お前のハーレムをぶっ壊す   作:バリ茶

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黒野理愛の過去設定については27話のあとがきにあります


運命力にデバフが付与されまくってる合法ロリ(22)

 

 

 ぼくは子供だ。

 齢七にも満たない児童だ。

 

 目の前にテレビが置いてある。

 古い型落ち品で、オンボロという言葉がよく似合うテレビだ。

 その中では動物の姿をした仲良し家族が、和気藹々とした雰囲気で笑い合っている。

 親のお手伝いをして、子供と一緒に遊んで、くだらないことで喧嘩して、仲直りをして親子で食卓を囲む。

 

 

『いいなぁ』

 

 

 その言葉を、ぼくは何度呟いただろうか。

 覚えていない。

 でも──両親と兄とぼく、四人で食べた出前のピザは美味しかったと覚えている。

 

 お父さんもお母さんもギャンブルが大好きで、滅多に帰ってこないから、一家全員でご飯を食べたのは、それが最初で最後だったけれど。

 

 

(れん)ちゃん、あそぼ!』

 

 

 僕は子供だ。

 齢十にも満たない小学生だ。

 

 目の前にかわいらしい女の子が立っている。

 恋ちゃんだ。

 たった一人のお友達で、とっても大切な親友だ。

 恋ちゃんはかけっこが得意で、縄跳びが得意で、サッカーが得意で──同じクラスの女の子が仲良くお喋りしているときも、男の子に混ざって遊んでいる。

 僕はあまり──というか全然運動ができなくて、スポーツなんて全部へたっぴだったけど、恋ちゃんと一緒なら何でも楽しい。

 ずっと隣にいてくれて、一緒に笑ってくれる。

 一番大切な親友だ。

 

 

『お兄ちゃんなんてきらい!』

 

 

 私は子供だ。

 兄に迷惑ばかりをかける思春期の中学生だ。

 

 すごい人だ、お兄ちゃんは。

 幼い頃からずっと良くしてくれて、両親の代わりに私の面倒を見てくれている。

 友達もたくさんいて、人望も厚くて、勉強もできて誰にでも優しい。

 私が反抗期になっても、嫌いになることなく一緒にいてくれる。

 何もしてくれない両親に代わって、美味しいご飯を作ってくれる。

 たまにお兄ちゃんが疲れているときは、私が代わりに家事をするって決めた。

 お兄ちゃんにばかり無理はさせられない。

 兄妹二人で頑張って、立派な大人になって幸せになるんだ。

 

 

 

『お父さん? お母さん?』

 

 

 

 両親が帰ってこなくなった。

 代わりに怖い人たちが毎日家のドアを叩いた。

 

 

『恋? ───れん?』

 

 

 親友が目の前で呼吸をやめた。

 コンビニを襲った強盗から、私を庇って。

 泣きながら、笑いながら、無事でよかったと言って私の頭を撫でてくれた。

 

 ──目を開けたまま、喋らなくなった。

 

 

 

『…………おに、ちゃ───』

 

 

 

 借金を返すために、違法なポルノビデオへの出演を求められて、それを断って家から逃げて。

 

 帰ってきたときには、愛する家族が首を吊っていた。

 

 

 

『あはは。ねぇ、恋? 僕、ひとりになっちゃった』

 

 ()()になった。そうすれば恋が隣にいてくれた頃を思い出せるから。

 

『よろしくお願いします、叔父さん』

 

 闇金を扱っている叔父に追従した。彼の幅広い人脈を利用するために。

 

『これで完成だ』

 

 科学を極めた。そうして数多くの人間を巻き込んで、こことは違うもう一つの世界を創造した。

 

 

『僕だけの──苦しまなくていい世界だ』

 

 

 そんなものに縋っても意味なんてない。そんなことは分かりきっていた。

 でも、誰も僕を助けてはくれなかった。だから縋るしかなかった。

 

 僕を救ってくれたのは恋だけだった。命を賭した彼女以外に、僕に手を差し伸べてくれた人間はいなかった。

 

 ──いや、もう一人だけいた。兄だ。兄は私を助けようとしてくれていた。苦渋の決断を下し、恨まれることも承知の上で僕にAVの出演を持ち掛けたのだ。それ以外に僕たち兄妹二人が生き残れる道はなかったから。人身売買かポルノビデオの女優か──兄の苦悩を少しでも知っていれば、僕は社会の裏で暗躍するゴミたちに抱かれようと、この身を使うことで兄を守れる道を選んでいたかもしれない。

 

 だが、それに気が付いた時には、僕は既に仮想世界の人間となっていた。

 

 もう遅かったんだ。後戻りはできないんだ。デスゲームでも何でもいい。この僕が作った世界で生きられるのならばもうどうだっていい。

 

 悪の科学者でいい。マッドサイエンティストでいい。黒幕でいい。憎まれる存在であっても一向にかまわない。

 

 

 もう、なんだっていいんだ。

 

 

『アハハ、別にふざけてないよ。きみさえ押さえておけばこの世界は安泰だし、残りの二人も死なない程度に監視していればそれで──』

 

 恨んでくれていい。

 

『……まっ、分かってくれなくてもいいけど。まぁ修正が終わったら悪魔たちには自殺させるからさ、君たちが死んだ後の世界の事は安心して任せてよ』

 

 許さなくていい。

 

『言っておくけどきみに選択肢なんてないからね? きみはこれから人柱として、僕の傍で息をするだけの人生を送るんだ』

 

 最低な僕の我が儘の為に、死んだように生きてくれ。

 

 できることなら恨んで、憎んで───僕を殺してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

「──誰も殺してない今ならまだ戻れる!」

 

 

 

 ──うるさい。

 

 

 

「俺もお前の味方になることができる!」

 

 

 

 ──だまれ。

 

 

 

「お前のことを助けたい!」

 

 

 

 なんなんだ、きみは。

 

 まだ僕に──希望を与えるというのか?

 

 

 

『ちょ、ちょ、ちょっとまって』

 

「勝負だクロノ! 天才デスゲーマーリアの力を見せてやる……ッ!」

 

 

 そんな強引すぎる手段で、君は。

 

 

『……ふ、ふざけるなっ、助けるなんて綺麗事を言うな……! だって誰も助けてくれなかったじゃないか! あの時だって』

 

「パァ──ンチッ!!」

 

『ひでぶっ!!』

 

 

 そうやって、きみは僕の──

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、黒野さん」

 

 

 

 

 

 

 

 ──僕の心を搔き乱す。

 

 

 

 

 

 

 

『やぁ、美咲君。おはよう』

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

「──んっ……」

 

 

 視界が暗くて、瞼がやけに重い。

 

「………?」

 

 頭がボーっとしていて意識が定まらない。まるで夢うつつの状態で、ぼんやりしたまま思考が停止している。

 

「……ぅん?」

 

 オレンジ色にぼやけた視界が次第に明るくなっていき、それと同時に霞がかった脳内が、スイッチを切り替えたかのように覚醒していく。

 

「………はっ!?」

 

 ──言葉通りハッとした。

 

 目の前には見慣れたショッピングモールの内装が見え、肉体の感覚から自分が『椅子に座っている』という事実を瞬間的に理解して。

 

 半開きになっていた口を反射的に閉じて、慌てて姿勢を正せばすぐさま状況が把握できた。

 

 

「──あっ。黒野博士、ようやく起きた」

 

 

 ショッピングモール内に設置されているベンチに座っているらしい僕の隣には、透明感のある美しい絹のような銀髪を備えた無表情の少女がいた。

 

 ()()()

 当然知っている、当たり前のように顔が記憶の根底に焼き付いて離れない、仮想世界での僕の怨敵だった少女だ。

 

 彼女を前にして、僕は零れるように寝起きの声を発する。

 

「……えっと──どっち?」

 

「私はアイリールの方、です。夜はフードコートのクレープを買いに行ったから、私が博士を見張ってた。……です」

 

 不自然な敬語を使うリア──アイリール・ダグストリアの隣で、僕は寝ぼけ眼を手の甲で擦る。

 そうして少しのあいだ、何も考えずに目の前の光景を眺める。

 

 人、人、人。道行く人々で溢れかえっていてモール内は賑やかで。親子連れ、カップル、友達同士の集まりなど様相はさまざまだ。

 

「………」

 

 沈黙。

 逡巡。

 

 五秒ほどの間隔をおいて───僕はようやく今の状況を理解した。

 

 

「………………お昼寝してた?」

 

 

 その問いに──ダグストリアは生暖かい視線を向けながら答えてくれる。

 

「うん。ぐっすりだった」

 

「……あぁ───嘘だろ!?」

 

 待って待って! ちょっと待って! 

 

 僕って今日は美咲君とデート中じゃなかった!? いやデートっていうと語弊があるしアレは真岡の前だったからついつい見え張っただけであって別にデートのつもりで遊びに誘ったわけじゃ──って、そうじゃなくて!

 

「い、いつの間に……!?」

 

「覚えてない、ですか? 映画見た後にゲームセンターへ向かって、ゾンビが出てくるガンシューティングゲームをやって、疲れたからベンチで休憩して……夜がクレープを買いにいった後、すぐに寝ちゃった……です」

 

 あたまがいたい。なんだそれは。

 

「嘘だろ……成人を迎えた大の大人が、あっ、遊び疲れたからお昼寝……だなんて……」

 

 わなわなと肩を震わせながら両手で顔を覆った。

 

 しにたい。はずかしすぎる。

 なんか妙な夢を見るくらい普通に眠ってたとか恥ずかしすぎるし、何よりちょっと涎が垂れていたのがヤバすぎる。自分より年下の女の子の肩でスヤスヤだったとか大人の面目丸つぶれじゃないか……!?

 

「ううぅぅ……! こ、こんな、子供みたいなぁ……!」

 

「子供じゃないの? ……です?」

 

「いや子供じゃないよ!? 君より五つも年上だよッ!」

 

 大体ダグストリアも僕とたいして背丈変わんないでしょうが! 少なくとも君にだけは子供扱いされたくないんですけど!

 

「くっそぅ……失態だ……」

 

「まぁまぁ、元気出して、です」

 

 ……無表情のまま棒読みで慰められてもなぁ……。

 

「あの、お願いだから涎たらして昼寝してたことは……その、美咲君には内密に……」

 

「わかったです、はい」

 

「ありがとう──あぁ、それと敬語。苦手なら使わなくてもいいからね」

 

「……うん。じゃあ、やめる」

 

 頭を抱えながら呟いた言葉に従ったダグストリアは口調を崩し、何をするでもなく前を向いてボーっとし始めた。

 

 ……もしかして彼女、僕が眠っている間もこんな風に、まるで精巧な人形のようにピクリとも動かずにジッと待っていたのか? ぱっと見た限りじゃ、服飾店のマネキンと間違えられてもおかしくない程度には身動きもしてないし表情も動かしてない。

 

 

「……はぁ」

 

 そんな人形じみたダグストリアの隣で、僕は額を手で押さえながらため息をついた。こんな大事な日に限って気が抜けてしまっている自分に呆れているのだ。さすがにお昼寝はないだろう、お昼寝は。

 

 美咲君やデム隊の慈悲で仮想世界から無事に帰還して以来、こうして彼と時間を共にできる日の為にさんざん努力してきたというのに……情けない大人だなぁ。

 

 怪人事件の調査やデム隊のサポートに尽力してようやく手に入れた外出許可だ。そんな貴重な日に美咲君に大人子供──ましてや合法ロリだなんて思われたりでもしたら、たまったものではない。僕は合法ロリではなくれっきとした大人なのだ。背は低いし童顔だけど大人。ロリではないのです。

 

 せっかく今日はここまで普通の大人の女性として振舞えているのだし、美咲君に子供だと思われるような行動は最後まで慎まなければっ。

 

「──ねぇ、博士」

 

「んっ?」

 

「お昼寝のことは秘密にするから……代わりに一つ質問、いいかな」

 

 仏頂面の人形モードをやめて僕の方に首を向ける銀髪少女。

 ダグストリアが敬語を苦手としているのは、幼少期に悪の組織に拉致されて以降、まともな目上の人間がいる環境に身を置いてなかったからなのだろうな──なんて推察をしつつ、僕は彼女に返事を返した。

 

「あぁ、もちろん」

 

 先ほどの失態を黙っていてもらえるなら、質問の一つや二つなど取るに足らない。なんならプライベートなことだって(場合にもよるが)ある程度は答えたってかまわない。

 

「遠慮せず、何でも聞いてくれたまえ」

 

「じゃあ聞くね。博士って夜のこと好き?」

 

「ぶっ!!」

 

 唐突にとんでもなくストレートな質問を投げつけられ、思わず吹いて怯んでしまった。

 

 ──す、好きってなんだ、どういう意味だ……!?

 

「な、なな何を急に!?」

 

「そのままの意味。……わかりやすく言うと、異性として──かな?」

 

 自分で言いながら小さく首をかしげるダグストリアに呆れつつ、げほんごほんとわざとらしく咳払いをし、なんとか自分を落ち着けてから返答をする。

 

「それは──えっと」

 

 いやダメだ全然落ち着けてない。

 ちょっと待って恥ずかしすぎない? なんで急にそんな質問投げてくるの? 悪魔かなにか?

 

「…………うぐぐ」

 

「答えられない? ……質問、難しかった?」

 

 うるさいなぁ! 気軽に他人に話せないって点では激ムズの質問だよクソぅ!

 

 ……し、しかし、このまま口を噤んでいるのも良くない気がする。一応ダグストリアからすれば秘密保持の交換条件なわけだし、質問に答えなければお昼寝の件を美咲君にバラされてしまう。

 

 答えるしか……ない。

 

 

「───す、すき、だけど」

 

 

 予想以上に答えが小さい声になってしまった。自分でも混乱しながら出した答えだったから、しょうがないといえばしょうがないけども。

 

 ──あれ? ていうかこれってもしかしなくても浮気宣言か? 恋人がいる人のことを好きって発言するのはかなりヤバイのでは? 

 

「あっ、いや、えっと……今のは違くて! なんというか、言葉の綾というか……!」

 

 この事こそあの海夜兄妹に暴露されたら殺されてしまう。恋人を狙う元黒幕とか粛清対象以外の何物でもないじゃないか。

 

 撤回! うそ! 嘘です! 好きじゃないです! ごめんなさい何でもないです!

 

 

「……そっか、好きなんだ」

 

「あの、ダグストリアさん? これは、あの」

 

「大丈夫。誰にも言わないから。ただ……気になっただけ」

 

 意外にも全く表情や声音が変化しない彼女を不思議に思いつつ、ダグストリアの『誰にも言わない』という言葉に僅かな安堵を覚え、ほっと胸をなでおろした。

 

 

 ──同時に、ふと疑問が浮かんできた。

 

 

(そういえば……)

 

 今僕の隣にいるダグストリア──彼女本人は美咲君のことをどう思っているのだろうか。仮想世界で起きたすべての出来事を把握しているわけではないものの、大体のことは僕も把握している。

 

 彼女からすれば、美咲君は突然自分の体の中に入ってきた異物……だろうか。しかしワールドクラッシャーを取り込んだ僕と対面していた時は、二人とも息の合ったコンビネーションを披露していたので、少なくとも険悪な仲ではないということは確かだ。

 

 仲良しのパートナー、目的が一致している仲間、もう一人の自分──だめだ、分からない。いっそこの場で聞いてしまおうか。

 

「ねぇ、ダグストリア」

 

「うん?」

 

「僕からも一つ、質問いいかな?」

 

 遠慮がちな態度で伺ってみると、どうぞと言いながら彼女は再び首を前へ向けた。なんだか目を合わせて話すのは緊張するので、顔を見ないで話を聞いてくれるのは正直助かる。

 

 こほんと一旦咳払いをし、僕は一度自分に投げかけられた質問を、少し形を変えて返すことにした。

 

「きみこそ美咲君のことを……どう、思ってるんだい?」

 

 好きか、ではなくどう思っているのか、だ。

 好き嫌いで質問したら『色々な意味で好き』などといってはぐらかされてしまうと考えたので、この形にした。僕は率直な彼女の気持ちを知りたい。

 

「私が……夜を?」

 

「うん。……あぁ、答えたくなければ、別に答えてくれなくとも構わないが」

 

「──ううん、答えるよ。博士は答えてくれたから」

 

 表情に一切の変化を浮かべず、しかし声音にはわずかに迷いの色を見せたダグストリア。

 

 あえて急かさずそのままジッと待っていれば、程なくしてダグストリアは質問の返事を紡いだ。

 

 

「好き。………だと、思う」

 

 

 自信なさげに呟く彼女に対して、僕は疑問符を浮かべて反応する。

 

「思う?」

 

「……ごめんなさい。正直に言うと、わからない」

 

「あ、いや、責めてるわけじゃ……」

 

 あたふたしながら、僕は口ごもってしまう。本当にどんな反応をすればいいのかがわからない。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女は自身の答えを自ら補足し始めた。

 

「好きか嫌いかで言えば、きっと好き。心を失いかけていた私の代わりに“リア”をやってくれて、今も私を傍に置いてくれているし、嫌いになる理由はどこにもない」

 

 透き通るような静音、ともすれば心地よいとさえ感じるような低く綺麗な音で、彼女は独白にも似た答えを続ける。

 

 微かに目を伏せた、その無表情で。

 

「……蓮斗君や小春が夜に対して抱いてる“好き”、と一緒なのか、違うのかも解らない。でも、質問が『夜とえっちはしたいか』だったら……多分、答えはNOだった、かも」

 

「……ということは、友人や仲間としての好き、ということかな?」

 

「それは、違うと思う。だって──友達や仲間より、私と夜はずっとずっと近いから。……でも、恋人ではないし、家族でもないし──だから、分からない」

 

 ……つまりどういうことだってばよ?

 

「まだ、答えが出せない。……ごめんなさい」

 

「そ、そう……」

 

 謝られてしまったら、もうこっちは何も言えないので、ぼんやりとした返事をして話を打ち切るほかにない。

 

 結局彼女の気持ちの詳細は分からず終いだった。

 美咲君のことは好きだけど、その『好き』がどういった感情ゆえの好きなのかが分からないらしい。

 

 僕から言わせてもらえば、友達以上で親友でもないなら、それは多分異性としての好きだと思うのだが……いささか安直すぎるだろうか。えっち──つまり体を求めたいとは思わないが、深く美咲君のことを……んー、保護欲とか、そこら辺の感情なのだろうか。

 

 あぁ、だめだ、分からん。考えても答えなんて出てこないし、もういいや。質問した僕が悪いってことで、この話は終わりにしよう。

 

 

「というか、美咲君……遅くないか? フードコートってそんなに混んでたの?」

 

「ううん、大して人はいなかったから、そろそろ戻ってきても──あっ」

 

 噂をすればなんとやら。

 ちょうど話の話題に挙げていた美咲君を遠目に発見した。

 

 ──なのだが。

 

「……美咲君、クレープなんて持ってないけど……」

 

 遠目に見える彼は焦燥の表情でこちらに向かって走ってきているが、完全に手ぶらで何も持ってはいない。

 

 彼はクレープを買いに行ったはずで、しかもここまで時間をかけていたのだから、クレープを持っていないのはおかしい。大して人はいなかったはずだが、売り切れてしまったのだろうか。

 

 

「お、おーい! 二人ともーっ!」

 

 

 デート前半のクールだった彼はどこへやら、美咲君は焦りと動揺の表情を隠さないまま、僕たちの前に到着した。

 よほど急いで来たのか、少しばかり呼吸が荒い。そんな彼を不思議に思い、僕とダグストリアは一度互いに視線を合わせ、ベンチから立ち上がって彼の傍へと寄った。

 

「どうかしたのか、美咲君? 危ないからモール内は走っちゃ──」

 

「それどころじゃなくて!」

 

「おおぅ……」

 

 膝に手を置きながら肩で呼吸していた美咲君がバッと顔を上げ、それにビビッて少し後ずさる。

 しかしその様子を露ほどにも気に留めず、美咲君は腹の底から絞り出すように声を荒げた。

 

「ヤバいんですよ! 外が!」

 

 

 ……なーんか、嫌な予感がするな。

 

 

「えっと、一応聞くけど……何がヤバいのかな?」

 

「外で怪人が出たんですよ!」

 

「うん」

 

「しかも前に小春と蓮斗の二人がかりで倒しためちゃくちゃ強かったやつ!」

 

「なるほどね?」

 

「他の人を悪魔みたいな姿に変えるやつで──なんでしたっけ名前えぇっとそうだデビルッ!」

 

「はいはい、心当たりがありますね」

 

 

「もうモールの外にある商店街とか交差点がめちゃくちゃにされちゃっててデム隊の人たちもまだいないししかも圏外になってるからデスゲーマーズの皆にも連絡取れなくてそれに俺さっきデビルに見つかっちゃったからそろそろあいつらモール内に入ってくるかもしれなくて」

 

「ああああああぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛ッ゛!!! わかったわかった分かったよもうッ!!」

 

 

 くっそ!! クソがッ!! なんでこう大事な日に限って面倒ごとに巻き込まれるんだよチクショウ!!

 

 怪人の事件とか落ち着いてきた時期だと思ったからデートに誘ったのにこれかよ! コンビニでの恋のこととか仮想世界じゃあらゆる面で美咲君に邪魔されたし何事もうまくいかない呪いか何かがあるのか!? しかも僕が仮想世界で洗脳して操ってたデビルが出てくるとか因縁の対決すぎてもうヤダ!!

 

「──わっ!?」

 

 自動ドアぶち破って本当に怪人たちモール内に入ってきたし! しかも一直線にこっち向かって走ってきてるし! なんで!?

 

「そういえばデビルが『クロノの匂いがする。今こそ洗脳されたあの日の復讐の時だ』とか言ってました!」

 

 ぎゃあ! 身から出た錆ィ! 全面的に悪いの僕の方だったよクッソぅ!!

 

「夜、博士、まずい。囲まれちゃう」

 

「どうしますか黒野さん!?」

 

 どうするって決まってるでしょどう考えても一択でしょうが!

 

「逃げるぞぉぉぉぉーッ!!」

 

 逃げるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 

 

 




【能力者組み合わせ一覧】

朝陽×小春

呉原×フィリス

剛烈×陽菜

真岡×ロイゼ

黒野×???

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