「今から、親友に会いに行くんだ」
それは、あたしの想い人である貴博君の口から発せられた言葉。
親友に会いに行く。それはきっと言葉の通りなんだと思う。
あたしの心臓はトクン、トクンと高鳴りながら一定のリズムで弾む。
貴博君の親友ってどんな人なんだろう。そもそも性別までも分からない。
だけどあたしの心臓をこんなにも高鳴らすのには別の理由があるのです。
それは貴博君がその親友さんの前でどのように紹介するのか、という事。
「ねぇ、貴博君。いつぐらいになったらその親友さんに会える~?」
「……どうして青葉がそんなにソワソワしてるんだよ」
「貴博君がお世話になってまーす、って言わなきゃいけないからね~」
「お前は俺の保護者か。……まぁ、あまり期待するなよ」
期待するなよ、なんて言葉を掛けられて「はいそうですか」って言える人間はこの世の中に存在しないとモカちゃんは思います~。
なんて思いを顔に乗せて貴博君に訴えてみた。
貴博君はジト目であたしを見た後、軽くため息を吐いてから歩き出す。
大きな河川敷があって、その河川敷に垂直にそびえる橋を私たちは歩く。
ここの河川敷は周りに桜の木がたくさんあって、4月とかに来るときれいなんだろうなって思う。
まぁ、モカちゃんは花より団子派なんだけどね~。
「なぁ、青葉」
「なーに?」
「幼馴染たちは、何があっても大切にしろよ」
「そんなことは言われなくても分かってるから、おっけ~」
「そうかい。だったら良い」
どうしてこのタイミングで言うのかは分からない。
だけど蘭やつぐ、ともちんにひーちゃんはずっと大切に思っている。なにより貴博君がその幼馴染の大事さを改めて教えてくれたって個人的には思っている。
あたしは先に音楽事務所に入って、みんなを紹介しようって考えていた。そうしたら4人もデビューできるから。
そして紹介し終えたあたしは、その事務所を辞める気だった。
ライブのあったあの日、あんなに真剣に止めてくれた貴博君。
あの時から、あたしの視線の先にはずっと貴博君がいる。ずっと追っているんだ。
「それにしても暑いね~、貴博君」
「そうだな……。俺は暑いのが苦手だから勘弁してほしいわ」
「どうして暑いのは苦手なの?」
「染みるんだよ……汗が」
「?」
何に、染みるんだろう。
汗が出る場所は汗腺が集中しているところだから額とか胸、背中辺り。
もしかしたら汗が心の感傷に染みる、とか言いたかったのかな。
もしそうなら、貴博君は面白い男の子だよね~。笑っちゃいそうだよ。
あたしはニヤニヤしながら貴博君の顔を伺う。
貴博君はうざったそうな顔をこっちに向けてから進行方向に顔を向ける。
「暑いところ悪いんだけど、これ持っててくれるか?」
「うん、いいよ~。でも貴博君。ここって……」
あたしは貴博君と話したり、素敵な表情を確認することに夢中だったせいで周りの景色が目に入っていなかった。
そして貴博君からクリームパンの入ったやまぶきベーカリーのレジ袋を手渡される。
今、あたしの目に入ってくる光景。
それは貴博君の口からも語られる。
「ああ、ここは墓場だ。もうちょっと先だから我慢してくれ」
さっきまであたしが出していたフワフワな雰囲気を一気に空へと手放す。
ここに貴博君の親友さんがいるっていう事?それって、そういう事だよね……?
そんな事を考えていたら、あたしの額に軽い衝撃を受ける。
額を手で押さえながら涙目でデコピンをした君を見つめる。
「うにゅ……いたいよ~」
「辛気臭ぇ
「むぅ~……仕方ないじゃん」
「死んだ奴にいつまでも悲しみの表情を向けても仕方がねぇだろ」
だから青葉もいつも通りでいればいい。
貴博君はどんどんと前に歩いていくけど、あたしは立ち止まったままだった。
さっきの君の一言でたくさんの感情が湧いた。もちろん良い感情だよ?
あたしは下を向く。
そして出来る限り、口角をぐい~っと上げて前を向く。
「早く来い、置いてくぞ」
「うん、今行くから待ってて~」
あたしは速足で君の隣まで歩いていく。
しっかり、明るい表情で親友さんに挨拶したいから。
貴博君は墓場に置いてあった小さなバケツと手桶を借りて、バケツに水を入れて歩いていく。
歩き始めてすぐ、ある場所で貴博君は歩みを止めた。
「まだ帰ってきてねぇかもしれねぇけど、俺はわざわざ会いに行くタイプじゃないんでね」
そう言ってバケツに入った水を手桶でお墓にかけ始める。
お墓のてっぺんから何度も水を掛けていて、お墓は暑そうな表情からシャワーを浴びた後のような爽快感に変わったような気がした。
「でも貴博君、会いに来たよね~。ツンデレ貴博君の登場だ~」
「こいつから会いに来いって言う意味だ」
最後に思いっきり水をお墓にかける。
かなり水を掛けたから周りがビショビショになっていて、貴博君の親友さんも大変だなぁ~、と思うモカちゃんでした。
でも貴博君は持ってきていたタオルでお墓を丁寧に拭き始める。やっぱり貴博君はツンデレなのです。
でも、どうしてタオルでお墓を拭くのだろう?
「どうして、雑巾じゃなくてタオルでお墓を拭いてるの?」
「さぁな。ただ……」
「ただ?なに~?」
「いつもその拭いたタオルを持って帰って部屋で干すんだ。そうすると不思議とよっちゃんが近くにいるように感じるんだ」
「よっちゃん?」
「あぁ、こいつのあだ名だ。ガキの頃からそう呼んでる」
貴博君が小さい頃からお友達なんだね。
だからここに来る前に貴博君は言ったんだ。幼馴染たちは、何があっても大切にしろよって。
お墓に刻まれた苗字を見ようと思ったのだけど、さっき貴博君の掛けた水が太陽に反応してキラキラと輝いているから見えなかった。
「青葉、クリームパン出してくれるか?」
「うん、いいよ~」
あたしはレジ袋からクリームパンを3つ、すべて取り出して貴博君に手渡す。
受け取った貴博君は1つはお墓の前に、そして1つはあたしに返される。
最後に残ったクリームパンを貴博君は口に運んで食べ始めた。
「青葉も食べていいぞ」
「お墓の前で、食べるの?」
「おれとよっちゃんは良く食べ歩きしてたからな。これが俺達なんだよ」
「素敵な関係なんだね~」
生前の思い出をこうやってお墓の前の友人と行うのもお墓参りの1つの在り方かもしれないって思った。
けど、あまりお墓で物を食べるのは良くないように感じるけどね。
「去年も~、よっちゃんさんの前でクリームパン、食べた?」
「去年はハンバーガーショップでダブルチーズバーガーを買ってここで食べたな」
「……貴博君って、変なところでバカだよね」
「食べてたら坊主にキレられたっけ」
そりゃあ、お坊さんも怒るだろうね。
でも貴博君はそのお坊さんを論破してそう。生前は二人でこうやって過ごしてたから二人で会える日くらい良いだろ、とか言ってたりして。
そんなことを考えていると、自然と笑みがこぼれた。
真夏の青空の下、怠そうな顔や辛そうな顔をするより、こうやって笑顔で来た方がお互い楽しいよね。
「よっちゃん。そろそろ帰るわ」
「……」
「俺は俺でそれなりには上手くやれてる。いつどうなるかなんて分かんねぇけど。それと今日一緒に女が来てるけど、気にしなくていい」
「……」
「お前の好きだった花を置いとく。じゃあな。……そうだ。最後に一言」
「……」
貴博君は花屋さんで購入していた花をお墓に置く。黄色の花で……何の種類の花かあたしには分からない。蘭だったら知ってるんだろうな~。
「勝手に死んでんじゃねぇぞ、くそったれが」
最後のこの言葉は、霊園全体に響き渡ったんじゃないかって感じた。
貴博君は笑顔を作っていたけど、きっと別の表情をしたかったんだと思う。
それにあたしにはこう聞こえたんです。
もっと、お前と親友でいたかった。
そう聞こえました。
あたしはお墓の前でちょこんとしゃがみ込んで、あたしもよっちゃんさんとお話してみようと思った。
どうしてか分からないけど~、急にお話したくなったんだよね。
「貴博君から紹介がなくて~、ムッとしてるんだけどね。あたしはモカちゃんって言います。よろしく~」
「……」
「貴博君はね、ああ見えても大変だと思うんだ~」
「……」
「あたし、貴博君を支えるから、安心して見ててくれると嬉しいな~」
そう言っていると、あたしの頭上から優しい衝撃が走る。
貴博君があたしの頭をはたいたらしい。顔を上げると、貴博君がムスーッとした顔をしてるんだもん。
「支えるとか、夫婦みたいな事言うな」
「あたしたち、夫婦じゃなかったの……?」
「違ぇわ!付き合ってもねぇだろ!」
「じゃあ~、……モカちゃんと、つ、付き合ってください……」
「あほか」
「うえ~ん、フラれちゃった~」
冗談で告白したのに、こんなにも緊張しちゃうとは思っても無かった。
これじゃあ、しばらく告白は出来ないかもしれないね……。
しかも告白は失敗に終わっちゃうし、ヨヨヨ~……。
何よりも貴博君の親友であるよっちゃんさんの前で、こんな事をしてても良いのかな。
きっと、よっちゃんさんは口をあんぐりと開かせてそうだけどね。どんな人か分からないけど、そんな気がする。
貴博君はお墓の前に置いていたクリームパンを手に持ってから帰る準備をした。
あたしも、ずいぶん軽くなったバケツと手桶を手に持つ。
来た時と同じように、あたしは貴博君の横に並んで霊園を後にする。
その時に、ふと絵の具のにおいと言葉が聞こえたような気がした。
貴博君に聞いても「誰もいねぇのに声が聞こえる訳ねぇだろ」って言われちゃったけど、うっすらと何か聞こえたんです。ホラーとか、そんな怖さは感じなかった。
その時に聞こえたのは多分、だけど。
照れ隠しだから気にするな、と言う言葉と、笑い声だった。
モノクロにしか見えない駅の改札で電車を待つあたしたち。
電車が来るまであと20分もあるらしい。この駅は各駅停車しか停まらない。
「青葉、クリームパン食べるか?」
「うん、食べる~」
「俺も食べるから半分だけど、文句言うなよ」
「モカちゃんに全部くれても良いじゃん、ケチ」
「……俺が全部食べるから、さっきの会話は無かったことにしろ」
「半分こしてくれるなんて、貴博君は紳士だなぁ」
貴博君は細い目をしながらパンを半分に分けて、大きい方をあたしに渡してくれた。
結局パンをくれるのだから優しいんだよね。
そう思っていたからか分からないけど、手に力が入っていなくて受け取ったパンを地面に落としてしまった。
あっ、と言うあたしの切ない声と相変わらずの目で落ちたパンを見てからあたしの方を見る貴博君。
「はぁ、しょうがねぇな……俺の分のパンやるよ。今度は落とすなよ」
「えっ?良いの?」
「良いから渡してるんだ」
今度はしっかりとパンを受け取る。
貴博君は落ちてしまったパンを手に取って、汚れを手で払ってからレジ袋の中に戻した。
あたしは、貴博君の顔をジーッと見つめた。
多分口からもジーッ、という声が漏れていたかもしれない。
「心配すんな。パンは捨てねぇよ。家に帰ってレンジでチンすりゃあ食べれるだろ。菌は熱に弱ぇんだから」
「そうじゃなくって、はい」
あたしは更にパンを2つに分けた。元の大きさから4等分したから小さくなっちゃったし、中に入っていたクリームも指圧によって所々飛び出しちゃってるけど。
貴博君と一緒に食べた方が、美味しいもん。
それにね?
「ありがとな」
あたしは、君からその言葉を聞けるだけでお腹が一杯になるんだから。
@komugikonana
次話は11月22日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
「人間は変わる……か」
副流煙を口からスーッと、外に吐き出す。
京華さんの事務所で正社員として働かせて貰って半年が過ぎた。
半年の間に色々な事があったが、こんなにも充実した半年は学生ぶりかもしれない。
京華さんは良い人だし、モカだってこんな俺に普通の人と同じように接してくれる。
だから、少し怖い。
高校生活のように、急に楽しい生活が幕を閉じてしまうんじゃないか?
「……何を考えてるんだ、俺は」
こんな事を考えるなんて俺らしくない。
ずっと仕事のスタンスは一緒だった。前科持ちとバレてしまえば仕事を辞めて他の仕事を探す。そしてそんな行動を今まで数えきれないほどしてきた。
なのに……。
俺も、変わったのかもしれないな。
ぬるく、嫌らしい風が頬をそっとなでる。
灰皿にたばこをグリグリと押し付けて、不安と言う名の火種を消した。
その時に、俺の携帯が音を立てた。
では、次話までまったり待ってあげてください。