「貴博。お前、前科持ちだったんだな」
「ああ、そうですけど」
「なら明日から来なくて良い。それと俺たち従業員に二度と関わるな、いいな?」
冷たい風が吹き付ける12月の夜に言われたこの言葉は、これから何回聞くことになるんだろうな。もうすでに数十回は聞いたこの言葉。嫌な思いなんて少しも無い。
俺はさっきまで働いていた店から出て行く。ちゃんと今月分の給料は入るんだろうな?なんて言っても無意味な事ぐらい知っている。
この店は俺にお金を渡さないだろう。
世間ではもうすぐクリスマスらしく、サンタの衣装を身に着けた女が寒さを我慢しながら営業スマイルで赤の他人にチラシを配っている。
それは俺にも当てはまったらしい、サンタ衣装の女が俺の目の前にチラシを出してきた。
俺はチラシを受け取って内容を確認する。
「家族や大切な人と、素敵なクリスマスを過ごしませんか?」とケーキの写真と共にプリントされていた。どうやらケーキ店のチラシだったようだ。
「……くだらねぇな」
俺はそのチラシをサンタの衣装を身に着けた女の前でクシャクシャに丸めて近くのゴミ箱に捨ててやった。
サンタの衣装を身に着けた女は鋭い視線を俺に向けていた。
いつから俺はこんな視線を何も知らない人間からも向けられるようになったんだろう。
そしていつからそんな視線を受けても嘲笑で流せるようになったんだろう。
俺の頭の中で、無意識に弟の顔が浮かんだ。
高校一年生の時、いきなりやって来た警察に連れていかれてからこんな人生が始まった。
俺は何もやっていないのに「万引き犯」と言うレッテルを貼られた。身に覚えがないって言っても高圧的な警察の態度。暴れるなって言う方が無理じゃないか?
「……チッ」
俺は舌打ちをする事で頭に浮かんだ過去を打ち消すことに成功した。
今更こんな事を考えていても仕方がない。それは分かっていた。
だけど身体が勝手に動いた。
まるで誰かに操作されているかのように。
そして誰かの手のひらの上で踊らされているかのように。
俺の弟である正博の大事な女である宇田川巴を傷つける事を選択した。
正博を追い込むことを選択した。
でも俺はそんな事をしたかった訳じゃ無い。あの時の巴の言葉は正論過ぎた。
俺はその日から頻繁に上を見るようになった。
お前の都合通り、悪役に徹してやった俺には何も見返りが無いのか?
主人公がハッピーエンドを迎えるために、他の人間を不幸に陥れるのがおまえのやり方なのか?
そんな訳の分からない事を考える。
遂に俺もおかしくなってしまったらしい。犯罪者と呼ばれるようになってもうすぐ4年になるが、精神は耐えきれていなかったのかもしれない。
働き口を失った俺は明日から生きていくためにバイトを探す。
そのために今日
実家のドアを開けると、俺の母親が我が子に見せる物とは思えない冷たい瞳を俺にぶつけてきた。
まぁこの人は俺を我が子だと思っていないだろうけど。
「ちょっとは人に役立てたの?」
「……知るかよ。そんな事」
「ほんと、ゴミクズね。サッサと死んでくれたら良いのに、こういうゴミ程長く生きるのよね」
母親とは一切、目を合わせずに自分の部屋に入っていく。
普段、自分の部屋の物なんてじっくり見ないのだが、今日は何故かゆっくりと部屋を見渡していた。
ボコボコにへこんだ部屋の壁。所々カビが生えている。
バラバラに破られた家族写真。俺の写っている部分だけ異様に裂かれている。
そして分厚いカーテンと雨戸がしっかりと閉められている窓。
こんな環境なら刑務所の中の方がよっぽど居心地が良いんじゃないかって本気で思う。
隣はちょっと前まで正博が使っていたらしい部屋があるが、おそらくきれいに整頓されているだろう。
「あ?そう言えば確か……」
俺は何故かボロボロの学習机の棚をおもむろに漁り始めた。確か一番下の大きな棚に鍵が置いてあって、一番上の鍵付きの棚が開けられるようになるはず。
小学生ぐらいの俺が脳裏でそう伝えていた。
予想通り鍵は見つかった。
その鍵を手に持って、棚の鍵穴にいれる。クルッと鍵を回せばカチッと言う音が鳴る。
だけど俺はこの時、ワクワクと楽しみにしていた家族旅行の中止を告げられた小学生のような気持ちになった。
俺の思い描いていた物が、鍵付きの棚には無かったのだ。
「たまには感傷に浸りたい時もあるって言うのに、それすらもさせてくれねぇのか」
鍵付きの棚をソッと、ゆっくり閉める。
普通ならイライラに任せて力一杯甲高い音を立てて閉めるが、この棚だけはそういう扱いが出来ない。
今日は寝ることにする。夜の街に出かけても良いけどこんな田舎に遊ぶ場所なんて無い。
それに自分と同じような境遇の人間と傷を舐めあうような、陳腐な考えは生憎持ち合わせていない。
鍵付きの棚の中には俺が大事にしていた写真が無くなっていた。
あったのは胸をチクチクさせる、黄色の花が描かれた絵があっただけだった。
まだ日が昇っていない早い時間に俺は家を出た。
母親と父親はまだ寝ているだろうこの時間に家を出る理由は至極真っ当なものだ。
あいつらに朝出会っても良い事なんて無い。
電車に乗って花咲川近くまで出かける。この辺りは学校が多いから働き口も多い。
多少のお金はかかるが、実家近くの田舎の店なんかより時給が高い。
駅に着いて、置かれてある求人雑誌をベンチに座りながら眺める。
目の前にはスーツを着た奴や学生らしき奴らが色々な表情を浮かべながら俺の目の前を通っていく。
雑誌を流し読みをしながら頭の中で候補を絞っていく。
大体同日に5店ぐらい面接に行って先に連絡のくれた方に働くのが俺のスタイル。別に犯罪者だから人にどう思われても平気な俺は普通の声色で面接の合格を伝えてきてくれた店長に断る事も出来る。
今回もそんな感じで働き口を探していたら一つだけ、目に入ってからずっと離れないような求人募集があった。
俺は黙って求人雑誌を元に会った場所に置く。
その場所と電話番号を即時に頭の中に入れて、公衆電話のある場所に向かう。
10円玉を入れてから番号を入力していく。
「もしもし。求人雑誌を見たんで、面接させてください」
駅からあまり遠くない場所にあった、想像していたよりも小さな事務所の前に俺は立っていた。
頭にメモをした住所ではここで合っているはず。
時間まで余裕があるから少しだけ時間を潰すことにする。
面接をする時は普段被っているキャップを外す。キャップを外せば髪形以外の顔のパーツが弟にそっくりでモヤモヤとした気分になったからキャップを深くかぶる。
突然、俺の右肩をチョンチョンと突かれた。
道案内でもしてほしい高齢者か、それともこの広告代理店の従業員なのか分からないが少しじれったそうに後ろを振り向いた。
そこにいたのは、俺の知らない女の子だった。
年は同じくらい。その女は俺の方を見ながらニヤ~ッとしていた。
「ここで何してるの~?」
「……お前こそ、よく誰かも分からん男に話しかけて何してんだ?」
「あれ~?まーくんだと思ったら違う人?」
「誰だよ、俺は生憎おまえの探しているまーくんじゃねぇよ」
「でも、顔はそっくりなんだよ~。ドッペルゲンガーってやつ~?」
俺はこのフワフワとした雰囲気を出している女の情報から俺を誰と間違えているのかがはっきりと分かった。
……あいつ、知り合いが増えたんだな。
「おまえ、正博と間違ってるぞ……残念だが人違いだ」
「まーくんを知ってるの~?それじゃあ、モカちゃんとキミもお友達だね~」
「訳分かんねぇ事、言ってんな」
「そんな事ないと思うけどね~。それより~、あたしのママに用事があるの~?」
「はぁ?ママ?」
「ここ、あたしのママの事務所だよ?」
イマイチ意味が分かっていなかったが、時間が経つにつれて段々とバラバラに散らかっていたピースを正しい場所に、正確にはめる事が出来た。
俺がアルバイトの面接をしに来たデザイン事務所が、正博と知り合いのフワフワとして何を考えているか分からない女の母親が経営しているらしい。
どうやったらこんな偶然が重なるんだ、と言う気持ちともしかしたらこの境遇が俺の目を留めたのかもしれないと言う気持ちが合わさって深いため息をこぼした。
「ため息ついたら、幸せが逃げちゃうよ~?もっと笑って笑って~」
「幸せなんてとっくの昔に全部なくなってんだよ」
「それじゃあ、この美しい女神であるモカちゃんが幸せをあげよう。感謝するのじゃ~」
「いらねぇよ……余計なお世話だ」
「ひどい~」
そんなやり取りをしていると、もう電話で伝えられた時間になった。
だから俺はこの銀髪の女を無視して事務所の中に入る。あの女の母親が事務所をやっているって大丈夫なのか甚だ心配だが、直観的にヤバイと感じたら帰れば良い。
そう思って事務所に入ったが、何故か俺の後ろをあの女がニヤ~ッとしながら付いて来る。
この女の意図がまったくと言っていいほど分からない。
まぁ、そんな事を気にしていても始まらないから事務所の中央でパソコンを操作している、銀髪の女性の前に立つ。
そして取り繕ったかのような抑揚のない声を彼女に投げかけた。
「今朝、バイト雑誌を見て電話させて頂いた者なんですけど」
「あぁ、貴方ね。そこのソファに座りなさい。それと……」
どうしてモカも来ているの?と女性は言い放つ。
悪いけど、その理由が聞きたいのは俺も同じだったからじれったそうな雰囲気を出して首を後ろに向ける。
モカだっけ?その女は未だにニヤ~ッとしていた。
「ふっふっふ~。モカちゃんが案内してあげたのです。偉いでしょ~」
「これから大切な面接よ。モカは席を外しなさい」
「あたしも面接官する~」
恐らくモカの母親であろう女性も「……はぁ、仕方ないわね。邪魔はしない事」となぜか許されてしまう辺り、俺の面接の重要性なんて無いようなものだ。
俺のそんな表情が顔に出てしまったのだろう、モカが「緊張してる~?笑顔でいこ~」なんて能天気に話しかけてきた。
別に緊張なんてしてねぇよ。
俺はかばんから履歴書を差し出す。
履歴書を親子二人がまじまじと見つめる。
別に俺の履歴書に特筆目を引くものなんて書いてなんかいない。
それに俺だってバカじゃないから、前科がある事を真面目に書いてなんていない。
「……高校中退、ね。どうして辞めたの?」
「家庭の事情で。それで高1から今まで働いてます」
「そう……それなら丁度良いわね」
モカの母親は立ち上がると、さっきまで座っていたデスクに向かってから、紙切れを持って来て俺の前に広げ始めた。
「アルバイトと言っても基礎や常識は重要よ?これから簡単な試験を受けてもらうわ。せっかくだしモカも受けなさい?」
俺は無表情でマークシートと就職試験とプリントされている冊子を見下ろしていた。
モカはニヤニヤ顔から一転、かなり嫌そうな顔をしていた。
@komugikonana
次話は8月9日(金)の22:00から公開します。
この小説は毎週火曜日と金曜日の週二回の投稿とさせて頂きます。
~次回予告~
佐東君に勝てたら彼がパンを奢ってくれるみたいよ?
そんな一言によって、テストにやる気を出すモカ。単純って羨ましい。
俺もテストは解いてやった。出来は上々だと思う。
そんな俺に帰ってきた言葉。
「それで、今回の面接の結果を言うね。佐東貴博君。君は……」
アルバイトとして雇えない。
よく聞きなれた言葉だった。
〜豆知識〜
・主人公が前科持ちの理由……双子の弟である正博が万引きをしてしまいました。その際、正博は怖くなってしまい、名前を顔がそっくりである兄の名前を言ってしまいました。そのため、主人公である貴博はやっていない罪を背負いました。
・双子の弟の今……双子の弟である正博は今は過去に犯した罪と向き合いながら、前を向いて歩き始めています。そして正博には宇田川巴という彼女もいます。
では、次話までまったり待ってあげてください。