change   作:小麦 こな

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ライブとけじめ②

「こういうのは、貴方がするべきよ。佐東君」

 

この言葉によって、一瞬だけ部屋を優しく包み込んでいた空気がカチカチになってどんよりと肩にのしかかった。

お互い真顔で向かい合う俺と京華さん。京華さんはその後すぐにニコッとした。

 

丁度京華さんが笑顔になった時にモカが居間に入ってきて、さっきまで凝り固まっていた空気もふんわり元通りになる。

 

「あれ?貴博君ー。久しぶり~」

「ほんと、親子って似るんだな」

「どーいう事か分からないけど~、そういう事~」

 

モカの顔を見るだけでも顔と心が綻んで安心するのは最近会えていなかったからだろうと勝手に解釈しておくことにした。

もしそんな理由ではないのであれば、きっと俺は溺れているのだろう。

 

京華さんは俺に軽く手を振りながら口パクでごゆっくり、と口ずさんで寝室のある二階へ行った。

軽く会釈しておいたけど、恐らく京華さんは見ていないだろう。

 

「それで、貴博君は何しに来たの?もしかしてモカちゃんに会いたくなった?」

「……そう、だな」

 

モカは冗談か揶揄ったかは分からないけど、俺はしっかりと彼女の問いかけに肯定する。

なぜなら本当の事だし、この気持ちを隠したところでお互い利益が無い事くらい分かっているから。

途中で言葉を不自然にどもったのは、その方が面白いものが見えるという安易な動機だった。

 

モカの顔が俺の期待通りになって思わず口元を緩めてしまう。

そんな表情を見て、モカはより一層顔を赤くする。もうすぐ彼女の顔はケーキに乗っているイチゴよりも赤くなり、甘くなるんじゃないかと思った。

 

「もぅ、貴博君……」

「何照れてんだ?」

「本当に、今日はどうしたの?」

「だからモカに会いたかったからだって。手土産にケーキ買ってきたから食べよ。京華さんが切り分けてくれてるから」

「わーい、ケーキケーキ」

 

結局俺の彼女は典型的な花より団子タイプだからムードや情景よりも食べ物の方を最重視する。それもモカのかわいいポイントだと俺は思ってる。

実は俺もどっちかというとモカと同じタイプだから一度も嫌悪感を抱いたことが無い事も後押ししているらしい。

 

キッチンからケーキを俺の分も含めて二皿持ってきて、机に置いた後すぐさまケーキを口に運び、食べた後の幸せそうな顔を見ると今日ケーキを買ってきてよかったと過去の自分の行動を称賛してしまうのは他人想いの人間なら共感してくれると思う。

 

「美味しい?」

「うん。甘くておいしー」

「そう言ってくれると買ってきた甲斐があるってやつだな」

「せっかく貴博君が買ってきてくれたんだよ?そりゃ食べるよ~」

「もう9時だし、敬遠する女子っているじゃん」

「あたしは、気にしないよ?」

「そっちの方が共感が持てるし、好きだ」

「好きって言われちゃった~。ずっきゅーん」

 

左胸に手を当てて何かに打たれたような仕草をする彼女を見ていると、ささいな日常の中には目に見えない幸せがたくさんあるんだって気づかされる。

俺達人間は今まで何回、こんな幸せを見過ごしてきたのだろうか。

 

小皿に乗ったケーキをフォークを縦にして一口サイズの大きさにしてから口の中に入れると、甘さの中に少しの旨味を見つけることが出来た。

 

「それで、練習のほうはどうだ?モカ」

「うん、ばっちり」

「それなら今回は期待しても良いみたいだな」

「ふっふっふ~。期待しすぎてもいいくらいだよ~」

 

この口ぶりならモカを信じてバカみたいに自分の中で期待値を上げても良いと思う。

なぜならモカたちが期待を裏切るような生半可な事をしないバンドだって知っているし、だからこそたくさんのファンに愛されているのだ。

 

無意識に自分のあごを親指と人差し指で挟んで目を閉じてしまう。

しまった、と思ったがもうすでに遅かったらしく目を開けた時にはモカの綺麗な瞳は俺を映していた。

 

「どうした?モカ」

 

ははは、という乾いた声すら出なかった俺はモカに何でもないようなそぶりをしながら会話を続けることにした。

モカは不満げに頬を膨らませていて、漫画なら吹き出しでぶぅ~、と書かれるような顔をしながらまっすぐに見つめてきた。

 

もう一口、ケーキを食べる。

皿の上のケーキは無くなった。

 

「貴博君……」

「あ、なに?」

「今の考えているような仕草、貴博君が何を考えていたかは名探偵モカちゃんにはすべてお見通しだよ?」

「あ、そう」

「どうしてあたしたちのバンドが人気なのか、考えてたでしょ~」

「すまん、逆。いつになったら解散するんかなって」

「ひどい~」

 

モカのウソ泣きが始まり、俺は声を上げて笑った。

俺が言ったことは冗談だし、そのことは彼女にも分かっているだろう。その証拠にウソ泣きを終えたモカはニコニコとした顔を俺に向けてくれている。

 

毎日帰りが遅いから、ずっと本番に向けて質の高い練習を彼女たちは淡々とこなしているはず。

それなら少しでも憩いの時間を作ってあげたいと思うのは彼氏としては当然だと思う。

 

「なんてな」

 

別に言わなくても良い言葉を敢えて(・・・)言ったのは出来心からだって言ったら何人の人間が失笑するのだろう。

失笑するのは、さっきの会話の続きとしてとらえている人間だ。

 

「さて、夜も遅いしそろそろ帰るわ」

「泊って行かないの?」

「モカは明日もバンド練だろ?夜更かししたら集中してギター弾けないだろ?」

「だって、寂しいじゃん」

「ライブが成功したら、ご褒美やるから」

「ほんと?」

「ああ、何が良いかな……そうだ、俺のおすすめの激辛カップ麺をやるよ」

「この人、わざと言ってるよ~」

 

今までずっと座っていた椅子からお尻を上げる。約2時間ぶりだからお尻付近は少しの温度変化も敏感に感じ取る。

逆に椅子は今もぬくぬくなのではないだろうか。

 

玄関までモカと一緒に歩く。どうやらモカは玄関までついてきて見送りをしてくれるみたいで、またもや見失いがちな幸せを見つけることが出来た。

 

玄関に脱いであった靴を履いて、もうすぐお別れの時間。

一度振り返って優しくモカを抱き寄せた。

 

彼女は何も言わずに背中に腕を回す。その少しの行動が心に潤いを与えてくれる。

 

「またな、モカ」

「うん、ばいばい」

 

離れてから彼女の家のドアノブを力いっぱい握って、ドアを開けた。

ドアの重さが金庫を開ける時のようなぶ厚さと重量感を感じたのは心理的なものが影響しているのだろうか。

 

モカと離れたくないから?

 

それもあるだろう。

でも捉え方に寄ったらこんな風に解釈する人もいるかもしれない。

 

開けてはいけないドアの扉だったから?

 

ドアを開けたその先が不吉な雰囲気がするから、とあたかもその先の世界を見てきたような振る舞いをする人間が言いそうな言葉だ。

 

実際、俺には分からないけど。

 

そのまま事務所の二階へと戻って、明日の仕事に備えて寝ようかと思いながら歩いていると女子大生らしい雰囲気の女の子が二人、向かいから歩いてきた。

 

「もうすぐ年末ライブでしょ」

「そうそう、楽しみだよねー」

「やっぱり注目はRoseliaでしょ!初めて聞いた時鳥肌たったもん」

「分かるー。けど私はやっぱりポピパかな」

 

いつもは息をするように見知らぬ人とすれ違うのに、今回だけは会話に耳を傾けてしまった。

そしてモカたちのバンドの名前が挙がらなかったことに多少のモヤモヤ感が頭の中をはびこっていた。

 

一人でヤキモチしてても仕方がないから、事務所の二階にある自室に速足で入っていった。

すぐに部屋着に着替えて布団の上に身を投げ出して天井をボーッと見つめる。

 

「あいつらのライブまでもう一週間切ってるのか」

 

 

大丈夫、だよな。

きっと成功するよな。

 

 

主語を抜かしてしまっているから俺の心情を聞いたって「何に」心配しているか分からないだろうけど、とにかく心配なんだ。

 

「ピピピピピ」

 

急に携帯が着信を知らせるからちょっと驚いた。

そして掛けてきた人間の名前が表示されているのを見て、舌打ちをする。だけど嫌じゃないから口角は少し上に向いている。

 

「……もう寝るんだけど」

 

携帯越しでもあいつが頭をペコペコとしているのが目に浮かぶ。

そういう気の弱さはいつまでたっても治らないらしい。今度ガツンと言ってやる必要があるかもしれないけど、その役目は俺じゃくてあの子の役目だろうか。

 

「面倒くさいけど、俺も行くよ」

 

本当はちゃんとした理由があるのに?とこちらの事情を手に取っているように言ってくるあいつにうるせぇ、と返したが照れ隠しだとバレてしまったらしい。

電話越しでずっと笑ってる。

 

「それで、本題はなんだ?」

 

さっきまでの笑い声がピタッと止まり、雰囲気がガラッと変わったことが耳を当てているだけなのに分かった。

その気まずさにも似た空気から聞こえてきたのは、すでに何百回聞いたか分からないあのセリフだったから思わずため息が出た。

 

「今回は純粋にライブを楽しむ、って言ってんだろ」

 

それだったら良いのだけど、と消え入りそうな声が耳に届いた。

そもそも今回の件はお前がアクションを取ったんだろ、って言ってやりたかったけど寸でのところで我慢することが出来た。

 

流石に今、これを言ったら逆効果になっちまうもんな。

 

 

 

あの付箋(・・)を貼った意味は、そういう事だろう?

 

 

 

「巴にも同じこと言われたよ。そんなに信用ねぇか?めんどくせぇ」

 

えっ、という声が大きく響いて思わず耳にくっ付けていた携帯を離す。

確かに驚く事かもしれないけどそこまでオーバーな反応をしなくても良いだろうに。

 

でも、昔からいつもこんな反応だったっけ。

 

「信憑性ない人間が言うわ。なにもしませーん。……もういいだろ、切るぞ?」

 

分かったよ、と尻すぼみになっていく言葉を聞いた後に通話を終了した。

 

明日も仕事で朝が早いからすぐに寝たい。

携帯に充電器を差し込んで電気を切る。そうすれば部屋に暗闇が包み込んで俺を眠りの世界へといざなってくれるだろう。

 

 

もうすぐ深い眠りに付けそうだ。

理由は漠然としてるけど、身体がちょっとだけ宙にフワフワと飛んでいるような感覚だから。この感覚を得たら、5分もしないうちに寝れる。

今までの人生でそうだったから、多分合ってる。

 

それじゃあ、アラームにせかされて重たい瞼を擦らなくちゃいけなくなる時間になる前に言っておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪いけど、けじめだけはつけさせてもらうからな。

 

 




@komugikonana

次話は2月11日(火)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~高評価をつけて頂いた方々のご紹介~
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同じく評価9という高評価をつけて頂きました MairoMurphyさん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました 宮ノ村さん!

この場をお借りしてお礼させていただきます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくね!

~次回予告~

ピピピピピ、という音が深い眠りについていた俺を叩き起こして現実世界に投げ出された。
何の夢を見ていたか分からないけど心地が良かった。

携帯を切ろうとして耳から離したのにブーブー、というモカの不満が聞こえてきた。
流石に携帯の画面を見てしまったのは、もしかしたらスピーカー機能になっているのではないだろうかって思ったから。

実際はスピーカー機能になっていないから、相当大きな声だったはず。
モカがこんなにも大きな声を出すなんて珍しい、というか今までなかったかもしれない。
今日に限って「今までに」無かったとか、そういう経験はやめてほしい。



では、次話までまったり待ってあげてください。
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