A. そこにもう一人ヒロインがおるじゃろ?
黄金の無敵モードで無双したあの後、再び海夜の家に集合してから数時間の休憩をして。
藤堂の親父さんと小春ちゃんに留守番を任せ、俺たちはロイゼルート攻略の為に悪の組織のアジトに潜入した。
妙に藤堂がポンコツ化していることを除けば、攻略自体は驚くほど順調に進んだ。本来の海夜と高月が逆境で絆を深めていく筈のイベントを全カットしつつ、原作ではありえないほどの過剰戦力で攻略に取り掛かっているからだろう。加えて田宮が大体の情報を把握しているため、今の俺たちはいわば『攻略本を片手にバグ技を利用して』イベントを進めているようなものだ。そりゃスムーズに進まなきゃおかしい。
そして今───なんとラスボスを倒してしまった。タワーの最上階にある広いスペースでの戦闘が、先程ようやく終わりを告げたのだ。目と鼻の先には、仰向けで気絶しているフードの男がいる。
戦闘自体は熾烈を極めたものの、最後はなんかめちゃくちゃテンションが高い藤堂が相手の明確な隙を作り、そこを高月が光のレーザーでトドメ。そんな感じでラストバトルは決着した。
「はぁ、ふぅ……皆さん、見事なまでにボロボロですわね……」
先程ラストアタックを華麗に決めた高月が制服の袖で額の汗を拭いながら、床に寝そべって休んでいる仲間たちに向けて呟いた。
陽菜とレイノーラは能力の使い過ぎで眠ってしまっており、田宮は流れ弾が当たって気絶。いま高月の言葉にかろうじて反応できるのは比較的軽傷だった藤堂と、過度の疲労による気絶を気合いと根性で回避した海夜、それから戦闘に参加できなかった俺だけだ。状況的には死屍累々、辛勝もいいところである。
今まで生きてきた中で一番疲れましたわ、なんて言いながらその場に座り込んだ高月の傍に、藤堂が寄り添った。
「ロイゼの方がボロボロじゃないか。帰りは私が全員運ぶから、きみは休んでいるといい」
「うぅ……少しだけ、お言葉に甘えさせていただきます……」
藤堂に諭された高月は一息つき、近くの壁に背中を預けた。戦闘中は気丈に振る舞っていたが、どうやらとうの昔に限界を迎えていたらしい。そんな状態にも関わらず他人の心配をするなんて根性のある子だ。
……さて、とりあえずやることは大体終わったし、ロープでラスボスを縛っておこう。俺に出来る事なんてそれくらいだし。こんな事もあろうかと、あらかじめ持ってきておいたんだ。
近づいてみて分かったけど、結構若いなコイツ。歳的には二十代前半に見えなくもない。こんな若いうちから悪の組織を築き上げるなんて恐ろしいやつだ。
「いっぱい、縛ってやる」
ロープは六本ぐらい持ってきたからな。信じられないぐらいグルグル巻きにしてやるぞ。
「大人しく───」
そう意気込んで近づいた瞬間、気絶していたフード男が突然起き上がった。
「わわっ……!」
急な事態に狼狽してしまい、何も抵抗が出来ないままフード男に拘束されてしまう俺。
間髪を容れず、フード男は懐から注射器の様なものを取り出し、その先端を俺の首に刺し込んだ。
「あぐっ……」
「えへへっ、大人しくしててね」
顔の横で怪しげに笑うフード男に文句の一つでも言ってやろうとしたのも束の間。
目の前が急に暗転し、いとも容易く俺の意識は刈り取られた。
★ ★ ★ ★ ★
「……?」
気がついた時には暗い室内で既に手足を拘束されていて、目の前には椅子に座っているフードの男がいた。
周囲を見渡す限り、ここは廃ビルの中にある一室のようで、男は一つしか置かれていない椅子の上でスマホを操作していた。
「……ん? あぁ、起きてたの」
視線を注いでいたことがバレたのか、フードの男はスマホから視線を俺に移した。なにやらニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、呑気に缶ジュースを飲んでいる。
俺の視線が缶に行っている事に気がついたフード男は、自分の背中の方にある机の上から未開封の缶ジュースを手に取り、椅子から立ち上がって俺の前にコトンとそれを置いた。
「ちょっと温くなっちゃってるけど、よかったらどうぞ」
「……いらない」
「そう? 別に毒とかは入ってないけどね」
飄々とした態度のフード男は軽く笑いながら、再び椅子に座った。そしてスマホを胸ポケットにしまい込むと、改めて俺と目を合わせた。
そして怪しく口元を歪ませ、何かを思い出したように人差し指を上げるフード男。
「そう言えばだけど、予め言っておくと僕、プレイヤーだからね」
「……そう」
「ありゃ、意外と冷静なんだ」
大して驚きもしない俺の態度にも、さして興味が無さそうな反応をしている。口はニヤついたままだが目元が笑っていなくて、なんだか気味が悪い。
……なんだ、この状況。遂に倒したラスボスを縛り上げようと思ったら、いつの間にか逆に拘束されて拉致されて。終いには「自分はプレイヤーです」なんて言われたら、多少は思考停止しても仕方ないと思うんだが。
さっきの反応も別に冷静だったとかじゃなくて驚きすぎて反応に困っただけだからね?
てか油断しすぎたな俺。無敵モードになってから全部順調に進んでたから、無意識に気が緩んでたのかもしれん。
いやいや、てかさ、剛烈は文香ルートのラスボスで、こいつはロイゼルートのラスボスって……。
ヒロイン候補の俺とか友人キャラの呉原はともかく、これだと一般のザコ怪人になったオカマ不憫すぎん?
あー、いや、そうでもないか。あいつ今のところ唯一のクリアプレイヤーだもんな。プレイヤースキルを考えれば妥当……って、それでも最速クリアしたあいつマジでなんなの。意味わかんな──
「今ゴチャゴチャと余計なこと考えてるでしょ」
「っ……」
「安心してよ。別に今すぐ君をどうこうするって話ではないからさ」
現実逃避気味に思考する俺を見透したかのように笑うフード男。彼に心中を読まれてしまったことで、少なからず焦りが生まれてきてしまった。
確かに、今は余計な事を考えてる場合じゃない。とにかく目の前の事に集中してこの状況を打開する方法を考えないと。
「……目的は、なに」
睨みつけるように眼光を鋭くしながら問うと、相変わらずヘラヘラとした表情を崩さないままフード男は答えた。
「んーとね、ちょっと長くなるよ。順を追って説明するね」
……
…………
………………
「どう、分かったかな?」
「しね」
「あはは、手厳しい」
フード男──正確にはクロノと名乗るこの男の話は、俺の心を掻き乱すには十分すぎるほどの内容だった。
まず、クロノはこの仮想世界の考案者で。様々な企業と提携して共同開発に勤しんだ結果生まれたのが、俺が今いる『最良の選択 ~まけるな蓮斗くん~』を元にした仮想空間だ。
彼の目的はこの仮想空間で好きに生きること。ほぼ全てが思い通りになるこの仮想空間で生きることで、絶望した現実世界から逃げよう……というわけだ。
クロノの過去のことも細かく聞かされたが、そこは正直あまり覚えていない。兄が家族を崩壊させただとか、大切な友人を失っただとか、黒幕にありがちな事を言っていた気がする。
話を戻すと、クロノはこの仮想世界を作り上げた。そしてさぁバーチャルに生きよう、といったところで横槍を入れてきたのが、このデスゲームの運営だ。クロノの仮想世界開発に特に協力的で多額の資金援助も行っていたのが運営だったため、彼らの声を無視するわけにもいかず。
さらに言えば仮想世界にダイブしている時のクロノの肉体は無防備。そこを付け入られては第二の人生どころの話ではないクロノは、デスゲーム運営の要求を呑んだ。
要求は二つ。
一つはこの仮想空間を舞台にしたデスゲームの生放送をさせること。
二つ目は『クロノ以外の』4人のプレイヤーが全員ゲームをクリアした場合、強制的に仮想空間をシャットダウンしてこの空間の管理権限を運営に譲渡することだ。
開発者に対してそんな無茶な要求が通るか、なんて考えもしたが、どうやら彼はメイン中枢の開発以外の全てを運営や他企業に任せていたらしい。言わばクロノは周囲に守られながらこの空間のメイン核を『作っただけ』に過ぎないようで。
何も言い返せないクロノは運営の提案を受け入れ、このデスゲームを開始した。
クロノはこの世界で永遠に生きたい。
しかし全員がクリアしてしまうと強制的にこの世界が終わる。
そうしてクロノの中で導き出された答えは、プレイヤーの一人を絶対にクリアさせないことでこの空間を維持すること……らしい。
だから俺を拉致監禁した。生かさず殺さずクリアさせず、この空間の人柱としての役割を担わせるために。わざわざ海夜たちに負けたのもポイントを得るためだ。
プレイヤーが誰か一人でも脱落するか、もしくは殺害すれば運営の提示してきた全員クリアという条件は『詰み』になり晴れてクロノの大勝利になるのだが、どうやら彼は人殺しはしたくないらしい。それは優しさからではなく、単に臆病なだけのようだが。
殺したくないし、クリアして欲しくない。なら一人を手中に納めればいい。よし、じゃあ一番弱そうだし残機も減ってるしポイントも1しかないクソザコなリアを監禁しよう……というわけらしい。
そこまで聞いただけでも殺意が無限に迸るレベルなのだが、大事なのはこの後だ。
なんとコイツ、俺が気絶してる間に蓮斗や藤堂たちに向かって全ての秘密を暴露したらしい。
ミッションのことも、ヒロインのことも、この世界の事も、勿論蓮斗を半ば騙すような形で利用してきたことも……俺が『男』だということも。それを証明する証拠も、全て。
ぶっちゃけ詰みもいいところである。てか完全に詰んだ。ふざけんなバカ死ね。お前のせいで終わったわ俺。
自分たちが電子空間の住人だって言われて、もう精神がよく分からない状態になったあいつらが、中身が男だってバレた卑怯な俺と今更平和にラブコメをするわけもない。この世界の住人からすれば、クリアすることで仮想空間を閉じようとする俺はもうただの『敵』だ。
……ああぁぁ。
あぁーっ!!
あ゛あ゛ぁ゛ァ゛ァ゛ッ゛ッ゛! !
バーカバーカ!! ふざけんなマジで死ねお前!? 今までの努力全部水の泡じゃねぇかバーカ!!
ほんと、ほんとにもう……なんてことを……。
「あれ、泣いてるの?」
「うっさい死ね。耳が腐るから黙ってろ。とりあえず百回死んでくれ」
「無表情無口キャラのはずなのに饒舌だねぇ。ようやく
……は?
「なに、言ってる……」
「プレイヤーはみんな最初に自分のキャラの意識を殺すんだ。姿に引っ張られず、体を自分の物にしてしっかりプレイヤーとして活動するためにね」
クロノの言っていることが分からない。そんな説明は最初にされなかったし、今もこの体は間違いなく俺が動かしている。
リアなんて少女の意識なんて、一度だって感じたことも無い。
「みーんな一番最初は心の中で自分のキャラと対峙するんだよ。そして運営のシステムによって一切抵抗できない彼らを、本能に突き動かされるまま心の中で殺す。そうしてようやく仮想世界の肉体をアバターとして自由に動かせるようになるんだけど……」
困惑する俺を見降しながら、クロノは小さく笑った。
「きみさ、リアを殺さないまま共存させてるんだよ。だから中途半端に彼女の無意識な行動に引っ張られるし、同性だと認識してるからヒロインとシャワーを浴びても何も感じない」
「それ、は……」
心当たりがあった。陽菜は妹……そう思い込む以上に、あの時俺は自分を女の子だと認識していた。だから彼女と一緒にシャワーを浴びても興奮なんてしなかったし、それどころか当たり前のように受け入れていた。俺は高校生のうちにエロゲーを嗜むくらい性に正直な『男子』の筈なのに。
「性欲も暴力を振るう本能すらも刺激されないなんて……きみ、ちょっと温厚すぎるんじゃない?」
そんな事を言われても実感なんて無かった。他の人より優しく生きようと思ったことなんてないし、ボランティアが好きだったとかでもない。
ただ、普通に生きてきた。家族や弟を大切にしながら、友達とバカやって、ただ普通に生きて来ただけだ。
もし、何があっても人を許して、無償で他人を助ける勇気があって、誰よりも強い優しさを持ってる人がいるのだとすれば──それはきっと、俺じゃなくて。
「リ、ア……?」
「心の波長が近かったから、彼女と同調したのかもね。滅多に起きることじゃないけど、まぁこの世界の人々はただのプログラムじゃなくて心を持った存在だから、そんな事もあり得るか」
「それって、どういうこと?」
「ここは仮想空間だけど全てがプログラムってわけじゃない。僕が開発した『成長システム』が組み込まれてるから、現実と同じようにこの世界は一人一人が進化を続けるんだ。その過程でいろんな変化だって生じる」
俺の前で饒舌に語るクロノの瞳は、純粋だった。先程の様な怪しい笑みはなく、ただ楽しそうに自慢をしている。
夢を語る子供のように、ただ純粋に。
「たとえばそうだな……ヒロインが主人公以外の人物のことを好きになる、とかかな。……まっ、そういうわけでこの世界は生きてるんだ。でもシャットダウンされて権限を持ってかれたら、この世界は運営の求める世界に作り替えられてしまう。だから開発者の僕としてはこの世界を消したくないんだよ」
「……っ」
何も言い返せない。何か言い返したやりたいのに、頭の中で言葉が纏まらない。
確かに、この世界の人達がただプログラムに従って動いてるわけじゃないってのは、薄々感じてた。俺たちがクリアしたらその人たちが消えるって言われたら、怖気づいたりもする。
で、でもっ、俺にだって弟が、帰りを待ってる人が……。
「んー?」
思い悩む俺の顔を眺めるクロノの顔は、不思議そうな表情に切り替わっていた。
「もしかして今、悩んでたりする?」
「う、うるさい」
「いやいや、あのさ。なんか勘違いしてない?」
「……は?」
呆れたように溜息を吐いたクロノは立ち上がり、俺の前に立った。そして腰だけを曲げて、俺の顔に自分の顔を至近距離まで近づけた。
「言っておくけどきみに選択肢なんてないからね? きみはこれから人柱として、僕の傍で息をするだけの人生を送るんだ」
「っ! ふ、ふざけんな……!」
「アハハ、別にふざけてないよ。きみさえ押さえておけばこの世界は安泰だし、残りの二人も死なない程度に監視していればそれで──」
クロノが笑いながら俺に現実を突き付けようとした、その瞬間。
「おっと」
窓ガラスの割れる音が室内に鳴り響き、大きな氷の塊がクロノめがけて飛んできた。ヤツが後方に跳ぶことでそれを回避すると同時に、俺の前に謎の人物が着地した。
「リア! 無事か!?」
「……ぇっ」
首を振り向かせて俺に声を掛けてきたのは──既にボロボロな状態の海夜だった。
服装の損傷具合や負っている傷の様子を見るに、彼はラスボス戦の後ロクに治療もしないまま此処に訪れたのかもしれない。
「ど、どうして」
「田宮がアイツにあらかじめ発信機を付けてたんだ、もう少しで文香もここに来る!」
それだけ言い終えると、海夜は間髪を容れず右手からレーザーをクロノに向けて発射した。
「ちょ、レーザー!?」
クロノは驚いた様子でそれをギリギリで躱し、胸ポケットからスマホを取り出した。
そしてそのカメラを海夜に向けたあと、自分のスマホの画面を見たクロノは驚愕の声を挙げた。
「ま、マジ……?」
「何をゴチャゴチャと……!」
何かに驚くクロノを意に介さず、海夜は氷の剣を生成して床を踏み抜いた。その瞬間、突風のように剣を突きだす海夜を、クロノはまたもや間一髪で回避した。
しかし海夜はクロノが動く方向を予測していたようで、彼が逃げた右側にレーザーを放った。
「いだぁっ!」
それはクロノの顔面へ見事に直撃し、彼を部屋の壁に叩きつけた。
すかさずそこへ海夜が剣で斬りかかると、クロノは小さいバリアのような物を生成してそれを受け止めた。
鍔迫り合いのように硬直する最中、クロノはブツブツと呟き始める。
「窓から侵入したってことは浮遊能力……? しかもさっきのスタートダッシュは明らかに身体強化だし、それに加えて光の高圧縮レーザーに氷の生成──って!」
バリアから何かのオーラを発し、海夜を弾き飛ばすクロノ。かろうじて着地した海夜は氷の盾を生成し、すぐさま庇うように俺の前に立ち塞がった。
明らかに異常な数の能力を行使している海夜を見たクロノは、狼狽した様子で叫び散らした。
「そ、そうか、覚醒したのか! リアルートの通りに進んでいないとはいえ、リア本人が居るならそのルートのみのイベントである覚醒が起きても不思議じゃない……!」
「少し黙れ!」
納得したように頷くクロノに向けて海夜がレーザーと氷の礫を放つと、クロノは突然姿を消してその攻撃を躱した。
焦って周囲を確認すると、クロノは俺たちの後ろにある窓の近くにいた。どうやら瞬間移動をしたらしい。
再び俺を庇うようにして前に出た海夜が氷の剣を構えると、クロノは汗を流しながら苦笑いをした。
「困ったな……覚醒した君は少し厄介だ。それに僕も戦いに負けた後だから万全じゃない……」
小さく喋りながら、クロノは自分の後ろに『ドア』を出現させた。そしてそのドアノブを捻ると、その先には見慣れない景色が広がっていた。恐らく遠くに移動できる類の技を使ったのだろう。
クロノはバリアを張りながらドアの中に入っていくと、捨て台詞のように叫んできた。
「リアはしばらく君に預けておくよ! どうせクリアなんて出来ないだろうからね!」
それだけ言い残し、クロノはドアの向こうへと消えていった。
★ ★ ★ ★ ★
クロノが消えた後、俺たち二人はそのまま部屋に残って休むことになった。
どうやら俺たちがいる廃ビルは海夜の家からかなり遠いらしく、疲れ切って動けなくなった海夜を運ぶにはどうしても俺だけじゃ足りない。故にこのままこの部屋で待機し、藤堂が迎えに来てくれるのを待つ、というわけだ。
今はお互い隣に並びながらボロボロのソファに座っている。かろうじて休めそうな場所がここしかなかったので、海夜にはここに寝転んで休むように言ったのだが、なにやら俺に話があるらしく「隣に来てくれ」と言われてしまった。
でも、海夜の言おうとしていることは分かってる。どうして今まで騙してたんだ、とか、あとはどうやって償うつもりなんだーとか、そういったことだろう。
デスゲームに巻き込まれた立場とはいえ、彼らを騙していたのは事実だ。ここは潔く、俺の方から謝った方がいいに違いない。謝って済む問題ではないけれど、これ以上何をどうしたらいいのか──俺には分からない。
「……本当にごめん、なさい」
「違うんだリア。俺は謝ってほしくてここに来た訳じゃない」
「えっ。……じ、じゃあ、なんで?」
彼の意図が汲み取れずに焦っていると、海夜は急に俺の両肩を掴んで自分の方に向かせた。
海夜に真っ直ぐ見つめられ、なんて言えばいいのか分からなくなった俺は押し黙ってしまう。
すると、程なくして海夜の方から話を切り出した。
「一つだけ確認させてほしい。俺たちはあのフードに色々と見せられたんだが……アレは全部、本当か?」
「っ……!」
一切目を逸らさないまま俺の瞳を見つめて質問してくる海夜を前にして、俺は言葉を詰まらせてしまう。即答できない俺を海夜は急かさず、そのまま待ってくれるようだった。
海夜が言ってるのは、少し前にクロノが告げていた秘密のことに違いない。ゲームのこととか、俺の中身の事とかだ。雰囲気的に冗談を言っても信じては貰えないだろうし、彼も今回の事は薄々気づいているだろう。きっと俺に質問したのは、最後の確証が欲しいからだ。
……どうすればいいのか、分からない。ここで俺が認めなかったら、海夜はそれを信じてくれるのか。それとも、俺を嘘つきだと言って拒絶するのか。
ゲームクリアの面で考えれば、俺はここで嘘をつくべきだ。自分は正真正銘女の子で、ラスボスの言ってた事は出鱈目だ、と。上手くいけば嘘ということで丸く収まるし、再びヒロインとしての活動ができるようになるかもしれない。
でも、どこか、疲れてしまっている自分がいる。認めてしまえばその時点で詰むけれど、心はきっと軽くなると思う。嘘をつく必要が無くなって、今まで溜めていた鬱憤も晴れるし、正体がバレることへの恐怖も消える。
楽に、なれる。
「本当、クロノが言ってたこと全部、本当の事」
「……そう、か」
自分でも分からないぐらい、口が軽くなっている。もうこの場で全部吐いて、終わりにしてしまいたいのかもしれない。
このままリアでいたら、俺は本当にリアになってしまうかもしれないから。
それは嫌だ。自分を殺したくない。俺は男として、兄として生きてきた自分を失うのが怖い。リアとして過ごすのが悪くないと感じてしまった、そんな自分がどうしようもなく怖い。
それにどうせ、俺にヒロインなんてもう無理なんだ。
「気味悪い、でしょ。ずっと自分にすり寄ってた女の子が、本当は男だったなんて。私は──俺は、きみを騙してたんだ」
「……騙されてたかも、しれないな」
「言い訳なんて、しない。謝って済む事じゃ、ないけど」
何も考えず、言葉の前後も気にせず、ただ頭の中に浮かんできた言葉を口にしていく。もう取り繕うこともせず、まともに喋れないこの体で、必死に自分の感情を吐露し続けることにした。
「自分の中で生きてるリアに、引っ張られてるって言われて、心当たりがあった。陽菜の裸を見ても、平気だった。海夜からスカーフを貰った時、顔が熱くなった」
何故か体の震えが止まらない。
「それを自覚したら、自分が分からなくなった。これは俺の感情なのか、リアの感情なのか、判断することが出来なくて、苦しくなった」
瞼の奥がとても熱い。
「クリアしたらこの世界が終わるって言われて、どうしたらいいか分からなくて。小春も、海夜も、みんな、ちゃんとここで生きてるのに、それが全部無くなるって思ったら、頭の奥が痛くて」
目の前の光景が歪んでいる。
「親や弟が待ってるのに、あいつの誕生日なのに、戻ってやらなきゃいけないのに。でも海夜たちには消えて欲しくなくて、っ、ずっと生きていて、ほしっ、くて……」
頬に熱い何かが伝っている。唇が震えている。頭が痛い。息が苦しい。悲しい。悔しい。どうにもできない。俺は何も選べない。何も変えられない。なにも、なにも、なにも、なにも──
「なんにも、考えっ、られ、なくて……! ねぇっ、蓮斗……!」
彼の服を掴んで、何をするわけでもなく。ただ、掌に爪が食い込んで血が滲むくらい、強く握っていないと、今にも心が壊れてしまいそうだった。
纏まらない思考は、目の前にいる彼に対して縋るような行動を取らせた。答えなど知る筈もない、被害者でしかない彼に向かって、意味の無い問いをすることでしか自分を保てないから。
「どうしたらいいの……っ! ぉ、おれっ、もう、わかんないよぉ……!!」
出てきた言葉は、あまりにも無責任なものだった。問うべき相手が彼ではないと分かっている筈なのに、今の自分を抑えられなかった。
この世界を取るか、元の世界を取るか、それだけの話なのに。
選べない。この世界に来てから、嫌なことだけではなかったから。
自分を慕ってくれる人がいた。信頼してくれる人がいた。力になってくれた人もいた。頼ってくれた人だっていた。
もう一人の自分として、ここに居すぎてしまった。それを捨てるという事は、即ちその人たちを殺すという事に他ならない。
世界を出れば、皆が消える。ここに残れば、二度と家族や友人に会うことができない。どちらかを選ばなければいけないのに、同じ問答を自身の中で延々と続けてしまう。
───もう、駄目だ。
「大丈夫だ」
「……っ?」
いつの間にか、彼が俺のことを抱きしめている。温かいその胸に、泣きじゃくる俺を抱き留めてくれていた。
もちろん、彼が優しい人だということは知っている。でも気休めなんて──
「クロノが襲ってくるなら俺が必ず君を守る。ゲームクリアの障害になるものは、俺が全部なんとかする」
「なにいって……」
「君はゲームをクリアするんだ。大切な人が待ってるなら、帰ってやらなきゃ駄目だろ? 俺だって小春と切り離されたら、何が何でも帰りたいって思うさ」
でも、それだと駄目なんだ。きみが死んでしまう。小春が、みんなが、この世界と一緒に消えてしまう。
「やめてよ……! それは蓮斗たちが消えていい、理由にはならない……!」
「馬鹿言うな。俺たちも死ぬ気なんてサラサラねーよ」
「……えっ?」
何を言っているのか分からない。俺がクリアするってことは、世界が消えるってことなのに。それがクロノに決められた、当たり前の運命なのに。
「俺たちの世界のことは、俺たちがなんとかする。……そ、そりゃ、いろんな人の力は借りるだろうけど! でも、俺たちの為にリアが囚われたままなんて我慢できないんだ」
「……む、無茶苦茶、言ってる……よ? そんなの、無理に……決まってる……」
「無理じゃない! リアを還して、俺たちの世界も救う! それが俺にはできる!」
「何でそんなこと──」
「聞けば俺、主人公らしいからな。だったらこの程度の運命、あっという間に変えてやる。まけるな蓮斗くんって言われてるんだろ? なら、俺は負けないよ」
絶対にだ。
腕の中にいる俺に向けて、力強くそう告げた。
根拠も何もない、虚勢にしかならない筈の言葉を、自信満々に彼は言ってのけた。
「……バカ、だね」
「ああ、でもな」
抱擁から俺を解放して、蓮斗は曇りなき瞳で真っ直ぐ俺を見つめた。
「いいか」
「ふぇっ?」
「そのバカな俺が、これからお前を攻略してやる」
「……は、はい」
恥ずかしげも無く告げてきた蓮斗に対して、何故か俺は敬語で返事をしてしまった。
───っ♡
……ん?
「おいリア、顔赤いぞ。照れてるのか?」
「は、はぁ? 別に、照れてないし……! 自惚れんな、バカ」
何か胸の奥から変な擬音が聞こえてきた気がするんだけど、気のせいか?
あえて言葉にするとすれば、あの、『トゥンク……』的な何かに近い気がしたんだけど。
は? は? 何言ってんの?
「……っ?」
スマホが震えたので、蓮斗から逃げるようにそっちへ視線を落とした。
【黒幕に大人しく投降する(P+5)】
【全てがアドリブによる
……んんんっ。これは、一体なにごと……。
「リア、さっきので惚れたりしてない?」
「ばかっ! 調子乗んな! しね!!」
別にときめいてないが! 心は全然男の子だが! 逆に俺が攻略してやるくらいの勢いなんだが!? あんま調子乗ってると後が怖いからな! お前なんて下半身触られたら俺にメロメロなザコなんだからな! そうやって主人公ムーブして後で恥ずかしい思いするのはお前なんだからなァぁ゛!?(必死)(クソザコムーブ特有の早口)(全米が驚愕する即堕ち)(いわゆる瞬足)(コーナーで差を付けろ)
【!】:ヒロインプロフィールが解放されました
名前:リア《Lv.4》
不思議な力を行使する、無口で無表情な謎多き少女。
その正体は別世界から来た少年であり、リアとは度重なる実験で精神が崩壊寸前のところに彼が憑依したことで心が安定し、精神の一命を取り留めた少女の名前。
実は少年が扱っている肉体から離れて幽霊のように活動できるのがリア本人の能力なのだが、少年がうまい具合に物事を解決してくれているため、ほとんど出番がない。
しかし今回は流石にピンチだったので幽体離脱し、ビルの外にいた蓮斗を手招きしていた(ちなみにリア本人は少年のことを気に入っている模様)
蓮斗に守ると言われた半面、普通に堪忍袋の緒が切れているため、最近の口癖は『クロノは俺がブチ転がす』。
ちなみにキスされると力が抜けてふにゃふにゃになる。とてもよわい。