愛柱・愛染宗次郎の奮闘   作:康頼

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 木々の合間を抜けて、無一郎は追ってくる累から必死に逃げていく。

 技の使い過ぎにより、呼吸が上手くできなくなり、全力で走るだけで息が切れそうになる無一郎は、これからどうするべきか、と考えていると、

 

 「無一郎君、策があります」

 

 担いでいるしのぶからそう言われた。

 この状況でよくこんなことが言えるな、と無一郎は無視してやろうと思っていたが、背中を叩く力がどんどん強くなっていく。

 思わず投げ飛ばしてやろうか、そう考えた無一郎に、しのぶがポケットから袋と導火線のついた小さな丸球を見せてきた。

 

 「これに火をつけて、鬼に投げてください」

 「何これ?」

 「煙玉です。 尤も通常のではなく、藤の花の成分を含んだ特注品ですが」

 

 なので呼吸は止めておいてください、というしのぶの煙玉を受け取る。

 だが、無一郎はしのぶの指示に従う気などなかった。

 無一郎にとって、尊敬すべき人間は御館様と宗次郎のみ。

 そして従うにしても、それは自分よりも強い人間である。

 故に、満足に鬼の首を斬ることができないしのぶの指示に信用性を感じていなかった。

 

 そんな無一郎の心情を読んでいたしのぶはこう切り出した。

 

 「もし、無一郎君が協力しなければ、私達は煙玉を投げつけている間に、鬼から逃げて、愛染さんに助けを求めに行かなければならないでしょうね」

 

 その言葉に無一郎は動揺したのか、しのぶの腰に当てられた左手の力が強まる。

 

 

 「勿論、愛染さんはお優しいので、私達の不甲斐ない結果を聞いても、嫌な顔一つせずに鬼の討伐をしていただけるでしょう」

 

 ――ですが、もう貴方と私を頼ることはないでしょう。 しのぶの放った言葉に、無一郎の視線に怒りが籠る。

 

 

 「はぁ? 何言ってんの」

 「だってそうでしょう。 私は鬼の首も切れない半人前、貴方は実力はあるが判断力に欠け、幼い精神性。 そんなことでは柱としての資格はなし、と判断されてもおかしくはありません」

 

 事実、この状況で十二鬼月を斬ることができなかったら、恐らくしのぶと無一郎の柱への道は遠のくことに違いはない。

 鬼から逃げるような鬼殺隊員が、模範となるべき柱になれるはずがない。

 

 「勿論、無一郎君なら柱になれると私も思いますよ。 ですが、冨岡さんのように信頼を得ることができるかは別です」

 

 そもそも、初めから柱候補を立てるなら、無一郎の方が適任ではないかとしのぶは思っていた。

 実際、無一郎は三体の鬼を葬った上、十二鬼月を追い込むまでの力まで見せた。

 だが、宗次郎はそんな愛弟子ではなく、毒という不確定要素の高い代物を扱うしのぶを選んだのだ。

 そして、この地に来るまでの間、猫を可愛がるかの如く、宗次郎は無一郎を大切に扱っており、慈しむその姿は、まさに弟に接する兄であり、わが子を愛する父のように思えた。

 

 もしかすれば、宗次郎は無一郎が柱になることを賛成していないのかもしれない。

 そして、無一郎はそんな宗次郎の考えを薄々気づいており、兄のように慕う彼に認めてもらいたいのかもしれない。

 

 そんなしのぶの考えだが、どうやら無一郎に関しては当たっていたらしい。

 段々と力が籠っていく無一郎に、肋骨でも折られそうになる。

 

 「ですが、無一郎君が私の指示通りに動いてくれれば、きっと十二鬼月を倒すことができます」

 

 何言ってんだこいつ、と言わんばかりの無一郎の視線を無視して、しのぶは話を続ける。

 

 「無一郎君、選んでいただけますか? このまま鬼から逃げて、負け犬になるか。 それとも、鬼の首を刎ねて無事務めを果たすかどうか」

 

 そう言って笑ったしのぶの表情はどうも胡散臭く感じた無一郎だったが、それでも取れる手段は一つだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 累は、鬼狩りの二人組を追いながら、静かに怒りを宿していた。

 勿論、家族を殺された――からではない。

 せっかく、自分が作った――家族を壊されたからである。

 再び家族を作る手間をかけることになった原因の鬼殺隊士達を殺さなければならない。

 

 男の隊士は、認めたくはないが累から見ても、今まで見てきた鬼狩り達の中で一番強いと言っても過言ではない。

 実際、累が足を飛ばされたのは初めてだし、向こうが息切れになっていなければ、もしかするとその刃は累の首へと届いたのかもしれない。

 そんな想像をして、いら立ちが募る累だが、それはあくまで、かもしれなかっただけの話。

 ここで、首を刎ねれば問題はない。

 もう一人の女の方は、動きに関しては男と遜色がないほどであったが、肝心の刀を振るう力がない。

 いくら日輪刀と言えど、その刃は鬼の首に届き、刎ねるだけの力がなければ意味はなさない。

 つまりは、警戒すべきは男のほうだけでいいというわけである。

 

 糸を手繰り寄せ、木々の間を飛ぶようにして追う累の視線の先には、走り疲れたのか立ち止まっている女の姿が見えた。

 男は何処だ?

 一応、周囲を警戒してみるも、男の姿は周辺にはいない。

 ならば、先に女のほうだけでも片づけておくべきか。

 

 「なっ!?」

 

 そう考えた累の視線の先に、突然、四つの小さな玉が現れた。

 導火線に火が付いた状態で、累の周囲を囲むように現れたソレらは、凄まじい勢いで白い煙を吐き出した。

 目晦ましのつもりなのか、だがこの程度の煙で周囲の警戒を怠る累ではない。

 周囲に糸を張り巡らせ、守りに入るが、特に相手からの動きはない。

 

 「逃げるつもりか?」

 

 ならば、追って殺す。

 そう考えた累は、初めて自身の身体に異変を感じた。

 肌にピリつくような痛みと共に、眼と鼻、そして肺に強い痛みを感じた。

 

 「っ!? 煙かっ!」

 

 煙から漂うのは、鬼が苦手な藤の花の香。

 全身を覆う不快感が纏わりつくように離れない累は、苛立ったように両手を振るい、周囲の木々を薙ぎ倒す。

 倒れた木の衝撃で煙が舞い上がり、周囲が確認できた累が見たものは、地面を滑るようにして走る男――無一郎の姿だった。

 反射的に右手を振るうが、仕掛けた方と仕掛けられた方では反応が遅れが出る。

 累の放った糸は、無一郎の頭髪の端を斬り落とし、

 無一郎の放った斬撃は、累の右腕を斬り飛ばした。

 

 「終わりだよ」

 

 累の両足を斬り飛ばして、刀を構えた無一郎が放つのは最後の一撃。

 

 霞の呼吸 弐ノ型 八重霞。

 

 無一郎の放った乱撃は、累の全身を切り裂き、遂にその首をも空高く飛ばした。

 高々と舞い上がった首が鈍い音を立てながら地面に叩き付けられ、全身に切り裂かれた跡がついた身体はそのまま地面に倒れ伏せた。

 

 最後の大技を放った無一郎は、そのまま力尽きたように両膝をつく。

 その姿を、累は地面に転がったまま眺めて――そして嗤った。

 

 「今度こそ、本当に終わりのようだね」

 

 切り裂かれた累の身体は、ゆっくりとその身を起こし、斬り飛ばされた両足と右腕が、胴体から伸びた糸により徐々に繋がっていく。

 両足と右腕がゆっくりと繋がり、そして最後にその首も糸に吊るされてゆっくりと元の位置へと戻った。

 

 「残念だったね。 最後に首を飛ばされる前に自分の糸で切ったんだよ」

 

 右手の糸を放ったあの時から累は、無一郎に反応勝負で負けるかもしれないことを考えていた。

 あの距離で先手を取られるということは、累自身の首を日輪刀で切られる可能性は高かった。

 だからこその保険。

 無一郎の実力を認めていたからこそ、累は最後の勝負に勝つことができたのだ。

 

 瞬時に両手の指先から伸びた糸を、無一郎を覆うようにして展開する。

 無一郎にはこの結果から逃れる力はない。

 勝利を確信した累は、最後に憎き鬼狩りの顔を見ようと視線を向けた。

 

 だが、そこにあったのは絶望した顔ではなく、口角を上げて不気味に笑う無一郎の姿だった。

 

 「ありがとうございます、無一郎君」

 

 累の頭上から、そんな声が聞こえた。

 即座に反応して見上げた累の視界に入ったのは、落下と共に折れた日輪刀を構えるしのぶの姿だった。

 折れた日輪刀の刀身には、遠くからでも解るほどの藤の毒が塗り込まれていた。

 

 すかさず、迎撃しようと無一郎の包囲を解き、体勢を整えようとした累だったが、突然力なく両膝が地面に着く。

 

 「なん、だ? これは?」

 

 全身にのしかかるように今まで感じたことがない倦怠感を感じた累は、体勢を整えようとするが、既にしのぶはそこまで来ていた。

 

 「がぁっ!?」

 「初めて知りましたが、どうやら私の力は刀を突き刺すことくらいはできるみたいですね」

 

 落下の力と共に渾身の突きを繰り出したしのぶの折れた刃は、累の身体に突き刺さり、そのまま地面に押し倒す。

 その衝撃にたまらず、しのぶも地面に全身を打ち付け、ボロボロになりながらも地面を転がる。

 

 「っ!!! ど、うやら藤の毒が…効いてきたみたいです…ね」

 

 だから、後は任せましたよ、無一郎君。

 

 そんなしのぶの言葉に応えるかのように、ゆっくりと立ち上がった無一郎は、力が入らない両手で刀を握ると、全身を蝶の標本のように地面に縫い付けられ、毒の影響で動けなくなった累に近づいていく。

 

 「ば、馬鹿な……この僕がっ!」

 「あ、もうそういうのはいいよ」

 

 刀を累の首に当てて、右足で刀身の峰の部分を踏み抜いた。

 その一撃は累の身体と頭を分離させ、そして滅びへと向かわせた。

 全身が腐り落ちていくその姿を見て、無一郎はしのぶに視線を向ける。

 落ちた際に右足を痛めたのだろう、足を引き摺りながら歩くしのぶを見て、数分前のことを思い出した。

 

 

 

 

 『無一郎君の刃に塗った藤の毒は、鬼の命を奪うことはできませんが、それでも動きを制限させるほどの麻痺は残るはずです』

 

 全身に斬りつけるようにしていただいたら、毒もより広範囲に広がるはずです。そう説明するしのぶの作戦はこうだ。

 

 まず、毒入りの煙玉を喰らわせ、相手の注意を集めるとともに全身に藤の毒を浴びせる。

 そしてその隙に接近した無一郎が、累の全身を切り裂き、さらに毒を与える。

 最後にたっぷりの毒を塗り込んだしのぶの日輪刀で全身を突いて、無一郎が首を刎ねる。

 

 半信半疑だったが、この状況ではそれしかないかもしれない、そう考えた無一郎は、しのぶに対して聞いておかなければならないことがあった。

 

 『ねぇ、この作戦だと、最後に俺が鬼の首を斬ることになるけど、本当にいいの?』

 

 鬼の動きを止めるために、しのぶの日輪刀を使うことになるので、鬼の首を斬るには無一郎の刀しかない。

 勿論、毒で鬼を殺すことができれば、しのぶの手柄になるだろうが、その事実は当の本人から否定をされた。

 今のしのぶの作成した毒では、十二鬼月ほどの鬼を殺しきるまでには時間が掛かる。

 そんな時間をかけるほど、この状況には余裕はなかった。

 

 『ええ。 それが鬼殺に繋がるのであれば、そう行動するのが鬼殺隊士ですから』

 

 だから、しのぶは無一郎に託した。

 自身が得ることができたかもしれない柱への実績を。

 

 

 

 「まったく……運がよかったとしか言いようがないよ」

 

 足を引き摺っていたしのぶが地面に倒れ込むと、その姿を見かねて右手を差し出した無一郎は呆れたように笑う。

 そんな無一郎に、しのぶは右肩を貸してもらうと、ゆっくりと体を起こした。 

 

 「それは、お互いさまじゃないですか?」

 

 笑うしのぶの服は泥塗れであり、無一郎も鬼の糸に薄皮を斬られて、全身から血が滲み出ている。

 お互いに格好のつかないボロボロな姿。

 ただそれでも、二人はやり遂げたのだった。

 

 柱へと続く道の第一歩をしっかりと。

 支え合いながらも、両足で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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