蓮斗くん改めレンちゃん参上
翌日の朝。
昨日のどんちゃん騒ぎの後片付けもすっかり終わり、リビング全体が綺麗になった海夜家で朝食をとった頃には、もう七時を回ろうとしていた。
デスゲーマーズ全員で過ごす、この世界で最後の朝食。名残惜しむ気持ちから雰囲気も暗くなるだろうと予想していたのだが、思いのほか皆が打ち解けていたようで、朝から元気に話すみんなのおかげで俺の気持ちが落ち込むことは無かった。これで心置きなくこの家を去ることができる。
気持ちに一段落整理がついたところで、俺と蓮斗は軽い身支度をして。
エンディングを発生させる場所へと向かうために、俺たちは朝のうちに海夜家を後にした。
今現在、俺と蓮斗は二分後に来るであろう電車を、ほとんど人がいない駅のホームで待っていた。
蓮斗の隣に並びながら電車が来る線路を背にして、見送りに来てくれたデスゲーマーズの面々と向かい合っている。これからするのは彼女らとの別れの挨拶だ。
エンディングは俺と蓮斗の二人きりで発生させるため、皆とはここでさよならする……ということになる。
「みんな、私たちのこと見送りに来てくれて、ありがとう」
俺と蓮斗の前に立っているのは、ヒロインズの四人と小春だ。田宮──呉原とオカマ、それから剛烈は数歩後ろで待機している。空気の読める頼もしい仲間たちだ。
「……リアねえ。これ、受け取ってくれる?」
陽菜とフィリスが一歩前に出てくると、小さな包みのような物を手渡してくれた。それを両手で持って顔を上げると、フィリスが笑顔で答えてくれた。
「私と陽菜で作ったクッキー。旅のお供に連れていってあげて」
「ふふん、結構自信作だよっ」
「……ありがとう」
クッキーの入った小包を背中のリュックにしまい込み、陽菜とフィリスの手を握って礼を伝えた。
すると二人はその場で屈み、俺のことを引き寄せて抱きしめてきた。彼女らの良い匂いがフワッと香り、二人の大きな胸が俺の顔を埋めてしまう。
「リア、こっちこそありがとう。貴方が向こうの世界に帰っても……絶対、忘れないから」
「フィリス……」
「あたしも! リアねえのことずっとずぅーっと大好きだからね!」
優しい声音で伝わってくる彼女らの言葉でつい嬉しくなってしまった俺は、その場で二人のことを強く抱きしめ返した。
「私も……二人のこと、大好きだよ。本当に……本当にありがとう」
「うんっ!」
「……うん」
少しこみ上げてきた涙をなんとか堪えて抱擁を交わすと、陽菜とフィリスは微笑みながら俺から離れた。
その二人と交代するように、藤堂と高月、それから小春が前に出てきた。
俺が三人を見上げると、高月が大きな布袋を取り出してから渡してくれた。中を見てみれば、そこには布で包まれた二つの箱が入っている。
「私と文香さんと小春さんの三人でお弁当を作りましたわ。蓮斗さんとリアさん……二人のお好きなものだけを詰めてあります」
「デザートも付けておいたから、二人で仲良く分けてくれ」
「ちょっと量が多いかもしれないから……余ったら全部、お兄ちゃんに食べさせちゃっていいからね」
三人から受け取った弁当もリュックの中にしまい込み、彼女たち三人ともそれぞれ別に抱擁を交わした。……小春だけ妙に長かったけど。
「リア、電車……来たよ」
隣にいる蓮斗が呟いた。別れの挨拶を終えるころには、目的の電車が既に到着していたらしい。ホーム内にアナウンスが鳴り響き、早めに乗車されるよう急かされている。もう少し皆と話したかったのだが、あまり時間も残されてないのでやむなく乗車した。
まだ開いたままのドアの方へ振り返れば、5人が俺たちに向かって軽く手を振っている。それに反応して俺も手を振り返そうとした──その瞬間、無情にも電車の自動ドアは此方と向こうに境界線を作ってしまった。
もはや大声を挙げたとしても向こうに声は届かない。
だから俺は窓のすぐ傍で精一杯、みんなに向かって手を振った。
電車が動き出し、ホームの最後まで俺たちを追いかける彼女たち五人が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。
浮遊能力で電車に喰らい付こうとする陽菜を全力で止める彼女たちに、苦笑いをしながら。
★ ★ ★ ★ ★
目的地の『白いワンピースの女の子がいそうな広い謎のお花畑』へ向かうため、電車に揺られて数時間の旅をして。
陽菜とフィリスに貰ったクッキーを食べながら雑談をしたり、電車を降りて捕まえたタクシーの中でくだらないしりとりなんかもして。
様々な道のりを経て、本来の力の使い道が無くなった無敵の腕時計の針が午後の一時を指し示す頃には、俺たち二人は辺り一面花だらけのだだっ広いお花畑に到着していた。
ここは辺境の地に存在する隠れスポットの様な場所で、滅多に人が来ることもないせいか、俺たち二人以外に人影はない。
そんな都合良く誰もいなくて誰も訪れないお花畑の中央に赴き、一ヶ所だけ花がなく開けている場所にシートを敷いてから、そこに座って高月達から貰った弁当を食べ始めた。
「はい、あーん」
「む、むぐっ……」
予想通り弁当は食べきれない量だったので、余った分を「あーん」という半強制的手段を用いて、蓮斗の口の中へどんどん詰めていく。
「もぐっ、んぐっ……もっ、もう食えな」
「あーん」
「……」
若干涙目になっている蓮斗が、未だに口の中の物を飲み込めないままモグモグと頬張っている。リスみたいでかわいい。
流石にこのまま食わせ続けるとちょっと可哀想なので、俺も残ったサンドウィッチをモソモソと食べ始めた。
既に割とお腹いっぱいなのだが、朝早くから作ってくれた三人のことを思えば無限に食える気もしてきたので、残った蓮斗の分も含めて全部俺が手に取った。
「もぐ……もぐ」
「……むぐっ。や、やっぱり俺も食うよ」
「だめ。あげない」
蓮斗がこっちに伸ばしてきた手を華麗に避け、手に持っていたサンドウィッチを全て自分の口の中に詰め込んだ。
このお昼ご飯は二人の物だし今や俺も蓮斗のものだが、逆に言えば蓮斗のモノも俺の物なので彼にこれを渡す道理もない。みんなの愛情たっぷりお昼ご飯は俺の物である。残念でしたぁ~。
……
…………
………………
「リア……んっ」
「んむっ、ちゅっ……はぁむっ」
お昼ご飯を食べ終えて小休憩を挟んだのち、雲一つない青空のもと、誰もいないお花畑に敷いたシートに座って、向かい合いながらキスをし始めた。
俺の両肩を掴む蓮斗に身を任せ、彼の望むままに唇を重ね合わせる。事前に「好きにしていい」と伝えてあるのだが、蓮斗から来るのは丁寧で優しいキスだ。
「んんっ……」
「あむっ、んちゅっ……ぷはっ」
支えられながらキスで責められ、もうこっちは全身の力が抜けている。唇を離し、腰が砕けそうになるのをなんとか堪えて上目遣いで蓮斗を見ると、彼は少し寂しそうな表情をしていた。
蓮斗のズボンは元気いっぱいにテントを張っているものの、当の本人である彼の様子が少し変だ。
「どうしたの……?」
「……今日で最後だってことを考えると、なんか……俺っ」
か細い声で呟く蓮斗は、つい俺から目を逸らしてしまった。両肩を掴んでいる手も少し震えており、些か調子が悪いようだ。
確かに今日は最後の日だし、それを思えば名残惜しく感じるのも当然かもしれない。性欲に流されずに踏みとどまってしまうのは、それだけこっちのことを大切に思ってくれているからだろう。
その事実で嬉しくなってしまい、俺は蓮斗の首に手を回した。そして彼の顔を優しく引き寄せ、リアの控えめながらも存在を主張している胸の間に抱き留めた。
「……り、リア?」
「ありがとう、蓮斗」
困惑する彼の頭をゆっくりと撫でながら、優しい声音で語りかける。
「蓮斗が私のことを好きになってくれて、本当に嬉しい。こうして二人きりで一緒にいられて……幸せ、だよ」
胸の内に秘めていた本心を曝け出し、より一層強く蓮斗の顔を抱きしめた。
そのまま蓮斗の震えが治まるまで何回も頭を撫でて、落ち着いた頃に彼を解放して顔を向い合せた。
「蓮斗の言う通り、これが最後。……だから、蓮斗のことを忘れたくないから──いっぱい、蓮斗が欲しい」
「……っ!」
決して動くはずの無かったリアの表情を『微笑み』に変え、蓮斗の右手を両手で握りながら首を少しだけ傾けた。
今まではおねだりされる側だったのでこれでいいのか不安だが、程なくして蓮斗が優しく笑ってくれたので安心した。どうやら迷いは捨てられたらしい。
最後だからこそ、これまで以上に愛の証を注いでほしい。その一心で彼に身体を預け、残機を守る最後の砦を蓮斗に捧げた。
そこから数時間、晴天の花畑の中心で。
お互いに「好き」と「大好き」を言い合いながら、時間を忘れるほど彼と体を重ね続けた。
いつからエンディングになっていたのかは分からない。
ただ、暖かい日差しを浴びながら蓮斗の隣で目を閉じたその時が、仮想世界での最後の記憶だった。
意識が現実に戻るその瞬間に、微かに聞こえた声は、隣にいた蓮斗ではなく──
『またね、夜』
★ ★ ★ ★ ★
現実世界に戻ってから、はや一週間が経過した。
オカマ──本名を
デム隊いわく「もちろん自分たちも手を加えたが、デスゲームサイトも所詮は裏社会の一端」とのことで、公にこの事件が事細かく報道されることも無いそうだ。
デスゲーム運営も逮捕され、クロノ……黒野理愛も監視付きでデム隊に保護された。その他関係者や視聴していたユーザーも大半は処罰を受け、驚くほど順調にデスゲーム事件は解決へと向かって行った。
そんなわけであまりにも呆気なく、俺はいつもの日常に戻ることとなったわけで。
「おーい、美咲ー」
「んっ。……あぁ、呉原か」
学校帰りに街を歩いていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ってみると、そこには眼鏡をかけた制服の男子が此方に手を振っていた。
彼こそ、仮想世界で主人公の友人キャラである田宮浩太をプレイしていた張本人である。
呉原
「よっ。この道歩いてるってことは……
「……まぁな。
「お詫びに毎日迎えに行ってるってか。大変だねぇ」
二人並んで会話をしながら、俺の弟である朝陽が待つ小学校へと向かっていく。どうやら呉原も付き添ってくれるらしい。
美咲朝陽……小学三年生の俺の弟は、一言で言えばしっかり者だ。これは俺の贔屓目で見た評価ではなく、小学校の担任から聞いた話である。
宿題を忘れないのは当たり前として、小学校の行事にも積極的に取り掛かり、クラスをまとめ上げるリーダー的存在でもあると。
勿論家でもしっかり者だ。酒で酔うと泣き上戸になる親父の世話や、仕事で家を空けることが多い母の代わりに洗濯や風呂掃除などの家事だってこなしてる。
そのせいか、朝陽は小学生ながらも少し大人びている。俺が甘やかしても素っ気なかったり、お年玉はしっかり貯金していたりと……言うなればクールなのだ。
そんな朝陽が事件を終えて帰ってきた俺に向かって、最初にしてきた行動は『泣く』だった。俺に飛びついてきて、何事もなく美咲夜のまま帰ってきた俺の胸の中で、小一時間ほど泣き続けた。
普段から大人びていた朝陽の印象が強かったために、俺は見誤っていた。朝陽だってまだ九歳の小学生だというのに。
いつも当たり前のように一緒にいた夜が二週間も行方不明になって、もう朝陽の心は限界寸前だったのだと、朝陽が泣き疲れて眠っている時に父からも聞いた。
それだけ心配を掛けていたのだから、朝陽が四六時中俺と一緒に居たがるようになるのも無理はない。ここ最近は高校に居る間を除けばほとんどの時間を朝陽と一緒に過ごしているが、それを果たす責任が俺にはあるのだ。
「美咲さ……その、最近調子はどうだ?」
「えっ?」
頭の中で朝陽のことを考えていると、不意に呉原がそんなことを聞いてきた。ポリポリと指で頬をかきながら、明らかに引きつった作り笑顔で。
彼の言いたいことは分かる。仮想世界での時間で換算すれば、俺は二ヶ月以上あの小さな少女の身体で生活していたのだ。こうして男に戻ってから違和感が無い方がおかしいに決まっている。
──だが、身体に違和感などなく、むしろ好調だ。
「すっげぇ普通だよ、超元気」
力の無い声でそう答えると、呉原は気まずそうに口を噤んだ。質問してきた彼に非などないが、如何せん今の俺には堪える質問だった。
「……おかしいよな。あんなにずっとリアだったのに」
自分の手のひらを見ながら、自嘲気味にそう言った。
この『違和感が無いという違和感』が気持ち悪くて、事件が終わって家に帰ってきたその日の深夜に洗面所で吐きそうになったほどだ。
少女の体で生活していた……という事実などまるで最初から無かったかのように、この体に戻った俺には何の違和感もない。それが悲しくて静かに泣いた日もあった。
「なぁ、美咲」
「……?」
「俺たちさ。あの世界では『コントローラーで体を動かす感覚』で、生活してたのかもな」
落ち着いた声音で告げられた呉原の言葉を聞いて、俺はハッとした。
確かに、俺たちは高度なダイビングシステムを使って『ゲーム』をしていた。しかし、それが脳を騙すほど本格的な没入感をもたらすゲームだったとしても、俺が現実で実際に少女の身体に変身していたわけではない。
あの少女の体を動かしている間も、現実で俺は男だったのだ。
「……そう、だな。俺はずっと男だったんだもんな」
俺が悲しげにそう呟くと、呉原が「あれ見ろよ」と顎をクイッと前に出した。
彼に釣られて前を見てみると、そこには校門からこちらに手を振っている朝陽の姿があった。俺の姿を見るや否や、近くで話していた友達らしき子供に別れの挨拶をして、こっちに駆け出してきた。
「少なくともあの子にとっては、美咲が美咲のまま帰ってきたことは……良いこと、だったんじゃないのか?」
そんな呉原の言葉に、俺は無理矢理納得してしまった。しなければいけなかった。
「──あ、あはは! そうだよなっ、五体満足で無事に帰れたってのに、なに言ってんだろうな俺!」
「……っ」
「おい呉原ぁ、なに落ち込んだ顔してんだよ。俺が女の子じゃなくなってショック受けてんのか~?」
「……ほんとだぜ! あーあ、せっかくTSしたってのに、男に戻るとか分かってねぇなぁ~!」
こっちに近づいてくる朝陽のことを気にしてくれたのか、呉原は俺に乗ってわざと大袈裟な態度で接してくれた。朝陽からすれば俺と呉原がバカみたいな会話をしていることこそが、いつもの光景だからだ。
わざと大きい声で会話をしていると、程なくして朝陽が俺の傍に来た。
「夜にいーっ! ……あっ、呉原さん、こんにちは」
勢いよく俺に抱きついたあと、首だけを隣に向けて呉原に挨拶する朝陽。
呉原はそれに笑顔で答えながら朝陽の頭を撫でると、「じゃ、俺もう行くわ」といって踵を返した。
「呉原、付き添ってくれてありがとな」
「おう。じゃ、気をつけて帰れよ」
そう言って俺たちとは反対方向に駆け出した呉原は「あんま無理すんなよー!」と大袈裟に叫び、そのまま走り去っていった。
わざと調子のいい風に言って誤魔化してくれたようだが、無理はするなよ──という呉原の言葉はきっと俺を気遣ってのことだろう。流石にここまで気を遣われてしまったら、いつまでもウジウジしているわけにもいかなくなってくる。
ったく、そこそこ顔が良くて勉強もできて、コミュニケーション力も高くて気遣いもできるってのに、何だってあいつエロゲ博士なんかになってるんだ?
「……夜にい?」
「んっ。帰ろっか」
呉原が作ってくれた雰囲気を壊さない内に帰るべく、俺は朝陽と手を繋いでから小学校をあとにした。
……
…………
………………
時刻が22時を回った頃。夕飯と風呂を終えてベッドに入った朝陽を寝かしつけていると、不意に家のインターホンが鳴った。
ウトウトしながらもう殆ど寝かけている朝陽の頭を撫でてから立ち上がり、インターホンを押した人物を確認するために部屋を後にしようとすると──後ろから朝陽に声を掛けられた。
「……夜にい」
「お客さん来たからちょっと話してくるだけだよ。俺も寝るから待ってて──って、寝言か」
朝陽は目を閉じたまま、ボソボソと小さな声で呟いている。寝息は規則正しいし、どうやらもう眠っているようだ。
「ひとりにしないで、ね……」
「……当たり前だろ」
何かを探すように手を動かしている朝陽にクマの抱き枕を抱かせると、程なくして朝陽はジッと止まって規則正しい寝息を再開させた。
そんな朝陽の頭をもう一度優しく撫でてから、俺は部屋のドアを閉めた。
玄関の覗き穴からそっと外の様子を見てみると、そこには筋肉質で体がデカく渋い顔をしているスーツ姿の男性が立っていた。
普通なら出ないどころか通報すらありえる案件だが、彼は仮想世界で高月の執事兼怪人の『オカマ』をやっていたあの真岡だ。既に何度か会っているので流石に顔も覚えた。
玄関の鍵とドアを開けると、外にいた真岡がドアの隙間からヌルッと中に入ってきた。もう三回目なのでこれにも慣れた。
「はぁい、ボウヤ。元気にしてたかしら」
「朝陽が寝てるから……なるべく静かに頼むよ、真岡さん」
「んもうっ、別にオカマでいいのに」
クネクネと身体を揺らす真岡が気持ち悪いので目を逸らすと、何かの違和感に気がついた。
真岡の後ろに、腰まである長い黒髪をした、袖が余る程ブカブカなパーカーを着ている小さな女の子がいる。今まで全く見たことの無い人物だ。
剛烈のリアルは女子大学生で平均的な身長だったし、黒野理愛は体のサイズこそ似ているものの彼女の髪型はミディアムボブで、というかそもそも黒髪ではなく茶髪だ。
目の前の少女は、少なくとも俺があの事件で関わった人物ではない。……じゃあ、誰だこの子。
「真岡さん……誘拐犯を匿うのは流石に無理だぞ?」
「ゆっ……!? ち、違うわよっ。これには深いわけが」
「冗談だって。とりあえず上がりなよ」
意外と会う機会が多い戦友をからかいつつ、彼をリビングまで案内した。
朝陽と事件に巻き込まれた俺の身を案じて海外からすっ飛んで帰ってきた母親と専業主夫の父も今は寝ているので、わざわざあの二人に許可を取る必要もないだろう。
ちなみに父親は真岡のことが苦手である。彼がこの家に来るたびに「息子を面倒事に巻き込まないでくれ」の一点張りで、まともに取り合おうとすることはない。
逆に母親は真岡と昔からの付き合いで、彼の事情もだいたい把握しているため、真岡を邪険に扱うことはない。ほんとこのオカマの交友関係どうなってんだ。
「はい、お茶」
「ありがと♡」
「えっと、きみは……」
「この子見た目ほど子供じゃないから、ジュースじゃなくてお茶でいいわよ」
真岡がそう言うと、黒髪の少女は無言でコクコクと頷いた。真岡に聞いたわけではなかったのだが……もしかしてこの子は人見知りなのだろうか。
まぁ体が小さくても子供ではない、というのは黒野という前例があるので疑いはしない。
黒髪の少女にもお茶を出してから座布団に座ると、対面の真岡が話を始めた。
「早急に伝えなくちゃいけないことがあってね。ほんと急で申し訳ないんだけど、聞いてくれるかしら」
「別にそこまで気を遣わなくてもいいって。……それより、話ってなに?」
俺が質問をすると、真岡は一口お茶を飲んでから言葉を続けた。
「以前、仮想世界が現実に影響を与えてるって話をしたわよね。実はアレ、あの時点ではそこまで現実世界に影響は与えてなかったんだけど……」
「……何かが起きた、のか?」
「えぇ、そうなの」
もう一度コップに口を付けてから、話を再開する真岡。喉乾いてたのかな。
「膨張しすぎた仮想世界の容量を大元のサーバーだけで制御することができなくなって、ついに現実の電子機器に浸食を始めたの」
言い終えて、さらにもう一度お茶を飲んでから話を再開する真岡。
「そこで情報が送られた電子機器を通じて『空間が歪む』とかいう……もう、ほんっっとに意味わかんない現象が起きててね……あ、お茶おかわり」
くいっとコップの中のお茶を飲み干してから、近くのティーポットからお茶を入れる真岡。
「で、空間が歪んだ電子機器を媒体にして、その場から全方位数メートルにかけて『ゲームフィールド』が展開されるのよ。外部からの干渉を受けないバリアが張られた特殊な空間が出来上がるってワケ。……ごくっごく、ぷはっ」
「じゃあ、そのゲームフィールドの中って何が起きてるんだ? あとお茶飲みすぎじゃない?」
仮想世界の中でデスゲーム運営に散々振り回されたおかげか、真岡の話す内容にいちいち驚くようなことはなかった。嫌な方向で非現実への耐性がついてる気がする。あとお茶飲みすぎです。隣の子もおかわり欲しがってますよ。
「はい、おかわり」
「っ~♪」
オカマにポットからお茶を注いでもらうと、黒髪の少女は嬉しそうな顔になった。かわいい。
「話を戻すわね。そのゲームフィールドの中では現実とゲーム世界の建物とかが融合をし始めてしまっていて、その影響で歪んだゲーム空間から『前に倒したはずの怪人』とかが現れちゃってるの」
「……あ、あの危険な能力を持った怪人たちが現実に、って……それかなりヤバいんじゃ」
「えぇ、マジでヤバいわ。生身で外部からゲームフィールド内に入るのは無理だから助けも送れないし、フィールドが自然消滅する気配もない。おそらく空間の核のようなものはあるんだけど、肝心のそれが内側にあるからどうにも……ハァ」
分かりやすく肩を落とす真岡。ここ一週間……いや、あのデスゲームが始まった時から今現在まで、彼はずっと仮想空間絡みの事件で多忙だ。これだけ不測の事態が連発すると、流石の彼でも堪えるらしい。
「今のところは数件の小規模なもので済んでるけど、これが多発したりもっと広範囲のゲームフィールドまで生まれちゃったら、もう手におえないわ。フィールド内に閉じ込められた民間人も心配だし……」
「……あの世界が進化したから、こんなことに……」
仮想世界の皆がキャラクターではなく一人の人間として確立されたことを喜んだ自分としては、今回の騒動はとてもやるせない。あの空間が自己進化を続けたせいでこんなことになるなんて、思いもしなかった。
「……違うのよ、ボウヤ」
「えっ?」
俺が悔し紛れに歯軋りをすると、ぽつりと真岡が呟いた。
「確かにあの世界が進化したことで、多少現実に影響が出ることはある。容量オーバーで現実のネットワークに進出してくるのも多少は想定していたわ。……でも、今回みたいに特殊な空間が生まれて、しかも都合良く悪の怪人だけが蘇るなんて……おかしいと思わない?」
「……は、犯人がいる?」
「もう目星は付いてるわ。実際に証拠らしきものもあったし」
そこまで言うと、真岡は改めて俺の目を見てから口を開いた。
「外部から干渉できない空間を即座に生成できるやつ……アタシとあんたなら知ってるわよね?」
真岡の言葉を頼りに、自分自身の記憶を辿ってみる。俺と真岡しか知らない、即座に特殊な空間を作れる……。
外部から干渉できない──隔離?
「隔離空間? ……ぇ、じゃ、じゃあ犯人って黒野?」
「違うわね。彼女は今もしっかり監視付きで保護しているから」
「じゃあ一体……」
言いかけた瞬間、仮想世界でクロノと戦った時のことが脳裏によぎった。
クロノは公園で俺を捕まえた後、ドス黒いオーラを発して隔離空間を作った。そしてその空間内で、大きな黒い化け物へと変身を遂げてから、俺たちと戦闘を始めた。
その時アイツが言っていたことは──ワールドクラッシャーを洗脳して分解して取り込んだ、というものだ。
「もしかして、ワールドクラッシャー……生きてた?」
引きつった笑みでそう言うと、真岡は苦笑いをした。それはまさしく、肯定の意味と捉えることのできる表情だ。
「残念ながら、一発の無敵パンチじゃ完全には消滅しなかったみたいね」
「マジかよ……。それなら、生きてたワールドクラッシャーが今回の事件を?」
「暴走を起こす前の仮想世界のモニターにアイツの信号があったから間違いないわ。おおかた命令系統にバグが生じて、目的が現実世界の破壊にでも変わったんでしょ」
溜め息を吐きながらやれやれと首を振る真岡。同じくやれやれと首を振る少女。なんだこいつら。
「……じゃあ、逆に仮想世界の方はどうなってるんだよ」
「観測不能よ。あっちがどうなってるかなんて見当もつかない」
「そんな……」
真岡の無情なひと言を聞いて、肩を落とした。
確かにこっちの世界で起きていることも大変なのだが、それと同じくらい仮想世界の皆が心配だ。悪の組織も壊滅して平和になったあの世界がまた危機に陥っていると想像しただけで、胃が痛くなってくる。
もうどうしたいいのか分からない──と、そんな弱音を吐こうとした瞬間。
真岡が隣にいる少女の肩に手を乗せた。
「というわけで、観測不能になる前になんとか一人だけ連れてきたわよ」
「……へっ?」
なんかもの凄いドヤ顔でとんでもないことを言われた気がするのだが、いまいち状況が飲み込めない。
真岡が言っていることは、つまりゲームのキャラクターを現実に連れてきた、ということだろうか? そんな超常的な技術があるなんて話は聞いたことがないし……そもそも、それが出来たのだとしても俺は目の前の『この少女』を知らない。
見たこともないし、当然名前も知らない。もしかしてリア以外にも隠しヒロインがいたのだろうか。
「あぁ、言っておくとこの子のこの体はキャラじゃないわ。仮想世界の人物データをインストールしてこっちで活動できるようにさせるための、いわば入れ物のアンドロイドなの」
「あ、アンドロイド?」
「……っ!」(コクコク)
俺が聞くと、黒髪の少女が何度も頷いた。
にわかには信じがたい。目の前の少女は機械的な駆動音など一つも鳴らさずに動いているし、どこからどう見ても人間の少女だ。
試しに右手を触らせてもらっても、やはり普通に人肌程度に温かいし柔らかい。これがロボットとか何かの悪い冗談だ。
「黒野理愛が六年かけて事前に作っていたらしいんだけど、動かせる完成品が声帯機能が故障してるこのボディしかなくてね。彼には喋れない女の子として、一旦この世界に避難してもらったの」
「……か、彼って?」
「あー、蓮斗くんのことよ。モニターに映ってる反応が一番デカかったし、ギリギリ人物データを回収できたのが彼しかいなくてねぇ」
「……はい?」
「~っ!」(夜に抱きつく)
「おわっ!?」
目の前の少女が蓮斗だという事実を聞いて頭が真っ白になった瞬間、少女がテーブルを跨いで正面から俺に抱きついてきた。
「~っ♪」(頬ずりをする)
「えっなに!? 急に何ですかっ!?」
嬉しそうな顔をしながら頬ずりしてくる少女をなんとか両手で支えると、オカマがさも当然のように告げてくる。
「アンタたちお互いに好きだったんでしょ? 久しぶりに会えて嬉しくなっちゃったんじゃない」
「何でこのタイミング!?」
「我慢の限界だったんでしょ。……彼、正体なんて関係ないって言ってたけど、その言葉は本当だったみたいね。そんな蓮斗くんも嫌いじゃないわ」
「~っ!」(夜の頬にキスをしようとしてくる)
「まっ、ちょっ、待って! 本当に待って!」
……
…………
………………
なんとか落ち着かせた蓮斗──もとい『レン』を再び真岡の隣に座らせ、改めて真岡の話を詳しく聞いた。
真岡がわざわざこの家に来た理由は、事情を話したうえで
手渡されたのは、仮想世界で使ったハイパームテキを彷彿とさせるような、派手な装飾の腕時計だった。
これはアクセスウォッチといって、ゲームフィールドによって生じた空間の歪みから仮想世界の人物データにアクセスして、その人物の姿に変身するためのアイテムだ。
話によれば、ゲームフィールドに現れた怪人たちはフィールドの中と外を自由に行き来できるらしい。
つまりこちらも仮想世界の人間になれば、ゲームフィールドの中へ入ることができるというわけだ。
──ただし、アクセスできるのは変身する本人と心が深く繋がった人物にだけ。
真岡も呉原も剛烈も、キャラの人格を上書きしてゲームをプレイしていた為、今この世界であちらの人間と心が結ばれた経験のある人物は俺だけとのことで。
そして俺と心が深く繋がった人物とは、あの銀髪の少女をおいて他にはいない。
つまり、もう一度彼女に変身して俺に戦えと、真岡はそう言っている。
「……ごめんなさい。今更無理強いはしない、なんてことは言わないわ」
「真岡……」
「貴方は言葉通り
世界を救うために、力を貸してほしい。
そう言って真岡に深く頭を下げられた。
そこで俺は彼の頭を無理矢理あげさせ、真岡に笑いかけた。
「やめてくれって。そんなことしなくたって、最初から手伝うつもりだったよ」
「ど、どうして?」
「……だって、俺たちデスゲーマーズだろ? 仲間がピンチになってるなら助けるよ」
努めて明るくそう告げると、真岡は力が抜けたように小さく笑った。どうやら俺の言葉で、彼の背負っていた荷物もほんの少しは軽くできたようだ。
……確かに、家族のこともある。優しい父は何があっても庇ってくれるだろうし、いざとなれば母親もきっと味方してくれる。そう信じられるほど、俺は両親の愛を受けて育ってきた。
それに朝陽にだってまた心配をかけるわけにはいかないだろう。今はあの子の傍にいてやらないとダメな時期だということも重々承知している。
でも、それでもやらなくちゃいけない。家族と同じくらい、俺を好きになってくれたあの世界の人達のことも大切だから。
もう心は、決まっている。
……だ、だから、朝陽や両親に心配をかけさせないように気をつけつつ、この騒動のこともなんとかするぞ! がんばるぞ!
「……じゃ、こっちの準備ができ次第連絡させてもらうわね。ボウヤにもなるべく家庭や学業の方に専念してもらいたいから、無理なタイミングの時はハッキリ無理って言って頂戴ね」
そう言いながら、真岡は立ち上がって玄関へと向かって行った。
見送りの為に俺も玄関まで来ると、真岡の隣に少女……レンがいないことに気がついた。周囲を見渡してみると、レンはいつの間にか俺の後ろにちょこんと立っていた。
「ほら、レン。真岡ももう行っちゃうから、早く靴履かないと」
「……!」(左右に首を振る)
「えぇ……。おい、真岡──」
「お邪魔したわね。お茶、ごちそうさま」
意地を張るレンに呆れて玄関の方に首を向けると、真岡が既にドアを開けて外に出ていた。
「ちょっ! 待って!」
それをなんとか引き止めると、真岡は「んっ?」と不思議そうな顔でこちらを見てきた。んっ? じゃねーよ。
「レンのこと置いてくつもりじゃないだろ?」
「置いてくつもりよ? アンタへの協力のお願いの事はともかく、レンのことは事前にアンタの母親に言ってあるわ」
「はぁ!?」
「うるっさいわね、深夜よ? 朝陽くんが起きちゃうから黙りなさい」
こんのオカマ野郎……っ! 協力するって言った途端調子よくなりやがって! やめよっかな!? やっぱり協力やめちゃおっかなー!?
「あとその子、そんな見た目だけど中身は性欲旺盛なエロゲ主人公のままだから。暴走することはないけど淫紋の後遺症もちょっと残ってるから、そこら辺気をつけてね。じゃっ!」
「あっ、おい──」
俺の制止を振り切って、オカマは一軒家である美咲家をあとにして、深夜の街へと消えて行った。
振り返ると、そこにはブカブカのパーカーを着た黒髪少女が突っ立っている。いつの間にか俺から奪っていたスマホを使い、何やら文字を打ち込んでいる。
……ちょっと気持ちと情報の整理が追いつかないんですけど! 女の子になって好きな男の子ができたと思ったら、男に戻った後にその子が女の子になって現れるとか……うあぁぁ、頭が混乱じでぎだ。これからまたアイテム使ってリアにもなるわけだし、もしかして男になったり女になったりを繰り返すのか……。
「……っ!」(両手で持ったスマホを夜に見せる)
俺が頭を抱えていると、レンが俺にスマホの画面を見せてきた。多分喋れないからスマホで筆談するつもりなんだろうが、何が書いてあることやら。
【これからお世話になります! 何かいろいろあったけど、あっちの世界には小春たちがいるからきっと大丈夫!】
明るい笑顔で、そんな文面を見せてくるレン。
彼女……いや、彼が言うのなら間違いないだろう。俺が朝陽のことをしっかり者だと信じているように、蓮斗もまた小春のことを強い子だと信じているのだ。兄とはそういう生き物なのかもしれない。
【あと後遺症のことも心配なし! さすがに今すぐえっちしてとかは、言わない!】
おぉ、意外とレンも状況が分かってたみたいだ。後遺症がどんな症状なのかは知らないが、今すぐにどうにかしないといけないものではないらしくて安心した。
両親も弟もいる部屋で情事に耽るなんてバカな真似は出来ないし、そもそも中身が蓮斗とはいえこんな小さい身体の子に手を出すのはいろいろとマズイ気がする。
……性欲処理のおねだりを渋ってた時の蓮斗の気持ち、今になってようやく分かってきたぞ。
まぁ、現実世界に淫紋は無いし、レンもまともそうだから心配はいらないか。
【だから、えっちは明日しよう!】
おいおいおいなんでそうなるんだ。もしかして控えめに発情するのが淫紋の後遺症とか言わないよな。
ちょっとまて、落ち着けレン。なんでゆっくり近づいてくるんだ。待て待て待て……ステイ、ステイ! 何で両目にハートマーク浮かんでんの!?
「~っ♡」(夜に抱きつく)
「ぎゃあ!」
勘弁してぇ! 両親も弟も家にいるからァ! ……ちょっ、マジで! ズボンに手をかけるのやめてくれぇ! レンちゃん落ち着いてぇぇ゛っ゛!!
次回、復活のリア
のほほんえちえち日常系小説になるにはもう少しだけかかるんじゃ