子連れ少女は生き延びたい   作:ちゃっぱ

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第十話 とある兄弟子の焦燥感 前編

 

 

 

 

 

 

 村はずれにあるとある寂れた建物。

 大昔に建てられたそこはとある富豪の別荘地のようなものだったらしい。

 

 しかし所有者であった人はいつの間にか行方不明になっていた。

 家族全員、使用人も含めてだ。

 

 そのあと不気味に思った村の人々が数十年ほど近寄らなくなったのだが――――最近になって若い人が肝試しのようなことをして、行方不明になる事態となったそうだ。

 

 

 鬼の仕業かもしれない。

 その調査と、鬼を退治するということ。

 

 それが今回の任務……のようだ。

 

 

 

「なあ、それって炎柱様のやるべき仕事なの?」

 

 

 鬼殺隊の柱というのは組織の幹部のようなもの。

 鬼を殺す実力者が選ばれた通り名だという話は聞いたことがあるが、今回の任務ってそんな大事な柱を行かせるようなものなのだろうか。

 

 

 

「ま、まさか。柱がいかないといけないような凶暴な鬼がいるの!?」

 

 

「そんなわけないだろう。しかし……俺はやれることは全て行うと決意したんだ。俺が動ける今、新人が成長するまでの間は何でもするさ」

 

「お、おおっ?」

 

 

 

 なんか酷く真面目になったよなぁ駄目親父。

 ちょっとだけ格好いいとは思うぞ。

 

 

 まああの時俺を罵倒した分と、弟を酷く怯えさせた分の恨みはあるから駄目親父の呼び名は変えねえけどさ。

 

 

 

 

「聞こえるか?」

 

 

 

 駄目親父はよく俺にそう問いかけてくる。

 音が聞こえるかどうか、念入りに。

 

 

 駄目親父に言われるまでもなく、俺はしっかりと頷いた。

 

 

 

 

「いるよ確実に。それも複数かな……」

 

 

「そうか。どの方向から聞こえる?」

 

 

「ええと……建物がある方? あっ、でもなんか違うような」

 

 

「どこだ」

 

 

「えーっと……」

 

 

 

 何故かは知らないが、駄目親父は俺の耳を鍛えるという理由で修行を行うようになった。

 

 俺としては鬼殺隊に保護をしてもらって守ってもらえるならそれでいいのに。何故かは知らないが、こうして連れて行かれては勝手に鬼に襲われそうになって勝手に駄目親父が鬼を殺していく。

 

 ここに俺のいる意味はあるのだろうか。

 まさかとは思うが俺は囮かこの野郎。

 

 

 うむむ。それにしてもなんか聞こえにくいなぁ……。

 

 

 

「ごめん。なんか雑音が酷くて聞こえにくいや。建物の中か布団の中にひきこもっているような感じしかしないよ。それにこっからだと遠すぎるから……」

 

「ふむ。行くか」

 

 

「うぇっ……やっぱり行くの?」

 

 

「当たり前だろう。お前の耳を鍛えるためにここまでやってきたんだぞ」

 

 

「いや、そもそも何でそこまで耳を鍛えろって言ってるわけ?」

 

 

「それがお前自身の強さに繋がるからだ」

 

 

 

 よく分からないが、つまり生き残るために必要だというのだろう。

 弟に会いたい欠乏症が限界に近づいて来ていて早く帰りたい思いの方が強いけどさ。

 

 これが弟のためになるっていうことぐらいは分かっているんだよ。

 でもまだ分からないんだよ。

 

 

「なあ炎柱様」

 

 

 

 ――――俺の故郷についてはどうなったんだ?

 上弦の弐についての話は、どうなったんだ?

 

 

 

「どうかしたか?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 

 なんとなく、聞きにくかった。

 鍛えてくれているのは分かるけれど、肝心の部分を聞いていいのかどうか戸惑った。

 

 世の中には、知らない方が幸せだったことはたくさんあるのだから。

 

 

 ぐるぐると考え事をしている時だった。

 

 駄目親父が何かを思い出したかのように俺を見たのだ。

 

 

 

「そうだ。今日はもう一人追加で来てくれることになったぞ」

 

「はっ?」

 

「まだ隊士にはなっていないが、今回の任務で経験を付けて欲しいと彼の師範殿から頼まれてな」

 

 

 

 

 

 不意に俺の服の裾を引っ張り上げる誰かがいた。

 

 

 奇妙な音がしている。

 寂しいような音。しかし、何かの期待に応えたいという強い音。

 それと同時に、大きな恐怖心と不満を混ぜ込んだような、空っぽの音が響く。

 

 

 鋭い瞳。黒い髪。まるで前世の姉のような雰囲気を漂わせた――――。

 

 

 

 

「獪岳という子だ。お前と同い年ぐらいだったか」

 

 

 

 

 

 その少年が、俺を睨みつけてきた。

 

 何か雷のようなピリピリとした鋭い音を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

「俺がお前たちを守ろう。お前たちは鬼を見て、その身で経験してくれ」

 

 

 

 

 おい駄目親父!

 お前義勇君じゃないんだからもっとちゃんと説明してくれよ!!!

 

 なんか言葉足りねえんだよ! 焦っているような音は聞こえてるけど、俺を危ない目に遭わせるなよな!!!

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 森の奥に現れた建物は、武家屋敷を思わせる立派なものだった。

 

 

 敷居で囲まれた中にある建物は、大雑把に分けて三つ。

 三つの建物は渡り廊下でつながっている。

 しかしその廊下自体も建物の中にあるため、どのような内部になっているのかは分からない。

 

 三つの大きな建物の入り口は、目の前にある一つだけだった。

 

 それだけではない。

 倉庫と思わせるものでさえいくつか点在し、真ん中に池があった。

 日の当たるところで見るとなかなか豪遊していたんだなと思えるぐらいには大きく頑丈に作られている。

 

 

 悲劇さえなければ大きな資産になっただろう。

 この世に生まれてから学がない俺でも、そう思えるぐらいには凄いと感じたのだ。

 

 

 

 ――――しかしその音が駄目だ。

 

 

 建物のそこら中から聞こえてくる気持ち悪い音。

 殺意と飢えと、悲鳴が轟いているようだ。

 

 俺のいたあの故郷の村とは違う。

 しかし、確かにあの建物に地獄はある。

 

 

 まるで小さな蟻が砂糖にたかっているかのようだ。

 俺たちが砂糖で、蟻があちらなんだ。

 

 

 

「えっ……あの、ここに入るの? いやいや炎柱様ぁ。か、帰ろう?」

 

 

「二人とも、行くぞ」

 

 

「無視かっ!?」

 

 

 

 ちくしょうこの駄目親父が!

 獪岳くんは普通に俺を無視しているし、何も喋らない無口だし!

 

 

 

 スタスタと先へ行ってしまう二人に置いてかれないように獪岳くんの服の裾をしっかりと掴む。

 最初に会った時は俺の裾を握っていたというのに、俺が掴んだ瞬間嫌そうな顔しやがってこの野郎!

 

 

 ああでも無理だ。

 建物の中に入ったら肌に突き刺さっているようにも感じる嫌な音。

 ぶるぶると震えて、涙が止まらなくなる。

 

 このまま死ねば弟に会えなくなるという恐怖で駄目親父を見た。

 

 

「炎柱様、これあんた一人で行った方が良いって。俺じゃあ無理だし死ぬって!」

 

 

「喧しいぞ琴音。これも一つの修行だと思え。生き残るための鍛錬だと思え」

 

 

「剣も何も持ってねえのに無茶言うんじゃねえよ馬鹿野郎!」

 

 

 

 その刹那―――だった。

 

 

 

「むっ?」

 

 

 

「ひぇっ」

 

 

 

 まるで建物内部が呼吸しているかのような音が響く。

 

 ゴンゴンゴンと大きな音がする。

 周囲から笑い声と、木のきしむ音がした。

 

 警戒していたのはまだいい。

 しかし、呆然と突っ立っていたのがいけなかったのだろう。

 

 

 刹那、廊下に壁が発生した。

 天井から真下へ向けて、まるでシャッターが勢いよく降りたかのように出てきたのだ。

 

 

 それだけじゃない。

 

 これはやばい。一番ヤバイ!!

 

 

 

 

「あああんの、馬鹿親父ぃぃぃ!!」

 

 

 

 壁は俺たちを分断しやがった。

 

 俺と獪岳くんと、駄目親父に。

 

 

 周囲からは蟻のような気持ち悪い音が響く。

 このままここにいたら食われる。奴等に砂糖のように溶かされて食われる!!?

 

 

「無理無理無理! これは絶対に死ぬ!! 獪岳くん逃げよう!!」

 

 

 

 

 あの駄目親父に任せて俺たちは安全な場所まで逃げようと、獪岳くんの服の裾を引っ張った。

 

 しかし彼は苛立ち混じりに俺を見た。

 

 

 

「逃げるならお前一人で逃げろ」

 

「はぁ?」

 

 

 

 いやいやなに言ってんだこいつ。

 

 一人になったらどうなるか分かっているのか?

 

 

 

「あのなぁ。俺たちは子供だぞ。まだまだ成長途中の弱い存在なんだぞ」

 

 

「俺は弱くない。鬼殺隊に入るために俺は今ここにいるんだよ。お前みたいに逃げるなんて馬鹿な真似するわけねえだろ。カスは引っ込んでろっ!」

 

 

 

 ああもう本当にこいつはっ!

 

 

 鬼を殺すというのは立派だと思うけどな!

 まだまだただの子供が恐怖もなく立ち向かおうとするのは良いことだと思うけどな!

 

 

 

「だから、お前じゃ駄目なんだってば!」

 

 

 

 俺と同じでまだまだ未熟なお前が逃げねえとか有り得ねえだろうが。死ぬ気かこの野郎!!

 

 

 

 

「それにここにいる鬼は複数―――――ひっ」

 

 

「あぁ? なんだまたビビったのか。逃げるんならさっさと逃げちまえ弱虫が……」

 

 

「ちがっ! ちょ、ちょっと待って。壁……ねえ、壁っ!」

 

 

「壁がなん……」

 

 

 

 獪岳君が絶句した。

 それは、突如現れた方の壁ではない。

 

 

 俺たちが来た方の出入り口がいつの間にか壁が発生して閉じ込められたことじゃない。

 その壁は、横に大きくひび割れた。

 

 

 口を開けるように、壁いっぱいに広がった口が俺たちめがけて迫ってきたのだ。

 

 

 

 

 

「あんぎゃああああああああああっ! 死ぬ死ぬ死ぬっ! いやだあああああっ!!!」

 

 

「うるせええええええ黙れッッ!!!!」

 

 

「いや無理っ! 何あれ何あれ無理無理っ! 恐怖をお届けに参りました的な感じで来るんじゃねえよ幽霊かよっ! どうせ来るんなら鬼の姿で来いよいややっぱ来ないで喰わないでえええええええっ!!!!」

 

 

「チッ!」

 

 

「いだっ!」

 

 

 

 獪岳くんに三つ編みの髪を引っ張られ壁ではなくその横――――襖のある間へ飛び込んだ。

 

 壁はどうやら真正面にしか動けないらしく、塞がっていた方の壁にぶつかって消えてしまったが……。

 

 

 

 

「いだだだだっ。髪ひっぱんなっ! 引っ張るなら腕にし……ああああっ!!」

 

 

「いちいちうるせー奴だなてめえは! 今度はなんだ!」

 

 

「三つ編みがほどけた!」

 

 

 

 俺が叫んだ途端、何かがキレた音がした。

 獪岳君が口元をひくひくと動かして俺を見ている。

 

 引っ張った三つ編みのほどけた紐を手にした獪岳くんが、乱暴に扱ったからボサボサになった黒髪の俺を見て雷鳴のような音を響かせた。

 

 

 

 

「髪なんざどうでもいいだろうが!」

 

 

「どうでも良くねえわあああっ!!」

 

 

 

 

 

 引っ張られた衝撃でだろうか。

 いや、三つ編み自体もボロボロで所々結んでない部分もあったけど! あったけどさぁ!!

 

 

 額にビキビキと青筋立てなくてもいいんじゃねえの獪岳くん。俺だって怒っているんだからな!!

 

 

 

「いいかっ! これは愛しくて大事な弟が髪を結べず切るのもうまくいかなかった片腕の俺にっ! 何度も練習してようやくここまでやれるようになった一品だぞ!」

 

 

 

 最初は一本結びから始まった。

 それが徐々に三つ編みに変わっていったのは、おそらく村に住んでいた娘をよく眺めていたからだろうか。三つ編みが似合う娘が多かったからなぁ。

 

 だが幼い善逸にとって、それはとても大変だっただろう。

 泣きじゃくりできないと喚いていた善逸を思い出しては頬がにやけてしまうが……。

 

 それでも、弟は決して諦めようとはしなかった。

 

 

 俺としては気持ちだけで十分だったし伸ばしっぱなしでいつかどうにかしようと思っていたのに、「ねーちゃ、きれーきれい!」と俺を可愛くしようとしてくれたのだ。

 姉ちゃんのために、結ぼうとしてくれたのだ!!

 

 

 

 弟が女性に優しく育ってくれるのを見て姉ちゃんは感激した。

 女の子に騙されなきゃいいけど、まあ姉ちゃんがいるから大丈夫だよな!

 

 

 だから、どんなに髪がちょっときつく結ばれようとも、ボロボロに結ばれようとも、所々髪がほつれて結ばれていない部分があろうとも。

 たまーに紐が緩すぎて結ばれておらずするりと髪から落ちたことがあっても。

 

 弟がやってくれたなら! 俺はそれで十分だから!!

 

 事故とはいえ他人の手で弟が結んでくれた髪紐を解かれるのは無性に腹が立つんだよ!

 

 

 

 

「――――だからこの三つ編みを引っ張った獪岳くんには責任というものがあるんだよ! 大事な弟の思いをぶち壊した獪岳くんに、責任をとってもらいたい! 主に弟に謝れ!!」

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 

 おい待て。なんだよその呆れた顔は。

 何だよ、その微妙な心の音は。

 

 

 

「気色悪いなてめえは。その弟が憐れだ」

 

 

 

「誰が気色悪いだゴラァ! それに弟にはここまで素は晒してねえもん! 姉ちゃん弟の命がかかっているならどこまでも頑張れるもん! でも今は、俺と獪岳くんの二人っきりだから! 弟の命もかかってねえし頼れる駄目親父どっか行っちゃったけどだからこそ素でもいいかなって思っているだけだもん!!」

 

 

「もんもんうるせえっ!! 少しは黙ってろ!!」

 

 

「俺は煩くない! 獪岳くんの方がうるさい!!」

 

 

 

 

 ――――その刹那、だった。

 

 

 

 

「あっ」

 

 

 

「あぁ?」

 

 

 

 

 獪岳くんが、首を傾けた。

 

 でも今は、騒いでいる場合じゃない。

 

 

 

「は……は、はや、早く。早く、逃げないと……」

 

 

「急になんだ。頭でもおかしくなったか」

 

 

「違うっ。いいから逃げよう。それかどこか隠れようっ……じゃないと何かが近づく音が――――」

 

 

 

 

 

 ぎしり、ぎしり。

 何かの足音が聞こえてくる。

 

 

 それも複数の音が聞こえる。

 でも足音は一つだけ。

 

 複数の音を身にまとった足音が、聞こえてきているのだ。

 

 

 

 

 俺の豹変に何かを察知した獪岳くんが襖を閉めて身を屈める。

 

 

 ついでにと俺も畳へ頭から抑え込まれた。

 絶対に悲鳴を上げないようにと、獪岳くんに口を無理やり手で塞がれ――――。

 

 

 

 

 

「あのこがほしい。あのこじゃわからん」

 

 

 

 そーだんしよう。そうしよう。

 子供の声が聞こえてくる。

 感情がこもっていない、棒読みの歌が不協和音のように流れていく。

 

 

 

 聞こえてきた声に、恐怖で身体が震えた。

 瞳孔が開いたかもしれない。

 涙と鼻水で獪岳くんの服を汚してしまったかもしれない。

 

 

 それぐらいには、響いてきた純粋で残酷な音に、寒気がしたのだ。

 

 

 

 

 

「私のお人形さんたち、どこにいるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 廊下を通った恐怖は俺たちに気づくことなくどこかへ去って行った。
 いや、もしかしたら気づいていてわざとどこかへ行ったかもしれない。


 なんだかこの建物から聞こえてくる複数の音が気持ち悪くてちゃんと聞き取れない。


 それが、怖いというのに……。



「いやいやいや待って。ねえ獪岳くん、あの恐怖感じたでしょ? 逃げた方が無難だって分からないかな? ほら、この建物には情けなくて駄目親父だけど一応実力はある炎柱様がいるんだからさぁ」


「……あれを殺せばいいんだろうが」


「そうじゃない。確かにアレからは鬼の音がしたけれど、あれだけじゃないよ」




 厄介なのはこの建物の中にいる複数の音。
 鬼に追われていた生活と、駄目親父に修行という名の鬼と接触ツアーのせいで最近は本当に音が良く理解できていたはずだった。

 でもここは違う。




「私の耳はとても良いけど……でもここは雑音が多くて分からない。近づかなければ、先程のように鬼が来たことさえ分からないんだ」



「そうか」



 考えるように獪岳くんが顔を俯かせる。


 そうした後、俺の右腕を握った彼がしっかりと言ったのだ。



「なら行くぞ」



「ねえ話聞いてた? 絶望的な話聞いてなかったのかな?」




 こいつをどうにかしてくれ鬼を殺したいのか死に急ごうとしているんだけど!!!





 というか駄目親父! お前マジでどこにいやがる!!!?






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