熱が出ていたらしいモカに冷えピタやらうどんやらを支給してあげた日の翌日。
日曜日にも関わらず何故か早く目を覚ましてしまった俺はコンビニにいる。
もちろん、昨日働かされたコンビニと言うわけでは無い。
俺はそこのコンビニ店員にいつも言いなれた番号を言って、お金を渡す。
買ったばかりのたばこ、ラッキーストライクの6mgを口に
煙をたっぷりと肺に吸い込んでから、日ごろの疲れを吹っ飛ばすかのように口から副流煙を吐き出す。
数回吸ってから、灰皿の上で親指を適度な力加減で揺らして吸殻を落としていく。
ゆっくり吸うたばこは美味しい。
「あれー?そっくんってたばこ吸ってたんだ~」
「……ほんと、いつも俺の前に出てくるよな。後つけてんのか?」
「ふっふっふ~。モカちゃんセンサーがそっくんの場所を知らせるのだ~」
「それは便利なセンサーだな。もっと他の用途で使えよ」
日曜日の朝だというのに、なぜかモカと出会ってしまった。
彼女の頬を赤く染まっていた。この染まり方は熱と言うよりも、長時間寒い外にいた時になるような染まり方に似ているように思えた。
俺はまだ吸えるたばこを強引に灰皿に押し付けて、そのまま灰皿の下へとたばこを落とす。
本音を言うとたばこがもったいなく感じる。だけどたばこのにおいが苦手な奴だっているだろうし、そんな奴の前でたばこを吸っても美味しくない。
「……で?昨日まで寝込んでた奴が朝早くに何してんだ?」
「今からパン、買いに行くんだ~」
モカは嬉しそうな声でそう答えていた。彼女の顔もニコニコとしており、モカにとってパンと言う存在の大きさが見て取れた。
ただ、俺はモカがパンを買いに行くためだけにこんな早い時間に外を歩くには別の理由があるように感じた。
そしてその理由は、クリームパンの中身を当たるような感覚で分かった。
「そっくん」
「はいはい、どういたしまして」
「む~……まだ何も言ってないよ」
俺はすぐにモカの後に続いたであろう言葉を先読みしてやった。
別に褒められたくてやったわけじゃない。ただモカがちょっとだけ、心配だっただけだ。
コートの胸ポケットから一本、たばこを取り出してモカの前をチラつかせる。
要するに俺はもう一本たばこを吸うからお話はここまでだ、と暗示したつもりではある。
だけどモカには通じていないのかしれない。彼女はムス~ッとした顔で俺の方をジーッと見ていた。しかもちょっとだけほっぺたを膨らませながら。
そんなモカを尻目に2本目のたばこに火を付けようとライターをたばこの先端に近づけた時、突然モカの携帯が音を鳴らした。
ロックな音に似合わず、不穏な音に聞こえる着信音が鳴った時のモカの表情の変化を、俺は見逃さなかった。
一瞬にして、顔の色を暗くさせた彼女は、携帯を手に取って少しだけ見つめてから電話に出ることを決心したらしい。
彼女が電話している内容を盗み聞きする気もないから、どんな内容の話をしているのか分からない。もちろん誰と話しているのかも分からない。
俺は無意識に、口に銜えていたたばこに火を付けずに箱の中に戻した。
「それじゃあ、失礼しますね……」
ズシッと重量のあるような重たい言葉で電話を終えたモカは、ポケットに携帯を入れながら俺の方を向いてきた。
彼女の表情は、まるで塩釜焼きにされた魚のような顔になっていた。
今のニッコリとしている彼女の表情は作られていて、金づちで叩けば本当の表情が出てくるんじゃないかって思えてしまった。
「なぁ、青葉」
「……もうあたし、パン買いに行くね。ばいばい~」
「そうかよ」
モカは、手を振ってからどこかへ歩いて行った。
他の人にはモカがどのように見えるかなんて分からないが、俺には壊れかけのブリキ人形のように見えた。
次の日の朝。
あまり気持ちよく眠れなく目覚めが悪かった俺は、顔に不機嫌さを隠しつつ一階へと降りて行った。
いつもは朝早く降りて会社のパソコンで事務作業を行いつつ、良い頃合いになったら外に出てうちのデザインを営業しに行く。
別に朝早くから仕事をすることは強制されていないが、住まわせてもらっている身だから少々ブラック気味な労働環境でも仕方がない。
「おはようございます」
一階の事務所のドアを開けてあいさつ。
いつも京華さんは事務所にいるからそれなりにはあいさつをする。
俺の出した声に反応してくれる一人の声に、ひそかに嬉しさを感じる。
でも今日は違った。
「あ、おはよう。佐東君」
「そっくん。おっは~」
俺は一瞬、顔をしかめた。そして少しだけ頭を抱える。
いつもどうしてモカに出会ってしまうのだろうか……。
彼女と会うことに嫌悪感なんてものは一握りもないけれど、学校も生活も全く違うのにこうも毎日出会ってしまうと変な気分になる。
こう、心がモヤッとするような感じ。
「そうね……モカ、佐東君に手伝ってもらったら?」
「うん、そうする~」
何故か身体全体に怠さが出てきた。別に一昨日のモカのように熱があるわけでは無く、これから面倒くさい事が起きるような気がしたからだ。
現にこの親子は、俺に許可を得ることはしないで物事を進めるのだから恐ろしい。
同時に拒否権も無いから開き直っている自分も居たりする。
まるで生簀の中にいる鯛のようだな、って思った。
「と言うわけだから佐東君、よろしくね?」
「はいはい。……で?今回はなんすか?」
「それはモカに聞いて?」
京華さんはフワリ、とした笑顔で言った。
俺はモカの方を見ると、彼女はニヤ~ッとしながら、そして俺の目を見ながら「そっくん、今日はよろしく~」なんて能天気に言っていた。
そんな表情の彼女の右手には、何かが
「じゃあ、さっそく案出して~」
「何を描くかも知らされてねぇんだけど」
「あたしの意図がテレパシーで伝わらないなんて……」
京華さんの近くに構えられているこじんまりとした俺の机で、こんなバカみたいな会話が繰り広げられている。
あまり大声を出しすぎると京華さんにも、他のデザイナーにも迷惑がかかるから小声で話しているつもりだが、モカはそんな俺の気配りを踏みにじっている。
ただ分かることはと言えば、モカの手に握られていた紙は何度も消した跡があって相当悩んでいるという事。
「ポスターを描きたいんだよね~。そっくん、案出して」
「せめて何を宣伝するのかぐらい教えろ」
「なんと……あたしたちのライブポスター!」
「お前、歌でも歌うのか?」
モカが音楽活動をしているなんて知らなかった俺は、素直な疑問を口にしながら机の一番下にある引き出しをググッと引っ張る。
この引き出しの中にはカタログとか、この会社の人たちが描いたデザインなどが入っている。よくこの書類を持って客に提案している。
少し厚めの黄色いファイルを手に取ってから、目的のページをサラサラッと開きながら探す。そしてそのページを上に向けて机の上にドサッと置く。
「最近こんなのが流行ってるらしいぞ」
「う~ん……なにか違うんだよね~」
「具体的に何が違うんだ?」
「あたしたちの雰囲気に合わない!ってかんじ~?」
やんわりとモカに断られてしまった。個人的にはかわいい系のデザインを見せたつもりなんだけど、雰囲気が違うらしい。
モカが「あたしたち」と言っていたから、複数人で音楽活動をしているのは安易に想像できた。だけどモカたちの活動の方向性に関しては見誤ったようだ。
モカが複数で音楽をしそうな奴……か。
俺の頭の中でスッと出てきたのは巴とメッシュ女。後は分からないがこの二人だけで今更だけど大体の方向性が分かった気がした。
「……なるほど、かっこいい系か。バンドとして見たら王道だな」
「おお~!やっとあたしの電波が届いた?」
「そんなことは良いからサッサと描くぞ」
「あいあいさー」
俺は絵に関しての知識は少しだけある。だけど描く方は初心者に近い。
モカも大学は羽丘女子大学の文学部らしいからそちらも素人だろう。
まぁでも、悪くないデザインは出来そうな気がする。
少しだけ椅子の背もたれに体重を預けて天井を見上げる。
絵に、デザインに関する仕事をするたびに頭によぎるんだよなぁ。
「そっくん、何考えてるの?」
「なんでもねぇよ……気にすんな」
お前の事。
「むぅ~……そっくんも、ママも、いじわるだよ~……」
「奢ってやろうって思ったけど、やっぱ無しな」
「そっくんってかっこいいよね~。ひゅーひゅー」
俺たちは昼飯を兼ねて、近くにあるハンバーガーショップにいる。
ここにいる理由はいたってシンプルなもので、俺たちが作っていたデザイン作業に行き詰りが生じたからだ。
モカはもちろん、俺も悪くないデザインだと思ったが京華さんは「これは何を伝えたいのかサッパリ分からない」とバッサリと俺たちのデザインを切り捨てた。
モカの安っぽい掌返しにため息をつきながらレジの前に立っている女の方に向かう。
俺はコーヒーのsサイズとダブルチーズバーガーを注文した。
モカは俺の横をトコトコと付いてきて、注文していた。
「会計は一緒で良いですよ~」
「かしこまりました」
モカはニヤ~ッとしながら俺の方を見てくる。
いやいや、モカがどうでもいい女だったら殴り倒しているところだ。そんな言葉を表情に変えて顔に乗せる。
どんな顔をしているか俺自身は分からないが、モカは「ごちになります~」とか言いやがった。
そしてモカは席を取りに行ったのだろう、飲食スペースの方へ歩いて行った。
モカがした注文を取り消してやろうか、なんて考えが一瞬だけ頭を遮ったがそこはグッと我慢することにした。
心の中で奢るのは今回だけだからな、と言い訳を何度も唱えながら店員の女にしわくちゃの千円札を渡した。
女の店員からはきれいな色のした硬貨と、まっすぐに伸びたレシートを受け取った。
いつもはしわくちゃに丸めるレシートを、今日はきれいに二つ折りにして財布に入れた。
二人分のお昼を一つのトレイに載せてモカが歩いて行った場所へ向かう。
はっきり言って、モカが座っている場所はすぐに分かった。
だけど、俺はすぐには彼女の近くに行って座ろうなんて思えなかった。
それは、モカの事が嫌いだからではない。
奢らされたことに腹を立てているわけでもない。
彼女が着信を知らせるために騒ぐ携帯をじっと、かなり苦しそうな顔をしながら見つめていたからだ。
「ちょっと離れて、観察してみるか」
@komugikonana
次話は9月3日(火)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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評価10という最高評価をつけて頂きました 弱い男さん!
同じく評価10という最高評価をつけて頂きました 咲野皐月さん!
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同じく評価9という高評価をつけて頂きました EpicPicさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これから第一章のメインに移ってきます!
出来は……かなりいいですよ?期待してまっててくださいね。
~次回予告~
俺は少し離れたところでモカの様子を見ることにした。もちろんトレイを持ったまま突っ立っているのはダルイから空いている席に座って様子を伺う。
ただモカの口が動いているのは分かるが何を話しているかまでは分からず、少し距離が遠すぎるらしい。
だけどこの距離からでも、モカがはっきりしないような顔をしているのは分かった。
まるで夢を叶えられるが重要な何かを犠牲にしてしまう、そんな究極の選択を迫られているような顔だった。
「そっくんはね?『別れ』についてどう思う?」
~感謝と御礼~
今作品「change」の通算UA数が1万を突破しました!これも読者のみなさんの応援が無ければ達成できない事です。
読者のみなさん、本当にありがとうございます!
~お知らせ~
私、小麦こなは9月25日で作家活動1周年を迎えます。
1周年記念に向けて、個人的には企画を計画していたりします。まだ先なので頭の片隅に置いてくださっていればと思います。
では、次話までまったり待ってあげてください。