change   作:小麦 こな

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前へ進む、確かな第一歩③

何故か心臓がチクチクと動き出す。

この心臓の鼓動は緊張している時に生じる痛みで、久しぶりに感じる。

 

自分の人生がドン底に落ちた日ぐらいから感じなくなった、「嫌われたくない」という感情から現れる痛み。

そんな感情を顔に出すわけもなく、苦し紛れに口笛を一回吹く。

 

「あんたも一緒にいたんだね」

「まぁな」

「それで、なんの用?」

「美竹、君に話したいことがある」

 

美竹の眉がピクッと微かに動いたのを見逃さなかった。

何かの違和感に気付いたのかもしれない。いや、もしかしたら反射的にそうなったのかもしれない。

でも彼女の顔は、間違いなく俺を勘ぐっている様子だった。

 

「いいよ。正直嫌な予感しかしないけど」

「悪いな、ありがとう」

「……あんたに『ありがとう』って言われると気味が悪いんだけど」

「元々気味が悪いだろ?俺って」

 

自分が想像していた以上にすんなりと話が進んだ事に、まるで自信が無かったテストなのにクラスで1番点数が高かった時のような気持ちが胸の中で踊った。

 

俺と美竹のやり取りをジーッと見ていたモカは、二人の会話が終わると急にニヤニヤとし始めた。

きっとそんなモカの表情の変化を見抜いていたのは美竹も同じだったらしい。思わず二人で目を合わせてしまった。

そして目で会話する。

 

この後、面倒くさい事言われそうだぞ。

……そうだね。

 

「お二人とも、相性ぴったりじゃ~ん」

「「それはあり得ないから」」

「仲良しですな~」

 

まさか発言まで被ってしまうとは思ってなかったので真顔で言い切った後、言葉で表すには難しいような変な顔をしたと思う。

なぜならモカのニヤニヤがより一層増したからそう思っただけ。

 

美竹は最悪、とこぼしながらちょっと不満そうな顔をしながら俺たちに言う。

 

「ほら、早く行こうよ」

 

 

美竹は先に歩き出す。どこに向かっているのかは分からないが、とりあえずついて行こうとモカと話す。

モカは多分あそこに行くんだろうな~、と言っているから見当はついているらしいが美竹について行かないとまた彼女が不機嫌になるかもしれないから適度な距離を保ちながらついて行く。

 

「意外と好感触なんじゃない~?」

「そうだと良いんだけどな」

「蘭も本当はとっても優しいんだよ?」

 

モカの言葉からはたくさんの感情を得ることが出来た。

美竹の本当の素顔はこんな表情じゃなくって、時折笑顔も見せる優しい女の子だってこと。

 

そして「も」という、たった一文字の日本語が俺の心をとらえる。

モカは相変わらずニコニコとしていて、彼女が横にいるだけでこれから先何があっても上手くいくんじゃないかなって錯覚させた。

 

 

 

 

 

「……それで?話って何」

 

美竹について行ってたどり着いた場所は、まだ暑さが残りささめいた風が優しく吹き付ける公園だった。

木陰に入って軽く腕を組んで俺の方を向く美竹の目は、ちょっと揺れていた。

 

まるで結果が分かっているけど信じたくて、葛藤しているような目だった。

俺はそんな彼女の想いを無駄にするわけにはいけない。

 

まっすぐ、しっかりと伝えるのが俺に出来る事だと思う。

それはただの自己満足だろうけど。

 

「俺は、モカと付き合ってる。真剣に」

「……」

 

美竹はとっさに喉から出ようとした言葉を我慢して飲み込むように下唇を噛んだ。

そして視線を一瞬だけ地面に向けてから何事も無かったかのように、少しきつめな目で見てくる。

 

俺には彼女がちょっとだけ、強がっているように思えた。

 

「蘭~、あたしからも言わせて?貴博君と付き合ってます」

「……なんで?」

「……蘭」

「なんでこいつなの?」

「好きになった理由なんて無いけど~……心がキュッとなるから?」

 

少し風が騒がしくなる。

そう感じるのは俺だけなのか、それとも幼馴染二人にも感じているのか分からない。

 

でも俺にはこの二人の関係が冬を間近に迎えるもの寂しい木のように思えた。

その木にはあと一枚の木の葉だけを残す。

そんな木に風が勢いを増したら。そう考えるだけでどうなるのかなんて目に見える。

 

そして冷たい北風をその木に吹き付けているの正体は俺だって事も。

 

「美竹」

「分かってる。……ちょっとだけ心の整理をさせて」

「……ありがとう」

「なんであんたがありがとうっていうのさ」

 

静かに、そして申し訳ない事を承知の上で頼む時に使う声色で美竹に語り掛ける。

幼馴染に好きな男の子が出来たのだから応援したい。だけどそれには懸念材料がある。

 

そんな複雑な心境が混雑して離れない彼女の心境は汲み取るように分かるよ。

君の言葉から溢れる優しさも、とっても分かるから。

 

「正直、嫌な予感が的中して『まじかよ』って思ってるだろ?」

「良く分かってるじゃん」

 

この時、もしかしたらだけど、初めて美竹の笑顔を見たかもしれない。

その笑顔は苦笑いかもしれないし、愛想笑いかもしれない。

 

俺から言わせてもらうと知るかよって思う。

どんな笑いだろうが、彼女が笑顔になったんだから半歩くらいは前進したんじゃねぇのかって思えるから。

 

無理してまっすぐ進まなくてもいい。

斜めでも、前に進めたらそれは「進歩」なんだから。

 

「だからさ、美竹。これからの俺を見て判断してほしい。佐東貴博って言う一人の人間がモカを幸せに出来るのか、出来ないのかを」

「……それって、モカが決めることなんじゃないの?」

「自意識過剰で悪いけど、モカはもう決めてるんじゃねぇかな」

 

不規則なパスをモカに渡したけど、彼女は真面目な顔からぽけ~っとした表情に変わり、フワフワっと、だけどしっかりと首を縦に頷かせた。

 

今日より明日。

明日より明後日。

そして明後日より一年後。

 

夕焼けの河川敷で付き合ってくれって彼女に言ったその日に俺が一方的に言った言葉がそれを証明してる。

何かあった時は、こんな恥ずかしくて二度と言えないようなクサいセリフがモカの笑顔みたいにフワフワッと出てくると良いな。

 

「安心しろ。美竹が俺に死ねって言ったら、死んでやるよ」

「なにそれ。ただの迷惑じゃん」

「迷惑かけてこそ、って事だ」

 

真夜中の海にも、山中の深い森の中にだって飛び込んでやる。

それくらいの覚悟が無いと、人を幸せにすることは難しい。

 

風が優しく、公園にいる三人の頬をそっとなでた。

少しこそばゆかったから、自然と口角が上がった。それは美竹も、モカも同じらしい。

 

「あたしはまだ、あんたの事は信頼してない。ひどい人間だって思ってる」

「そうかい」

「だからさ」

 

 

あ、あたしが認めるまで頑張りなさいよ、貴博。

 

 

言い終わった後、一瞬だけ公園に静寂が訪れる。

少しずつ顔が赤くなっていく美竹と、ジト目でニヤニヤ~っとしているモカ。

 

周囲の風も笑い始めたのと同時に、俺もクスクスっと笑ってしまった。

恥ずかしいセリフを言う時は、顔にその表情を出してしまったらダメだろうって思えば思うほど笑いが止まらなくなった。

 

そして懐かしいにおいが鼻から離れずにいた。

それは高校一年生の夏までには当たり前に嗅いでいたにおい。

 

親しい人たちと楽しさを共有するって言う名の、甘酸っぱくてクセになるにおい。

 

「絶対、あんたは許さないから」

「なんで俺だけなんだよ」

 

美竹は話はもう終わりと言わんばかりの速足で公園を後にしてしまった。

話したいことは話したから良いのだが、しっかりと締まらない終わり方で良かったのだろうかというやんわりとした気持ちだけが残った。

 

「だいじょーぶだよ。さっきのは蘭が『またね』って言っているようなものだと思うから」

「お前の幼馴染の方が心配なんだが」

「ツンデレで頑張り屋さんたちを世話してるあたしの身にもなってよ~」

「ん、精々頑張れ」

「他人事じゃ、ないんだけどな~」

 

モカの幼馴染は美竹みたいな子が他にいるって事だと解釈していたが、どうもそうではないらしい事がモカの顔色で分かった。

分からなくなった時は近場から探すのがセオリーだと思うから、もう一度頭の中のネットでサーチを行うけど、らしい答えは見つからない。

 

まぁ良いかと一回だけ大きく背伸びしてからちょっとだけどこか歩くか、とモカに言う。

 

だけどモカから返事が無い。

だから後ろにいる彼女に振り向いた時、彼女はゆっくりとだけど俺の胸に飛び込んできた。

 

外だから辞めろよ、って言おうとしたが彼女の雰囲気は真面目だったから受け入れる。

 

「……どうかしたか、モカ」

「迷惑かけても良いよ?だけど死んじゃあダメだからね」

「ああ、死なない。何があっても」

 

その言葉の真剣度を持たせるため、彼女の背中に手を回した。

確かに冗談でもまずい表現だったかもしれない、と心の中でしっかりと反省した。

 

俺の胸辺りに顔をうずめながら絶対だよ?と呟くモカに絶対だ、としっかりと返事をする。

世の中に絶対なんて言葉は無いかもしれない。だけど統計上存在するその二文字に望みを託すことにした。

 

まるで、流れ星に願いを伝える子供のように。

純粋で、無垢な望みを託しても良い。そんな人間の方が綺麗に輝くと思うから。

 

「じゃあ、どこに行く~」

「そうだな……夕焼けを観に河川敷に行こうか」

「さんせ~い」

 

さっきまで抱き着いていた彼女が離れる。

温もりがなくなる少しの寂しさと、彼女の笑顔によるたくさんの幸福感が気持ちという名の幹線道路を行き来した。

 

モカの手を握りたかったけど、こういうのはムードが大事だからと我慢する。

大人ぶった行動をとる俺は、まだまだ子供だ。

 

「ねぇ、貴博君」

「なんだ?」

「11月、楽しみだね~」

「そうだな」

 

 

11月とクリスマスに休みを貰わなくてはいけないな。

より一層、真剣に仕事をこなさないといけないな。

 

そんな相反する二つの想いが絡まりあって、一つになった気がした。

 

 




@komugikonana

次話は12月24日(火)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価を付けてくださった方々をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました 夢々幻さん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました TD@死王の蔵人さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

「……で?今日は何かあったのか」
「うん!面白い物を持ってきたんだ~」
「持ってきた?嫌な予感しかしねぇんだけど」
「今回は~、モカちゃんを信じて~」

平日の夜にも関わらず、まるでぐっすり寝た休日の朝のような表情のモカに目を細くして見つめてやった。

この前は「貴博君が喜ぶプレゼント」とか言って平気で国内最恐クラスのバンジージャンプのチケットを手渡してきたぐらいだから期待などしたくない。
彼女なりのジョークなのだろうから本気では怒らないが、心の奥底では期待している俺がいるという事も気づいて欲しいものだ。

「……貴博君、信じていないよね?」
「隠し事は無しだからあえて言うが、信じてない」
「むぅ~!ぜ~ったい後悔しちゃうからね~」

頬っぺたをムッと膨らませている彼女をみて、良く分からないフワフワとした罪悪感がゆっくりと満ちてきた。
今回だけは期待してやるか、と言葉にすることはしなかったがベランダからゆっくりと居間の方に戻る。

「……モカ、面白い物ってこれか?」

~感謝と御礼~
今作品「change」のUA数が5万を突破いたしました!たくさんの方々に読んでいただき、感謝の言葉しかございません。
そして近くで私の背中を支えて頂いている読者のみなさんの温かい声援にいつも勇気づけられています。本当にありがとうございます。
これからも応援、そして今作品をよろしくお願いします。



では、次話までまったり待ってあげてください。

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