子連れ少女は生き延びたい   作:ちゃっぱ

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ピクシブの方が完結のような状態になったので、こちらで再度投稿します。
よろしくお願いします!


第九話 お姉ちゃんは怒ってます

 

 

 

 

 

 我妻琴音は激怒した。

 

 かの命の恩人でもある炎柱様に対して、仇で返す方法をとろうともその性根を叩き折らなければならぬと決意した。

 彼女には彼らの事情は分からぬ。彼女はただの客人である。けれども心の音を聞くことに対しては、人一倍に敏感であった。

 

 

 そしてそれは、彼女の弟も同じであった。

 

 

 

 

 

「びゃあああああっ!」

 

 

 

 

 大粒で涙を浮かべて姉の腹に抱き着く幼児は男の音が嫌いだった。

 

 己への嫌悪。怒り。絶望。

 八つ当たりにも似た――――恐怖の音。

 

 それは姉も聞こえていた。

 何かに悲しみ、何かを乗り越えようとしていてそれが出来ぬと泣き喚く情けない男に見えていた。

 

 後々の話で杏寿郎から聞くことになるが、剣に壁を感じ努力をしている矢先に母が倒れ死にかけている状況の真っ最中だったらしい。鬼を倒すために剣を持っていた父は病気によって救えぬ妻と、己の限界を感じ切っていた。

 

 己は何も出来ぬと絶望していた。

 

 

 そんな時に来たのが我妻姉弟だったらしい。

 

 

 しかし今は何も理解できていない。

 ただ姉はキレていた。

 

 目の前に対するとても乱暴な態度をとる男と、必死にその場を宥めようとする杏寿郎に対して怒っていた。

 

 

 

 

「ギャーギャーギャーギャーうるせえな。何もしてねえのに何泣きわめいてんだ」

 

「もしかすれば父上の顔が怖いのでは?」

 

「杏寿郎!」

 

「ああいや、なんでもないぞ父上!」

 

 

 ……いや、宥めているといえるかどうかは分からないが、とにかく姉がキレているのは確かだった。

 

 そして事件は起きたのだった。

 

 

 彼女は、男を―――かの父をぶん殴ったのだ。

 

 

 

 

「な、何をしているのだ。桜眉の女!」

 

 

 

 

 弟の耳と目を閉ざし、唯一残った右手で全力でもって殴りかかった少女を誰が止められたというのだろうか。

 ただの怪我が回復しきっていない少女だと警戒していなかった槇寿郎は身体をぐらりと揺らしたが、それでも鍛え上げた身体が倒れることはない。

 

 

 

「何の真似だ。俺を殴ったのは何故だ」

 

 

 

 ただ凶暴な顔をして少女の頭を掴んだ。

 巨大な大人の身体では子供の頭なんて毬よりも小さいもの。

 

 しかし、あっけなく頭を掴まれた少女は怯える表情を見せない。弟は姉の言葉に従っているため何も見てはいないし聞いてもいない。

 むしろ怯えたのは父の息子である杏寿郎であった。

 

 杏寿郎がもう少し成長していたならば。あるいはもっと覚悟を決めていたのならば完全に止めることは出来たかもしれない。

 しかし杏寿郎はまだ幼い子供だった。精神もまだ未熟な、剣士見習いであった。

 

 

 

「父上っ! 彼女は怪我人です! 死んでしまう!」

 

 

「うるせえ黙ってろ!」

 

 

 

 槇寿郎の行動に杏寿郎がその腕にしがみつく。

 しかしそれに臆しないのは杏寿郎だけではなかった。 

 

 

 

「辛いのはてめーだけだと思うなよっ!! こっちだって大変な目に遭ってここまで来たんだ!」

 

 

 

 彼女の瞳はまるで剣のように強く、強靭な意思を持ってその場にいた。

 

 頭を握りつぶされようとも屈しない。

 怪我をされようとも絶対に退かない。

 

 怪我をしてボロボロだというのに、その身体で父に怒鳴りかかるのは辛いだろうに。

 

 

 その瞳の色に、杏寿郎は魅入られた。

 

 

 

「臆病者のくせに」

 

「ああ?」

 

「嫌だ。ああもう嫌だ! 自分勝手な考えを息子に押し付けている駄目親父が、俺の命を救っただなんて信じたくねえよ! ここまで来た労力を労われよゴラァ!」

 

「なにいって―――」

 

「でもなっ! 俺はあんたのおかげでやるべきことが見つかったと思えた! 鬼に抗えるって思えたんだ! 生きる希望が出来たと思えたんだ! だからあんたは恩人だ。感謝もしてる! 

 でも頑張ってここまで来たのに何でそんな駄目親父なんだよ! 剣士やってるなら駄目になるんじゃねえよ! 立派に剣士やってろよ馬鹿野郎!!」

 

 

「……なっ」

 

 

 何を言っているのかは八割ほど理解できなかった。

 いや、理解したくなかったといえるだろう。

 

 呆然と少女を見る。

 

 

 

「あんたはたくさん、良いものを持ってるじゃねえか。家族もいるし居場所もある。なのに何を恐れているんだ? 何に絶望できるんだ?」

 

 

 

 左腕であった場所を。

 切断されたであろう左肩を彼女は右手で強く掴む。

 

 

 それはまるで、剣の道を断たれたわけじゃないのに何を勝手に辞めているんだと責めているように見えた。

 

 

 

「あんたは俺と同じじゃねえだろうが! 出来ることはいっぱいあるだろ! やれることは、いっぱいあるはずだろ!」

 

 

 

 姉は何かに急いているように見えた。

 

 苛立ちを込めて男を睨みつける。

 頭を掴まれた状態でも気にせずに喧嘩を売り続ける。

 

 ぐるぐると言いたいことが込み上げて、でも全部言い切ることが出来ずに吐きそうになっているようにも見えた。

 

 

 

「弟が真似をしたらどうするつもりだこの野郎!!」

 

 

 

 ―――善逸の教育に悪い。

 反面教師にならもってこいだが、まだまだ心が成長しきっていない善逸にとって槇寿郎は毒のようなものだった。

 

 だから、ただそれだけの理由で苛立った。

 

 

 

 

「瞳に上弦だか弐だか気持ち悪くてやばい鬼と鬼事の約束をした俺を守れよ! 弟を守ってくれよ! それを頼むために来たのに何でお前はそんなに駄目親父なんだよ!!」

 

 

 

 急いていたのは、それが理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや待て。女、今何と言った?」

 

 

「あぁ?」

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 事情を説明し、全てを飲み込んだ男は私たちを受け入れた。

 

 

 しかしまあ受け入れたというよりは、一人でも生き残れるようになれ? って感じ?

 

 

 だから毎日のように駄目親父をぶん殴りたい衝動に駆られる件について。

 いや一度殴っちゃったけど、その経験があるせいで殴りかかろうとしてもあっけなく防がれるんだよなぁ。

 

 

 

 ああ、あいつの顔面に拳をめり込ませたい!

 

 

 

 

「うわあああああああん善逸うううぅ!」

 

 

「ぴぇっ。ねーちゃ、どしたの?」

 

 

 

 ああもう弟が癒し!

 きょとんとしたちっちゃい顔が可愛い! お饅頭をちっちゃい両手でもって食べてるのも可愛い!

 

 杏寿郎君が家で面倒を見てくれているから彼に懐いちゃったし、最近は姉ちゃんにべったりくっつかなくなったの寂しいけどさ!

 

 

 

「心臓の音! お胸の音聞かせて! お願い!」

 

 

「うっ?」

 

 

 

 よく分からないけど、姉ちゃんの頼みなら。

 そういう感じでその小さい両腕を広げてくれた善逸に可愛いかわいいと心の中で踊りそうになりながらも、胸に耳を当てて目を閉じた。

 

 

 

「ああ落ち着く。弟の生きてる音がする」

 

 

 

 俺の言葉に何処からかドン引きするような音が聞こえてきた。

 抱きしめてくれている弟ではない。もう少し遠く――――善逸と共に茶菓子を食べていた、杏寿郎くんだった。

 

 

 

「頭は大丈夫か琴音殿?」

 

 

「頭がパーとでも言いたいのかな杏寿郎くん。そんなドン引きした顔しなくても良いからね! 君も弟がいるなら分かるでしょうが!」

 

 

 

 あのまだまだ生まれたばかりのふにゃふにゃな千寿郎に対して杏寿郎は茶を啜りつつも首を傾けている。

 

 

 

「ふむ。可愛いと思うことはあるが琴音殿ほど酷くはないぞ!」

 

 

「遠まわしに俺が酷いって言われた! 酷いって!!」

 

 

「今日は茶がうまいな!」

 

 

「こんにゃろー俺の話を聞けよ!!」

 

 

 

 涙目で弟に抱き着きつつも杏寿郎を睨みつける。

 ―――すると、頭の上で小さなぬくもりが触れた感触がした。

 

 よく見れば善逸が俺と同じ桜のような垂れ眉をさらに垂れさせつつ、小さな手で何度も俺の頭を撫でてくる。

 

 

 

「よちよち。ねーちゃんはだいじょーぶ! ひどくない!」

 

 

「うわああああ善逸だけが俺の救いぃぃ!!」

 

 

 

 善逸が俺の弟に最大の感謝を抱きつつ、その幸せにしっかりと浸かることにした。

 

 

 とくんとくん、弟の優しくて居心地のいい音が聞こえる。

 優しい音が俺を受け入れてくれる。

 ずっとずっと聞いていたい音が、俺の心を鎮めてくれる。不安な気持ちが全て消えていく。

 

 

 杏寿郎くんも空気を読んでか、先程まで菓子を食べては「うまい!」と言い、茶を啜っては「美味い!」と叫んでいたはずなのに、今はとても静かに庭先を眺めていた。

 

 平和だと思えるのは久々だった。

 もしかしたら生まれて初めてなのかもしれない。

 

 

 

 なんとなく、このまま弟の音を聞きながら眠ってしまいたいと思えた。

 

 

 

 

 

「おい次の修行だ。行くぞ琴音」

 

 

 

 それを打ち破ったのは剣を手にした駄目親父。

 

 

 

「うわあああ鬼ぃぃぃぃっ!!!」

 

 

「誰が鬼だ! いいから行くぞ!」

 

 

 

 弟から引きはがされそうになったため、右手で弟を抱きしめてくるりと一回転し駄目親父の手を避ける。

 

 善逸はきょとんとした顔で俺たちを眺めていた。

 杏寿郎くんはとても面白い顔で俺たちを眺めていた。

 

 

 

「いつも言っているけど俺は弱いの! 剣だって持ったことのない小さい女の子なの! だからすぐ死んじゃうんだよ! なのに何で俺を鬼の元に連れて行こうとするのかね!?」

 

 

「それがお前専用の修行だからだ」

 

 

「だから修行で死ぬような目に遭うのは止めろって言ってんだろうがああああっっ!!」

 

 

 

 弟の傍にずっと居たいのにこいつのせいでそれが叶わない!

 

 

 だって、やっと己の生きたい理由が見つかったんだ。

 弟を生かすんじゃなくて、弟と共に生きるって決めているんだ!!

 

 

 それなのにこの駄目親父が邪魔をしてきやがる!!

 

 

 

「いやだいやだ! 俺は死にたくない! 弟の傍で一生を終えるんだあああっ!」

 

 

「気持ち悪い醜態晒してねえで行くぞ!! 杏寿郎、お前も鍛錬を怠るなよ!」

 

 

「はい、父上!」

 

 

 

 

 鍛え上げられた大人に、まだまだ体力がついていない子供が叶うわけはない。

 猫を持ち上げるかのように首根っこを引っ掴まれて善逸から離される。

 

 善逸のあの柔らかくて優しい音が離れた瞬間涙が止まらなくなった。

 

 

 

 

「うわあああああ善逸ぅぅっぅうっ!!!」

 

 

 

「ねーちゃ。いってらっしゃい!」

 

 

 

 

 世の中というのは、本当に無情である。

 

 

 

 

 

 

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