配を探っていた。
「クラネル様、どうして!! 早く逃げてください」
「逃げませんよ。僕は、逃げません」
「どうしてですか!?
「……逆に聞きますが、救われる資格って何でしょう? 娼婦だから? 英雄だから? 人を救うことに、生い立ちも職種も関係ない。必要なのは己が救いたいという意思、救ってほしいという願いだけ」
「え?」
「誰かを助けることに、理由なんていらない。僕は僕自身が貴女を助けたいと思っている。春姫さん、貴方はどうしたいですか」
「私……私、は……」
春姫は迷っていた。
救ってほしいという思いと、彼の拉致に諮らずとも加担してしまった後ろめたさがせめぎ合い、結論を出せないでいた。
側に立つアマゾネスに目を向ける。アイシャ意外とは特にかかわりを持っているわけではないが、己に刃を突き立てるだろうアマゾネスは何を思っているかを知りたかった。
顔を向けるが、少女は春姫を見ていなかった。その少女の視線は突如現れたベルに釘付けなっていた。それも無理はなかろう。アマゾネスは種族からしてヒューマンとは一線を画す身体能力を持っている。加えてイシュタル・ファミリアのアマゾネスは殆どが冒険者と兼業であり、ちょっとやそっとの冒険者では相手にならない。また人数も相当多いため、ほぼ無傷でこの場にたどり着くのは、彼女の中では不可能なのが常識だった。
しかし目の前に立つ少年は、鎧に真新しい傷がいくつか入っているものの、肌の見える場所は無傷であった。彼女は先程までのベルの戦闘を見ていないため、驚くのも無理はない。
改めて視線を前方に移す。何も言わぬ少年は、全ては春姫次第であると目で語っている。貴女が決めろと、誰でもない、春姫自身の出した選択がこの場の正答であると訴えかけていた。
「わた……く、しは……」
はらはらと落ちる雫は喜びか、それとも悲しみか。
涙は枯れたと思っていた。
娼婦になったときから、己に救いはないのだと。己に手を差し伸べてくれる存在はいないのだと、心のどこかで諦めていた。
だがその諦めていたものが、目の前に現れた。己を救おうと手を伸ばしてくれる存在が現れた。厚かましいかもしれない、身の程知らずと言われるかもしれない。
最早彼女の中の迷いは消えていた。彼の手を掴むため、生き別れた友とまた出会うため、惹かれた少年の助けになるため。
「助けて……ください……クラネル様ァっ!!」
生涯で出したことがない程の声が出た。そのことに春姫自身が驚いていたが、それほどにまで彼女の願いが強かったという証明でもあるだろう。
「はい。必ず」
ベルが応えると同時に、春姫の側にいたアマゾネスが我に返った。短剣の宝玉も禍々しい輝きを強めていることから、すぐにでも儀式を始められる状態なのだろう。それを示すように天上には満月が輝き、庭園の床の法陣は輝きを放っている。
アマゾネスが短剣を振り上げたとき、剣を握っている腕に鈍い痛みが走った。何かに弾き飛ばされたような衝撃が走り、思わず剣を取り落としてしまう。顔を上げた彼女の眼に入ったのは、ブーメランのように回転しながら宙を走り、そのままベルの手元に帰ってきた双身刀。武器を手にしたベルはそのまま彼女の側に駆け寄り、地面に落ちた短剣を拾い上げる。
「あ、あんた何を!?」
「これは、いらないですよね」
アマゾネスが声を上げるも、ベルはそのまま柄頭の宝玉を握り砕いた。悲鳴のような音と共に宝玉は粉々となり、その禍々しい輝きは失われていく。これで『殺生石』の儀式は進行不可能であり、春姫の魂が侵されることはなくなった。残るのは、彼女の身の解放だけである。
「ゲゲゲッゲゲ、英雄ごっこは終わりかい!?」
「……しつこいにも程がある」
「ふ、フリュネ!?」
しかしいい気分を邪魔するかの如く、気絶から回復しただろうフリュネが床を突き破りながら庭園へと姿を現した。恐らく春姫の意志ではないだろうが、彼女のスキルであるレベルブーストがかかっているのだろう。その証拠にフリュネには先程の戦闘娼婦たち同様、光のオーラが包み込むように纏われていた。
とりあえずベルの頭に過ぎったのは「面倒くさい」という感情と「ここの床は石造りのはずだけど」という疑問だった。
「さっきは油断したけどねぇ、今度はやられやしないよお!!」
「……レベルブーストですか」
「それだけじゃないさあ。こいつはイシュタル様にも隠していたことだけどねえッ!!」
先程よりもさらに勝ち誇った声を上げるフリュネの体表には、奇妙な模様が浮かび上がっていた。それらは次第に色濃くなり、遂には全身が灰色の凸凹した皮膚に覆われる。それはさながら鎧の様でもあり、生身にも見える奇妙なもので、顔や掌など、カエルをほうふつとさせるような造形になっているのも特徴的だった。
「ヒィッ!? フリュネが本当のカエルのバケモンになった!!」
「クラネル様……あれは一体?」
「あれは、マズい。そこのアマゾネスの方、そして春姫もです」
「えっ!? アタシのことかい!?」
「はい。どうかこの建物を離れるか、何処か物陰に隠れてください」
「まさかクラネル様、戦うつもりですか!? いくら貴女が強い冒険者でも、あのような化け物には敵わないはず!!」
「かもしれません。あれは……ヤバいです」
「ならば何故!?」
「ヒュアキントスさんの時とは質の違う脅威、素体の強さにブーストもかかって実力は未知数、勝率は不明。死に戦のようなものです。ですがだからこそ、放っておけばヨリ強い脅威になる。あの様子だと、ファミリアかどうかなど関係ない。加えて理性を持っている分、ヒュアキントスさんよりも質が悪い!!」
じりじりと三人は後ずさりしながらも、なんとか無事に逃げる策を考える。しかしフリュネは、灰色の異形はその時間さえも許しはしない。
「ゲゲゲッゲゲエ!! これでも食らいなあ!!」
体と管の様な物でつながった灰色の銃を構えたフリュネは、躊躇なくベルへと引き金を引いた。銃口から飛び出した毒々しい液体に猛烈な悪寒を覚えたベルは、後方の二人を抱えると即座に横に飛びのいた。
液体のかかった場所は煙をあげながら抉れ、否、溶けていく。ベルの感じた悪寒は、悪い意味で正しかった。
「溶解液……本当に化け物じみている」
「ど、どうするんだよ!?」
「さっきも言ったように、この場から春姫を連れて逃げてください!! そして出来れば、ベートさんとヴェルフにもここに来るよう伝えてください!!」
「わ、わかったよ……って、ヤバい!?!?」
再び向けられた銃口に警戒の声を上げるも、溶解液が発射される前にいつの間にか移動したベルが銃身を蹴り上げたために彼女たちには向けられなかった。
しかしベルが向かっていったことに気を良くしたのか、フリュネは尚更カエル味が増した笑い声をあげ、パンチや蹴りをベルに繰り出す。避けることはかなわないため辛うじて受け流したベルは、一瞬のスキをついてフリュネから距離を取った。引き下がった先では既に腰にオルタリングが巻かれており、待機音を鳴らしている。
「変身!!」
左右のスイッチを押すと同時に火柱が上がり、瞬きの間にバーニングフォームへと変身する。そして再び射撃を受けない様、フリュネの許へとトップスピードで突っ込んでいった。
アギトは強力である。パワーも素早さも、そして武器を扱う技術もテオス直属のエルやロードたち以外ではかなわないほど高い。しかし決して目を背けれない欠点がある。
それは遠・中距離攻撃の手段を一切持っていないことだ。ストームフォームの竜巻攻撃も、他の攻撃と比べるといまいち効果は薄いし、何より作り出せる距離もそれほど遠くない。
そんなアギトにとって射撃専門の敵と戦うには、相手の懐に入るか武器を破壊するしか手立てがない。鞭や長槍などある程度剣よりも遠い間合いから攻撃できるなら話は多少変わるが、残念ながらアギトが持っているのは剣や双身刀の類で、どうしても懐に入らなければならない。
ベルもそれを分かっているからか、相手の距離に持ち込ませないためにフリュネの両腕を抑えている。
「く、クラネル様!?」
「早く、行けえッ!!」
「い、急いで呼んでくるからな。死ぬんじゃねぇぞ!!」
ベルの叫びに尻を叩かれたように、アマゾネスの女性は春姫を抱えて中庭を去って行った。
「ゲゲゲェ、時間稼ぎしようと無駄だよぉ!!」
組み合った状態だったが、フリュネはカエルに恥じない脚力でベルを蹴飛ばした。アナザーアギトよりも更に強い脚力に驚きつつも、勘だけを頼りに何とか蹴りを受けきる。しかし衝撃でまた距離を離されてしまい、フリュネに銃を握らせる時間を作ってしまった。
間髪入れずに放たれた溶解液に反応することが出来ず、ベルが気付いた時には彼の左肩に溶解液が付着していた。
「アッガアアアアアアアアアア!?!?」
今まで受けたことのない痛みが、左肩を起点として全身に回る。今までのロードとの訓練の比ではなく、まるで内臓や筋肉を、直に業火で焼かれているような苦しみがベルを襲う。
アギトの変身は肉体の変質、表面が溶かされれば、必然体内にも溶解液が侵入してしまう。いくらアギトが人間離れした肉体を持っていたとしても、内部からの攻撃に弱いのはどの生き物にも共通することである。
「は、──ヅッグァェアアア────!!??」
「ゲゲッゲゲッ!! 痛いだろう、苦しいだろう? やっぱアタイが見込んだ通り、いい声で啼くねえ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……オェウアアアあアア……」
「さて、次はどんな風に逝かせてやろうかねぇ? ああ、楽しみで仕方ないよ!! お前がアタイアタイからヒィヒィ言わされてるのを想像したら!!」
ゲロゲロとカエルのように喉を鳴らしたフリュネは、悠々と床でもだえるベルの許へと近寄っていく。自身に襲う痛みに苦しむベルを見つめながら愉悦に非たるフリュネは、ゆっくりと銃口をベルに向ける。何処に次を打ち込むのか、頭や胸などと狙いを定めては場所を移していく。そしてようやく決めたのか、胸部のワイズマンズオーブに狙いを定めた。
「決めた、次はここだよ!!」
引き金へと指をかけたが、溶解液がベルにかかることはなかった。不自然に跳ね上げられた銃身は明後日の方に向き、庭園の床を再び溶かす。
突然のことに理解が追い付かないフリュネだったが、次の瞬間横から無防備の状態を蹴り飛ばされた。なぜ彼女が蹴られたと理解したか、それは地面を滑った痛みと打撃を受けた痛みで我に返ったとき、自身のいた場所で何かを蹴った態勢で立つ
では銃口を跳ね上げたのは何か?
「ベル、しっかりしろ!!」
「ヴェ……ルフ……」
「ミアハ様んとこのデュアルポーションだ!! これで少しはマシになるはず」
その答えもすぐに得られた。
ベルの側には奇妙な機械鎧をつけた人間が跪き、倒れるアギトにポーションを飲ませている。その傍らに拳銃の用の真野が置かれていることから、その銃弾によって反らされたのだろう。
「おい
「グっ……あれは、フリュネです」
「は? あのガマガエル女か?」
「はい……ゲホッ、突然姿を変えて、全ての能力が跳ね上げられてます」
「……過去で言う、怪人ってやつか」
「はい。恐らくですが……」
「ちっ、ミラージュって個体の記録がある分、なまじ冗談じゃすまない事態みてェだな」
ゆっくりと起き上がりながら、ベルとベートは推測を重ねていく。ヴェルフはというと、いつでも攻撃できるように背負ったケルベロスのキーを解除してフリュネに向けていた。彼女の銃を撃ったスコーピオンは、既にホルスターに収めてある。
「相手にも銃がある分、要になるのはテメェだ」
「ああ、わかってる」
「僕とベートさんでフリュネを押さえるから、その間にそのGX弾で彼女を撃って」
「忘れんなよ。テメエのその鎧はまだ不完全だ。一撃でも貰えば、テメェの命はねぇ」
「相手が相手だから、守りながら戦うのは難しい。頼んだよ、ヴェルフ」
ベルの言葉を最後に、二人は走り出した。ロストエイジでは電力で行っていたコンピューター演算だが、今のオラリオにその技術はない。代替として魔石を使うことでバッテリーの代わりとし、マジックアイテムを用いてコンピューター演算擬きを行っている。
ただしヴェルフが纏っているのはG3-Xより低スペックのマイルドであるため、彼の冒険者としての技量も併用してようやく目で追える戦い。今のヴェルフでは、彼ら同様に近接戦闘を怪人相手にすることは、自殺行為にも等しい。
だからこそ、戦局を見誤ってはならない。冷静にヴェルフはオレンジ色のロケット弾頭、GX弾を取り出し、ケルベロスの銃口に装着した。一発限りのぶっつけ本番。失敗すれば、自分たちの負けを示す。
彼等の邪魔にならぬよう、ヴェルフは少し距離を開けて、いつでも撃てるようッケルベロスを構えた。
◆
「無事かいな、ラウル!?」
「大丈夫。何でか知らないけど一人のアマゾネスが届けてくれた」
「は? イシュタルんとこの子が?」
「うん。ポーションとかで傷は治してるみたい」
「ほうか……んで、ベートは何処や?」
「わからない。ベルの救援らしいけど、ものすごく焦った顔してた」
「……は? ベル坊がヤバい、ベートが焦るほどの?」
◆
金が閃き、緑の飛沫が散り、鈍色が翻る。
三体の獣の戦いは終わることを知らず、切り、撃ち、打つことを繰り返す。美しかったはずの庭園は破壊しつくされ、あちこちが溶け落ちて瓦礫が転がっている。
ベルがカリバーで切りかかればフリュネはよけ、その退路を塞ぐかのようにベートが爪で切りかかる。カエルの跳躍力で逃走しようと計れば、逃げられぬよう上下からの攻撃で退路をふさがれる。
フリュネはイライラを隠そうともせず、あちこちに銃を乱射して距離を離そうとしたりと大雑把な攻撃が目立つようになってきた。
「ベートさん!!」
「ッ!! ガアアアアアアアアアア!!」
ベルの声に応えるように、ベートが叫びながら右腕を振るった。また凝りもせずにかぎ爪で攻撃してきたのだろう。そう考えたフリュネはよけると同時に、ベルへと突進した。何も武器は銃だけではない。冒険者として扱う大斧も立派な彼女の武器である。その剛腕から繰り出される斬撃が切るだけでなく、大きな衝撃を与えることも可能であり、仮に受け止めても腕が痺れる確率が高い。
そんな一撃を叩き込もうと、ベルに肉薄した。そして刺し違えたとき、ベルではなくフリュネの方に激しい痛みが走った。肉体、というよりも肉体から延びる器官があ気られた感覚に陥り、二人から距離をとって己の体を確認する。
診ればじゅうから延びる管が切られており、同時に切断面も焼かれているため繋ぎなおすことが出来ない。彼女が見つめる先には、赤々とした輝きを持つシャイニングカリバーがツインモードで握られていた。ただし先程までのシングルモードではなくツインモードとなっており、居合義理のような態勢をベルはとっている。
すれ違いざまに居合抜きで、彼女の管が切られたのだった。
「許さない……アタイの世界一美しい体に傷をつけやがってエエエエエエッ、ゲロリック!?!?」
怒りの方向を上げるフリュネだったが、突如彼女の首に金の鞭が巻き付いた。それにより息が詰まり、満足に声を出すこともできない。加えて鞭を外す方向に意識を割いているため、その場から動くことが彼女の頭にはなかった。
首の鞭と格闘していると、やがて右腕も同様の鞭で縛られ、首元から無理やり離される。両の手に一本ずつ鞭を持ったベートが、それぞれの部位に縛り付けたまま引っ張り、フリュネを逃がさないよう踏ん張っている。
ベートに気をとられているフリュネだったが、後ろから羽交い絞めにされて完全に身動きが取れなくなった。加えて背中が炎に焼かれる感触に襲われ、最早鞭についても頭から抜け落ちて逃れようと暴れる。
「離せ!! ハァァァァアナアアアアセエエエエッ!! 」
「ヴェルフ!! 今だ!!」
「
「オオオオオオオオッ!!」
千載一遇のチャンスと、ヴェルフは迷わずに銃口をフリュネに向ける。元々は冒険者であり、自分たちと変わらぬこの時代を生きる人類。だが理性を持って破壊活動を行うのは、果たして怪物とどこが違うのか。もしもモンスターが理性と知性を持ち、万が一億が一そんな存在がいたとすれば、その存在こそ自分たちと変わらぬと言えるだろう。
銃口から発射されたGX弾は過たずフリュネへと直撃した。ロードをも葬り去るGX弾、その強力さは時代を超えた現在でもお墨付きであり、羽交い絞めにしているベルもろとも吹き飛ばした。
幸運なことにベルは直前でフリュネから少し離れていたために、ポーションがあれば感知する程度のけがで済んだ。
「なんで……このアタイが、こ、んな奴ら……に!!」
地面に倒れ伏しながらフリュネは怨嗟の呪詛を吐く。その体は元のアマゾネスのものに戻ってはいるが、ところどころ体表が罅割れており、そこから青白い炎が揺らめいている。
「アタイは……世界一美しい、おん、な……」
全身から灰のようなものを零しながら這いずるフリュネの姿は、イシュタル・ファミリア屈指の冒険者というイメージとは程遠く、哀れみすら誘う姿に映る。
自然ベルとベートは変身を解除し、ヴェルフは仮面を外した。周りの変化にも気づかないフリュネは、やがて這いずる動きを止めた。その時点んで彼女の脚部は灰として崩れ落ちており、まだ形を保っている両腕も殆ど蒼炎に燃やされて灰塵の塊に変化している。
「アタ……イ……は……う、ちゅ……う、い……――」
最期は呪詛すら吐けずに燃え尽き、残った灰塵は風に攫われて中庭から一粒も残さずに吹かれていった。先程までの激しい戦いが嘘のように、中庭は静寂に包まれる。
瓦礫が散乱し、ところどころ溶けたような跡が残った中庭に佇む傷だらけの三人、その場所に東から眩しい朝日が差し込んだ。
――今回の騒動により、イシュタル・ファミリアは事実上の解体。
――主神イシュタルは行方知れず。
――しかしファミリア財産の用途不明の使用。
――その他数々の証拠が差し押さえられ、眷属たちは改宗か脱退を余儀なくされた。
――悪事に自ら加担していた者には実刑判決が下された。
――ライダーたちはフリュネ殺害の容疑がかけられたものの、春姫と何人かのアマゾネスの弁護により収容は免れる。
――ただし無罪放免には出来ないため、三名の少額の賠償金と一週間のダンジョン攻略禁止を命じられることになる。
――保護された春姫は、ヘスティア・ファミリアへの移籍とし今回の騒動は収束となった。