子連れ少女は生き延びたい   作:ちゃっぱ

15 / 21
第十二話 望まざるが、必要なりて

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――ああ、想像していた通りの事態になった。

 

 

 獪岳君の強さを求めようとする性格と、彼女の誰かが生き延びるためなら自分をも犠牲にできる性格。

 そしてここにいるとされる鬼の情報をかき集めたことによって、こうなるのだと理解はできていた。

 

 

 しかし、正直そうなってほしくはないという思いの方が強かった。

 

 

 

 

「なんで……あんたが……」

 

 

「獪岳君。すまないが説明している暇はないんだ。ただの試練だと思っていればいい」

 

 

「っ……」

 

 

 

 

 血濡れで倒れる彼女の肩を叩く。

 いまだに獪岳の腕の中にいる琴音は、生きているのもやっとな状態だった。

 

 鬼を倒して自分の力はちゃんとあるのだと実感したかっただろう彼を止めるために、こうなった。

 

 

 しかし弟に会うまで死ねないという執念からか、生き延びようとするしぶとさはあるのだろう。

 そうじゃなければここまで表に出てこなかった意味はない。

 

 こんな事態になるまで、鬼を斬らなかった意味はない。

 

 

 

 ――――生き物は、死の間際にこそ力を発揮する生き物だ。

 火事場の馬鹿力ともいわれるが、そうじゃない。

 

 

 

「琴音、琴音。ちゃんと俺の話を聞け」

 

 

 

 炎柱にとって、動きたくても動けないような状況だった。

 しかしこれが必要だった。

 

 

 柱合会議で決定した話と、そのための試練と――――そしてあの鳴柱からの頼みごと。

 それらすべてを炎柱である己に押し付けたことへの苛立ち。

 

 

 何も知らずに受けることになってしまった試練の内容に、琴音が死んでしまうのではないかという懸念。

 

 

 

『冷静になりなさい。私たちの娘なら、ちゃんとやりますよ』

 

 

 

 寝てばかりの妻の言葉を思い出す。

 あまりにも話す機会がなかった妻でさえ、彼女を認めその弟を受け入れ、家に住んでいるのだから。

 

 

 ああそうだとも。妻と同じように彼もまた、琴音たちを家族のように思っていた。

 

 

 

 だから信じようとしていた。

 駄目親父だと罵られようとも、これは必要なことだ。

 

 試練とは、死をもってして生き延びた者にのみ与えられるものだ。

 剣の才能のない己で良いのかと躊躇ったこともあったが、結果として今ここにある。

 

 

 

「お前の身体は今とても危険な状態だ。分かるな?」

 

 

「…………」

 

 

 

 ヒューヒューと浅い呼吸を繰り返す彼女が薄い目を開けてこちらを見た。

 意識を繋いでいるのも限界に近いだろう。

 

 早めに言ってしまわないと、無理だと悟った。

 

 

 

「お前は耳が良い。何度も音を聞いているだろう。俺の音だ。―――呼吸の音だ。分かるな?」

 

 

「…………」

 

 

 

 何度も任務に同行したのだ。

 何度も呼吸を見せたのだ。

 

 今までの記憶を思い出せ。意味を果たせ。

 鬼を斬る際、俺が見せた呼吸をやってみろ。

 

 

 

「呼吸をしてみせろ。思い出せ! でないと死ぬぞ!!」

 

 

 

 

 息子がするように修行によって覚えさせるのでは遅い。

 鬼との約束事からもう半年もない。遅すぎる。今から覚えていては意味がない。

 

 

 

 だから乱暴にだが、彼女の才能を信じた。

 

 他人の手で守ることだけではない。

 生き延びる可能性を高めるために、彼女に試練を与えた。

 

 

 上弦に殺されないようにするためにも、今が必要だった。

 

 

 初めて聞くはずの音を聞いて、それと全く同じ音を出すことのできる力。

 彼女の聴くという才能。

 

 

 それがより幅広く使えるようになれば―――。

 

 

 

 彼女の生きるべき道だ。

 これからの地獄の入り口が、今なのだ。

 

 

 

 

「真似をしてみろ。ちゃんと俺の音を真似ろ。身体の意識を繋げろ。命を繋げてみせろ! 善逸に会いたいなら、生きろ!!」

 

 

 

 

 その言葉に、彼女は目を閉じた。

 

 

 ――――しかしきちんと己の言葉を理解し、受け入れたのだ。

 

 

 

 

 無我夢中だったかもしれない。

 愛するべき弟のためにと、考えているのかもしれない。

 

 

 

 生きたいという力は、時に恐るべき力を発揮するものだ。

 

 

 彼女の才能を信じなかった一部の柱も、この結果で信じるようになるだろう。

 

 

 これでようやく、彼女は自由に生きれる。

 煉獄家という任務以外はほぼ外に出ることのできない軟禁状態から、解放される。

 

 

 弟もしばらくすれば自由に外を出れるようになるだろう。

 

 

 

 

 

「……そうだ。生き延びてみせろ。己の力で」

 

 

 

 

 

 これから先の方が、地獄だ。

 今死んでいては意味はない。

 

 

 

 才能のない俺が出来ることは少ない。

 守るべき時に守れないかもしれない。

 

 だから俺は、駄目親父のままで良い。

 

 

 娘のためなら俺は心を無にしてみせよう。

 

 

 

 

 己の力で勝ち取ってみせろ、琴音。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 人と鬼とを見間違えないようにするためには、どうすれば良いのか。

 異形の姿か、その臭いか。

 それとも角が生えているか否か。

 

 人に化けるのが上手い鬼がいることもあり、その見分け方が出来るようになることも隊士の成長の一手として必要だった。

 

 鬼が人と共存する場合も確かにあるのだ。

 そこにどんな恐ろしい関係を築いていたとしても、力のない人は鬼から逃げる術はないのだから。

 

 逃げようとしていても、確実に成功するとは限らない。

 命を奪われ、命を賭して守ろうとする人もいて奇跡が存在することもある。

 

 

 ―――だから、まだまだ幼い筈の琴音が赤子を連れて逃げたのは、奇跡とは程遠い確かなものだった。

 

 

 鬼には血鬼術が存在する。

 鬼は人を食らう。

 鬼は、特定の条件でしか死ぬことはあり得ない。

 

 逃げることが一番の生き延びる道だ。

 しかし逃げるにしても確実にというわけにはいかない。

 

 

 彼女は逃げた。

 己の力を最大まで活かして逃げた。

 

 

 それだけではない。

 

 

 過去の記録において、殺人を犯すただの人間を殺してしまった隊士がいた。

 ただその人間は鬼にはなってはいないが、分かる人にはすぐ察する人の血の臭いとこびりついた腐臭があり、それによって勘違いを引き起こし殺したのだ。

 

 

 ―――しかし、ここで一番危険なのは何なのか。

 

 

 鬼がまだ存在していたということだ。

 殺人を繰り返した人間を利用し、隠れ蓑にする程度には力がある鬼がいたのだ。

 

 頭のいい鬼と遭遇した隊士が、その鬼の力量を見極めきれずにどうなったのかは言うまでもないだろう。

 

 

 しかしだ。

 ―――人間が十人十色いるとするならば、鬼にも該当するということを忘れてはならない。

 

 

 鬼相手に、油断してはならない。

 

 だから彼らは命をかけて鬼を殺す。

 人の未来を守るために、全ての人生を鬼殺隊に捧げていく。

 

 もちろん、引退し次の世代へ受け継がせようとする人々も存在するが、それも鬼を殺すためにやるのだ。

 

 

 人が鬼を殺すために人生を捧げる行為に限りはない。

 

 

 鬼殺隊は何か違和感があれば調査する。

 鬼がいるのではないかと探すことも行う。

 

 人が大量に行方不明になるか死ぬことがあれば、そこには確実に餌場にしている鬼がいるはずなのだから。

 

 

 柱にもなれば鬼と人の気配の差は理解できる。

 様々な経験と、命をかけて戦った状況下での成長と、戦うための呼吸によって分かるようになる。

 

 まだ未熟で経験の浅い者の中には―――そういった鬼と人とを分けることが出来る感覚に優れた者も確かに存在するが、それはごく一部の者だ。

 

 

 鬼が完璧に人に化けていれば、見分けるというのは難しい。

 

 

 彼女はどうだ?

 生まれついてからずっと地獄の底にいたような状況下で生まれた力か、それとももともと持っていた才能なのだろうか。

 

 

 それを、柱たちは評価した。

 上弦との接触で殺されず生き延びたことも、その才能も。

 たとえ偶然か何かが働いていたとしても、今ここに生きている彼女の運が良かったというのも実力の内なのだから。

 

 生きているなら、やれることはたくさんある。

 

 

 戦えなければ戦わせるようにすればいい。

 逃げる力があるなら、その能力を最大まで上げればいい。

 

 呼吸ができないというのなら、出来るようにしてやればいい。

 

 

 

「……私は弱い。強くもなんともないし、逃げられたのも音が聞こえてたからだよ」

 

 

 

 布団の中で包帯を体中に巻かれ、横になっていた琴音はいつものように……しかし、異様に静かな声でそう弱音を吐いた。

 

 だがそれはもはや皮肉というものだ。

 力のない者がそれを聞けば恨み言でも呟くだろう、程度には。

 

 

 

「ああそうだ、琴音。しかしそれこそ最大の魅力なのだ。わかるか? 音は様々な生き物から発せられている。鬼と人にも違いがある。人と鬼は様々な音を発する。呼吸も音がある。

 

 全ての音を、お前は見極める力がある」

 

 

 

「無茶言わないでよ……」

 

 

「無茶ではない」

 

 

 

 耳が良いため呼吸が理解できても、呼吸が身体に合わないこともあるだろう。

 今回の怪我も、炎の呼吸を真似てみせて―――見事使ってはいたが、戦うまで使えるようになるとは思えない。

 

 慣れていないからではなく、肺の動きと炎の呼吸が合っていないからだろう。

 生命を繋ぐために必死に行っていたが、その後の医師の診断で肺に相当な負荷がかかったといわれてしまった。

 

 

 しかし一時的にとはいえ使えたのだ。

 何も教えてはいないのに、耳で音を聞いただけで使えるようにはなれたのだ。

 

 

 

「お前には男として生きてもらう」

 

 

「……はっ?」

 

 

 

「上弦と約束した女のお前ではない。弟もいない、姉という存在でもないお前が生き延びる可能性を高めるために。耳が良いお前と……善逸にも。

 

 ――――まず先にお前には、全ての呼吸の音を聞き分け覚えてもらう」

 

 

「はっ?」

 

 

 

 呆然と、しかし嫌そうな顔をした。

 自分がやることに対して、ではないのだろう。

 

 彼女は弟のことしか考えてはいない。

 

 

 何故弟がいないという扱いを受けねばならないのか。

 何故、弟までもが何かをしなくてはならないのかと言う怪訝そうな顔でこちらを睨みつける琴音に、彼はただ苦笑した。

 

 その後すぐ真剣な顔で「忘れたのか」と言う。

 

 

 

「上弦と約束をし鬼事を提示したのはお前だけではないんだぞ琴音」

 

 

「……っ」

 

 

 

 約束の場にお前と善逸がいたのなら、その対象は一人ではない。

 どちらも合わせて、鬼事をされるだろう。

 

 

 

「善逸を救いたいなら、善逸が鬼に殺されないようしたいなら、お前は段階飛びで強くなる必要があるんだ。死ぬかもしれないぐらいの力を身に着けてもらう。命をかけて、強さを身に着けてもらう。

 

 この半年もない時間を無駄にさせるつもりはないぞ」

 

 

 

 

 上弦を殺すために、ではない。

 それよりも一歩上を――――鬼を殺しつくしたいと願う鬼殺隊の者達が狙うあの男を殺すこと。

 

 

 誰もが羨むほどの復讐が出来るかもしれないんだ。

 

 音が良い。耳が良い。

 それも―――様々な経験を通してなのか、かなり鋭く研ぎ澄まされているのだから。

 

 

 琴音はまだ子供だ。成長する力は十分残されている。

 ちゃんと強くなれる才能はある。

 

 弟の善逸もその成長が楽しみなように、彼女たちは天才だ。

 

 

 

「お前は生まれてからことごとく鬼に奪われてきていた。弟までも鬼に奪われてもいいのか?」

 

 

 

 炎の呼吸だけに絞られはしない。

 耳が良いのなら、それと相性のいい呼吸を身に着けてもらう。もしも駄目なら新しく考える。

 

 

 半年後すぐ上弦が出てくるとは限らない。

 約束を忘れている可能性も、彼女の居場所を知らず約束が過ぎてから探す可能性だってあるのだ。

 だから、様々な可能性を信じ血を吐く勢いでもいいから強さを身に付けさせてやらなくてはならない。

 

 

 弱音を吐いてる時間も惜しい。

 怪我を治す時間もくだらないと感じさせる。

 

 

 なにも半年後に上弦が現れ決着というわけではないのだ。

 

 

 上弦は遊び感覚で言ったかもしれないが、だからこそ好都合だ。

 奴を倒すために、その上を倒すために。

 

 

 きっかけがあるなら利用する価値があると、思われているのなら。

 

 

 

 

「お前がよく言う、駄目親父と呼ばれる俺は……何度も琴音を辛い目に遭わせてしまうが……」

 

 

 

 

 

 ――――お前には、一度女を捨ててもらう。

 

 

 

 そして、我妻琴音という存在を消させてもらうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 










 覚悟を、決めなくてはならない。
 もう守られることはない。安心できる場所はない。

 弟のための安心できる居場所に、私がならないといけない。
 私が守れるようにならないといけない。




「月が綺麗だねぇ」


「ねー?」




 久しぶりに善逸と一緒に庭先で月夜を楽しむ。
 これが最後かもしれないと思うと、様々な気持ちが溢れてくる。


 でも仕方ない。
 私はもう、そうすることでしか生きられない。
 望むような生き方が出来るのは限られた一部のみなのだから。


 ――――あの駄目親父が言った言葉が忘れられない。

 あの童磨と名乗った鬼は確かに次元が違うと思わせるほどの強烈な音がしていた。
 しかし、それ以上の化け物は存在する。

 それらにも会うかもしれない。
 鬼と遭わずにいられる人生は、もうないと思った方が良い。




「ねーちゃ? どしたの?」


「……んーん。なんでもない」




 半年後から鬼事が開始されるといった。
 追いかけてくるというよりは、探しに来ると言った方が良い。

 おそらくはあの鬼にとっての暇つぶし。ただの戯れかなにか。


 だから私という存在はいない方が良いというのだろう。

 私を強くさせて生き延びる確率を上げて、それでも上弦が追いかけてくる限りいつ死ぬのかは分からないと。
 私より圧倒的に強いとされる柱は、過去何人も上弦に殺されていると聞いた。

 それほどまでにも、上弦の力は災害レベルで強い。
 人が上弦と呼ばれる鬼どもを殺せるようになるのは、いつになるのだろうかと言われる程度には。



 あーあー。せっかく『私』という自我が生まれたのに。
 また男の感覚に戻されるのか。


 私はまた、自分を殺されるのか。



 ああ。
 いつになったら、私たちは鬼から解放されるのだろうか。




「善逸。お姉ちゃんは君としばらく会えなくなるの」


「ふぇ?」


「お姉ちゃんはやることがあるからねぇ」


「……すぐあえる?」


「うーん。ちょっと分からないなぁ」


「ひぅ」


「こら。男の子なんだから泣かないの。……ねえ、善逸はお姉ちゃんがいなくても平気?」


「……うぅー」




 お腹に抱き着きぐりぐりと小さな頭を寄せてくる善逸が、嫌そうな音を出した。
 泣きそうで悲しそうな音だ。

 こんな音を出させるつもりはないのに……。




「お姉ちゃんを忘れてしまうぐらい長い間会えなくなるかもしれない。それでも――――」



「まってぅよ!」



「えっ」



 泣きそうな顔で。鼻水を垂らしてぐずぐずで。
 私と同じちょっとだけみっともない顔だったけれど。


 弟はもう赤ん坊ではない。

 私の知らない間に、彼はちゃんと成長しているのだ。



「だいじょーぶ。まってる! ねえちゃんのことわすれない! わすれないもん!」


「そっか。っ……そっ、か……ふふっ、善逸は良い子だね」


「えへへっ!」




 良い男に成長しそうだね。
 凄く分かるよ。

 お姉ちゃんは君が立派になって嬉しいよ。



「どしたのねーちゃ? なみだぼろぼろ。いたいの?」


「ううん。ちょっと欠伸が出ただけだよ。痛いのはほら、怪我があるからだねー。でも大丈夫だよ」


「そうなの?」


「うん。ほら、久しぶりにお姉ちゃんと一緒に寝ようか」


「んっ!」




 ただ願おう。
 もしもこの世界に、神様がいるというのなら――――



 どうかこれから先、弟に幸せがありますように。







  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。