クロノを殴り飛ばしてから少し時間が経って、オレンジ色の陽が沈みかけている夕方。完全に黒い空間は消滅し、俺とオカマは無事に元の公園に戻ることができた。
どうやら黒い隔離空間と外の世界では時間の流れが異なっていたらしく、昼ごろに戦い始めたのにもう陽が茜色に染まっていて驚かされた。体感にするとクロノとの戦闘は30分も経っていない感覚だったので、なんだか変な気分だ。
突然大きな黒いドームが出現して慌てていた皆も、俺とクロノが無事だったことで平静を取り戻した。俺が戻った時には既にみんな体力が回復していたということもあり、今はこれから皆で海夜家に帰るところだ。
正直に言えば、もう皆で海夜の自宅に留まる理由は無い。プレイヤーキラーとワールドクラッシャーの両ラスボスは撃破し、クロノの説得も終わった今の俺たちに『敵』は存在しないからだ。
不確定要素でモブみたいな怪人が現れる可能性も考えられるが、もはやそんなものは脅威でも何でもない。ゆえに皆は自分の家に戻ってもいい──の、だが。
「今夜は祝勝会ですわね!」
「帰りにケーキ屋にでも寄っていこうか。……ん、フィリスも来るか?」
「うん、いく。ケーキ選びたい」
「あたしも行きますー! 置いてかないでー!」
ヒロインズ四人は祝勝会の準備のためにいろいろと話し合いながら公園を出ていってしまった。
ふと横を見れば、そこでは公園を出た彼女たちと同じように会話をしながら公園を去ろうとするプレイヤー二人と小春の姿が。
「おなかペコペコだし、出前とか頼んじゃおっか!」
「いいなそれ。何頼む?」
「あ、じゃあお寿司とかどうでしょうか? お兄ちゃんが好きなんですよ~」
横にいた三人もまた会話を弾ませながら、建て壊し工事の後のようなボロボロの公園を後にした。
デスゲーマーズの面々が去ってしまったため、公園に残ったのは俺とオカマ、それから海夜の三人だけだ。ちなみにクロノはロープで縛られた状態で剛烈に担がれていった。
みんな海夜の家で祝勝会をやる気満々だ。どうやら自宅に帰るつもりは毛頭ないらしい。
……チームのみんなと一緒に過ごせるなら、俺も嬉しい。わざわざ『また海夜の家に集まろう』と言わなくても自然と集まってしまう程度には、仲間としての認識が各々に根付いてくれたようだ。
それが嬉しくなって心の中で顔を綻ばせると、お腹の奥から妙な擬音が聞こえてきた。
「……ぁっ」
「はは、リアもお腹すいたか」
沈みかける夕日を背にして俺も腹の虫をグゥと鳴らしてしまい、海夜に笑われてしまった。
「俺たちも帰ろう」
穏やかな表情でそう言うと、蓮斗は先行して歩き始めた。置いてかれまいと俺も駆け出して──肩に座っていたオカマに声を掛けられ、足を止めた。
「ちょっといいかしら」
「なに?」
俺が返事をすると、オカマは俺の肩から飛び降りて目の前に着地した。
そして俺を見上げながら、いつの間にか俺から奪っていたスマホを両手で持ちながら画面を俺に見せてきた。
そこにはあの怪文書のようなミッション内容が表示されており、今見ても頭が痛くなる内容だと再確認できる。
「それが、どうしたの?」
「……実を言うとね、事態は一刻を争うの。出来れば今すぐにでも、皆を連れ帰って事件を終わらせたい」
「つまり?」
「……結論だけ先に言うわね」
いつになく真面目な雰囲気のオカマに気圧されていると、彼はスマホのとある文章の部分にぬいぐるみの指を当てながら口を開いた。
指の先に書いてあったのは【ヒロインレベルを5にする】というもので。
「今すぐにこれを達成して……エンディングまでの24時間を開始してほしいの」
「……い、今すぐ?」
「……名残惜しい気持ちは分かるわ。この世界の人々はもう、ただのNPCではないものね」
少し俯き、俺にスマホを手渡して返すオカマの声音はとても優しいものだった。しかし彼は「でも」と言葉を続ける。
「外の世界も大変なことになってる。運営こそ捕縛はできたけど、早急に対処しなきゃいけない事案が多すぎるの。これ以上この世界に留まる訳にはいかない」
「あの、ちょっと待って」
「……なにかしら?」
先程からオカマが一方的に話を進めているが、肝心な事が聞けていない。俺が一番知らないと駄目な部分はそこだ。
「ええと……ヒロインレベルを5にするって、何をすれば……?」
「え、今更?」
そんな不思議そうな顔されても困る。知らないものは知らないんだから早く教えてほしい。
「そんなの、告白に決まってるじゃない」
「……え?」
まるで当たり前の事を告げるかのようなオカマの言葉に、俺は間抜けな反応で返事をした。
実際、彼の言っている事がピンと来ていない。
「アンタ、今まで主人公の彼に『好き』って言ったことある?」
「……そっそそ、そんなのあるわけ」
「じゃあ決まりじゃない。そんなんだからまだレベル4なのよ」
ウサギのぬいぐるみが「やれやれ」なんて言いながら首を左右に振った。
……はぁー!? うるさ! なんだこいつうるせーな!? 何かムカつくぞお前コラ!
ぶん回してやる! 腕掴んでブンブン振り回してやるからな!
「このっ……」
「わっ、急に何すんのよ! やめ──わあっあぅァ!」
ぬいぐるみの腕を掴んで持ち上げ、頭上で勢いよく振り回してみるとオカマが悲鳴を挙げた。熱狂したライブ会場の観客がタオルを振り回すかのように、俺もウサギのぬいぐるみで盛り上がってみる。
「おいリア!? 急にどうしたんだ!」
「報復。もしくは憂さ晴らし」
「何言ってんだ!?」
突然ハイになった俺に気がついて海夜が振り返ってきたので、とりあえず彼に向かってぬいぐるみをぶん投げた。
「おっと……!」
それを見事にキャッチしてくれたので、俺は一ミリも心が込められてない拍手で彼を惜しみなく賞賛する。
すると海夜の腕からオカマが飛び降り、フラフラしながら俺に向かって指を差して大声を挙げた。
「あ、アンタっ、最終盤なんだからせめて名字じゃなくて『名前』で呼んであげなさいよ!? じゃ、じゃあアタシは先に帰ってるからねぃ!」
まるで悪役の捨て台詞のように叫び散らすと、オカマはポテポテと可愛らしい効果音の足音を鳴らしながら、一人公園を走り去っていった。
結果、この公園に残ったのは俺と海夜の二人だけだ。
「……何だったんだ」
俺とオカマの異様なやりとりが理解できない海夜は首をかしげ、再び公園の外へ足を向けた。
「──ぁ、あ、あのっ」
「ん、まだ何かあるのか?」
オカマに言われた事を実行しなければならないので、後ろから声を掛けて海夜を引き止めた。予想以上に弱々しいというか、軟弱な声になってしまったが。
……い、いや、そりゃ俺だって分かってるけどね。ここでゲームクリアの為に、ヒロインとしてのアクションを起こさなきゃいけないっていうのはさ。
エロゲだろうとギャルゲーだろうと、恋愛ゲームにおける最終盤の一番のメインイベントは確かに告白だし、お互いの『好き』を確認してようやく恋人同士なれる……なんてのは基本中の基本だ。
それは当たり前。
当たり前……なんだけど。
「……リア?」
「……ぅ、うぅ」
分かってても恥ずかしいからさ!? 俺生まれてこの方一度も告白なんてしたことないんだよぉ! お付き合いなんて経験ないのぉ!
しかもまさか初めて言う相手が男の子だとは思わないじゃん……。何ヶ月かかっても決心固まる気がしないよくそぉ……。
──くぅ、でもこのままじゃ何も進まない。とりあえず何か喋らないと。
「あの、うみ──」
そこまで言いかけて、オカマの『名前で呼んであげなさい』という言葉を思い出してハッとした。
海夜じゃない。恥ずかしがってる場合ではない。名前、名前だ。こいつの名前を呼んであげないと。
「れっ、れ、れれ……」
「……れ?」
彼の名前言い淀んでいると、その様子を訝しんだ目の前の本人が近づいてきた。そして俺の前に立ち、言葉の続きを促している。
ええい、ままよ。やるしかないぞ、腹くくれ美咲夜っ。
「れ、蓮斗……」
「っ!」
海夜──蓮斗が少し驚いたような顔をした。……俺に名前を呼ばれたからだろうか。
自分の記憶が正しければ、俺は今まで無意識に何度か彼の名前を呼んだ経験がある。でもその時は淫紋で発情していたり、クロノにいじめられて精神が不安定になっていたりと、いつも特殊な事情が絡んでいた。
ゆえに、こうして面と向かって『蓮斗』としっかり言葉にしたのは、これが初めてかもしれない。
「その、えっと……」
「……ど、どうした」
「……っ、~っ!」
ちょっとぉ! お前まで顔赤くしてんじゃねーよ! ただでさえ顔が火が出そうだってのに、お互いが恥ずかしがるとかいう意味不明な状況になったら俺死ぬぞ!?
くそ、くそ、落ち着け俺、まずは深呼吸だ。
ふぅー、ふぅー、ひっひっ、ふぅー……よし。なんか顔全体が熱いし頭も若干フラつくけど、少し落ち着けたぞ。
焦ってわけわからんこと口走る前に、会話をして冷静にならなければ。
「……ゲームクリアの条件、なんだけど。蓮斗はもう知ってる?」
「あ、あぁ。リアがあの黒いドームの中にいる間に……剛烈に見せてもらった」
蓮斗はオカマに出されたミッションの事を把握してる、となれば話は早い。
ラスボスも倒したし、クロノも改心したし、プレイヤーも全員生きてる。残りのあと一つには蓮斗も直ぐに気がつくはず。
そう、これは仕方なくだ。ゲームクリアの為に、仕方なく告白するんだ。多分形だけでもそれっぽくなればヒロインレベルも5になるだろうし、蓮斗もきっとそれは分かってくれる。
「……あぁ、なるほど」
蓮斗が苦笑いをしながらそんな言葉を呟いた。恐らく俺の予想通り察してくれたのだろう。
「そ、そういうこと、だから……」
「分かった。なら、俺から言った方がいいかな」
「え? ……ぁ、うん」
口元は笑っているものの、蓮斗の目が真剣そのものになっている。既に彼の瞳は真っ直ぐと、俺の目を捉えている。
もう覚悟は決まっている……そんな言葉が浮かんでくるほどに、彼の表情は凛々しく引き締まっていた。全く目を逸らすこともなく、赤面もせず、熱のこもった眼差しをしている。
目の前の人物に、寸分の狂いもなくハッキリと自分の意志を伝えるのだ、と彼の目は言っている。
今、眼前にいる少女へ、本気で大切な言葉を告げようとしている。
「俺は──」
──それに気がついた瞬間、俺は自分の右手で蓮斗の左手を握った。その行動の意味は、彼が今から言わんとする言葉を止めるためだ。
「……まって」
「リア?」
困惑する彼の左手をより一層強く握り、もう一度──今度は自分に言い聞かせるように「待って」と告げた。
「まだ、言わないで」
「……わかった」
言葉の続きを言う途中で俯いてしまい、つい彼から目を逸らしてしまったが、蓮斗はそれを気にせず俺の言葉を待ってくれるようだった。
……仕方なく、じゃない。違う、彼は『仕方なく』なんて思っていない。長い間、一つ屋根の下でずっと一緒に暮らしていた男の子の気持ちに気がつかない程、自分は感情に鈍感ではない。
一体いつから彼が
だけど、一つだけ分かっている事がある。
それは彼が俺の正体を知ってもなお、優しく受け入れてくれたという事実だ。
守る、と。攻略してやると、そう言ってくれた。
……その時浮かんできた感情を、今の自分なら理解できる。彼に対してどんな感情を持ってしまったのか、自覚できる。今まではただ、ずっとその事実から目を逸らしていただけだ。そんなことはありえないって、そう思っていたから。
でも、現に自分は今───蓮斗に恋をしてしまっている。それは覆らない事実だ。
夕日に照らされた彼の顔見ているだけで、胸の奥が激しく脈打つ。真冬という季節を忘れるくらい、顔が、体が、心が熱くなっている。自分の中にある全てが、内に秘めた感情を肯定している。
「あの、ね」
そして、その言葉を先に言うべきなのは俺だ。
一度自分の気持ちに嘘をついたせいで、彼を傷つけてしまうかもしれなかった。そんな俺が彼の優しさに甘えていい理由など無い。
「わ、私は……っ」
だから言うんだと、そう決めたはずなのに、声が震えてしまった。未だに何処か、怯えている自分がいる。
──すると、右手が突然温かくなった。
「……ぁっ」
蓮斗が俺の右手を握り返してくれたのだと、少し経ってから気がついた。しっかりと勇気を持って言葉を告げられるように、と……こんな時でも、彼はいつもの優しさを発揮してしまうらしい。
顔を上げれば、そこには穏やかな微笑を浮かべる蓮斗がいた。朱色の陽に当てられて、その顔がよく見える。
きっと蓮斗はここから何分、何十分、何時間だろうと俺が告げるまで言葉を待ってくれるのだろう。右手から伝わってくる
だからこそ、今すぐ言わないと。待ってくれる彼の為に、ハッキリと自分の心を伝えないと。
「……私は」
「……」
「蓮斗の、ことが……」
「……すっ、しゅきっ……!」
──噛んだ。
あとかなり小声だった。
「……俺も、リアのことが……すっ、……っぷ、プフ……!」
「れ、蓮斗……?」
「ご、ごめっ……くっ、ふふ……!」
「わっ、笑うなぁ!」
正直に言えば『失敗』した告白のセリフを聞いて、いつの間にか俺の体から離脱していたリアと一緒になって蓮斗が笑った。笑いやがった。
むしろ真面目に返事するより笑ってくれた方が助かる部分もあるが、それはそれとして恥ずかしさもあるので、ポカポカと軟弱なパンチを蓮斗にお見舞いしてやった。全然効いてないけど。
「何で噛んじゃうのよ、あのおバカ……!」
「リアねえかわいそう……」
「ちょっとお兄ちゃん殺してきますね」
「小春さん落ち着いて! どうかそのビリビリしてる右手を下ろしてくださいまし!」
蓮斗に八つ当たりしていると、妙な声が近くから聞こえてきた。
そして音の鳴る方へ視線を動かすと……公園の入り口にデスゲーマーズが全員隠れていることが分かった。どいつもこいつも草の茂みから頭を出してるので丸わかりだ。
……あいつらぁぁぁ!! 最初から見てやがったな!? だから公園を出る時もなんか不自然な会話してたんだ! 出ていくフリして告白の現場を全員で見張ってたのかチクショウこの野郎!
「リア。とりあえず今日は、もう帰ろう」
「……うん」
恥ずかしさと怒りとよく分からない感情を頭の中でグルグルさせながら、蓮斗と手を繋いで公園の外へ向かって歩き出した。その時、ポケットに入っていたスマホが震えたけど……確認なんてするまでもないので、ポケットからそれを取り出すことはなかった。
★ ★ ★ ★ ★
時刻は深夜。祝勝会という名のパーティは盛大に終わり、既にチームの各々はリビングやソファなどで眠ってしまっている。
後片付けが終わった今、俺は蓮斗の部屋のベッドの中で横になっていた。ウトウトと舟を漕ぎつつも、眠らないように気をつけながら蓮斗が来るのを待っている。
ヒロインレベルが5になったことで夕方からカウントダウンが始まったので、今日がこの世界で過ごす最後の夜だ。なので今日は蓮斗と一緒に寝ることに決めた。
……いや、寝るといってもアレな意味ではない。このルートのエンディングはエロゲの最後特有の『白いワンピースの女の子がいそうな謎のお花畑』か、もしくは『海が見えてベンチもある謎の崖』のどちらかの場所で、明日の昼に発生させることに決めたので、今夜は清く正しく添い寝をするだけだ。
もちろんクリア条件の『R-18シーンを含めるイベント』という部分は覚えている。……まぁ、つまりはその場所で……青姦することになる。
そうする理由は、単純に俺の我が儘だ。今夜彼と繋がってしまうと、その時点で『R-18シーンを含めるイベント』として認識され、エンディングになりかねない。
だから、もう少しだけこの世界に居たくて、エンディングは明日にした。勿論その事はプレイヤーの皆にも伝えたが、あのオカマも含めて誰一人反対することはなかった。意外だったが、どうやらオカマも俺の気持ちを尊重してくれるらしい。やっぱり、俺は仲間に恵まれている。
この世界の出会いに感謝しながらウトウトしていると、部屋のドアの開く音が聞こえてきた。どうやら下の階で寝落ちしたメンバーの世話が終わったらしい。
「蓮斗、はやく」
そう言いながら自分の隣をポンポンと叩くと、背後から声が聞こえてきた。
「……リアちゃん、私だよ」
「えっ」
予想していた声と違って驚き、反射的に体を起こした。そして声のした方向へ首を動かすと、そこにはパジャマ姿の小春がいた。
「……えへへ、ごめんね」
「小春?」
「ちょっと話したいことがあって……ベッド、私も入っていいかな」
何故か少し遠慮がちな態度の小春を不思議に思いつつ、俺は「いいよ」と言いながら自分の隣をポンポンと叩いた。
すると小春は「ありがとう」と言いながら──俺を正面から抱きしめ、そうしてからベッドで横になった。
「ど、どうしたの?」
俺を優しく胸に埋めている小春にそう聞くと、小春はリアの体をより一層強く抱きしめながら口を開いた。
「リアちゃん……今日が最後、なんだよね」
「……うん」
「やだなぁー、リアちゃん、ずっとここに居てくれないかなぁー」
その言葉に「なんてね」と付け加え、冗談めかして小春は軽く笑った。
──しかし、俺の背中に回されている彼女の手は、僅かながら震えている。
「小春……」
「わ、わかってるって。リアちゃんにだって待ってる人はいるし……」
それに、と付け加える小春の声も、手と同じように震えている。
「帰るには……お兄ちゃんじゃないとダメ、なんだもんね。今更わがままなんて──わがまま、なんて……っ」
今の小春の声が『涙を我慢している声』だということは、誰が聞いても分かる。それに気がついた俺はそっと彼女を抱き返すが、それが気休めにしかならないということはお互いに分かっている。
それでも、放っておけない。今にも泣きそうな女の子を前にして、拒絶ができるほど俺の心は強くなかった。
「ごめんね、小春……ごめんね」
しゃくりあげる彼女の背中を摩りながら、無意味な謝罪を口にした。これが悪手だということは分かっているが、他に何をすればいいのかが俺には分からない。
数分程それを続けていると、少し落ち着いた小春の方から声を掛けてきた。
「ねぇ、リアちゃん」
「ん?」
「剛烈さんに聞いたんだけどね。この世界って……もうゲームの域を超えてるんだって」
「……うん。小春たちは、ゲームキャラクターじゃない。みんな生きてる、普通の人間だよ」
彼女の言葉を肯定しながら、自分の信じている事実を告げた。
すると、何故か小春の抱きしめる力が強まった。
「それならさ、『ゲームの常識』なんていうのも……無いってことだよね」
「……う、うん。そんなの、きっともう無い」
「それなら、それなら──」
言葉を続けながら小春は俺を抱きしめ──というより、体を擦りつけてきている。主に下半身。
きっと寝苦しくて身をよじっているだけだろう。
……と、そう思っていたその時。
「あ、あれ……?」
何か、とても硬い何かが、俺のお腹をグイグイと押してきている。自分のスマホはベッドの上にあるし、よく見れば小春のスマホは蓮斗の勉強机の上に置かれている。
なら、俺たちの体の間にあるこの硬いのは何だ。
気になってお互いの身体の隙間に手を伸ばしてみると、右手の指先がその硬い物体に軽く触れた。
その瞬間。
「はひっ!?」
急に小春が小さな悲鳴を挙げた。それにビビって手を引くと同時に、とある考えが浮かんできた。
「えぇ……」
伊達にこの世界で戦ってきたわけではない。なんかもう、いろいろと察してしまった。そんなことを察せる自分にもちょっと呆れた。
「……あの、小春」
「な、なにっ?」
「その……何で、また
常人からしたら意味不明な問いだが、これに対して小春は驚くべき速さで即答してみせた。こわい。
「あっ、あの時の事思い出しちゃって! 私が後ろからパンパンするの楽しんでる時にリアちゃんが枕に顔を押し当てながら可愛い声を我慢してたあの時の事を思い出しちゃったの! またやりたいなって! また生えないかなぁって思ってたの! そしたらさっきまた生えたんだ! なんかコレもまた消えちゃうって本能的に分かるんだけどあと五時間くらいは大丈夫だって分かるんだけどこれ何なんだろう!?」
……う、うん。そうだよね。キラーと戦う時、めちゃくちゃ電撃使ってたもんね。今回は運よく発情しませんでしたってワケにもいかないよね。
「り、リアちゃん……!」
「わっ」
すると、小春が再び俺のことを強く抱きしめた。より一層下腹部なにやら変な硬い感触を感じるが、それ以上にまだ小春が『震えている』ことが気になった。
まるで寒さに怯える幼い子供のようだ。前回の発情時にそんな症状は見られなかったが……どうやらこれは能力発情云々ではなく、本当の小春自身が抱えているものなのだとすぐに分かった。
「──お、お兄ちゃんだけじゃなくてもいいじゃん! ゲームじゃないんだったら二人の間に私が居たっていいじゃん! 私だって、わたしだって……!」
「小春……」
「わたしだってリアちゃんのこと大好きだよ! 助けてくれたあの日から! お兄ちゃんよりも前からッ! ずっと!!」
叫びながら感情を吐露する小春の頬には、既に涙を流した跡があった。
能力による発情に加え超常的な力によって体に変化こそ訪れたものの、今の彼女はそれら全てを覆い尽くすほどの『本人の意志』に突き動かされている……など、そんなことは直ぐに分かった。
今の俺に彼女の気持ちの全てを推し量ることは叶わない。知ったような気になって同情するのも間違いだろう。
だからこそ、今自分に出来る事を考えた。
そしてその答えは、驚くほど簡単に出てきてしまった。
「……小春」
「っ……ひぐっ、うぅっ──」
俺は彼女の胸から顔を離した。
そして。
「……んっ」
小春の頬に優しくキスをした。涙の跡があるその部分に唇を当て、袖で眼尻の涙を拭いて彼女の目をしっかりと見つめた。
すると、小春は慌てふためいて口を半開きにした。
「……ぇ、えっ、え?」
「いいよ」
そんな焦る小春の頬を優しく撫でながら、俺は微笑んだ。一方の小春は俺の行動を理解しきれず、動揺するばかりだ。
「い、いいって……?」
「していいよ。小春、
「──……っっっッ!!?」
俺の提案に小春は白目を剥きそうな勢いで驚愕し、驚きのあまりひっくり返ってベッドから落ちて尻餅をついてしまった。
俺の出した結論、それは『小春を受け止める』というものだ。
理由はどうあれ俺がこの世界で一番最初にセクハラをかましたのは小春だし、以降もずっと迷惑をかけるどころか、命の危険にまで晒してしまったこともある。
そんなことになっても、彼女は俺の事を『好き』と言ってくれたのだ。そんなに自分を好きでいてくれる人間の事を嫌いになれるはずがない。
むしろ小春のことが好きだ。非常にチョロイかもしれないが、発情蓮斗にレイプされて精神が疲弊した挙句泣いていた時に小春が温かいお茶と一緒に慰めの言葉をくれたあの時、既に俺は彼女に惹かれていたのかもしれない。
勿論蓮斗のことは好きだ。でも小春のことも好きだ。そして二人は俺のことを好きだと言ってくれた。だから俺は二人と共に在りたい。
共に命を賭けて俺を救ってくれた二人の内、どちらかを選べるような人間にはなりたくない。そう思った。
思って、しまったんだ。
不誠実でも、なんでもいい。最低な人間だと揶揄されようが、それでも2人の手を離したくはない。このわがままを、何がなんでも貫き通したい。
だから──
「り、リアに小春……な、何してるんだ?」
「……あ、おっ、お兄ちゃん」
今夜は蓮斗と協力して小春を宥めよう。俺と蓮斗だけならまだしも、そこに小春が入るとなれば『蓮斗を主人公とした』俺のルートでの『R-18シーンを含めた純愛イベント』にはならない筈だ。妹を含めた3Pからエンディングに繋がるなんて意味不明すぎるし多分大丈夫。
ていうか、そもそもヒロインズの4人が『疲労したリアの代わりに』といって蓮斗の性処理をしてもセーフだったのだし、この世界じゃセーフかアウトなんて気の持ちようで変わるのだろう。多分。
──ということで、エンディングは明日の昼です! 絶対明日の昼だから! 今夜のは関係ないから! 分かった!? 仮想世界くん!!
『ワカッター』
うん、変な声が聞こえたし多分大丈夫。これで何も心配は無い。
「蓮斗」
「な、なんだ、どういう状況なんだ……!」
「能力の使い過ぎで、小春が発情してる。だから手伝って」
「……えっ、お、お兄ちゃんが手伝うの!?」
驚愕する小春の頭を撫でながら、視線を蓮斗の方へ動かした。よく見れば、蓮斗の首元の淫紋も少し光っている。性欲解消自体は昨日した筈だし……多分、明日する予定の青姦を思い浮かべて性欲が増幅したのだろう。全くエッチな奴ですね。そんな彼を好きになった自分も自分だけど。
「小春、蓮斗も発情したら手に負えないから、手伝って」
「へ? ……あ、う、うん」
「や、ちょ、ちょっと待ってくれリア! 何でそうなるんだ!?」
狼狽する蓮斗がなにやら叫んでいるが、皆寝ているし深夜なので静かにしてほしい。
それに理由ならさっき言ったでしょうが。
……まぁ、強いて言うとすれば、他にも理由はある。
それを伝える為、俺はベッドの上の毛布を退かして床に置き、枕とシーツだけになったベッドの上に座り込み、上目遣いで蓮斗の顔を見つめた。
「……私が二人としたいから。それじゃ、ダメ?」
「なな、なななななにいって……!」
「り、リアちゃん何か変だよぉ……! 悪い物でも食べたんじゃ……!」
そっくりそのまま狼狽する海夜兄妹を、ジト目で眺めた。
……この二人、今更なに言ってるんだろう。
「私をこんな
「……ぁ」
「ぅ……」
沈黙する海夜兄妹。
……なにか間違ったこと言ったかな。全部事実の筈なんだけどな。
「ほ、本当にいいのか」
「わたしたち、そろそろ限界なんだけど」
次第に血走った目になる小春と、ゴクリと音を鳴らして生唾を飲み込む蓮斗。明らかに興奮しすぎている小春はバチバチって少し電気が漏れてるし、蓮斗の淫紋もさっきより強く光ってる。
それを見て思い出すのは、この二人に『いろいろ』された夜のことだった。いま思えばこいつら問答無用で中に出してくるレイプ魔じゃん。やば。
「好きに使えばいいよ──ケダモノ兄妹」
蓮斗は残機減らさないように気をつけてね、と付け加えた五秒後。
二人の獣が小さな少女に覆いかぶさった。
翌日の朝、田宮から「うるさかった」とクレームを頂いた。ごめんね。