とりあえず、禰豆子と炭治郎が起きるのを待つ。
先程、義勇に伝えるためにこの場を離れる際、もしも禰豆子が炭治郎を襲ったら危ないので全身縛ってみたのだが、客観的に見れば、まだ幼い未婚の娘を成人男性が縛り付けるという光景はいかがなものか?
世が世なら間違いなく事案に違いない、と二人の寝顔を見ながら待っていた。
ちなみに義勇は、私の願い通りに先に本邸に戻っている。
怪我も負ってる上、貴重な無惨の手掛かりになるかもしれない情報である
炭治郎達には悪いが、情報源となりそうなものを隠の人達とともに義勇には持ち帰ってもらった。
私は生き残っている住人と話をしていくと言って、禰豆子のことは話さないでおいた。
さっきの光景を見ていない義勇を、流石に説得するのは骨が折れる。
ならば、とりあえず私が義勇の代わりになり、最悪私が責任を取って腹を切るしかないと思っている。
最悪の状況にならないことを祈るしかない。
そんなこんなで、炭治郎が目を覚ました。
「起きたようだね」
「っ!? ここは?」
意識が混濁してるのか周囲を見渡す炭治郎に向かって、禰豆子の方を指さす。
「ここは崖の下、隣には妹もいるよ」
「っ禰豆子!! よかった……」
涙を流す炭治郎を見て、とりあえず後遺症はなさそうだとほっとした私は、とりあえず話を進めることにした。
「さっきは名乗っていなかったね。 私の名前は愛染宗次郎、鬼殺隊という組織に属している」
「愛染さん、ですね。 俺の名前は竈門炭治郎、こっちは妹の禰豆子です。 先程はご迷惑をおかけしました」
妹の無事を確認したせいか、少し落ち着きを取り戻した炭治郎は、深々と両手両足をつけてお辞儀をする。
気持ちいいくらい純粋でいい子だ、と内心ほっこりしてしまう。
「ところで、鬼殺隊というのは?」
「ああ、政府非公認の組織で、その名の通り、鬼を斬ることを目的とした集団だ」
鬼のことは噂などで流れていても、流石に鬼殺隊のことは知らない炭治郎に、簡単にだが成り立ちなどを説明すると、炭治郎は、私の説明を一言も聞き逃さないように真剣な眼差しで耳を傾けた。
「鬼を殺すには、日光かこの日輪刀で首を刎ねるかのどちらかだ」
「なるほど……だから、鬼は夜にしかでないんですね」
そんな風に話をしていると、隣にいた禰豆子がもぞもぞと動き出した。
「禰豆子っ!!」
感極まって涙を浮かべる炭治郎に対し、禰豆子はぼっーとした様子で炭治郎の方を見る。
その際、私にも視線を向けていたが、無関心のまま、視線は炭治郎のままである。
「禰豆子?」
「鬼になってどうやら喋れなくなったようだね」
だが、幸いこちらに襲い掛かってくる気配はなし。
飢餓の状態も何故か、落ち着いている。
ほっとした私と違い、身内の炭治郎には妹の変貌が衝撃だったのだろう。
泣きそうな目で禰豆子を見るが、基本的に醜悪な鬼が多い状況からすると、禰豆子は全然マシ、寧ろ元の素材がいいため、善逸が惚れ込むのも無理はないだろう。
お互いに見合って固まっている炭治郎達の頭を撫でて、正気に戻す。
「折れるな、炭治郎。 妹を治して見せるんだろう?」
「っ!! はい!!」
「なら、急ぐとしよう。 ここももうすぐ日が差してもおかしくない」
「わかりました! いくぞ禰豆子」
こちらの意図を理解し、禰豆子の手を引いて歩き出した炭治郎の後ろを追う。
目指すは、炭治郎の家。
家族の埋葬を行わなければならない。
家路に就く足取りが段々と遅くなる炭治郎の後に続く。
炭治郎にとっての地獄はこれからなのだ。
ようやくたどり着いた家につく頃には日が昇り始めていた。
急いで、禰豆子を日の当たらない押入れに入れると、炭治郎と二人で五つの墓穴を掘る。
遺体は冬ということもあり、腐敗は進んでおらず、隠に衣服などについた痕跡を調べさせるために、身綺麗な服に着替えさせられていた。
禰豆子の服も着替えさせて、遺体を埋めて土をかけ終える頃には、既に時刻は正午を回っていた。
この日差しだと、夜になるまで身動きが取れないため、この余った時間に竹かごを用意し、禰豆子に陽が当たらないように布や藁を準備する。
その間に炭治郎には、必要なモノだけ用意させ、同時に紛失したモノはないか確認してもらう。
路銀や着替え、貴重品を風呂敷に仕舞う炭治郎曰く、盗まれたものは特に思い当たらないらしい。
となれば、無惨の目的は……。
「あの、宗次郎さん」
下の名前で呼ぶといい、そう言っておいた炭治郎が、握り飯片手に、もう一つの握り飯をこちらに差し出す。
「何から何まですみません。 これよろしければ」
そう言って差し出された握り飯。
だが、それを受けとる前に伝えておかなければならない。
「炭治郎、さっき言った言葉を覚えているかい?」
「えっ、と言葉、ですか?
「ああ、恨むなら恨んでもいい。 君にはその資格がある、と」
鬼狩りをしているうえで、犠牲者というものは減らすことはできても、ゼロにすることはできない。
今回のようにあと一歩というところで救えなかった命は少なくはない。
その時、怒声や罵声を浴びせられ、中には刃物を持って襲ってくる遺族もいた。
中には何故一緒に死なせてくれなかったと喚き散らすものもいた。
当たり前だ、誰だって愛した者が死んで悲しいのは。
「資格、ですか?」
「あと、半日でも早く私たちが来ていれば、家族は生きていたかもしれないということだよ」
もし、半天狗を瞬殺できれば、炭治郎の家族は助けられたのかもしれない。
いや、炭治郎の家族以外の人たちも、私がもっと強ければ助けることはできたのではないか?
無理だということは理解している。
だが、それでもそう思ってしまうのだ。
そう考え込む私に対し、炭治郎は真っ直ぐな目を向ける。
「恨んでいません。 確かにそうなれば俺の家族は助かったのかもしれない。 けど、それは仮定の話だと思います」
馬鹿正直な炭治郎の腕は、微かに震えていた。
「だから、わかっていることは、宗次郎さんが俺を助けてくれました。 鬼になった禰豆子を斬らずにいてくれました」
だから俺がいうことはただ一つです、と言って炭治郎はその場で額を畳につけた。
「俺達を助けてくれてありがとうございました」
深々とお辞儀をし、お礼をいった炭治郎に対し、視線を逸らすことができなかった。
この世界は、漫画の世界じゃないことは、柱になる前から気づいている。
漫画は確かに好きだったけど、鬼殺隊の仲間達と出会い、共に進む日々は本当に楽しかったし、作りものなんかじゃない。
だが、それでもこの物語の主人公である炭治郎を見て思う。
この子は本当に暖かい子だ、と。
そして、鬼殺隊に必要不可欠な存在であり、多くの人を救う立派な隊士になるはずだ。
それは主人公だからではない。
そんな心を持った炭治郎だからこそ、そうなり得るのだ。
「ふぅ、炭治郎。 握り飯、貰ってもいいかな?」
だから、私が今すべきことはただ一つ、この握り飯を喰らい、感謝の気持ちを伝えることだ。
・ ・ ・ ・ ・
目の前の人物、宗次郎は歪な存在に見えた。
何故か、初めて会った炭治郎に対し、強い罪悪感を覚え、鬼になった禰豆子に対し、鬼殺隊員であるはずなのに怒りの感情が見えてこなかった。
だから、炭治郎は、宗次郎は本当に優しくて、何より強い人だと思った。
話を聞くと、宗次郎は柱という鬼殺隊でも強い人間らしい。
道中、宗次郎がこの柱のことを多く語るが、常にその表情には笑みが零れ、本当に仲間を大切にしていることが分かった。
他にも御館様という偉大な方や可愛い後輩達を語る宗次郎はまさに愛柱に違いはなかった。
これから炭治郎達は、育手の鱗滝という人物のところに案内される
宗次郎も昔、少しだけ世話になったらしく、そこにいる錆兎という人物も頼りになるらしい。
宗次郎自身は、柱という激務に追われているため、すぐに次の任務地に向かわなければならず、こうして時間を割いてくれていることは感謝しかない。
既に事情を説明しているため、禰豆子に危害が及ぶことはない、死ぬほどきつい訓練をさせられるけど死なないように、と安心と不安を同時に与えてきた宗次郎は笑顔で炭治郎達の前から姿を消した。
代わりに現れた錆兎という青年の後を追いながら、炭治郎は思う。
いつか、宗次郎さんのように誰かを救って見せる、とあの大きな背中に憧れを抱きながら、炭治郎は吐瀉物に顔を突っ込んだ。