change   作:小麦 こな

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ありがとうの伝え方①

外は生憎の空模様が続く。

と言うのも梅雨入りが発表されたから当たり前だと言えば当たり前なのだが、今年の梅雨入りは例年よりも大幅に遅れていてもうすぐ7月だというのにやっと梅雨入り。

一体梅雨が明けるのはいつになるのだろうか。

 

蒸し暑いこの季節にもかかわらず、俺の働く事務所はまだ冷房が入っていない。

京華さん曰く「冷房を入れるのは7月になってから」らしい。無駄な費用は抑えたいという、経営者らしい考えに基づいているらしい。

 

「クーラー、入れてほしいよね~」

「その意見には同意するが、青葉はさっさと涼しい場所(大学)に行ってこい。お前がいるだけで暑苦しいから」

「うえ~ん、貴博君がいじわるする~」

 

俺とモカの距離感は適度に保たれているような気がする。

デートの時なんかはくっついて離れなかったが、今はくっつきすぎず離れすぎず。

 

ただモカはボディータッチが増えた気がする。悪い思いもしないし俺としては別にいい。

付き合ってもいないのに人前で俺の腕に抱き着いたりしてくるのは勘弁だが。

 

「佐東君、うちの娘とイチャついてないでこっち来て」

「はいはい、なんですか」

 

京華さんも最近は俺をからかってくるようになった。別にイチャついているわけでは無いが否定するだけ疲れそうな気がするから無視を決め込む。

俺が呼ばれただけなのにモカも同じようについてくるからこうやって疑われるんだ、とモカに目で訴えても彼女はそんな事知った事じゃないという顔をしている。

 

「はい、賞与よ。よく頑張ってくれました」

「あぁ、どうも」

「佐東君は人生で初めての賞与?」

「そうですね……」

「そう……ならお世話になった大人たちに使ってあげるのも手なんじゃない?貴方のご両親とか」

「考えときます」

 

賞与とは、簡単に言えばボーナス。給料とは別でもらえるお金だ。

ここの事務所は規模が小さい割にちゃんと賞与が年に2回ある。それに京華さん曰く、俺が頑張っているおかげで仕事の量も増えているらしい。

 

そっと明細書を開くと、自分が予想していた金額の倍くらいの金額が表示されていた。

後ろから覗いていたモカも「貴博君、お金持ちだ~」とかのんきに言っていた。

 

そんなモカの頭に一発、優しくだがげんこつを入れる。

人の給与明細は勝手に見てはいけないって親に教えてもらわなかったのか?

モカは「うぅ~……暴力はダメだよ~」と小さくうなっていた。

 

「京華さん、俺、こんな大金貰えないですよ」

「どうして?この会社で一番頑張った貴方が他の社員より多く賞与を貰うのは当然の事よ」

「俺はまだ1年も働いてないのに……そんなに貢献できている気もしません」

「そう、ならこれは私からのお小遣いだと思いなさい?それとも、ここの代表者の言う事を聞けないの?」

「そこまで言うのなら……」

 

俺は給与明細を受け取る。京華さんは「貰えるものは貰っておけば良いの」なんて言っているけど、俺がそこまで貢献できている実感がない。

モカも不思議そうな顔をしている。どうせ貴博君だったら悪い顔をしながら受け取るとでも思っていたのだろう。

 

程なくして、京華さんは珍しく外で仕事があるらしくどこかに出かけて行った。

ほぼ同じタイミングでモカも事務所を後にする。モカは出ていく前に俺に目を合わせながら口パクで何か言っていた。

 

恐らくだけど「良かったね、貴博君」とか言っていたような気がする。

そして女の子らしく小さく手を振ってからどこかに行く。

 

俺は少しだけ、モカがいなくなることに寂しさを感じる。どうせ外回りから帰ってきても会えるのに。

 

 

「……で、新入りのくせにいくら貰ったんだ?」

「35万だけど」

「ふざけてんな。こんなクソ中卒のどこに気に入ってんだか……どうせ社長の娘に何か吹きかけたんだろ」

「残念ですけど、あんたの思っていることはない」

「敬語ぐらい使えよな、クソガキが」

 

そう、最近はモカが俺に接してくる態度にも変化があったが、他の社員の風当たりもきつくなってきている。

どうせ年下で新入りのくせに京華さんに気に入られているのが気に入らないのだろう。

 

そんなしょうもないプライドしか持てない大人にどうして敬語を使う必要があるのだろうか。あんたを敬った事なんて今まで一度もねぇよ。

そんなこいつの名前は何だったかな?覚える価値もない。

 

 

俺は多少のいら立ちを持ちながら外回りの準備をする。本当はこんなに早く出ていかなくても良いのだが、こんな人間と同じ事務所にいるだけで吐き気がする。

京華さんがいなくなった途端に強くなる弱い人間と馴れ馴れしくするつもりは毛頭もない。

 

 

 

 

雨が降りしきる街中。歩いている人間は濡れるのを防ぐために傘をさしている。

すれ違う人間は晴れの日と違って、表情が傘によって隠れているからどんな顔をしているか分からない。

 

そんな無表情な街中を歩く俺は、仕事の依頼を受けた会社に向かう。

この会社は俺が関わっている中ではトップクラスに規模が大きく、個人的には最重要な得意先だったりする。

 

そんな大事な会合が始まる10分前にその会社の玄関に到着する。

ビニール傘についた雨粒を振り払って傘をたたむ。どうしてか払ったはずの雨粒がたくさん残っていて手が冷たくなった。

 

少し嫌な空気が俺の周りを渦巻く。

だが今はそんなことを気にしている場合ではない。受付に俺の名前と事務所名を言って要件を話す。そして許可証を首にかけてからエレベーターに乗り込み会議室に向かう。

 

エレベーターに乗っている途中、空を見る。

雨だから当たり前なんだが、暗くどんよりとした雲が覆われている。おまけにガラスは雨粒がいたるところについている。

 

「佐東さん、お待たせしました。こちらです」

「おはようございます。こちらこそお世話になっています」

 

担当者はエレベーターの前で俺を待っていたらしい。

担当者に導かれて、椅子に腰かける。

 

早速本件に入りたいらしい担当者にせかされ、俺は今日提出のデザイン案の入ったクリアファイルをカバンから取り出す。

……はずなのだが、入れたはずのクリアファイルがカバンの中に入っていない。

 

俺は何度もカバンの中を調べたが、何回探してもない。

俺の額からは嫌な汗が染み出る。

 

「……どうしましたか?」

 

担当者は俺が焦っていることに気付いて声をかけてくる。

大体察しもついているだろうに、いじわるなんだなと心で悪態をつく。

 

「申し訳ございません」

「まさか……その書類が今手元にないとおっしゃるのですか!」

「申し訳ございません」

 

こんな初歩的なミスをしてしまったのは何年ぶりだろう。いや、俺は確かに必要な書類はカバンの中に入れたはず。

でも、そんな心の葛藤を言ってもただの良いわけでしかないよな……。

過程はどうでも良く、結果が求められるのが大人の世界なのだから。

 

「それだったら今回の件は無しにします。上にも伝えておきます」

「ご迷惑をおかけしました」

「これでは時間も足りない……どうしようか」

 

担当者は慌てながら会議室を出ていく。

大事な勝負の場が、俺の思いもよらなかった方向に傾いて幕を閉じた。

 

 

 

 

外回りを終えて、急いで事務所に戻る。

今日の俺のミスはすでに京華さんには伝えてあるが、こんな大ごとな事を電話だけで済ますほど俺だって薄情な人間ではない。

 

事務所に入って真っ先に京華さんのデスクまで行く。

格好悪いところをモカに見せたくないから今日は事務所にいないでくれって願っていたが、俺の願いは届かなかったらしい。

 

モカは俺に声を掛けてくれそうだったが、俺の表情を見て口に出すのは辞めたらしい。

彼女は少し気まずそうに目線を下に下げていた。

 

「京華さん、本当に申し訳ありませんでした!」

「謝っても事態はもう良くなることは無いわね。それよりどこにファイルが置いてあったか分かる?」

「いえ……分かりません」

「貴方のデスクのど真ん中に置いてあったみたいよ。井川君がそう言っていたの」

 

井川と言うのは確か……朝方俺に陰湿な事を言ってきた社員の名前、だったはずだ。

カバンを整理した後に入れるのを忘れてしまって出て行ってしまったのか?

どちらにしろ、出かける前の確認を怠った俺が悪い。

 

「今回の仕事は佐東君のおかげでキャンセル?」

「……はい。無かったことになりました」

「うーん、痛手ね」

 

京華さんは額に右手を当てて少しうなっていた。

仕事をしていれば失敗はつきものだが、初めての失敗がこんな大きいと流石の俺も堪える。

 

「……身勝手ですみませんが、今日は退社させていただきます」

「うん、そうしなさい」

 

もう一度、深く礼をしてからそのまま事務所の二階まで上がる。

 

扉を開けて、ベッドに向けて思いっきりカバンを投げつける。カバンはチャックするのを忘れていたらしく、たくさんの書類がベッドの上に散らばる。

くそったれが……そして自分のミスを物に当たってしまう自分にも腹が立つ。

 

何故か手に持っているスケジュール帳がずっしりと重たい感じがした。

そんなスケジュール帳を手に持って扉の方に投げつけようとした時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 

俺の部屋に来るのは京華さんか、モカしかいない。

それにこのタイミングで京華さんが来るとは考えずらい。必然的に誰が来たのかは分かった。

 

いつもは入っても良いぞ、なんて言うのだが今日は一人にしてほしかった。

だから俺はこう言ってやった。

 

 

入ってくるな

 

 

なのに、そんな警告を無視して入ってくる女の子がいた。

 

 




@komugikonana

次話は10月22日(火)の22:00に公開します。1週間空く理由は下記の「宣伝」をご覧ください。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価していただいた方々をご紹介~
評価9という高評価を付けていただきました 桜田門さん!

評価9から10へ上方修正していただきました キャンディーさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからもよろしくお願いします!

~次回予告~

「あちゃ~……荒れてますな~」

モカは何を少し困ったような、眉をハの字にしながらベッドの上の散らかった書類を一枚ずつ拾ってきれいに整理し始めた。

そしてモカは、俺を……。

「たとえ日本のみんなが貴博君を拒絶しても、あたしは受け入れるよ?」

ポカポカと、させてくれるんだ。

~宣伝~
10月10日(木)に小麦こな小説活動1周年記念短編小説を「Twitter」限定で公開します。明日にTwitter上で宣伝しますので「いいね」を押していただいた方限定でDMにてお送りいたします。ぜひ楽しみにしていてくださいね。
ちなみに短編小説は「月明かりに照らされて」のアフターストーリーです。
1周年記念はまだまだ企画中なので続報もあると思います。


では、次話までまったり待ってあげてください。
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