「残念ながら、あなたはこれから死ぬのです」
悲しそうな顔をした女神様はボクに向かってそう言った。
あぁ、よくあるやつだよ、と思いながらも、ボクの口からは何の言葉も出なかった。
「ですが、あなたを新しい世界に転生させる事で、今の記憶を保ったまま、より良い世界へと導く事が出来ます、どうでしょう?」
名案を思い付いた、と言わんばかりの輝かしい笑みを浮かべながら、と言うか物理的に発光しながら女神様はボクへと手を差し伸べ、その手を取ることを微塵も疑っていない様だった。
でも、ボクはその手を取らずに、何も答えずに背中を向けて穴へと向かって歩を進める。
答えなんて最初から決まっているのだ、この女神様に合うのはそもそも二度目だし、こんな状況を二度も経験するような目に合ったのは、この表情どころか脳みその中身までぽわっとしていそうな女神様の誘いにホイホイ乗って大喜びで転生したボクに責任がある。
「嫌です、まだボクにはやらないといけない事があるんです」
故に、ボクはまだ終わらせていない事に決着をつけなければならないのだ。
代替わりしてから、他者を顧みずに暴れ回る魔王に一発灸を据えてやると言う崇高にも程がある約束を果たす為に、今ここで次のステージへ、ハイ喜んでと飛び込む訳にはいかないのだ。
確かに、かなり厳しいが、それでも勝機はある、かならず夜明けは来る。
己のエゴと太古の妄執に取り憑かれて畏れも忘れ、自らが統治して護るべき民すらも傷つける魔王を止める為の銀の弾丸が、もうすぐ発動するのだ。
「もう、もういいのですよ、あなたは十分に頑張りました、私はもうこれ以上あなたを頼る必要は無いものと、そう思ったからこそ」
彼女がボクを呼び止めようとする、女神様はとてもお優しいから、ボクが傷つくのを見ていられないのだろう、おそらく。
ボクはとても弱いから、おとぎ話に出てくる勇者になんてなれそうもないくらい、国を救うような英雄なんて絶対に叶わない夢でしかない程、悲しいくらいに凡骨だった。
でも、だとしてもボクは、止まれない、止まりたくない。
だって、今までずっとそばに居てくれた優しい彼女に、唐突すぎる死を哀れんで慈悲を与えてくれた女神との約束に、まだボクは報いる事が出来ていない。
神様が居るのは知っているし、ボクの背後で立ち尽くす人が、人々に祈られそうあれかしと崇め奉られ、畏れ敬われる知と心と大地と天を司る女神様である。
それでも、ボクはここに居ないどこかの神様に祈りたかった。
背後から涙を堪えて声の震えを抑えようとする彼女が言葉を何度もぶつけてくるのだ。
「どうして、いつも一人で行ってしまおうとするのですか」
女神様のそばに居るなんて矮小で卑賤な人の身には人生すべてでも有り余る程の畏れ多さだからです。
「どうしていつも痛みを隠そうとするのですか」
困った時の神頼みって言うのはボクはしないって決めてるんだ、神様って意外と頼りないってのは前世の頃から知ってるから。
「どうして、いつも、嘘をついて強がるのですか」
正直心にグサグサ刺さりまくるからやめて欲しい、自分がどうしようもない程平凡で頑張って頑張って頑張りまくっても、最後の切り札が結局魔王を巻き込んで自爆してそのショックで魔王の呪いを吹き飛ばしちまおうなんてしょうもない様な、カッコ良さのカケラもない、世界のヒーローにあるまじき作戦とも呼べないようなお粗末なものしか思い浮かばなかったボクには、女神様みたいに優しくて何でもできる人のそばに居るのは厳しかった。
「なんで……」
次の言葉を紡ぐより前に、彼女は嗚咽を零し、きっとその琥珀色の美しい瞳から涙を流しているのだろう。
ボクの様な無知蒙昧で愚かな人間を勇者として選んだ事、そしてその選択でボクが進行形で傷つき疲弊している事に大層に悲しみ心を痛めておられる。
「どうして、どうして、私を一度も頼ってくれないのですか、あなたを、あなたを助ける為に下界に降りて」
その言葉を聞きながら、ボクは自分の胸に手を当てて、そして強く握りしめた。
その胸は、決して大きくはなかったけれど、手を当てると鼓動が感じられる。
一度目の転生で大きく変わった身体は、お世辞にもかっこいいとは言えなかった俺じゃなくて、それなり以上に良い見た目の少女だった。
ボクは、その見た目とは裏腹に、わりかし最初から力は強かった、と言うか能力自体は男の頃からあまり変わっていなかった、前世ではそもそも存在すらしなかった魔法が多少使えるようになったくらい。
それと比べても確かに、彼女はとても、とても強い、この浮世を守護する女神、でも、彼女に頼ってはダメなんだ。
好きになってしまった女の人相手に、助けてくださいなんて誰が言えるものだろう。
もちろん甘えたいとか、癒やして欲しいとか、そういった願望がある時ならば泣き言だって言えるだろう、でも、男なら、だったなら、ずっとそばに居てくれた、自分が惚れた女の人にカッコイイ所を見せたいんだと、そう思ってしまうものなのだと、ボクは少なくとも、そうなんだ。
「ボクは、自分を好きになりたい」
嘘偽りのない、心から願ったこと、理想の自分になりたい、もっと好かれる人でありたい、そんな気持ちを持ち続けながら、ボクはこの世界に転生した。
「こんな風になったのは少し驚いたけど、でも、あなたが居たからボクは必死になれた」
少なくとも、好きな人の側に四六時中居ないといけないのはそれなりに負担もあったし緊張もした、でもだからこそ、かっこよくなりたい、頼ってもらいたい、そんな気持ちをずっと持って、理想の自分になりたいっていう最初の願いを忘れずに生きてこられたんだ。
「あなたを一目見て、たくさん話して、ボクの願いを聞いてくれて、この世界に転生したときから、ボクはあなたの為に生きたいと思った」
あなたが居たから、あなたの為だったから、ボクは強くなろうとし続けられた、結局、最終手段はほぼ自爆だったけれど。
「でも、それでも、今一つだけ足りないものがある」
この人と、彼女と、もっともっと一緒に居たい、失敗したらもう会えなくなるかもしれない、失敗したら失望されてしまうかも、ギリギリの土壇場になって、色んな不安で、押し潰されそうになる。
ボクはいつもこんな不安に足を止めてしまって、いつも後悔してきた、だから。
「足りないもの、ですか」
いつの間にか彼女の嗚咽は止まっていて、ボクはもう一度振り返ると、初めて目を合わせるように彼女の顔を見つめた。
「そう、あなたが頼って欲しいと願うボクに、あなたに頼って欲しいと願うボクに、臆病で、無謀な事をしようとしてるボクの中に、これから先の事で、後悔しない為に一つだけ足りないものがある」
ボクの中に必要な物、それは彼女ももうわかって居るだろう、今こうやって、最悪に近い手段で魔王を止めようとしているボクが、未だに震えて引き返そうとするボクが今最も必要としているもの。
大きく息を吸い込んで、精一杯の思いの丈を、ボクはもう一度口を開いて叫ぶ。
「アンタのために勇気が欲しい!世界を守るためじゃない!魔王を止めるためじゃない!たった一人のアンタのために!全てを捨てる覚悟が欲しい!ボクが大好きなリモナの為に!どんなに辛い道にでも!どんな理不尽な世界にも!」
「一緒に行く為の勇気が欲しいっ!」
時が止まった世界の中で、ボクは彼女と二人きりで、これ以上にないくらい追い詰められてから初めて全力で、叫んで、そして―――
結局、魔王は思惑通り、溜め込みに溜め込んだ魔力を爆裂させてぶつけた衝撃と、彼女の為に覚悟を決めたボクの気合のおかげでなんとか正気を取り戻した。
あの後結局、ボクは顔を赤くする女神様の元へと帰って、もう少しこの世界で過ごす事を決めた。
多分、少なくとも寿命が来るまではボクはこの世界で過ごすだろう。
リモナがわざわざボクの為にと用意した現地用の身体があるのだから、もう少しそばにいたいと欲を出してしまったのだ。
「おかえりなさい、今日はどうでした?」
今ボクは、魔王を倒した英雄とかじゃなくて、魔力の溜まった遺跡や洞穴の中の比較的浅い場所をウロウロして、良さげな物があればもちだす、いわば盗掘家みたいな事をやりながら過ごしていた。
もちろんそこそこに危険ではあるけれど、やっぱり打倒魔王の冒険でそれなりに鍛えられていたし、深くは潜っていないからスリルはあるけど危険はほぼ無い、それでも未知のものへの好奇心というか、隠れ家的な場所に忍び込むワクワク感は充分に味わえている。
ある意味ボクの求めていた冒険は、魔王をシバいて正気に戻してからやっと始まったんだ。
「あぁ、うん、ちょっと面白いもの見つけてさ」
今日のお土産は透き通る程に透明度の高い石が嵌め込まれたペアリングだった。
狙ってないと言えば嘘になるけれど、魔力溜まりにある宝石や石の塊はそれ自体がとても魔力を通しやすい触媒になる、っていう点も加味して、今日のお土産はこれ、と即決したのだ。
「いつもありがとう、リモナ」
そう、ボクが愛する君の為に、頑張って探してきたんだ。
「あ、は、はい、ありがとうござい、ます」
顔を赤くして、嬉しそうに微笑みを浮かべるリモナは、やっぱり、綺麗だった。
TS転生してそれなりに頑張った一般人が一目惚れしてずっと両片思いしてきた女神様に告白して同棲する話です