こんなに暑い昼間だろうと、汗が滴り落ちてシャツにぐっしょりと染みついて匂いが気になるとか、そんなことを考えずにただひたすらに走る。
最近はバカなくらいたばこを吸っていたせいなのか、ただの運動不足なのかそれとも嫌な予感のせいで心臓がいつも以上に不気味な音を立てているせいなのか分からねぇけど、息が乱れる。
スーツのまま走るのなんて正直ダサいけど、今はそんな周りの評価なんてどうでもいい。
上着である黒いジャケットを着ていることに後悔しながら最後にモカと会った公園に向かう。
「頼む、いてくれよ……モカ!」
普通の判断なら、朝から昼の長時間でしかも夏であるこの季節に公園に居続けるなんてありえないのだが、俺にはそんな微々たる可能性を信じることしかできなかった。
モカの携帯に着信を入れたが反応が無かった今、モカがどこにいるだとか分からないから。
公園に着いたが、そこには虫取りをして遊んでいる小学生たちや日陰で座って
心臓がグシャリと握りつぶされそうな感覚に陥る。
自分で蒔いた種を悲観している自分にも腹が立つ。全部悪いのは俺だろ。
「やっぱりこいつは電話に応じねぇ……」
ダメもとで巴のSNSで通話を試みてみたが、結果は誰でも分かる結末で終わった。
弟に頼る方法が確実かもしれないけど、こんな状況で弟に頼ってはいけないような気がした。
「考えろ……。しっかり動きやがれ、俺のくそったれな頭!」
焦りによって視野が狭くなるのを叱責する。
そして商店街の方に走り出す。次に俺の頭で導き出された場所へ、風よりも早く突っ走る。
正直脚がもつれかけているけど、モカの想いを踏みにじった俺が吐ける弱音じゃない。
モカが、今朝の俺の放った言葉によってどんなに辛い気持ちになったのか。それを考えるだけで自分の身勝手さに反吐がでる。
周りの人間が
「佐東君!?どうしたの!?汗びっしょりだよ!」
「山吹、モカはいないか?」
「今日は見てないよ。それより汗の量がおかしいって!水持ってくるからちょっと……」
「悪い、山吹。休んでる暇は無くてさ。それと一つだけお願いがある」
「お願い?」
「モカを見かけたら、あいつの好きなパンをあげて欲しいんだ」
口に出かかっていた「モカを見つけたら連絡をしてくれ」という言葉をグッと飲み込んだ。
理由は分からないけど、自分で何とかしないといけないと思った。
「何があったか分からないけど……私でよければ力になるよ」
「……ありがと、山吹」
山吹はちょっとびっくりしたような顔をしていた。
そんな山吹に笑顔でそう言って、静かにお店から出て行く。やまぶきベーカリーが不発だったらもう彼女が居そうな場所は思いつかない。
モカの事、全然分かってないんだよな。
そんな想いをため息として出した後、虱潰しにモカを探すために走ろうとした時に脚がピタッと止まった。
モカが目の前にいるわけじゃない。
俺の脚が限界を超えたわけでもない。
俺の視界に入ったのは、美竹と何回か会ったあの珈琲店が目に入ったからだ。
今までの俺だったらきっと、素通りして根拠もない自分の嗅覚をただ信じて走り出していただろう。
自分の中で何かが「変わった」んだって言ったら、何人の人間が笑うのだろう。
「いらっしゃい……ま、せ」
「君はモカの幼馴染で『つぐ』って呼ばれてる子だよな?」
「えっ、はい。そうですけど……」
つぐと呼ばれている子は少し顔色に暗い色が差し込む。
一度巴を追い込んでいるし、何より突然一人で店に来て名前を確認されたんだ。誰だって警戒はするだろう。
それにカウンター席にはモカと同じバンドにいたピンク色の髪型の女の子もおり、こちらの様子を伺っている。
汗が異常なくらいに滴り落ちてくる。冷や汗とかではなく熱くなった身体を冷やすための汗。
そんな止まることなく溢れてくる水滴をものともせずに、頭を下げる。
「モカが一人になりたい時に行きそうな場所を教えてくれないか!頼む」
「えっ!?と、とりあえず頭を上げてください」
つぐが慌てた様子で俺の方まで駆け寄ってきた。
このたった一回の行動で、この子がどんな子なのか分かった気がした。
「モカちゃんだったら、家の近くの公園とかだと思うけど……」
「そこにはいなくて、やまぶきベーカリーにもいなかったんだ」
「それ以外なら、うーん……」
ボーッとしてくる頭に喝を入れながら、必死になって考えてくれているつぐの顔をまっすぐと見つめる。
そんな時に、カウンター席の方から声が聞こえた。
「花咲川沿いの河原にいるかも。モカ、この前その河原からみる夕焼けも好きって言ってた気がするから」
「なるほど、わかっ」
「その代わり聞かせて。君がモカのところに行ってどうするつもりなの?」
ピンク色の髪の女の子の質問は、その子にとってはかなり重要な意味合いがあるらしいことを雰囲気で分かった。
この子とは面識は無いけど、真剣な顔をするのは珍しんじゃないかって感じた。
それに俺だって、そんな質問に答えられない訳が無いだろ?
「モカに会って、俺の悪かった行動を謝って、それからモカの笑顔を取り戻すさ」
「……そんなことが出来るの?」
「この問題が解決したらこの店にモカを連れてくるから楽しみに待っとけよ」
クイッと口角を上げながら、ピンク髪の彼女にそう言った。
言い切ったから強気だと思われるかもしれないが、それはきっと違う。
言い切れないような、そんな生半可な想いで俺は行動してないから。
「そっか。私は楽しみに待ってよっかな~。もしムリだったら甘い物たくさん奢ってもらうからね?」
「ああ、任せとけ。それと店員さん。おしぼりを一つくれないか」
「は、はい!」
つぐはタタタッと小走りで店の奥まで走って行って、すぐにおしぼりを持ってきてくれた。
ブラウンの、お店の雰囲気にぴったりなおしぼりを彼女から受け取る。
彼女から受け取ったおしぼりは温かかった。
おしぼりなんて温かい物だけど、なぜかホッとなったような気がした。
「悪いな、汗が何滴か床に落ちてしまった。スーツを着てるくせにハンカチを持ってないんだ」
「そんなの大丈夫ですよ!」
「いや、汗を垂らしちゃったらこんなお洒落なお店に失礼だろ?」
「えっ!?あっ、そ、その……ありがとうございます」
少し顔を赤らめながらえへへ、と微笑むつぐ。
床を綺麗に拭き終わってから彼女におしぼりを手渡して花咲川沿いの河原に急ごう。
涼しい店内のおかげで身体が軽くなったような気がするし、また全速力でモカを探そう。
もしそこにモカが居なかったら……。
隅々まで探し回って、必ず見つけるから覚悟しとけよ?
「ついでに君たちの名前、教えてくれないか」
「わ、私は羽沢つぐみ。それでカウンターに座ってるかわいい女の子が上原ひまりちゃんだよ」
「つぐ~、自己紹介ぐらい自分でも出来るから~」
「ごめんね、ひまりちゃん!私が言った方が早いかなって思っちゃって……」
自己紹介ぐらいでここまで会話が広がるのから、幼馴染たちって本当に仲が良いんだなって半ば呆れながらそのやり取りを見守る。
「つぐみちゃんに、ひまりちゃん。ありがとう!恩に着るよ!」
二人の名前を言ってから、羽沢珈琲店の戸を開けて再び全速力で走り始める。
外は陽が暮れ始めているにもかかわらずまだまだ暑く感じる。
だったらもっと速く走って冷たい風と共に走り抜ければいいか。
そんな訳の分からない考えを頭に浮かべながら足を動かす。
革靴のため何度か躓きそうになりながらも、そのたびに体勢を整えるため体重移動をこなして転んでしまうのを防ぐ。
商店街を抜けて、いつもは長く感じる住宅街を走り抜ける。
そこを走り抜ければ、そろそろ川のにおいが鼻を刺激してくるはずだ。
そして目の前に広がる、ゆったりと流れる花咲川の河川敷を転げ落ちないように、だけど急いで降りていく。
そのままモカの姿が無いか確認しながら走り続ける。
「どこだ?どこにいるんだあいつは……」
長い河川敷を走り続けて何分経つのか分からないが、かなり焦ってきている。
その証拠に、川に映し出される自分の顔は川の色に負けないくらい青色になっている。
息も乱れ始め、視界が歪んでいるように見えてきた。
これで誤って川に落ちたりでもしたら格好付かねぇぞ。いや、案外びしょ濡れのまま会いに行くのも俺たちっぽくて面白いかもしれねぇな……。
空の方を見れば、青くまぶしかった空がだんだんと赤みを帯びていっている。
もうすぐ夕焼けなら、モカと話をするにはピッタリかもしれない。
そう思いながら走っていると、俺の視界にはっきりと捉えた人物がいた。
早く動かしていた足も歩幅を小さくさせて徐々にスピードを殺していく。
「やっと、見つけた」
左手で額にくっ付いた前髪をはらう。ただそれだけの行動なのに、左手は汗でぐっしょりと濡れてしまった。
それでも一人寂しく、座りながら夕焼けを見つめるお前のそばに寄る。
あんなことを自分から言っておいていきなりは受け入れてくれないかもしれない。
それでも良いから、俺は君を探して会いに来たんだ。
「今日の夕焼けも綺麗だな。俺にも見させてくれよ」
息が乱れて、おかしくなった喉からガラガラな声で優しく問いかける。
彼女の、モカの肩が一瞬だけ震えたような気がした。
@komugikonana
次話は12月10日(火)の22:00に投稿します。
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~次回予告~
朝にあんなにひどい事を言っておいて、夕方はこんな事を言っている人間がいるなんて鼻で笑ってしまいそうになる。
自分の言葉に関して信頼性がゼロじゃないかとか、都合の良い事ばっかり言うダメ人間なんじゃないかとか思うから。
でも、そんな鼻で笑うような奴は無視してしまえばいい。
鼻で笑っていたちょっと前の自分なら、汗だくになって他人を探すことは絶対にしなかっただろうから。
「今から言うからしっかり聞けよ?俺はな……」
~感謝と御礼~
私の作品5作品累計感想数が1000件を突破致しました!今思えば途方もない数だなって実感の湧かないふんわりとした気持ちではございますが、長い間みなさんに支えて頂いているという事だと思います。
ありがとうございます!これからもドンドン感想、送ってきてくださればと思います。
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これからも小麦こなをよろしくお願いします。
では、次話までまったり待ってあげてください。