数年前に裏社会で一大ブームを巻き起こした、デスゲーム文化。ただの殺し合いでもなく、また茶番じみたお遊戯でもなく、命を賭けた本気のゲームであるソレは現在でもなお根強い人気を保っていた。
そんな狂気の茶番を根絶するべく立ち上げられたのが、アタシの所属している『対デスゲーム部隊』だ。……立ち上げられたとはいっても、一部の有志が有能な人材を個人で招集し、政府や警察とは無関係の非公式に作られた組織だが。
故に支援してくれる団体など殆どなく、対デスゲーム部隊──通称『デム隊』は高尚な志と個々のやる気、それから創設者の莫大な資金力でなんとか活動できている。
つまりデム隊にはほとんど余裕がない。そのため、今回のデスゲーム調査も自分と剛烈の最小限に抑えた人数で取り掛かることになった。
しかしながら、今回のデスゲームは規模や状況が今までのソレとは訳が違ったため、アタシが帰還した後すぐさまデム隊は全隊員を投入してこの事件に取り掛かることになった。
超が付くほどの異常な技術を持っている運営の存在、国内最大規模といっても差し支えないほどのデスゲームサイト、そしてなにより──ある
加えて無辜の高校生たちや、その空間を開発した稀代の天才発明家までもがデスゲームに参加しているとなれば、彼らを保護するためにも本腰を入れざるを得なかった。
……
…………
………………
時は現在に戻る。
「行くわよっ! 突入!!」
8人の武装部隊を引き連れてやっとこさ辿り着いた管制室のドアの前にて。
全員が準備万端なこと確認し、ドアを蹴破って一気に突入した。
──アタシがゲームをクリアして目覚めたときにいた場所は見知らぬ公園だった。十中八九運営本部の場所を知られないための処置だったようだが、予め仕掛けを施しておいた仮想世界の信号を受け取り、本部の場所を突き止めることは容易だった。
しかしこうして順調に事を運ぶことができたのは間違いなく、ストーリーを引っ掻き回してアタシから運営の関心を逸らしてくれたあの少年のおかげだ。
アタシを殺したことに対して『デスゲームだから』などと言って開き直ることも一切なく、デスゲームという極限状態にあっても良心を欠片も失うことのなかった彼。助かった……というより、アタシも彼に救われている。
一緒にデスゲームをプレイした仲間であり、そしてアタシを信じてくれた──優しいあの少年を、そして剛烈や他のプレイヤーたちをアタシは絶対に助けなければならない。
「隊長! 全員の拘束が完了しました!」
「ん、ご苦労様」
年若い隊員の言った通り、管制室にいた数人の運営の人間は全て縄や手錠で縛り上げられていた。
拘束されている数人を見て回ると、一人だけ未だに余裕気なメガネの中年の男性が目に入った。恐らくこいつは総責任者か、もしくはこの場で指揮を執っていた人間だろう。
「そこの眼鏡オヤジ以外は全員連行しちゃって頂戴」
「はっ!」
敬礼した隊員達が他の人間たちを連行していき、ものの数分で管制室は私とオヤジの二人だけになった。
聞きたいことは山ほどあるが、まず彼の余裕の理由が知りたい。それを確認すべくオヤジに詰め寄り、胸ぐらを掴んで顔を引き寄せた。
「あんた、まだ何か隠してるわけ?」
自分でも分かるぐらいの鬼の形相で迫ってみたものの、オヤジは意に介することもなくニヤついている。
それが気に食わなくて更に首の服を強く掴み上げると、ほどなくして彼は口を開けた。
「えぇ勿論ありますよ! とっておきのがね!」
「それは何?」
強く迫ってみるが、どうもこの男には威圧というものが通用しないらしい。相変わらずヘラヘラと笑ったままだ。
しかし、どうもそれはアタシたちのことをあざ笑っているようには見えず、期待に満ちたようなキラキラした目に感じられる。例えるなら──新しい玩具を買って貰ったばかりの子供のような眼だ。
「これ以上私共が運営するのは不可能なので、最後の山場をご用意させていただきました!」
「最後の……山場?」
「はい! 仮想世界に『プレイヤーキラー』と『ワールドクラッシャー』を投入しました! その二体が活動を終えない限り生放送は止まりません!」
嬉々とした表情のまま明るく言い放って見せるオヤジ。その顔は「すべてをやり遂げた」ようにも見えて、アタシは怒りよりも呆れに似た感情が浮かび上がってきた。
放送中止などという興ざめなことはしないし、終わらせるとしても最後の山場の一部始終をお届けして放送に一区切りつけてからにしなければ──そんな強迫観念染みた信念をこの男からは感じる。
……本当にどこまでも視聴者の期待に応えようとする男だ。何が彼をそこまで駆り立てるのかは分からないが、そのエンターテイメントに賭ける情熱を別の方向に生かせればきっと逸材になっていたのではないだろうか。
「プレイヤー達がキラーとクラッシャーを撃破するか、またはプレイヤーが全滅するか、もしくはクラッシャーによって仮想世界が
満面の笑みでペラペラと……どこまでもふざけた野郎だな。
なーにが『(≧∇≦) シュウリョウシマス!』だ。こいつ自分の状況分かってんのか? あんまりふざけたこと抜かしてると金玉蹴り潰すぞ。
……コホン、少し取り乱した。とにかくプレイヤーの彼らに全てを任せてこっちはのんびり待つ、なんてことは論外だ。少しでもやれる事をやらなければ。
「あっ、先に言っておきますね」
「……?」
「ゲームを強制的に終了させてプレイヤーの意識をログアウトさせて肉体に戻す……といったことは不可能です」
「っ!」
今まさに実行しようとしていたことを言い当てられ、キーボードを叩いていた手を止めてしまった。思わずオヤジの方へ振り返ると、彼は努めて冷静に解説をした。
「あの仮想世界は我々の予想を遥かに上回る自己進化を、今もなお続けています。それはもはや、もう一つの世界としての存在を確立できるほどの……簡単に言わせて頂きますと、現実に影響を与え始めた彼らの世界は中央装置の電源を落としたとしてもシャットダウンすることがないのです」
「……現実に、影響?」
「もはやあの世界はゲームではないという事です。このまま自己進化を続けていけばいずれこの世界にも……くぅ、悔しい、まだ放送を続けたかった……」
一方的に次々と情報量で殴ってきたオヤジは、話していくうちに表情が歪んでいった。それはもう、本当に悔しがるように涙を流している。
なんというか、裏の無い人間だ。あまりにも自分の欲望に正直すぎる。こんな奴がデスゲームをまだ続けていたら、なんて考えただけでゾッとする。
……いや、今はそれどころではない。
自己進化を続けてついに現実にまで影響を与え始めた仮想空間は、電源を落として終了させるということができない。そうなるとプレイヤーの皆を外部の手で救い出すことは難しいだろう。
それに『プレイヤーキラー』や『ワールドクラッシャー』なるものが現れたとなれば、悠長にポイントを貯めてゲームクリアをすることも不可能だ。
ならどうすればいい? なにをすればプレイヤーの皆を解放できる?
「……ちょっと、そこのオヤジ」
「ぇ、は、はい?」
「ポイントを獲得できる選択肢を出すやり方を教えなさい」
思いついたのは、適当にこなせる簡単な高得点のミッションを与えて、速攻でポイントを貯めてクリアさせるという方法だ。ゲームのルールに則ったこの方法ならあるいは……と考えている。
「さっ、先に言っておきますが、成長した今のあの世界に簡単なミッションを送ることはできません。しかもそれが高得点となれば尚更厳しい……」
「なら、高得点のミッションを送るにはどうすればいいのか教えて」
「……条件が厳しいものなら、可能性はあります。例えば──」
この男の話を真に受けたわけではないが、いろいろ参考にさせてもらうことにした。もはやこちらから手を加えるにはこの方法しかない。
プレイヤー全員に付与するポイントは絶対にクリア状態にできる15ポイント。
与えるミッションは『プレイヤーキラーとワールドクラッシャーの撃破』だ。すべてのキャラクターの上に立つ最強の敵を撃破するのだから、これでもかなり厳しい条件である。
しかしそれでも条件が足りないと仮想空間に弾かれてしまったため、更に項目を増やすことにした。
プレイヤー全員の生存──足りない。
仮想世界の開発者である黒野博士の改心──足りない。
「あぁんもうっ! あと何が足りないっていうのよぉン!」
「あ、あの!」
なかなか条件を受け入れない仮想世界に腹を立ててディスプレイの前で情けなく叫び声をあげると、縛られた状態でアタシの後ろに寝転がっていたオヤジが声をかけてきた。
「高得点に相応しい条件は予想できませんが……一つだけ分かっていることがあります」
「それは何!?」
「仮想世界は間違いなく……
「……んんっ?」
彼の言葉を瞬時に理解することができず、ついこめかみを押さえた。
オヤジの言う「仮想世界がリアを気に入っている」という事実が何ともよく理解できない状況なのだが、少なくともこの男が言っていることは事実だということは分かる。
なぜならオヤジの目が『キラキラ』しているからだ。恐らくさらに難しいミッションが与えられることで放送が盛り上がると考えているのだろう。
だが、今は彼の思惑云々を加味して試行錯誤する時間などない。オヤジの言葉が事実であると確信したのなら、それに沿った行動をするだけだ。
つまりミッションに『直接的にリアを絡めた』内容を更にぶち込めば、仮想世界は簡単に堕ちるということ。
「それなら……」
彼らの今の状況を考えたうえで、ギリギリ実行可能な範囲で難しいミッションを考える。
──逡巡すること、一分。脳内に浮かんだ答えをすぐさまキーボードに打ち込み、エンターを叩いた。
「これでどうかしらンッ!」
【許諾されました】
ディスプレイに望んだ文字列が表記されたことで、思わずガッツポーズをした。
するとディスプレイに別の画面が表示された。
【ミッション条件:プレイヤーキラー及びワールドクラッシャー両個体の討伐・撃破時にプレイヤー全員の生存・暴走している黒野博士の改心・リアのヒロインレベルを5に到達させること】
【以下の条件をクリアしたのち、以降24時間以内にリアが『個別ルート確定後の性に寛容になって主人公好き好きモードになったヒロインが起こすルート終盤特有のR-18シーンを含めた純愛イベント
【ここまでの条件をP15のミッションとしてプレイヤー全員のデバイスに送信します】
【よろしいですか?】
はい ←
いいえ
「イエス! これでオッケーねぃ!!」
はいを勢いよく押し込み、怪文書のような内容のミッションをプレイヤーのデバイスへ送信した。
あまりにも無茶ぶりなミッションだということは重々承知しているが、他に道は……あるような気がするけど時間無いからしょうがないわね!!!!!
「小型アバターは……よかった、生きてる。これでアタシも参戦できるわね」
モニターに信号が映っているので間違いない。
ゲーム内に残したもう一つの簡素なアバターに自分が入り、その姿でプレイヤーの皆をガイドするのだ。魔法少女的なコンテンツで言うところのマスコットキャラ的なアレみたいな感じで(非常にフワフワした発言)
流石にこのまま指をくわえて待ってるわけにもいかないし、無茶なミッションを与えた手前自分が一番頑張らなければいけない。皆に無理をさせるわけなので、道案内くらいは死ぬ気で努めなければ。
よぉーっし、仮想空間デスゲームの最終ラウンドよ! 気張っていきましょ!!
「……そういえばアンタ、何でリアが気に入られてるってヒントくれたの?」
「だってその方が面白いし……ぁ、ちょ、やめっ、殴らないで───ぶ゛べ゛ぇ゛ァ゛ッ!!」
ミッション内容を見たときのプレイヤーたちの反応一覧
クロノ:暴走している黒野という項目にキレる
剛烈:大胆すぎるオカマの作戦に思わず苦笑い
田宮:頭痛が痛くなって頭を抱える
リア:情報量に殴られて失神