愛柱・愛染宗次郎の奮闘   作:康頼

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お仕事が始まったので、週一更新にします。
申し訳ございません。


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 背丈や姿は無一郎よりも幼い少年であり、他の鬼達同様に真っ白な髪と肌をした鬼。

 いや、違う。

 他の鬼がこの鬼―――累に似せられてしまっているのだ。

 だからこそ、この鬼から感じる表情は、家族を殺された悲しみや怒りではなく、ただあっさりと死んでしまった家族への呆れである。

 

 「子を守るのが母と父の役割のはずなのに、弟を守るのが兄と姉の役割のはずなのに」

 

 本当に使えない――そう吐き捨てて、累は先程まで無一郎が戦っていた鬼が塵になっていくのを見る。

 確かに累の言っていることは、家族というあり方として間違ってはいない。

 事実、しのぶの両親は幼い二人を守るため、必死に抗い続けた。

 故に両親が死んだときのしのぶの心境は、もう二度と会えない愛する両親への悲しみ、そしてその仇である鬼へと怒りだった。

 そこに呆れという感情を挟むなどあり得ないし、ましてやそれは役割ではない。

 そうなってしまうのが家族なのであり、それが家族愛というものだ。

 だからこそ、しのぶには累の考えが理解できなかった。

 

 「まあ、いいや。 また作ればいいしね」

 

 何でもないように口にする累に、否定の言葉をしのぶは言ってやりたかった。

 家族というのは、そうも簡単に作れるものではない。

 もし、そんなことができるならそれは本当の家族ではない、と。

 だが、目の前の累から発する異質な気配に、しのぶからそういう余裕はない。

 しのぶ達が刀を抜いているのにもかかわらず、一向に構える気配がない累から余裕という名の傲慢が感じられ、それこそが鬼であり、そして十二鬼月なのだろう。

 

 「で、話は終わったの?」

 

 気負うしのぶとは対照的に、小生意気そうに吐き捨てる無一郎は、日輪刀を鬼へと向ける。

 

 「最後ってことは、お前が十二鬼月ってことでいいんだよね」

 

 無一郎にとって、累の戯言など初めから興味がなかった。

 十二鬼月の首を獲る、それだけが無一郎の目的である。

 

 一瞬で、距離を詰める無一郎は、累の細首を刎ねようと刃を振るう。

 余りの速さに累も反応できなかった―――はずなのだが。

 

 キン、と甲高い音がこの場に鳴る。

 無一郎の刀が累の首まで数センチのところで止まってしまい、そこから動かすことができず、刀の先には累の指先から放たれた糸があった。

 数十の糸を編み込むようにして強度を上げていたのは、間違いなく累が無一郎の攻撃を読んでいたということ。

 確かに鬼の弱点は、首であることに間違いなく、そこを守っていれば死に至ることはない。

 だが、無一郎の剣は、相手には悟らせることができないほどの速度の緩急、そして上下左右への滑らかな変化である。

 累は、そんな無一郎を警戒し対応したそれだけの話である。

 対し、無一郎はというと、以前宗次郎に簡単に読まれた際に、注意されていたことを思い出した。

 宗次郎曰く、無一郎の天賦の才については褒め称えていたが、同時に鬼との斬り合いに対する経験値の低さを注意していた。

 特に、すぐに鬼を仕留めようと真っ先に首を狙いすぎているため、いくら動きで惑わそうとも受け止めることは容易である。

 そう言われたとき、内心、そんなことはできるのは先生くらいだと宗次郎を褒め称えていたが、どうやら無一郎の認識の甘さであったようだ。

 

 「へぇ、今まで斃してきた人の中で一番速いかもね」

 「一撃防いだだけで何言ってんの?」

 

 再び無一郎が攻め立てようとしたその瞬間、累は両手を振るい、糸の刃を放つ。

 攻撃から回避へ瞬時に反応した無一郎が後方へ大きく飛び終えたのと同時に、糸の刃はその下を抜けていく。

 そして、世界がズレた。

 累が振るった直線上にあった木々が、鋭いもので切り裂かれたように倒木していく。

 その光景を見ていたしのぶは、真っ先に累の指先から伸びる細い糸を見る。

 他の鬼よりもか細く見えるこの糸こそ、鬼の刃であり盾と化す攻防の要なのである。

 

 当たれば、人間は細切れですね、と恐ろしい光景を思い浮かべながらも、しのぶも恐れることなく累へと接近する。

 糸の射程距離はわからないが、倒れている木を見る限り、離れた距離では刀が攻撃の主体であるしのぶ達は一方的に嬲り殺されるだろう。

 故に距離を詰めなければ勝機は見えてこない。

 鍛え上げられた脚力で、累との距離を縮めるが、あと一歩というところで、罠のように設置された糸がしのぶの行手を阻む。

 それは逆側から攻める無一郎も同様である。

 最初の接近以降、累から警戒されているのか、しのぶ以上の糸の包囲網を展開されている。

 

 「無一郎君!! 一人で突っ込まないでください!!」

 

 人数差の有利を活かして、連携で近づこうと提案するしのぶを完全に無視し、無一郎はたった一人で累へ戦いを挑む。

 

 霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫

 

 頭上に展開する格子状の糸を切り裂き、包囲網を突破するが、それに呼応するように累の手が動き、再び第二の包囲網が完成する。

 

 霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海

 

 全ての糸を掻い潜りながら、同時に糸を切り裂いていく。

 その動きに累は驚愕の表情で、迫る無一郎に視線を向けるが、既に両者の距離は刀一本分までに縮まっていた。

 累は後方に飛ぶようにして下がるが、既にそこは無一郎の間合いである。

 

 「ちっ!?」

 「これで終わりだよ」

 

 霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り

 

 滑り込むように累の脇を抜けた無一郎は、そのまま白い右足を斬り飛ばす。

 足を斬り飛ばされた累は、苛立ちと怒りで表情を歪めていたが、自身の糸を使って、大きく宙に舞うと、無一郎から距離を取って糸を鞭のように放って牽制をする。

 先程まで攻撃を容易に躱してきた無一郎だが、連続の技を使用したせいで呼吸が乱れ、思うように体を動かすことができず、咄嗟に転がるようにして糸の包囲から逃れた。

 その光景を見ていたしのぶも、無一郎に集中する攻撃を少しでも減らそうと、囮になるべく鬼へ何度も接近するが、糸を斬ることができないしのぶでは、最終的には回避するしかない。

 そんなしのぶの姿を観察していた累は、二人の脅威度を正確に判断し、攻撃力に難のあるしのぶから視線を逸らすと、荒い呼吸をする無一郎へ視線を向ける。

 

 「まさか、僕の足が斬り飛ばされるなんてね。 君が僕の家族を殺したみたいだ」

 「そうだけど、それがどうしたの?」

 

 右足を再生させながら喋りかける累に対し、無一郎は息を整えることだけに集中する。

 そんな無一郎に、鬼は頭上から糸を振り下ろすように放つ。

 空間全体を切り裂く糸の群れに、無一郎は回避し続けるが、その動きに精彩さが欠けていた。

 その緩慢な動きを見て、しのぶは無一郎が体力切れを起こしていることに気が付いた。

 いくら天才と呼ばれ、全集中・常中が使えるといえど、無一郎はまだ十二歳の少年である。

 普通の鬼なら問題はないにせよ、まだまだ身体が成長しきっていない無一郎にとって、十二鬼月レベルの鬼相手ではその微かな動きの乱れが要因となり致命的な状況に陥ることは眼に見えている。

 

 「いや、別に特に言うことはないよ。 ただ僕に手間取らせることをさせた代償は払わせてもらうよ」

 

 事実、斬り飛ばした足を再生し万全な態勢に戻った累と、連戦と連続技のせいで消耗している無一郎を見て、しのぶは自身がどう動くべきなのか、と判断を迷わせる。

 しのぶ自身がこの鬼を倒すことができないのなら、無一郎を拾って撤退するしかないが、その際累の猛攻を喰らい、全滅するしかない。

 すぐにしのぶだけが撤退しても、しのぶは生き残ることができるかもしれないが、無一郎は確実に死んでしまうだろう。

 

 どうすることが鬼殺隊の判断として間違っていないのだろうか?

 迷いながら、果敢に攻めるしのぶの心情を表すかのように、しのぶが放った一撃により、刀は鈍い音を立てながら真ん中からへし折れてしまった。

 

 「あっ」

 

 刀が折れたことにより、動きが止まったしのぶを見て、累は瞬時に距離を詰めると右足を振り抜いた。

 頭部に迫る累の回し蹴りを、折れた刀でしのぶは受け止めたが、勢いを殺すことができず、そのまま後方へと吹き飛ばされ、全身を木に打ち付けて止まる。

 全身を強打し、肺の空気が全て吐き出されたしのぶが、なすすべなく地面に転がる。

 容易に仕留める方を取ったのか、無一郎ではなくこちらの方へと歩いてきた累の足音が、しのぶの耳に響くように聞こえた。

 

 「君に、僕の首を斬ることは出来なさそうだけど、チョロチョロされるのも面倒だ」

 

 死ね。その一言が凍てつく殺気と共に、しのぶの首を突き刺す。

 斬られる!? 眼を瞑ってしまうしのぶだったが、迫り来る刃よりも浮遊感が襲い掛かる。

 眼を開いたしのぶが、目にしたのはしのぶを担いで全力で逃げる無一郎の背中だった。

 

 「世話が焼けるね」

 「む、無一郎君……?」

 

 荒い呼吸で全力疾走する無一郎を見て、しのぶはようやく自分自身が助けられたことを知る。

 先程から、足手まといにしかならない自分自身の不甲斐なさに、思わず涙が流れそうになるしのぶだが、そんな余裕すら累は与えてくれない。

 糸を巧みに使いながら、無一郎達を追う累の動きに対し、しのぶを背負って走る無一郎の限界は近い。

 このままでは近い内に、二人とも為すすべなく累に殺されてしまうだろう。

 考えなければ、死ぬ。

 戦うことができないしのぶにできるのは、考えるだけだ。

 

 『しのぶは凄いね』

 

 そう、宗次郎に褒められたことを思い出した。

 鬼の首を斬ることも出来ない隊士に対しての気遣いとしのぶは当初思っていたが、宗次郎は熱心にしのぶに話した。

 

 『太陽でしか殺すことができない鬼に対し、他の方法を考えつくことができるのは並大抵の人間にできることではないよ』

 

 首を斬るという行為も、日輪刀という太陽光を浴び続けた鉄からできた刀なので、厳密には太陽で殺しているようなもの。

 つまり、植物の毒で殺すというしのぶの発想は、今まで誰も考え付かなかったことである。

 

 『この毒ができれば、助かる命も増えるはずだ』

 

 そう言ってくれた宗次郎の言葉は、しのぶの励みとなった。

 そして、もう一人しのぶを褒めた人間がいる。

 

 『胡蝶妹は凄いな』

 

 ぼうっとした様子でしのぶが、怪我人を治療しているのを義勇が見ていた。

 その言葉は、ただの嫌味にしか聞こえなかった。

 柱であり、多くの鬼を葬ってきた義勇に対し、治療することしかできないしのぶでは比べ物にはならない。

 だが、義勇は言葉を続ける。

 

 『俺は斬ることしかできない。 だから守れなかった命も失った未来もある』

 

 珍しく長く語った義勇の言葉には、後悔と羨望が見え隠れしていた。

 その姿に、しのぶは、柱という人間は全てを守ってきたわけではないということ、そして誰よりも人の死を見てきた人間ということを知った。

 姉であるカナエもそうして戦い続けていたのだ、しのぶの目の前で。

 

 そんな柱の姿に、しのぶは尊敬と憧れを抱いたのである。

 そして、そんなカッコいい柱達に、しのぶはできると言われたのだ。

 ならば、しのぶにできるのは、そんな自分を信じることだけだ。

 

 

 毒殺する。

 今、ここで鬼滅の毒を完成させる。

 

 

 


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