もうすぐ7月も終わりを迎えそうな今日この頃。
土曜日で仕事が休みにも関わらず、俺は京華さんの電話によって朝の早くに叩き起こされる。
最近、モカの生活リズムが悪いから佐東君に任せる
そんな訳の分からない電話で6時ごろに起きてしまった俺は渋々モカの家に足を運んでいる。京華さんが言うには朝の4時くらいに寝て、7時に起きるという生活サイクルを送っているらしい。
まぁ大学生らしい生活リズムだし、なによりモカも大学の単位を貰うために夜な夜なレポートに追われているんじゃないかと思っているからあまり心配していない。
けど平日を睡眠時間3時間で乗り切るのはかなりキツイしモカが体調を崩してからじゃ遅いからこうやって行動に出ているのだけど。
彼女の家に到着する。
そういえば家の鍵を貰っていないけどどうやって入るんだ、なんて思いながら玄関のドアを引いたら問題なく入室出来た。
おいおい、この家の安全性はどうなってるんだ……。
そのまま靴をきれいに並べてからリビングに入る。するとそこには京華さんが優雅に座っていた。
パソコンを触っている辺り、形式上休みでもこうやって仕事の事を考えているのだろう。
「あ、佐東君。やっぱり来てくれた」
「いきなり電話かけてきて任せると言っておきながら『やっぱり来てくれた』は無いでしょう。それにここの家の警備大丈夫ですか?」
「私は貴方に『来い』とは一言も言ってないわよ?それに貴方が来るって分かっていたから施錠しなかったの」
何もかも俺の行動を見透かされていて深いため息を零す。
京華さんのそのきれいな瞳は、俺と言う人間をどこまで見通しているのだろうか。そしてその瞳が俺が前科持ちだと知った時、どう動くのだろうか。
少し、怖い。
「それより佐東君。モカの部屋は6時の時点で電気が付いてた」
「はいはい、分かりましたよ」
京華さんの言葉を軽くあしらいながら2階にあるモカの自室へ向かう。今日は土曜日だから徹夜しているのか、それともキリが悪いと思って続けていたらこんな時間になったのか。
今はもう明るいからかどうかは知らないが、モカの自室からは一切明かりは漏れていなかった。
モカは寝たのかもしれない。だったらノックなんてしなくてもいいだろう。
過去に一度怒られたが寝ているのにノックをして起こすのも後味が悪い。
彼女の部屋のドアをゆっくりと開ける。
「あれ?どうしたの貴博君……それより、ちゃんとノックしなきゃメッだよ~あたしが着替えてたらどうするのー」
「やっぱり予想通りじゃねぇか……」
「そんな事より~、丁度いいところに来たから貴博君も」
「いや、帰るから」
「貴博君のケチ~」
モカはパソコンとぶ厚い本をにらめっこしながら何かの作業をしていたらしい。
それに俺が帰るって言った理由は明白だ。
「……なんであんたがここに」
モカとは別のパソコンを起動させているメッシュ女がその場にいたからだ。
「とりあえず青葉、お前は今すぐそこのベッドで寝ろ。いいな?」
「まさか貴博君……あたしを襲うの?朝からはちょっと……」
「寝言は寝て言え。お前の生活リズムがバグってるから是正しろって言われてんだよ」
「誰に?」
「京華さんにだ」
「それじゃあ、貴博君がこのレポートをあたしの代わりに書いてくれるなら、寝ても良いよ?」
「書いてやるからサッサと寝ろ」
モカはテスト返しで予想以上の点数が取れた中学生のような、そんな驚いた顔を俺に向けてきた。
恐らく彼女は冗談半ばで言ったつもりだったがまさかの快諾だったからだろう。
あとで締め切り間近になって徹夜で作業しなくてはいけなくなったその怠慢さと無計画さを是正させなくちゃいけないな。
モカは急いで開いていたページをUSBに保存してバツボタンを押し、そのUSBを抜き取る。
俺はそんなモカの行動に一握の疑問を抱いた。
「……それなら、貴博君にお願いするね?えーっと、レポートが出来たら~、テキトーにパソコンのどこかに保存しておいて?」
「分かった」
モカの座っていた場所に俺が座る。モカは少しふらついた足を制御しながらベッドに倒れこむ。
その後5分くらいしたら彼女のかわいらしい寝息が部屋中にこだまする。
別にモカの寝息がうるさいわけでは無い。むしろ静かだ。
ただこの部屋の、起きている人間が出す音はパソコンのタイピング音だけ。
あとは美竹の鋭い視線と、お前はどこかに行けと言わんばかりのオーラを出しているくらいだろう。
「……ねぇ、あんた」
「なんだ?今は忙しいし、お前と話している場合じゃねぇけど」
「うるさい。それに真剣だから」
「あっそ。じゃあ一階で待ってろ。30分ぐらいでレポート書き終えるから」
「そう。あたしもあんたと同じ部屋にいるのが苦痛だし丁度いいね」
美竹は部屋から出て行く。イライラしてそうな雰囲気は彼女の姿を直接見ていなくても伝わるぐらいだった。
まぁ、最後にあったのはあいつの頬を叩いた時だからな。俺に対するイメージがそうなっているのも仕方がない。
どうせ世間の奴らが俺を見る目は変わらない。
今までも、そしてこれからも。
モカに依頼されたレポートを書き終える。3000字程度で良いらしく、ほんの数十分でかきおえることが出来た。内容も我ながら分かりやすくて良いと思う。
パソコンを閉じて、深く深呼吸をする。
部屋を出る前に、かわいらしく寝息を立てているモカをチラッと見る。
こんなにすぐ寝れるんだから疲労が溜まっているのだろう。
「ちょっとお前の親友にいちゃもんつけられてくるわ」
寝ているモカにそう告げてから、ゆっくりと静かにドアを閉めた。
一階に降りると、美竹は京華さんと何かを話していた。
俺が来たことを確認した美竹は外に出るように促してくる。
「あら……佐東君はうちの娘を餌にして蘭ちゃんと二人でこっそり抜け出すなんて……策士ね」
「京華さんも寝ぼけてるんですか?しっかりしてくださいよ」
京華さんのあほみたいな言葉を無視して外に出る。
家から出て商店街の方に向けて歩いていると後ろから美竹が急いで走ってくる。まぁ待ってやる必要もないし、並んで話す必要もない。
その感情は彼女も同じみたいで、追いついてからは適度に距離を空けて話しかけてくる。
「あそこの公園で良いから」
「お前は良いかもしれねぇけど、俺は嫌なんだよ。暑いし夏の公園なんて蚊がうじゃうじゃいるだろ」
「まぁ、そうだけど……」
「だったらまだこの前の珈琲店の方がマシだ」
美竹も抗議をしてこなかったので、癪だけど俺の意見に肯定なのだろう。
朝と言ってもこの季節にもなるとすでに暑いし、この暑さで美竹にぶっ倒れられたらそれはそれでめんどくさい。
そんな事よりもサッサと美竹との用事を済ませたい。俺だって人間だから目の前で自分に関する悪口なんて出来れば聞きたくないし、モカが目を覚ました時に誰も居なかったら不安になってしまうだろう。
「つぐの店に着く前に、あんたに聞いておきたいことがある」
「歩きながらも尋問されんのか?」
「……モカとの初デートは楽しかった?」
俺は思わず動かしていた足を停めてしまった。
立ち止まった俺を何事も無かったかのように追い越していく美竹。
どうしてこいつがそのことを知っているんだ……。
思ったより面倒くさい尋問が始まりそうな気がした。
「なんでお前が知ってるんだ?」
「モカの部屋でプリクラを見つけたから」
「そうかい……ただお前が期待しているようなことは無いぞ」
「それなら良かった。あんたとモカが付き合ってる、なんて言い出したらあたしが全力で阻止するから」
今は美竹の後ろを歩いているから、どんな表情をして「阻止するから」と言ったのかは分からない。
ただ、分かることは一つだけあった。
彼女のその言葉を発した声色から、本気度が分かった。
冗談で言っているのではなく、まじめに言った言葉であるということ。
俺たちは羽沢珈琲店に入店した。恐らくモカの幼馴染でこの子が彼女らの言うつぐ、と言う子だろう。確かバンド演奏の時もこの子がいた。
そのつぐと呼ばれている子に案内されて空いている席に座る。
美竹がいつもの、と注文する。俺はめんどくさいから美竹と同じもので良いと言った。
美竹は嫌そうな顔をこちらに向けていた。
同じものを注文するだけで嫌がられるなんて、自分の想像以上にこの子に嫌われてるらしい。
美竹は携帯を触った後、ポケットに入れてからムスッとした顔を向ける。
しばらくして注文していたコーヒーが運ばれてくる。
つぐと呼ばれている子は俺達から離れて、事の顛末を見守るらしい。
コーヒーを口に含む。適度な苦みが口の中に広がる。
もちろん苦みだけでなく、香りも広がって鼻から程よい香りが抜けていく。
その後に残るうまみは、もう一杯飲みたいと衝動を与えるのには十分すぎるアクセントとなっていた。
「とりあえず、あんたに言っておきたいことを言うよ。あたしもあんたと長居したくないしね」
それならメールか何かで一方的に送ってくればいいじゃねぇか、なんて思ったけど直接言わないと伝わらない事はたくさんある。
また「早くモカから離れて」とか言うんだろう?
しかし実際に美竹の口から出た言葉は俺が想像していたものとは大きくかけ離れていた。
「その、この前は……あ、ありがとう」
@komugikonana
次話は10月29日(火)の22:00に公開します。
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~次回予告~
「あんたにされたビンタで、やっと気づいたことがあったから……」
「はぁ、お前……変な奴だな。ビンタされて嬉しかったのか」
「ちっ、違うし!」
俺はどうもこの美竹と言う人物が苦手だ。こいつといるだけで俺の存在が薄くなっていくような感覚に陥るから
「あんた、モカに何を吹き込んだのか教えて」
……こういうところだよな。
では、次話までまったり待ってあげてください。