何の前触れも無く、奴らは姿を現した。平和な正午の学園に、大勢の怪人や怪物を引き連れて、テロ紛いの蹂躙を開始した。
空を飛んで火球を飛ばしてくる魔女、大きな大剣を振るう骸骨の騎士、校舎を破壊しながら我武者羅に暴れまわる巨人。それ以外の怪人たち、総じて今回現れた全ての敵に共通する特徴が、襲った人間をあえて生かしたまま連れて帰ろうとする習性だ。恐らく自分たちと同じような怪人に改造する為だろう。
そんな非道を見過ごすわけにもいかず、私はロイゼたち能力者と協力し、学園生を守りつつ戦った。
しかし多勢に無勢。悔しいことに、私たちだけではとても守りきれず、何十人もの学園生たちを連れ去られてしまった。
多く取り残されている学園生たちを守りながら、更に数を増していく怪人たちを全て倒すことなど叶わず、結果的に言えば私たちは学園からの逃走を余儀なくされた。
各地に溢れている悪の組織の戦闘員共に気をつけつつ、安全な場所でもう一度合流するという手筈にした。残った人間で作戦を考え、準備が整い次第奴らの親玉を叩くために。
ロイゼ、陽菜、フィリス、蓮斗。その頼れる四人に連絡を入れ、まず蓮斗の自宅に集合することとした。彼の自宅周辺はまだ怪人や戦闘員たちが少なく、他に集まれる場所も無いからだ。
「はぁっ、はぁっ……!」
そして私は今、自宅の道場にある唯一の武器である真剣を取りに行くため、怪人や戦闘員たちで溢れる街を一心不乱に駆け抜けている。
私の能力は自身に身体能力の強化を施すという単純なもので、素手で戦うとなるとどうしても皆の足を引っ張ってしまう。そもそも体術や素手での戦闘にはてんで疎く、この身一つではとても戦えない。
つまり私に必要なものは武器だ。幼い頃から父に叩き込まれてきた剣道と身体強化能力を併合することで、ようやく私はまともに戦えるようになる。
昔から竹刀と真剣の二つで修行してきたので、刀の扱いは問題ない。そもそも怪人たち相手に竹刀では、まともに戦うことなどできはしないのだ。蓮斗たちの力になるうえで、刀は間違いなく必須となる。
「見えたっ、道場……!」
脚力を強化して屋根の上を移動していると、漸く見慣れた道場が目に入った。
即座に屋根を降りて一直線に向かって行き、転がり込むように道場の中へと避難していく。土足のまま入ってしまったが、今は致し方ない。
「……よし、これで大丈夫だ」
道場の奥に置かれていた真剣を手に取り、ホッと一息ついた。これで戦える、自分も戦力になれる、そういった思いがこみ上げてきて、思わず胸を撫で下ろした。
自惚れているわけではないが、これでも能力者として今まで怪人たちとは幾度となく戦ってきた経験がある以上、足手まといにはならない筈だ。
よし、蓮斗の自宅へ向かおう──そう思って振り返った瞬間、道場の中に初老の男性が入ってきた。
「師匠……!」
道場に入ってきたその人物は、私の生涯の師にして父親でもある藤堂剛志だった。ここに来るまでの懸念材料が彼の安否だったのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。
彼は真剣を持つ私を見ると、すぐさま私の傍まで走ってきた。
「文香! ……その様子だと、無事だったようだな」
「師匠こそ、ご無事で何よりです。……今まで、なにを?」
私がそう聞くと、師匠は腰元に刺してあった木刀をチラつかせながら道場の出入り口へ視線を移した。
「学園から溢れ出てきた黒タイツ共と戦っていた。近所の子供たちやご年配の方々を避難させるためにな」
「その様子だと……」
「あぁ。とりあえず見掛けた人たちは全員、近所の小学校の体育館へ避難させた。警察も動き出しているようだし、私に出来る事はもうないだろう」
ふぅ、と軽く溜め息を吐いた師匠は些か疲弊しているように見えた。大勢を守りながらここまで戦ってきたのなら当然だろう。
一人残さず助けた師匠は、数に押されて学園生たちを見捨てるしかなかった私とは大違いだ。やはりこの人にはまだまだ及ばない。
「私も小学校に避難して少し休むつもりだが、文香はこれからどうする」
「能力者の友人たちと結託して……今回の黒幕を討ちます。警察は避難誘導や住民の保護で手一杯でしょうし、なにやら街全体が大きなバリアで囲まれているようで、外部からの助けは期待できそうにありませんので」
刀を腰に装着しながら、今回の目的をハッキリと師匠に伝えた。以前から能力や悪の組織のことは話しており、私が今まで戦ってきたことを知っている師匠なら驚くこともない。
ただ、私の予想とは裏腹に、師匠は少し苦しげな表情をしていた。
「そう、か……。いや、選ばれた者の宿命だな」
「師匠?」
「すまんな文香。愛する娘が死地へ赴こうというのに、それを止められない私は……親失格だ」
苦虫をかみつぶしたような表情で告げる師匠に、私は何も言えない。
私は親の立場をきちんと考えられるほど大人ではないが、人の気持ちが理解できない程子供でもない。もし私が彼の立場だったとすれば、全力で自分の子供を引き止めようとするかもしれない。
しかし、彼はそうしない。私のことを誰よりも理解しているからこそ、戦いに行く娘を止めようとはしないのだ。
「きっと蓮斗君たちもお前を待っているのだろう。事実、この街で奴らとまともに戦えるのは能力者であるお前たちしかいない」
「……行かせて、くれるのですね」
「あぁ、だが私も同行させてもらうぞ。これでも藤堂流の師範だ、能力こそ持ってはいないが足手まといにはならない」
「心強いです!」
子供を危険に晒させないのが、世間一般にいう親なのだろう。彼の選択を第三者が見れば、無責任だと揶揄されるかもしれない。
しかしこの人は、娘の危険を一緒に担ごうとする。それは何より私のことを考えて導き出した答えだ。
危険から守るのではなく、共に危機を乗り越えようとしてくれる。……やっぱり私にとってこの人は、最高の父親で、最高の師匠だ。
「行きましょう。怪人たちが多くなる前に、蓮斗の自宅へ」
「……本当にその真剣一つで戦うつもりなんだな。我ながら困った娘を持ったものだ」
苦笑いをする師匠に軽く微笑み、私は刀をしっかりと携えて道場を出た。
「──いたぞ! リーダーが言ってた女だ!」
「っ!」
急いで住宅街を進んでいくと、私たちの前に数十人の怪人たちが一気に現れた。その中の一人が私に指差し、手に持っている端末の画面と私を見比べている。
「間違いねぇ、あの女が藤堂文香だ」
「あいつを捕まえたヤツが幹部昇格か……ククッ、腕が鳴るぜ」
奴らの会話に耳を立てて分かったが、どうやら私は特に狙われている獲物だったらしい。それが能力者だからか、はたまた今まで多くの怪人を屠ってきた人物だからなのかは見当がつかないが、どちらにせよここで立ち止まる訳にはいかない。
「……そこを退いてもらうぞ」
私は腰に携えた真剣を鞘から抜刀し、戦闘態勢に入った。それを見た師匠も木刀を構えると、怪人たちが私たちの殺気に反応した。
「あいつらやる気みたいだぜ?」
「いいじゃねぇか、親父とまとめて縛り上げてやる!」
声高々に叫んだ怪人たちは、先頭集団から一気に此方へ向かって駆け出してきた。
その瞬間、私は能力を発動した。
胸の中心から全身の末端にかけて熱い血流が駆け巡る感覚を感じ、次第に体が軽くなってくる。
そして私の瞳が赤色に光ったその瞬間、身体強化は完了した。
「ふっ──」
此方に飛び込んでくる怪人たちを正確に見極め、斬っていく順番を脳内に羅列させる。それが完了した瞬間、私は右足でコンクリートの地面を勢いよく蹴った。
「はぁっ──!」
刀をまるで体の一部のように扱い、前進しながら次々と怪人たちを切り捨てていく。空を切る音が鳴り響き、血飛沫が舞い上がる中、それを全て避けながら攻撃と前進を続ける。
「おいおいおい! あの女めちゃくちゃ──ウギッ」
「ヒッ、ちょ、まっ」
腰を抜かしている怪人や怯える怪物たちも、もれなく全て刀の錆にしていく。こいつらは学園を襲い、学生や市民たちを傷つけ拉致した連中だ。今更情けをかけるつもりなどない。
数えて三十体ほど倒し終わった頃、立ち塞がる怪人たちの足は次第に止まっていった。数だけは未だに圧倒的に相手の方が多いが、力量の差は歴然だ。
刀を振ってこびり付いた血液を振り払うと、後ろを守ってくれていた師匠が追いついて隣に立った。
「文香、怪我は無いか?」
「無論です。この程度の輩に後れを取るほど鈍ってはいませんから」
かく言う師匠も怪我一つ負っている様子も無く、この調子なら問題なく蓮斗たちに合流できそうだ。余りにも強力な敵がいるわけでないようで、少し安心した。
警戒は解かないまま、ほんの少しだけ一息ついた。なるべく呼吸を乱さなければ剣が乱れることもない。
「……むっ」
すると、師匠が妙な声を挙げた。何事かと思って正面を見ると、そこにはいつの間にか白いローブを着た男が立っていた。
刀を構えつつその男は睨みつけると、程なくして相手の方から口を開けた。
「うん、うん、うん。中々、結構、割と強いみたいだね」
安定しない妙な口調で喋る男は、私たちを見ながら歪んだ笑みを浮かべた。
その男の笑顔に対して嫌悪感を覚えると同時に、背筋に悪寒が走った。
「あは、あは、あは。人質、取っちゃった、やっちゃった、勝っちゃった」
白ローブの男はそう言いながら、他の怪人に後ろから小さな子供を連れて来させた。
怯える小さなその少女を掴むと、その首元にナイフを軽く当てる。
「ひっ、ひぃっ……っ」
「正義の味方、だもんね、やばいね、弱いね。このまま戦うと、この子死んじゃうねぇ」
「……くっ」
少女の首元にナイフを当てられ、私と師匠は固まってしまった。下手に隙を見せれば、即座にあの少女を殺すつもりだろう。
瞬時に解決策を導くことが出来ず、嫌な汗を流しながら足を止めてしまう。これではどうしようもない。
「隙ありィッ!」
「なっ──」
その一瞬、何もできなくったその一瞬を突かれ、私と師匠は後ろから襲いかかってきた複数の怪人に組み敷かれてしまった。
「ぐぁっ!」
両手を後ろで拘束されてしまい、三人の怪人が私の上に乗りかかって完全に動きを封じ込めてきた。
同様に師匠も押さえられてしまい、私たちの持っていた真剣と木刀は地面に転がってしまう。
「師匠! ……くっ、卑怯な!」
すんなりとありがちなセリフが出てきてしまう程、私は焦ってしまった。隙を突かれて拘束されてしまい、手から刀を離し、早々に追い詰められてしまったと認識してしまったのだ。
それが、間違いだった。すぐにでも能力を応用して筋力を増強し、上の連中を力づくで退かして退避するべきだった。
「オラッ、これでも付けとけ!」
怪人たちは私が動かない隙に、首輪のような物を私の首に装着してきた。その瞬間、体中の力が抜けてしまった。
異様な感覚に狼狽し、状況判断がさらに鈍ってしまう。
「こ、これは……っ!?」
「それ、それ、それ。その首輪つけてると、能力使えない、戦えない、抗えない、ケケケッ」
私を指さしながら笑う男は、なんとナイフを突き立てていた少女を手放した。
子供は逃がすつもりなのか──そう考えた瞬間、少女の体が溶けたアイスクリームのようにグニャリと歪んだ。
その光景に驚愕すると同時に、少女の体はバレーボールサイズの球へと変貌した。
白いローブの男はそれを拾い上げると、再び怪しげな笑い声を挙げる。
「あっはは、あは、ははあは。これ、人間とか動物に変身できる、ボール。すごいよね、これ作ったの俺、ほんと天才」
「そんなくだらない物で……!」
「……は? くだらないって、今そう言った?」
私が苦し紛れに悪態をつくと、白ローブの男は態度を急変させた。まるで情緒が不安定な男はそのボールを地面に投げ捨てると、走って私の前まで来た。
そして──
「馬鹿にしたな!? このアマぁっ!!」
「ぶぐっ!」
まるでサッカーボールを蹴るかのように、男はつま先で私の頬を強く蹴りぬいてきた。強烈な一撃をまともに受けてしまい、脳がグラリと揺れた。
「ふざけやがって! ふざけやがって! ふざけやがって!」
「げほっ! うぐぶっ……!」
鼻や額をこれでもかという程正面から蹴り上げ、それだけでは飽き足らず男は靴ごとつま先を私の口の中に突っ込んできた。
その瞬間異臭と吐き気を催す味が喉奥に突き刺さり、私は涎をまき散らしながら嗚咽をした。
「うぇっ、おぼっ」
「くそ! くそ! 死ね! 死ね!」
「むぐぶっ、うぼぇっ、ごぼっ……!」
口内の蹂躙を繰り返されるうちに自然と眼尻から涙がこぼれ、嘔吐一歩寸前まで追いつめられてしまう。
抵抗しようにも顎に力が入らず、なされるがまま暴力を受け続ける自分に腹が立った。
「文香ぁ!!」
私が胃の中身を全てぶちまけそうになった瞬間、師匠が自分を押さえている三人の拘束を力任せに破り、私の口に足を突っ込んでいる白ローブの男を殴り飛ばした。
「うぶぇっ!?」
白ローブの男は勢いよく吹き飛び、住宅街の塀に強く頭を打ちつけた。
「ぶぁっ……! げほっ、げほっ!」
口の中から異物が無くなったことで、激しく呼吸と咳を繰り返す。そんな私を助けようと師匠が拘束している怪人たちに殴りかかる──
その瞬間、別の怪人が師匠の後頭部を鉄パイプで殴打した。
「ぐっ……!」
「師匠っ!」
不意を突かれた師匠はそのまま地面に倒れ伏し、また別々の怪人が師匠を拘束した。今度は五人がかりで、四肢全てを動かせないように固定している。
すると先程殴り飛ばされた白ローブがゆっくりと立ち上がり、師匠のすぐ傍に近づいた。そして師匠の前髪を掴みあげると、彼の顔に迫りながら血走った目で叫び散らした。
「死にてぇんだろ!? なぁ! 殺してほしいんだよなぁ゛!?」
「がぁっ!」
白ローブは師匠の脇腹に蹴りを入れると、味を占めたかのように何度も蹴りを繰り返していく。
何度も、何度も、何度も──しまいには首の根元や顔面にまで範囲は及び、それが延々と繰り返されていく。
「ぁ、ぐ……」
「もともと藤堂文香だけが目的だったんだ、お前は殺してもいいよな?」
「やっ、やめろッ!」
頭に血が上った白ローブが懐から短剣を取り出した瞬間、私は強く叫んだ。取り返しのつかない事をされる気がして、必死になって声を挙げた。
「貴様らの目的は私だろう!? もう一切抵抗はしない! その男なんか離して私を連れていけばいい!!」
「……あ?」
とにかく師匠を見逃してほしい一心で叫ぶと、白ローブが此方を向いた。
「……ははは、いい事思いついた」
「なにをっ……!」
怒りの形相から怪しい笑みに表情を切り替えた白ローブは短剣を逆手に持ち替え、それを師匠の右太股に突き刺した。
「があ゛ぁ゛っ!」
「師匠! おいやめろっ! そんなことをしても意味ないだろ!?」
「やめない、やめない、やめない……ヒヒッ。目の前で親を殺しても耐えられるのかなぁ……気になるなぁ……」
私の言葉を一蹴した白ローブの動きはさらに激しさを増し、師匠の体中に短剣を突き刺していった。確実に急所を外し、尚且つ彼を苦しませることのできる箇所に向けて。
その光景は見るに堪えず、私は臆面もなく涙をまき散らしながら叫んだ。
やめろ、やめろ、やめろ──そう叫んだところで、白ローブの凶刃は止まらない。
「楽しいなぁこれ! もうちょっとで死んじゃうかも! あはは! ぶっ、ぎゃはははっ!!」
そんな奴らに対して、もう私は負けていた。心を打ち砕かれていた。
悪に対する冷たい口調は鳴りを潜め、もはや懇願に近い言葉をただ吐くことしかできない。
「やめてくれ……! 頼むっ、それ以上師匠を刺さないでくれ……っ!」
全身血塗れになって目が虚ろになっている師匠の息の根は、もはや風前の灯。そんなことは誰の目から見ても明らかだった。
「死んでしまうぅ……このままじゃっ、ほ、本当に! たのむやめてくれ! 何でも言うこと聞く! どんなことでも受け入れるから! だから……っ」
叫び声がどんどん小さくなっていく。これ以上何を言えばいいのか分からず、ただ思いつく限りの降伏を告げるが、白ローブは意に介さない。
段々と、精神が壊れていく。このまま目の前であの人を殺されてしまったら自分がどうなるのか、想像もしたくなかった。
しかし無情にも時は進んでいく。体中を刺され続けた師匠はもはや叫び声も挙げず、ただ僅かに小さく呼吸をするだけの存在へと成り果てていた。
これ以上は本当に間に合わない。まだほんの少しだけ残ってる僅かな一線を越えてしまったら、呆気なく師匠は───
お父さんは。
「やだっ、おねがい……! はなしてぇ! お父さんをはなして! ころさないでぇ!!」
「うん、うん、うん、駄目。ここできっちり殺すから。無駄に死んでもらうから」
その言葉を聞いた瞬間、私の
「あっ、あぁっ……」
視界が、揺れる。
呼吸が、止まる。
思考が──終わる。
「……たすけて」
白ローブが短剣を振り上げた。それを振り下ろせば、お父さんの頭蓋骨に突き刺さる。そうなれば最後、彼の命と共に私の中の全てが絶命する。
「だれかぁ……」
意味も無く叫ぶ。
悪に支配された、助けなど来ない、誰の手も届かない孤独の地で、無意味な叫びを挙げた。
その言葉以上に、望むことなど何もない。
「だれか、たすけて───」
「はい、はい、はい。これで死んでもら───」
無情に、短剣が振り下ろされた。
「……あっ?」
しかし、刃を突き立てたはずの白ローブは、妙な声を挙げた。
目を逸らすこともなくただ傍観するしかできない私には、それが何故なのか分からなかった。
いや、
「あれ、あれ、あれ。なんだ、これ」
白ローブは短剣を振り下ろした筈の右腕を見つめながら──否。
肘から先が『消えてしまった』右腕を見つめ、自分の腕が無くなっていることに気がついた瞬間、叫び声を挙げた。
いや、挙げようとした。
「ぎっ──」
「しね」
勢いよく声を挙げようとしたその瞬間、白ローブの後ろに突如として姿を現した『全身が黄金のオーラに包まれた銀髪の少女』が、思い切り拳を突きだした。
一瞬たりとも目では追えない、光の早さで繰り出された銀髪少女のパンチは白ローブの脇腹に突き刺さり、彼をとてつもない勢いで住宅街の塀に叩きつけた。
そのパンチの勢いは留まることを知らず、吹き飛ばされていく白ローブは塀を破壊してその先にある民家を破壊し、更にその先にある民家をも破壊し、さらにその衝撃波で周辺の怪人たちを遥か彼方へ吹き飛ばした。吹き飛ばされた怪人たちは街を覆うバリアに直撃して爆散し、まるで花火のように空が火花で覆い尽くされた。
「……えっ」
まるで訳が分からず目を丸くしていると、その少女は白ローブを吹き飛ばした方向にひらいた右手を突きだした。
すると周囲に金粉を撒き散らしたかのような黄金の風が吹き起こり、少女の右手の中心に金色のエネルギーが集約され始め、小さな黄金の球体が生み出された。
それがサッカーボールサイズまで膨張したした瞬間、バチバチと電撃が周囲に発生し始めた。
その瞬間、少女は自らが生み出した黄金のエネルギー玉をまるで野球のピッチャーのように、白ローブが吹っ飛んだ方向に投げ飛ばした。
すると投擲されたエネルギーはレーザーのように形を変え、鎌鼬が発生する程の突風を周囲に巻き起こしながら白ローブへと飛んでいった。
コンクリートの地面や建物を抉り破壊していく音が鳴り響き、数秒後に遠くからこの世の物とは思えない絶叫が鼓膜を刺激した。
『あ゛あ゛ァ゛あ゛ア゛ぁ゛ぁ゛ァ゛ァ゛ッ゛っ゛ッ゛!!?』
その叫び声が木霊すると同時に、耳を劈く破裂音と共に巨大な爆発が発生し、空に向かって黒煙と爆炎が舞い上がった。
なんとか目を開けて爆心地を見てみると、明らかに常軌を逸した黄金レーザーとダイナマイトの様な大爆発を受けた白ローブは肉片一つ残さず木端微塵に消滅しており、彼の残骸らしき白ローブの一部だけがそこに残されていた。
「……な、なにが、起きて……?」
何一つ理解できないまま呆然とその場を眺めていると、違和感に気がついた。
いつの間にか、私を押さえつけていた怪人たちがいない。焦って立ち上がってみれば、周囲には先程の怪人たちの肉片が転がっていることに気がついた。
まるで目に見えない速度で、瞬く間に怪人たちが瞬殺されていた。
「あっ」
前方を見てみると、異様な黄金のオーラに包まれた銀髪の少女が、お父さんを背負っていた。焦って少女の傍まで近寄り、彼女からお父さんを受け取ると「そのままこの場に寝かせて」と言われた。
言われるがままお父さんを地面に寝かせると、少女が懐からスマホを取り出し、何やら操作を始めた。
数秒後、彼女の隣に小さなダンボール箱が出現し、少女はその中から取り出した小さなペットボトルの飲み薬を私に手渡してきた。
「これ、万能薬。飲ませれば全部治るから、この人にむりやり全部飲ませて」
「……ぇ」
「死んじゃう前に、早くやってね」
それだけ告げると、少女は再び立ち上がって私に背を向けた。
これだけ異常な戦闘力を持つ少女が、何故か私たちを助けてくれた。全くよく分からないが、とにかく彼女が渡してくれたこれをお父さんに飲ませればいいことは、なんとか理解した。
言われるがまま、お父さんに無理矢理万能薬を飲ませると、体中に付着していた血痕が無くなり、傷口も数秒で塞がってしまった。
意識は失ってしまっているが、呼吸は正常だ。どうやら、本当にあの状態から助かってしまったらしい。
思わず、声を挙げてしまった。突然、一瞬にして全ての状況をひっくり返してしまった彼女に、どうしても聞きたいことが多すぎて。
「き、きみは──」
そこで、グッと言葉を堪えた。いまするべきなのは、彼女への詮索ではない。
「……私は、どうすればいい?」
「海夜の家に行って。そこで全部話す」
「君は……どうするんだ」
お父さんを背負いながら聞くと、少女は私の方を向いた。
あまりにも、無表情。彼女の顔を見て最初に抱いた感想はそれだった。
しかしそれは彼女自身も気にしているのか、少女は自分の頬を人差し指で押し上げながら、むりやり笑顔を作った。
それはきっと、私に気を遣って不敵に笑って見せるための行動なのだと、直ぐに察することが出来た。
「だいじょうぶ。私はあと残り3分間だけ
「……わかった。蓮斗の家で待っているよ」
私がそう返事をした瞬間、銀髪の少女は一瞬で姿を消した。
彼女が去った瞬間金色の風が発生し、程なくして遠くから爆発音が聞こえてきた。どうやら瞬間移動をしたらしい。……らしい。
あまりにも情報量が多すぎる。今このタイミングで全部の情報を処理することは不可能だ。
とにかく、お父さんと私は助かった。あの銀髪の少女はとんでもなく強くて無敵。それだけ分かれば十分である。
「今は、とにかく蓮斗の家に……!」
難しいことは全部後で考えよう──そう無理矢理頭を納得させ、私はお父さんを背負ってその場から歩き出した。あの少女が気になる、何もかもが聞きたい、そんな気持ちを押さえながら、ただ真っ直ぐ蓮斗の家に向かって行った。
★ ★ ★ ★ ★
剛烈と別れて海夜の家に到着したあの後、俺たちは作戦会議をすることになった。家に到着していたのは海夜と田宮、それからロイゼと小春……意外だったが、レイノーラと陽菜もいた。どうやら田宮がうまい具合に誘導してきたらしい。ナイスでーす。
表面上の作戦会議は海夜たちに任せ、俺たちプレイヤー組は別に話し合いをした。
その結果、まずは文香ルートを強制的に終了させ、藤堂を戦力に加えるということになった。
本来のロイゼルートが鬼畜難易度とされる所以は、どうあっても仲間が高月しかいないという点からきている。
逆に言えば、優秀な仲間が多ければ難易度もそこそこ下がる、ということだ。
『てなわけで陽菜とフィリスは連れてきたから、文香はお前が連れてきてくれ!』
とのこと。ロイゼルートの作戦の方は考えておくから、藤堂が闇堕ちする前に仲間にしてこいって話である。普通に考えれば無茶ぶりだな。
そこで田宮が渡してきたのが、自分の7ポイントと引き換えに手に入れた腕時計型のアイテムだった。
名前は『究極最強ハイパームテキモードスイッチ』。その名の通り、押した瞬間から五分間だけ最強の無敵モードになれるスイッチである。
要求される交換Pが7と非常に高い代わりに、性能は折り紙つき。これを使えばとりあえず負けないと言われた。
なんでそんなポイントが高いアイテムを俺に渡してくれたのか? それを質問したら、田宮はいい笑顔で答えてくれた。
『このイカレたデスゲームに連れてきちまったお詫びだ。お前の為ならこれくらい安いよ。……なにより、今回のダブルルートをクリアしないと俺も困る!』
そこまで言われたら、あいつの厚意を無下にするわけにもいかない。ありがたく受け取っておいた。
無敵モードは五分しか持たないから、とにかく闇堕ちするまえに藤堂を助けて、時間の許す限り優先的に文香ルートの敵をぶっ殺す算段だ。
このルートの黒幕が味方の剛烈なので、黒幕の出番が必要になる場面を回避してルートを終わらせれば、彼(彼女?)が無理に悪の集団のリーダーとして登場することもなく、無用な戦いは避けられる。
それになんと、ルートの終着点が藤堂の救済と悪の集団との全面対決の終結とのことなので、剛烈の撃破自体も必須ではないらしい。リーダーを倒さず戦いを終わらせて、藤堂と結ばれるルートもあるとかないとか田宮が言ってたし、多分大丈夫!
「……いた」
見つけた。藤堂とその親父さんが怪人たちに組み敷かれていて、白いローブの男がケラケラ笑いながら親父さんを虐めている。
……腹立つわね、ああいう悪役。本人には大してドラマがある訳じゃないのに、プレイヤー側には多大なるストレス展開を用意してくるんだよな。
だからこそ、ぶっ飛ばしたときに爽快感が生まれるのかもしれないが、生憎今の俺はそういうものを求めてはいない。
既にこの光景だけで、俺の中ではあの白いローブに対してめちゃくちゃヘイトが溜まってるので、いの一番にまずあの白ローブを木端微塵にぶち殺します。
マジで覚悟しろよ? 俺今めっちゃ怒ってるかんね?
「まず電源入れて……」
腕時計の横にある電源ボタンを押すと、長針と短針がクルクルと回り始め、スイッチから機械音声が発された。
《スタンバイ》
これで準備は完了。あとは腕時計の中心にあるスイッチを押せば、変身完了の筈だ。
待ってろよ藤堂。すぐにそいつら全員あの世に送って、親父さん助けてやるからな。
俺の所持ポイントは全部で5だから、4ポイントで交換できる万能薬を使えば親父さんは助かる筈。
流石にこの状況でポイントが勿体ないとかは言ってられない。見るからに藤堂の心の支えはあの親父さんだし、海夜に攻略されてない状態なら尚更あの人が必要だ。
「よーし……」
ここからは血祭りじゃい! その親子を虐めた罪は命で償ってもらうからそのつもりでぇ!!
「スイッチ、起動っ」
意気込んで腕時計の中央にあるボタンを押した瞬間、俺の全身が黄金のオーラに包まれると同時に、スイッチから大きな音声が鳴り響いた。
《 ハ イ パ ー ム テ キ ! ! 》
ハイパーリアちゃんのステータス
・敵に触れると強制的に勝利判定が出る
・強そうなことは大体できる
・相手の攻撃が効かない
・めっちゃつよい
・まけない
・むてき