箱   作:匿名希望


原作:オリジナル作品
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〇〇コノ〇〇さんのオリキャラ好き

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第1話

 ……どういうことだ。

 午後4時あたり、俺はまた、鈴虚のいる現世と幽世の狭間、並行世界に居た。

 いや、ここには死のうとして僅かな確率で行くことができるのだが、あの時はたまたま運が良かっただけで、また彼女に会いたくてもやはり死ぬのが怖いので並行世界に行くことは決してなかった。

 なのに、俺は並行世界に居る。並行世界では周りの景色は変化しないのだが、この場合は周辺を観察してて分かった。前回の深夜帯とは違い人ごみの中に居るのだけれど通行人が俺に気付いて体を反らそうとしないところから判断できた。俺は周りから見えなくなっている。

 と、いうことはだ。またあの場所に居れば、彼女に会えるかもしれない。なぜ並行世界に来たかの理由はともかく、鈴虚に再びご挨拶していこう。善は急げ。

 

 数分後、俺は俺が初めて鈴虚と会った場所に来ていた。鈴虚はあの時と同じフェンスに座っていて、道行く人たちをボーっと眺めていた。俺は鈴虚の真後ろに気づかれないよう立ち、少しの間俯瞰する。

 

「745、746、747、748、749、750、751、752……」

 

 どうやら目の前を通過していく人の数を数えているようだった。750人超えてるって、どれほど暇なんだろうか。俺だったら寂しさではち切れそうになるが、彼女は彼女なりの過ごし方があるのだろうか。

 …まいったな。観察していたら話しかけるタイミングを見失ってしまった。どうしよう、いきなり話しかけたら驚きすぎて心肺停止してしまうかもしれない。それはできるだけ避けたいので、暫くの間思考に思考を重ねた結果。

 

 トン

 

「ギャーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?」

 

 肩に手を置くだけにした。うん。この驚きっぷりだ。耳の毛と尻尾の毛が恐ろしいほどに逆立っていて、手足はピーンと伸びている。普通に話しかけてしまったらどんな轟音が町中に響いたか。響いても問題はないが。

 鈴虚はちっとも予想していなかった穏やかな不意打ちに対して驚愕したのちすぐさま警戒態勢を取り、フェンスから飛び降りたかと思えば手の先端から化け猫を彷彿とさせる鋭いかぎ爪が生えてきた。本人にとって恐らく、一生使う予定のなかった爪だろう。

 

「…え、あ、あれっ、智代!?な、なんで…!」

 

 不意打ちの犯人に気づいた鈴虚は警戒がほどけたと思えば今度は恐ろしく友好的な態度をとった。少し心配だったが、やはり彼女も俺のことを覚えてくれていたようだ。嬉しい。

 

「智代!智代だーーー!わーーーー!なんでまた来たの!?」

「あ、いや、それが俺もよく分からなくて……。その辺を歩いていたら、いつの間にかここに来た」

 

 鈴虚の予想を超えるテンションの高揚っぷりに少し呆気にとられるが、とりあえず質問に答えられる範囲で答える。並行世界の住人である彼女でも今回は要因は特定できなかったようだ。

 

「成程ね…。ねえねえ、折角会ったんだしさ、今日は堅苦しい身の上話は抜きにして思い切り遊ぼうよ!」

「ああ、いいぞ。どうせお前と遊ぶぐらいしかやることないしな」

 

 実は今は仕事中で結構タスクが悲惨なことになっているのだが、並行世界に居る以上仕事への干渉はできない。今は童心に帰ってコイツと遊ぶしかなさそうだ。

 現実世界に戻ったら上司にどう言い訳するか。絶望的な未来しか思い浮かばず、俺はそれについての思考を一旦停止した。どうせいつか訪れる未来だ、その時に結果を受け入れよう。

 

 俺は鈴虚と近くの公園に行くことにした。都会にあるためかなり遊具が充実しており、暇つぶしにはもってこいの場所である。ただ、前まではなかった筈の「幽霊出没注意」という注意書きが書いてある看板が気にならない訳でもないが。

 俺と鈴虚は様々な遊具で遊んだ。どうやら彼女は暇な時に子供の真似をしてブランコを漕いだりジャングルジムの上に登っては物思いに耽ってたりしているらしい。俺もブランコを漕ごうとしたら、座高が低すぎて足が地面から全く離れず、盛大にコケてしまった。そんな愚かな俺を見て鈴虚は大笑いしたが、別に俺は気にしない。少しだけ拳を握り締めたがあんまり怒ってない。逆に俺は雲梯(うんてい)で鈴虚を大幅に超える握力を発揮し、見返してやった。かなり気分が良い。

 俺らはそうして40分ほど時間を潰した。二人とも疲弊したのでベンチで休憩することにした。

 

「う゛ぁーーーーー疲゛れ゛た゛ぁーーーーー……」

「何をそんなオッサン臭い濁声上げてる鈴虚。年頃の女として恥ずかしくないのか?恥を知れ恥を」

「いい年してブランコで盛大にコケたオッサンに恥について語られてもねぇ…」

「ほっといてくれ…」

 

 成人にもなって並行世界の住人との煽り合いで敗北を喫す男、智代。

 おいおい、こんなのでいいのか。

 

「……そういえば、お前」

「?」

 

 俺はある疑問が浮かび、少し聞いてみることにした。場合によっては地雷を踏む内容だが、別に大丈夫だろう。多分。

 

「お前、さっき人ごみ数えてたよな。そんな退屈なことしなくても、この公園で十分遊び尽くせると思うが」

 

 鈴虚はんーと少し唸った後に少し声のトーンを下げて質問に回答した。

 

「一緒に遊んでた人がいなくなっちゃったの」

「え?…一緒に遊んでた人?」

「ああごめんごめん、正確には『一緒に遊んでないけどみよが勝手に一緒に遊んでると思い込んでた人』だね」

「その言い方はとても空しくなるからやめてくれ!……それで?そいつらが居なくなっちゃったのか?」

「うん。この公園、すっかり人が来なくなっちゃったんだよね。なんかみんな忌避してるっていうか、何というか…。前までは子供たちが無邪気に遊んでたのに、変な看板が立っちゃってさ、ほら、あそこ」

 

 鈴虚は公園の入り口にある看板を指さした。幽霊出没注意とかなんとか書いてあった看板だ。

 

「アレが立ってから、メッキリ人が来なくなっちゃった。たまにコッソリ遊んでた子供はいたんだけど、親か警察に見つかっては追い出されてた」

 

 どうやら公園が心霊スポットと化したせいで人が来れなくなったらしい。それもそうだ。鈴虚は人には見えない。だから鈴虚が遊んでいる遊具は民衆にとっては完全に一人でに頻繁に動いてるように見えるので、心霊スポット化しているのだ。誰もそんな曰くつきの場所で遊ぼうとは思わない。来るのはすぐ追い返される子供だけだ。

 鈴虚は足底をベンチに乗せて、体育座りの姿勢になった。

 

「はーあ、なんかどこ行っても皆いなくなっちゃうんだよ。なんかさ、みよ、嫌われてるみたいな感じがしてさ。自分に嫌気がさしてくるんだよ。みんな避けるから…」

 

 俺は相槌を打ちながら話を聞き続けていた。それにしてもいつ聞いても不憫な境遇だ。誰にも干渉できないというどうしようもない寂しさは、おそらく本人しか分からない。同じ境遇に置かれなければの話だが。俺が何も出来ないのが心苦しい。

 

「でも、智代がいてくれてよかった。キミはみよの空っぽの心を満たしてくれる存在になってくれた。本当にありがとう。感謝するよ」

「そんな、…ハハハ、俺は大したことしてないんだがなぁ。お恥ずかしい…」

 

 急に「好きです」と同義の言葉を鈴虚の口から紡がれ、さすがに冷静さを欠いてしまった。前にも告白されたが、情けないことにまた動揺してしまった。ここで落ち着いて対応できるってのが、べタなラノベとかの主人公なのだがなぁ。まあ、それになりきる気も無いが…。

 鈴虚は同じ体制になりながらこっちを向いた。

 

「ねえ智代、キミ、いつかまた消えちゃうんでしょ?現世に戻って」

「…まあ、な」

「……智代って、ここ(並行世界)にずっと居たいって思う?」

 

 …これを聞かれたらどうしようと思っていた。何と答えるか。

 

「…………………思わない。申し訳ないが、俺には俺の生活があるんだ……だが、お前と一緒に居たくないと言えば嘘になる。出来れば、鈴虚とはずっと一緒に居たい。だけど、だからと言って並行世界に留まりたいわけでもないんだ…」

「…………………………………そっか…。そうだよね。ずっと…並行世界に…留まりたいわけないもんね。居るのはみよだけで十分だよね」

「……………」

「ホント……何でなんだろう。すごく……悲しい。今まで永くここに居たのに、なんで今更……こんなにも悲しいが湧き出てくるんだろう……」

 

 気が付けば、鈴虚は目元に涙を浮かべていた。加えて、呂律がうまく回らず、言葉も徐々に不明瞭になり、体全体が恐怖か何かに怯え始めていた。

 

「智代が居なくなったら…一人……でもみよは、もともと独りぼっちだった………その時は、何も感じなかったのに………今は…………すごく…………怖い………っ何で……」

「お、おい大丈夫―――」

 

 段々と体の震えの度合いが高まり、頭を抱えてうずくまり始めた鈴虚に俺は精神崩壊が始まっていると虚ろに判断し、心配する声とともに彼女の肩に手を置こうとした。その瞬間。

 

「触るなッ!!この化け物めッ!!!」

 

 彼女は体中の毛を逆立たせ、手足から刃物のような鋭く凶暴な爪を生やし、目は禍々しく黄金に輝き始めた。……馬鹿でも分かるぐらいには、戦闘態勢になっている。

 俺は予想だにしなかった突然の剣幕に唖然とするしかなかった。鈴虚はその華奢な顔を怒りの形相でひどく歪ませ、そしてひたすらに叫ぶ。

 

「お前だッ!!お前が全て悪いんだッ!!私はそのままでよかったのに!!お前が変な感情を教え込んだせいでッ……!!私はお前を絶対に許さないッッ!!!」

 

 と言い、鈴虚は俺にかぎ爪を振り下ろしながら飛びかかってきた。猫というだけありかなり素早かったが、間一髪のところで回避することができた。…それでも、少し頬をかすってしまったが。

 …彼女は、俺と関わったことで「寂しい」という感情を覚えてしまい、それに対して激昂しているのだろう。確かにこれは人と関わらない限り必要のない感情だったかもしれない。それを覚えなかった方が、彼女は今よりよっぽど気楽な人生を歩めているのかもしれない。

 だが。

 

「俺は絶対にそうとは思わない!」

 

 俺は鈴虚に対抗するべく同じく剣幕をあげる。彼女の動きはよく見ればかなり大振りで、モーションをよく見ればさほど苦戦せず回避できるようになった。なので、戦闘中に会話するほどの余裕はあった。

 

「お前、さっきも言っただろ!心が満たされたって!それはお前が感情を得たからじゃないのか!?」

「それよりもお前が与えた負の感情のほうが圧倒的に多いんだ!!お前に会ってから、私がどれだけ辛く苦しい日々を送ってきたと思ってるんだ…ッ!?」

「そんなの痛いほどよく分かってる!今こうやってお前が攻撃してくる訳も、お前が受けた悲しみも全部!だから攻撃をやめろ!」

「絶対に…!!やめないッ…!!お前を……殺すまで…!!」

 

 という言葉を皮切りに、彼女は攻撃を止めて床にばたんと倒れた。猫というものは持久力があまりない生物だ。きっと短時間にあまりにも素早く動きすぎたのだろう。呼吸の音は聞こえるが、体はピクリとも動かない。逆立っていた髪の毛がゆっくりといつもの毛並みに戻っていった。

 

 

 

 

「………何でみよって、いつもこうなんだろう」

「え?」

 

 ベンチに暫く寝かせていた鈴虚が意識をとり戻し、同時に言葉を発した。

 

「自分が馬鹿みたいに思えてくるよ。正直、ここから逃げ出して穴があったら入って出たくない気分だ。智代は何も悪くないのに、みよの被害妄想で危害加えちゃってさ」

「………」

 

 どうにも報われない気がして何か反論したかったが、語彙力が足りなかったのか想像力が足りなかったのか、ただ沈黙するしかなかった。この状況じゃ金ではないだろうな。

 

「智代の言った通り、心が満たされたっていう感覚は確かにあって、それを知ったみよは………凄く、嬉しかったんだ。こんな幸せな気分、味わったことなかったからさ……」

「………」

「でも、その反動でみよは『独りぼっち』を認識しちゃったんだ。それで、寂しくなって……智代が居てくれたらなあって思った。今日出会うまで、ずっと」

「…何か、申し訳ないな、それ」

 

 俺はひょっとして彼女にとっていなければいい存在だったのではないかという思いが徐々に体を巡り始めた。確かに好影響もあったかもしれないが、やはり彼女にとって悪影響のほうが度合い大き目のようだった。俺のせいなのだろう。

 鈴虚はある程度時間が経過して疲れの取れたであろう体を起こしてこんな話を始めた。

 

「…智代。『パンドラの箱』って話知ってる?」

「…聞いたことはあるが、話の内容はよく知らない」

 

 鈴虚はコホンと咳ばらいをし、まるで赤子に対して紙芝居を朗読するような早さとトーンで語り始めた。

 

「むかーしむかし、ギリシャの神がいて、その神様はまだ男性しかいなかった世界に最初の女性を送り込んだんだよね。とある箱を一緒に持たせて。その女性の名はパンドラ。」

 

 適当に相槌を打ちながらそのおとぎ話を集中して聞く。

 

「その女性は人間界に到着すると、好奇心で持っていた箱を開けたんだ。すると、いろいろなものが溢れ出した。それは災いだったり、絶望だったり……有象無象の悪いものが、人間界にはびこってしまった」

「………」

「だけど最後に一つだけ、何かが箱の底にあったのを見つけた。それは希望だった。パンドラは人間界に絶望をもたらしたと同時に、希望ももたらしてくれた。……っていう、ギリシャ神話の物語だね」

「………ふーん」

「つまり、これをこの状況に例えると、みよという名の箱をキミが開けたっていうこと。みよは絶望もとい『寂しい』っていう感情を得たけど、それと同時に大切な人っていうか、心を満たしてくれる存在が出来たっていうことなんだよ。それくらい、智代は大事なことをしてくれた。みよは凄く感謝してる。だから、気に病む必要はないよ」

 

 そうして鈴虚は自分の右手を伸ばし、俺の頬を撫でた。不意に涙が込み上げてきたような気がしたが、大人としての面目を保つためにぐっとこらえる。

 

「…なに、泣きそうになってるの」

 

 あっさり見破られた。大人の名折れだ。

 

「…泣いてねえし」

「ふふ、かわいい」

「……かわいいのはお前の方だろうが」

「…あっはは、いつから褒め言葉なんて喋れるようになったの?」

「保護者面すんな。あと俺を冷酷無比な人間だと思ってんじゃねぇ。こうしてやる」

 

 さすがに調子に乗らせすぎた感じがあったので、俺は鈴虚の両頬をつかんで思いっきり引っ張って見せた。鈴虚は涙をにじませて痛みを訴えていたがその様子が可笑しくて俺は敢えて手を離さなかった。…目の保養になる。

 10秒間ぐらい引っ張り続けた俺はようやくつまんでた手を離した。鈴虚の頬はちょっと腫れて膨らんでいる。

 

「ったーーー………。ねえ、途中からごめんなさいって言ってたじゃーん!」

「え?そんなこと言ってたの?発音が不明瞭で全然聞こえなかったけど。あと、めっちゃかわいかったから、つい」

「こんの~……仕返しのつもり?言っておくけど、全然仕返しになってないからね!」

「説得力ねえよ」

 

 鈴虚は話題を変えようとしたのか一度咳ばらいをし、俺に真剣な眼差しを向けながら近づいた。なんやかんやあっても朗らかな性格をした鈴虚がこの顔だ。一体どんなことを聞かれるのか。また答えにくい質問だったら嫌だなぁー……。

 

「ねえ智代!ちょっと大事な質問なんだけど!」

「な、なんだ?」

 

 鈴虚は少し躊躇した後、思い切った口調で叫ぶ。

 

「みよのこと忘れない?ずっと覚えててくれる?これから先も……ずっと!」

 

 多少身構えたが、そのべたな質問の模範解答は至極単純であろうものであった。答えは一つしかないだろう。セオリー抜きで。

 

「ああ、忘れないさ。お前のこと、ずっと」

「…本当に?」

「大丈夫。俺は妙憑がいること、知ってるから」

 

「………ぶっ。……ふふっ!あっはははははは!」

 

 突如の抱腹絶倒。全く予想できなかったそのリアクションに俺は呆気にとられた。ここぞとばかりにめっちゃ尻尾ブンブンさせてるし。

 何だよ。折角いいムードだったというのに。というか俺がちょっとカッコつけたセリフ言ったらこれだ。腹立つなコイツ。俺は拳をきつく強く握りしめた。

 鈴虚は涙が止まらないぐらい散々俺を笑った後、足も生まれたての小鹿のように笑わせながら言った。

 

「い、いやぁ…ははは!本当、…ありがとう」

「…は?」

「今のセリフ、言われて超絶嬉しかったんだけどさ、いや嬉しかったんだよ?でもさぁ…ふふ、それと同時に照れくささと恥ずかしさが込み上げてきちゃって、それで笑っちゃった!」

「やっぱお前俺を馬鹿にしてたな!?」

「するよー誰だって!そんな照れ臭いセリフ言える無神経な人間キミしかいないもん!もう末期!末期だから!」

「…こんのー、大の大人をからかうのもいい加減にしろっ!」

「きゃーー逃げろーー!!」

 

 俺が鈴虚に飛びかかると、先ほどと同様な軽やかな身のこなしで回避し、俺はすぐ体勢を立て直すともう一度飛びかかったが再び難なく回避され、そのループは数十分にわたって続いた。

 

 

「っはぁ……はぁ……」

「ふぅーー……ゲホッ……はぁ……」

 

 鈴虚はまた素早く動いたことで体力を消耗し疲れ果ててしまったが、俺も大人の社会人となった今かなりスタミナの上限が減ったように感じる。今飛びかかれば確実に鈴虚を捕らえることができるが、俺ももうすでにそれほどの体力が残っていなかった。

 

「……やーい、カッコつけ屋さん」

 

 鈴虚は息切れしながらなお俺を煽り続ける。

 

「何だと?…一発殴られたいのは…どの猫だ?」

「やめてよ女の子に暴力とか。人として恥ずかしくないの?」

「お前に馬鹿にされたことの方が…数億倍恥ずかしいから問題ねえよ」

「…プライド高いなぁ、もう…」

 

 

 鈴虚は体力がある程度回復するとうんと立ち上がり、先ほどとか打って変わり俺に悲しげな口調で言った。

 

「智代。残念だけど、お別れの時間が近いね」

「…え?ああ…そういえば…」

 

 そういえば、もうすっかり夜になっている。並行世界に来てから4時間ぐらいは経っただろうか。前回も4時間ほどで帰ることができたので、もうすぐ現実世界に戻るだろう。それはすなわち、再び彼女をこの世界で一人にすることと同義である。

 

「…その……大丈夫か?今度こそ長い間、会えなくなるかもしれないが……」

「うん、大丈夫だよ。今度こそ…」

「そっか……」

「………」

 

 ここに来て気まずい沈黙が訪れてしまった。現実を直視させようとゆっくりと着実に迫る別れの時間から無意識に、またはそれが理であるかのように目を反らし続けた俺たちは、ようやくそれと向き合わなくてはならない。

 それは彼女にとって限りなく苦痛であるだろう。しかし、それは俺にとっても変わらない。彼女と出会ってしまいやや過剰と言えるほどに接触してしまった今、俺の中では鈴虚は家族のような存在と化してしまっている。その家族に別れを告げるというのは、どれほどに惨いことだろうか。俺は考えたくもなかった。

 鈴虚もまた、俺と似たようなことを考えているだろう。

 

「………あ、あのさ…」

「?」

 

 鈴虚が未だかつて見たことのないレベルで赤面して、そして非常に照れながらこんなことを言った。

 

「キミ…が消えるまで、ずっと……抱いててもいいかな?」

「…………」

「あっいやっその……また……あの時の温もりを……味わいたくて……」

 

 成程。俺が消えるその時まで可能な限り俺と…密着したいと。

 何だ。どれほど強がっても結局彼女は俺が寂しくなるのか。ならば、その願いに応えないとな…。

 

「ああ、いいさ」

 

 と言って、俺は少し屈んで両腕を広げ、鈴虚を受け止める体制に入った。

 鈴虚は少し躊躇いながらも自分の腕を俺の胴体に巻き付け、そして顔を胸のあたりに埋めた。

 

「…………あー……落ち着く………」

 

 彼女はひどくリラックスした声で言った。ハグというものはすると多好感を感じる物質が脳から分泌されると聞く。きっと彼女は幸せに包まれている真っ最中だろう。かくいう俺もそうだが。

 

「ねえねえ…あのベンチに座ろ?…地面は疲れちゃうから……」

「……ああ」

 

 俺らはベンチに移動して、再び抱き着く体勢になった。と言っても、座っている俺の膝の上に鈴虚が座り、そして後ろから俺が抱きしめているという形になっているのだが。これでも彼女は満足できるようだ。

 ふと空を見上げると、空には綺麗な星が浮かんでいた。星座がハッキリ見えるぐらいには。この都会ではかなり珍しい。

 

「わぁ……綺麗だなぁ……」

 

 どうやら鈴虚は星を見るのは初めての経験だったらしく、その無数の点がきらきらする光景に感動を覚えているようだった。何とも微笑ましい。

 

「……ねえねえ、いて座とか、みずがめ座とかって見える?」

「……あーすまん、俺は星座には疎いんだ…。でも北斗七星ぐらいは分かるぞ。見えんが」

「ちぇー」

 

 そんな他愛もない会話と沈黙が数分ごとに交互に訪れ、それでもなお俺は鈴虚を変わらず抱きしめ続けていた。…少しだけ違和感を感じるようになったのは、それが5回ほど繰り返された時だった。

 鈴虚はよっぽど心地良かったのか知らないがいつの間にか寝ていた。すーすーと可愛らしい寝息が聞こえてきて凄く癒される。寝顔も見たいところだったが、鈴虚は体全体を俺に委ねているため半ば行動が制限されていたので、体を起こして顔を見ることも叶わなかった。…勿体無い。

 それはさておき、その違和感というのは。

 

 ……俺もいつの間にか寝ていた。目が覚めた時、朝になっていた。それも、公園で。

 ふむ。これは会社の上司にどう怒られるか分かったものではないな。恐らく、退職の可能性もなくはない。なんてことだ。これはまずい。一刻も早く会社へ出勤し、とりあえず土下座して謝らないと。

 と思い、体を起こそうとしたその時、体に何か人のようなモノが乗っかっていると気付いた。まあ勿体ぶる必要もないが、それは紛れなく鈴虚妙憑だった。俺は朝になってもなお、彼女を抱きしめながら寝ていた。

 鈴虚はまだ寝ているようだった。公園に設置してあった時計を見てみると、5時半だった。……まあ、俺が早く起きすぎただけか。

 俺はふとあることが疑問に浮かび、鈴虚を起こそうとした。

 

「…おい、起きろ、朝だ」

「……んにゃ~~、あと5分だけ……」

「寝不足の学生かお前は。いいから起きろ、重大な事態だ」

「……にぇ?…あ、うわーーーーーーーーーーっっ!?」

 

 近くで急に叫ぶものだから鼓膜が破れるかと思った。…しかし無理もない。何故なら俺はまだ並行世界に居続け、そして鈴虚に干渉することが出来たからだ。

 

「…えっ?ええっ!?何でまだいるの!?」

「…………………分からん」

「分からないじゃないよ!?え、智代、大丈夫!?まさか……本当に死んじゃったの…?」

「……そんなことはないと思う。そんな、無意識に死ぬなど……」

 

 でもここまで来るとその可能性もなくはなかった。ここは現世と幽世の狭間の並行世界だ。前回は死にかけて間一髪のところでここに逃げ込めたため数時間で帰ってくることができた。しかし今回は帰れなかった。ということは再び九死に一生を得たわけではないのだ。別の要因で来たということである。

 

「……………」

 

 しかし答えなど分かるはず無かった。鈴虚も並行世界のルールを完全に把握してるわけでもなく、予想外のことも度々起きたのだという。たった今も予想外のことが起きている。この問題は何かヒントでもなければ答えが出せようにも出せなかった。

 

「……どうしよっか…………」

 

 鈴虚もあれほど一人になるのは寂しいと言っていたものの、俺が並行世界から戻らないことを不思議がっていた。

 

「………よし、決めた」

 

 暫しの沈黙の後、鈴虚はあることを提案した。

 

「キミん家、行く」

「はぁ?」

 

 一瞬理解できず疑問符を思い切り投げつけてしまったが、よく考えればこれしか方法はなかっただろう。俺の家に行けば、何か謎が解明する手掛かりがあるのかもしれない。……ただ、俺は電車経由でここに来てて、しかも5駅ぐらい通過しなきゃ俺の家に着かないのだ。しかも電車は並行世界に居るから無賃乗車となる。もしたまたま時間が延びていただけで途中で並行世界から帰れたとしたら俺はどうしても改札を抜けなければならず、そこで犯罪者扱いされるだろう。そうでなくても良心が痛むため徒歩で行くことにした。でもそうなると遠い。結構遠い。

 

「……それでも行くのか?」

「うん、行く。純粋に行きたいってのもあるし、何より智代が心配だから」

「………そっか。じゃあ、そろそろ俺の体から離れろ。これから長距離移動するから覚悟しとけよ」

「うんっ!」

 

 こうして俺らは並行世界から帰れない謎を解明すべくとりあえず俺の家に向かうのだった。この行動の結果が吉と出るのか凶と出るのか、たとえ占い師であってもそれは予言できないだろう。




続きます

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