change   作:小麦 こな

36 / 52
小さいなりの気遣い②

もう聞きなれたはずなのに、授業終わりのチャイムが響き渡った時は年相応の笑顔が溢れ出る。

もうすぐ卒業だって言うのに、全く実感が湧かない。

 

ただ何となく、背中に背負わないといけないランドセルを外すことが出来るという事実だけが妙に嬉しい気持ちをそそる。

小学生になる前は喉どころか、目から手が出るぐらい欲しかったランドセルも月日が経つとありがたいものではなくなる。

 

人間は一度手に入れてしまったら、次は持っていないものを欲しがる強欲な生き物だ。

だから争いは終わらない。たった一瞬の快感を味わいたいがために。

結局みんな、自分の目の前の事しか考えられない。

 

そんなことを考えていると、コツンと頭に衝撃が走る。

どうやら消しゴムが飛んできたらしい。

 

床に音をたてながら転がっていく消しゴムを見て、誰が持ち主なのかは瞬時に理解した。

その人物の方を睨むと、そいつはドッキリが成功した仕掛け人が見せるようなニヤニヤとした表情をしていた。

 

「消しゴムを投げるなんていい度胸してるじゃねぇか。お前をケシカスみたいにチリチリにしてやるっ!」

「じゃあ、お前を練り消しにしてグニョングニョンの伸ばしてやるよ!」

 

傍から見ればヤンキー漫画に出てきそうな殴り合い前の言葉の応酬のように聞こえるけど、それは小さい頃からの親友の前では単なるじゃれあいの言葉に等しい。

 

それはクラスメイトも知っていて、温かい眼差しで見ている女の子とか男たちが集まって一緒にもみ合ったりとか。

これだから6年2組の終わりの会は中々始まらない。たまに日直の男子までもが参加しに来るくらいなのだから当然なのだけど。

 

「みんな、早く席に座れー」

 

担任の言葉が教室に響いたのを合図に、ちょっとずつ席に着き始める。こんな生徒をもうすぐ一年も面倒を見ているのだから毛が薄くなるのも時間の問題だ。

実際、すでに頭皮が髪の毛の間から顔を出していて、理科の実験の時に電灯の光を反射させ頭に当てていたりした。もちろん、俺だけじゃなく他のメンバーもするからそりゃあ黒板の文字が見えないくらい眩しいし笑ってしまう。

 

 

帰りの会を聞き流して終わった後は各自ランドセルを持って帰宅していく。

集団下校だからぞろぞろと列を作って家のある方向に帰っていく。

 

こうして、小学生の学校生活は閉じていく。

 

「タカ、今日はどこに行く?」

「あ?寒いからよっちゃんの家で良いじゃん」

「俺は今日は外に出たい気分なんだって!見れば分かるはず!」

「いやごめん、分かんねぇ」

「なんだよ、役に立たねーな」

「……お前の右鼻に黄色のアクリル絵の具、押し込んでやろーか?」

 

なんで黄色なんだよー、と言いながら腹を抱えながら笑うよっちゃん。

それにつられて自分も笑ってしまう。

よっちゃんといると、名前の通り「幸せ」な感じがする。今あるこの時間が。

 

「じゃあさ、よっちゃん」

「俺の家とか言ったら殴るからね」

「ばか、俺はそんな安易じゃねぇ」

「それもそうか!……で、どこ?」

 

そして俺はよっちゃん譲りのニヤニヤ顔をする。それにつられてよっちゃんも同じような顔をする。

たまにはこういう事をするのも面白そうだし、もうすぐ学校を卒業するのだから良いんじゃないかって思ったから。

 

「夜の学校に、侵入しようぜ!」

 

 

 

 

決まったことはすぐに実行しなくては気が済まない年頃で、早速夜の7時から俺の家の前で集合して学校に向かう。

2月の日が暮れたこの時間帯は手袋をしていても手がかじかんでしまうが、そんな事より夜の学校という未知の体験に対するワクワクの方が大いに勝っていた。

 

もちろん、学校に侵入するのは俺とよっちゃんの二人。

 

「うーん、まだ電気とか付いてるね。人がいるんだ」

「見つからなきゃ良い。それに見つかっても今の時間帯なら『忘れ物を取りに来た』って言ったら問題ないだろ」

「タカが言ったら大丈夫そうだね」

 

上着のポケットに懐中電灯を忍ばせて、しまってある門の上をよじ登って校内に潜入する。

よっちゃんも同じように入っていく。

校門にはカメラも設置してあるが、ああいうのは職員が大して注力していないのは知っていた。

 

このまま探索、というのはリスクが高いから人気の少ない場所に行くべきだろう。

真っ先に思い浮かんだのは家庭科室。職員室とは正反対の場所に位置するという理由もあるが俺たちの教室が近くにあること、そして家庭科の教師が育休明けだという事。

 

育休明けの教師をフルタイムで働かせないだろうから、絶好の隠れ家になりそうだ。

 

問題は施錠なのだが、そこは普段ちょこまかと校内で遊んでいる俺たちに知らない秘密なんて無かった。

 

「……やっぱり空いてる!先生サンキュー」

「この前『施錠してわざわざ職員室まで鍵を取って開けるのが面倒くさい』って言ってたもんね」

 

だから扉を閉めるだけにしている。だって施錠されていると思うのが普通でしょ?という、家庭科教師の先生がいじわるな顔で俺達だけに言った言葉が脳裏に浮かんだ。

 

サッと家庭科室に入って、電気は付けずに光が漏れない机の下に隠れて懐中電灯を照らす。

先生の言う通り、施錠されているものだと関係者の人間が「思い込んでいる」から誰もこの教室の扉を開けないだろう。

 

明けられても、光の出所を消して息をひそめれば問題ないはず。

家庭科室で探すような物は存在しないからな。

 

「ここで誰も居なくなるまで待機だな」

「何をやるかだね」

「俺らのクラスに入って担任の机に育毛剤でも置いとくか」

「それは傑作だね。でも育毛剤なんか持ってるの?」

「持ってないから中身は木工用ボンドで良いか」

「それじゃあ俺の髪の毛を分けてあげるか」

 

何気ない会話が、いつもは入ってはいけない場所にいるという高揚感と誰かに見つかってしまうかもしれないという一匙の緊張感がグルグルと合わさって楽しさという旨味を生み出す。

 

「それよりさ、タカ」

「なんだ?寒くて腹が痛くなったのか?」

「違う。タカは中学は地元の学校にするのかなって」

「いや、俺は隣県の、父親の実家に籍をおいてそこの中学を弟と通うよ」

「お前らしいな。模試で全国で4番目に良い成績のくせに」

 

確かに俺はこの前受けた、中学受験ではもっともポピュラーな模試での順位は日本で4番目に良かった。

中学受験でポピュラーなテスト、つまり受験した人間は学習塾に通っていて尚且つ中学受験を志す人たちが受ける模試。エリートな小学生たちが受けたテストでの結果。

 

だけどそれがどうしたって俺は思う。

 

「勉強するより、よっちゃんとかと遊んでいる方が俺に合ってるからな」

「本当は弟の事が心配なんだろ?」

「……それも、ある。もっと胸を張って生きても良いと思う」

「俺もそう思う。でも出来すぎる兄を持ったら弟は大変なんだろう。兄が出来るから自分も期待に応えなきゃって。ましては双子じゃん?」

「あいつのそういう真面目なところが俺にはない部分だ。それを早く気づいて欲しいもんだ」

 

俺は弟の正博より勉強も、運動も出来るし人とのコミュニケーションも上手い。

でもその分俺は真面目さや責任感はあいつには負ける。

遠い話だけど、大人になったら間違いなく弟の勝っている部分の方が大事になってくるはずだ。

 

だから自信を持ってもらうために、中学は離れた場所に行く。

親には俺まで行く必要はないって何回も言われてるし反対もされているけど、俺だって心配なんだ。

 

「……さて、そろそろ探索でもするか」

「おっけー。行こうか」

 

暗闇に目が少々慣れて、時刻を見れば8時を過ぎていた。

まだ人はいるかもしれないが多くは無いだろうし、事務仕事なら職員室から出ないはずだ。

 

家庭科室の扉をそっと開けてから二人で廊下を歩く。

鍵とは持っていないから出来ても廊下を歩くだけの、何の楽しみも見いだせないはずなのに心はドキドキとして、鼓動は踊りだしていた。

 

 

 

 

 

次の日の平日も、俺たちは何事もなかったかのように決まった時間に集団登校してくる。

だけど心はほくそ笑んでいて、まだ誰も知らない秘密を内側に秘めているような感覚で教室に入る。

 

この通っている小学校には七不思議とかそんな面白いような噂話もないけど、誰もいない静かで暗く、眠っているような建物が俺達にたくさんの高揚感を貰う事が出来た。

 

もちろん、校舎内に入ることは禁止されているしもっと深く掘り下げれば住居侵入の罪に問われるだろうが、あと一ヶ月で卒業だしまだこの小学校の学生だし。

 

俺もよっちゃんも、少しの刺激が欲しい人間なんだ。

 

「おい、席に就け……ってなんで木工用ボンドに育毛剤って書いてあるんだ!」

 

教卓の上に置いておいた木工用ボンドを手に持って予想通りの反応をし、期待を裏切らない担任の言葉と行動に思わず笑みがこぼれる。

チラッとよっちゃんの方を見たら、あいつは笑いをこらえられずに机に突っ伏してプルプルと震えている。

 

おい誰だよーそんなことしたら先生の毛が白くなっちゃうじゃん、というクラスの男子のノリノリの突っ込みも入って朝から笑顔がこぼれる俺たちのクラス。

 

「はぁ、まったく。今日は緊急で朝会があるから体育館に入れ」

 

緊急で朝会?なんでこんな寒い時期に体育館に集まらなきゃいけねぇんだよ。

決まったものは仕方が無いが、機転を利かせてテレビ中継とかしろって思う。普段使わないくせに教室に薄型テレビがあるのだから。

 

廊下に出席番号順に並ばされてゾロゾロと廊下を歩いて体育館に入る。

そこで前から順番に座っていく。

 

全校生徒が集まったらしく、校長が前へと出て行く。

寒さのせいなのか緊張なのか、それとも年齢からくるのか知らないけど震える手でマイクを持つ校長。

 

「おはようございます」

 

校長の言葉にオウム返しのようにおはようございますと返事をする。こういう時の下級生がバカみたいに声を上げる。

 

くだらない話だったらぶっ飛ばすぞ、とか物騒な事を思いながらあぐらをかいて校長の顔を見る。

校長がカスカスの声で言った言葉に、俺は思わず目つきが変わった。

 

 

「最近、夜に校舎の中に入っている人物がおるようです」

 

 




@komugikonana

次話は1月3日(金)の22:00に公開します。
大晦日はお休みさせていただきます。年の変わり目を好きな時間に使ってくださいね。

新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてくださいね。作者ページからもサクッと飛べますよ!

~高評価をつけて頂いた方をご紹介~
評価9という高評価をつけて頂きました ベルファールさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします。

~次回予告~

思わず何も関係のない校長を見る目つきが鋭くなった。
それと同時に頭をフルに回転させる。

「特に被害などはありませんが、帰った後は家で家族のみなさんと過ごしてください」

被害が無いという言葉だけを耳に入れて、それ以外は聞き流す。
特に被害が無いのにどうして誰かが学校に侵入したって分かる?
被害が無いのにどうして緊急朝礼でそのことを言う?
そして気になるのは「最近」というワード。俺ら以外の誰かが、そして複数回にわたって夜の学校に侵入している?

何か、裏に隠された意図がありそうだな……。



では、次話までまったり待ってあげてください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。