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愛とは何か?
それは人それぞれの考えや思いがあるだろう。
隣人愛に家族愛、そして愛する人に対する純なる思い。
そのどれもが正解の一つであり、人の数ほどのそれぞれの愛がある。
多くの哲学者などが愛について語っているが、答えなどがないのが愛なのかもしれない。
時に、その思いは人を狂わせ、より凄惨な事件へと発展することもある。
結論、愛は、それだけ偉大なものと言えよう。
そんな私こと『愛染宗次郎』にとっての愛とは何か?
それを語るには、まず私自身の生い立ちを語らなければならない。
まず私は、ある界隈では有名な転生者という存在で、例のごとく今まで住んでいた世界とは違うこの世界に誕生した。
宗次郎という名前もこの世界で生まれた際に両親から頂いたものであり、生前、つまり前世での名前も勿論あるのだが、今、この場において全くの知る必要がないものため、話を続けようと思う。
前世の私は、某少年漫画雑誌の『鬼滅の刃』という作品にハマってしまい、毎週の雑誌発売日に『鬼滅の刃』を読むためだけに雑誌を買っていたほどである。
そこまで何が私を作品にハマらせたのかというと、独特な世界観と個性的な登場人物に惹かれたのだろう。
主人公である炭治郎の真っ直ぐな思いと性格はスコだし、その妹の禰豆子ちゃんの愛らしさは最高、通称次男さんの善逸のキャラもベリーグッドで、三男さんの伊之助の腹筋はペロリたい、作品屈指の萌えキャラの義勇さんは天然スコで、兄貴杏寿郎さんの生き様はカッケ―、個人的なヒロインのしのぶさんは単純にスコだ……とこの場で語るには溢れんばかりの想いを語ってしまうことになるだろう。
ただし無惨、てめぇは駄目だ!!
ということで、まずこの世界で『鬼』というパワーワードを聞いてしまい、時代背景などを考察し、この世界が鬼滅の刃の世界と知ったときは、先ずはいろんな意味で震えるしかない。
同時にこのクソゲー臭漂う世界にも絶望してしまったね。
そもそもポンポン人が死んでいく世界で、一般人の私では瞬コロは間違いなし、遅くても数年の命だろう。
だが、死ぬ前に一度でいいからあの魅力的な人達に会ってみたい、というファンとしての欲望を抑えきれない。
ならば、どうするか?
答えは一つ。
誰よりも強くなるしかねぇだろ!!
という決意をした私が17歳を迎えた春頃。
「宗次郎、今日から君を愛柱に任命する」
癒しのボイス持ちのお館様から柱に任命された。
ふむ……人間案外どうにかなるもんですね。
・ ・ ・ ・ ・
耳元で風を切る音が聞こえ、手に持った木刀で反らすように飛来する木刀の切っ先を弾き返す。
流れるような剣捌きが、リズムよく周囲を回ると、微かな隙を伺うように木刀を走らせ、相手のリズムを狂わせる。
だが、そんなことを一切気にも留めないその姿はまさに流水の如く、一部の隙も崩しも効かないと言っていいだろう。
ならばと、私は、相手の踏み込んだ瞬間を狙い、渾身の一撃を相手の身体の芯に向けて叩き込む。
威力重視の容易な狙いの一撃は、簡単に木刀により防がれてしまうが、次の瞬間相手の身体を大きく吹き飛ばした。
その瞬間に、衝撃のせいかお互いの木刀が手元からへし折れた。
「ふむ、どうやら引き分けのようだ」
折れた木刀を眺めながら私は、吹き飛んだ先で華麗に受け身を取った冨岡義勇に声をかける。
「ああ」
言葉少なく返事を返す。
手が痺れたのか、右手を振る義勇の姿を見て、私は思う。
コミュ症な義勇さんはやっぱりスコだな、と。
そんな内心を隠しながら、私と義勇の恒例の手合せが終わる。
すると周囲でギャラリーと化した柱達から、様々な反応が返ってくる。
「流石は愛染さんですね、あの冨岡さんをあそこまで吹き飛ばすとは」
そう言って拍手を送ってくれたのは、笑顔が眩しいベリーキュートな胡蝶しのぶである。
小さなお手で、ぱちぱちと鳴らすその様に、両手を握り締めたくなる衝動に駆られるがクール系キャラの威厳を守るため、自分の理性で衝動をねじ伏せる。
そんな彼女に褒められ、テンション上がりまくりの私だが、あくまで冷静に声をかける。
「いや、褒めるべきは義勇だよ。 あのタイミングでまさか完全に流されるとは」
カウンター気味に放ってみたが、まさか木刀一本で衝撃を緩和させたのは、流石は水柱というべきだろう。
こちらも向こうも、本気で打ち込んではいなかったが、それでも一度たりとも掠りもしなかった事実は、少しだけ凹み、同時に流石は義勇さんと内心拍手喝采である。
そんな私の賛辞を聞いてくれたのか、興味がなさそうにその場を後にしようとした義勇の足取りが微かに軽やかになっているのを見て、内心ニマニマしてしまう。
多分、この後鮭大根を決めるつもりだろう。
「しかし、相変わらず派手な一撃だ。 冨岡のやつが吹き飛んだのはまさに派手派手だな」
「うむ、まさに魂の一撃と言えるだろう!!」
その後も宇髄天元に煉獄杏寿郎の賛辞が続き、私の気持ちはまさに有頂天と言っていいだろう。
この両兄貴から褒められると流石に自信が沸いてくる。
よく考えると、杏寿郎は私より年下だったのだが。
「確か、白虎、と言った技であったな!? うーん相変わらず宗次郎には驚かされてばかりだ!!」
「ありがとう杏寿郎」
杏寿郎の言った白虎という技は、私が考え付いた新たな呼吸『愛の呼吸』弐ノ型に当たる技である。
技自体はとてもシンプルで、たった一撃に全てを込めるというだけの技とは言えないものだが、私が様々な呼吸の特性を活かしたまさに一撃必殺と言える技である。
この技で昔、下弦の参と陸を纏めて吹き飛ばしたこともあり、その威力のせいか木刀では完全再現できない技の一つである。
「しかし、冨岡の奴、何も言わずにどこかに行きやがって……相変わらず陰気な野郎だ」
面白くなさそうに天元が、この場から去っていく義勇に文句を言うが、そんな気遣いができれば、アレがああはなっていないだろう。
そして、そんな義勇が私は好きだ。
「まあ、いいじゃありませんか。 そもそもこの集まりで、冨岡さんが今までいたこと自体が奇跡ですよ」
しのぶの言う通り、現在ここにいるのは、杏寿郎、天元、しのぶ、そして私の四人しかいない。
他の柱達は、デートだったり、任務だったり、散歩だったりと出払っている状況で、空気読めなさ男の義勇が残っているのは本当に奇跡と言っても過言ではない。
確かに、と頷く杏寿郎と天元が納得する姿を、今、現在鮭大根を食いに行こうとしている義勇が見たらどう思うだろう。
そんなことを考える私の目の前で、ニコニコ顔のしのぶが小さな両手を叩く。
「で、お三人方、この後どうしますか?」
ニコニコと相変わらず可愛い笑みを浮かべるしのぶに対し、二人は答える。
「俺は嫁達とこの後、花見に行くぜ」
「うむ、俺は弟の鍛錬を手伝うつもりだ」
嫁思いの天元と弟思いの杏寿郎に、クールな表情を張り付けて、内心ほっこりしている私を見て、しのぶが声をかけてくる。
「愛染さんはどうされますか」
「私は特に用はないよ、しいて言うならこのあと昼飯でも食べに行こうと思っている」
折角なのでぼっち飯を決め込んでいる義勇と一緒に鮭大根を摘まむのもいいだろう。
そんな風に考えていると、彼女はこんな提案をしてくれた。
「でしたら、私の屋敷でお昼でもどうですか」と。
その提案に私も快く了承し、義勇との飯はまた今度にしようと思った。
・ ・ ・ ・ ・
愛染宗次郎という男がいる。
俺と同じ20という歳でありながら、炎、水、雷、岩、風、の基本的な呼吸を全て修得した傑物であり、新たな呼吸として『愛の呼吸』を生み出した天才である。
恵まれた身体に、人知を超えた戦闘勘、冷静すぎる戦術眼に、類まれな頭脳。
全てを兼ね揃えた宗次郎は、まさしく鬼殺隊最強といっていいだろう。
最終選別すら満足に切り抜けることができず、代わりとして柱となった俺とは大違いである。
錆兎を救えなかった愚か者と肩を並べることすら烏滸がましい。
もし、彼が同じ時に選別を受けていなければ、錆兎が今もこうして生きてはいなかっただろう。
もし、俺が先に宗次郎に助けてもらわなければ、錆兎が怪我をすることもなく、そして水柱になっていただろう。
俺という存在がいなければ……
そんな風に考えていた俺を殴り飛ばしたのも宗次郎であった。
振り抜かれた右拳はやけに熱く、殴られた頬は何故か暖かった。
「義勇、お前は錆兎との友愛を信じないのか」
罪悪感から先生の補助をしている錆兎に会わなかったことに怒りを覚えたのか、そんなことを言い出した。
故に、合わせる顔がない、柱としての資格がない、そう言った俺に、彼は一言。
「強くなれ、義勇。 誰よりも強く」
錆兎が言ったらしい、俺達は一心同体だと。
お前が弱ければ、俺も弱いということになり、俺が強いというならば、お前も強いはずだ、と。
「私は、冨岡義勇という男は、誰よりも強くなれると知っているよ」
家族を愛し、友を愛する男が弱いはずがない。
そう言った宗次郎の眼に、義勇は今まで感じたことがないような力強さが自身の中で芽吹いたような気がした。
こんな俺を信じてくれる人がいる、
俺もいつか彼のように、もう一人の親友のように強くなろうと、そう思った。
「って恰好良いこといってるが、お前、未だに同僚とまともに会話できていないのは不味いだろ」
「そんなことはない、俺はうまくできている」
「嘘をつけ、前に宗次郎から聞いたんだよ。 義勇が柱同士で孤立してるって」
「俺は孤立していない」
「じゃあ、ここ最近誰かと話したか、言ってみろよ」
「宗次郎」
「で」
「……錆兎」
「俺は柱じゃないぞ」
「……胡蝶?」
「お? 蟲柱になんて話したんだよ」
「嫌われてるって言われた……」
「……で?」
「嫌われていないと言った……」
「……え、義勇、お前本当に嫌われているのか?」
「俺は嫌われていない」
後日、錆兎が宗次郎と連絡を取り、柱同士でお食事会を開いてもらうようにお願いしたのは、親友としての気遣いだろう。