子連れ少女は生き延びたい   作:ちゃっぱ

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 善逸へ。元気にしていますか?

 お姉ちゃんはいつも通りです。

 ……全国各地を歩き回って仕事したり手伝ったりとまあ相変わらず忙しい日々を送っていますよ。


 善逸は鬼と名のつくものがあったら即座に逃げてくださいね。いいえ、私の可愛い弟の事ですから、嫌な音があればすぐ逃げてくれるでしょう。
 弟が可愛く賢く、そして私と似て耳が良いことぐらいわかっていますから、信じていますよ。


 そういえば最近果物の桃が気に入ったと聞きました。今度美味しい桃を持ってそちらへ帰ります。







 無事に帰れたら―――――の話だけれども。





「あーあー」






 捜索の範囲外であれば俺は当然生き延びたいので逃げる。


 もちろん仕事であっても、とりあえず鬼がいると分かれば逃げる。


 生まれてからずっと味わってきた修羅場と、この七年間で培ってきた逃げの実力は伊達じゃないんでね。


 まあだからと言ってね! 鬼に会いたいわけじゃないんでね!!






「若い女の匂いがする! うまそうだ!」


「ああはいはいはいはい!! 俺は男ですので! 美味くありませんので!! 美味いっていうのはほら、豚肉とか牛肉とかそういうのを焼いて食べた方がいいでしょ! 俺はうまくありませんよ!!」


「あああその話聞いてると余計に美味く見えてきた! 喰わせろ!!」


「てめえ俺は豚でも牛でもねえぞ! 今の話で何で余計に美味く見えやがったんだこの野郎! 俺が豚足だとでもいいたいのかゴラァ!!」


「そういう意味じゃねえ! まだ十六歳に満たしてねえが、より若ければその鮮度も高く美味いという意味だ!」


「いちいちツッコミ入れんでいいわ!」


「ギリギリギリギリッッ!!」


「だからって歯ぎしりするな鼓膜に響く! あと分裂もするんじゃない! ……ってことで、じゃあな!!」


「待て……いや待て、速いっ!? もうそんなに遠くへ―――」



「やーいお前の血鬼術は無能ぅー! 分裂しても意味ナーシ! ただの泥んこ沼っこやーい!」



「このやろぉぉぉ!!」












「あーあっぶな……」



 藤の花の匂い袋や服に焚いていたはずのお香の匂いをちょうど切らしてたのが悪かったか、それとも先程の鬼どもが明らかに女性しか喰ってきてない偏食だったからか。


 まあ男装して髪も短めにしていても骨格からして違うから、男じゃないとバレることはたまにあるからな。仕方ないか。




「……とりあえずあの鬼についての情報を渡すか」




 さて、逃げた時に酷似した足はもう痛くないし、行くとするかな。

 でもたぶんあの鬼共も鬼殺隊から逃げるよなぁ。あそこだけが拠点とは考えられにくいし……。



 まあ、なんとかなるか。



 私の仕事は、調査が主なんだから。






第十四話 それが運命だというのなら

 

 

 

 

 

 この七年間を思い出すだけでも相当辛いものがある。

 

 弟に会えないこと。

 弟の状況が分かっていても、その場にいることが出来ないのがとても苦しいということ。

 

 手紙でのやり取りの中で善逸は私がどこにいるのかを知り、そこで何が一番有名なのかを調べてくれては手紙で教えてくれている。

 物凄く可愛いし、そこで出会った花を押し花にして手紙と一緒に渡したり、善逸が煉獄さん家でどんな人と出会ったのかを聞いたりとまあ平和に楽しく暮らせてる……とは思う。

 

 

 

 でもやはり。思うのだ。

 仕事でもなんでもそうだった。どんなところに居ても私は……俺は、部外者なんだと分かった。

 

 

 だって行く先々のいろんな人達と関わってきていて――――そこで、俺がいていい場所なんてないと思えてしまったから。

 

 

 たまに思うのだ。何故こんなことをしているのだろうかと。

 

 

 ただ鬼に狙われている人がやっている藤の匂い袋を身に着けて生活するようなことをしてもいいんじゃないかと。

 

 いや、それでも危険はあると聞いているし、死ぬ可能性も高いのは事実。

 自分自身の手で生き抜けられるのならそれが一番いいだろう。もっともっと修行をして強くなって、そうすればいつか善逸と二人でどこかへ住み着いて、鬼が来たらすぐ察知できるようになればいいのだから。

 

 逃げて逃げて――――戦える人の元の近くへ逃げられるように、その実力を付ければいいのだから。

 

 

 だから、今は普通の生活なんてできないということも分かっている。

 弟のためには仕方ないことだと諦めてもいるのだ。

 

 そう覚悟を決められた。

 

 

 だから今まで生きてこられたんだ。

 

 

 鍛えられるのと同時にさまざまな場所に移動を繰り返して、上弦の鬼に見つからぬよう、一定の場所へ留まらないように逃げていく日々はとても辛いものだった。

 

 藤の花の家紋を持つ家にも、様々な人がいる。

 鬼から救われたというのは一部の家の人なだけでその家の娘は明らかに俺を厄介者として扱ったり、明らかに鬼殺隊ではないと分かると同情的だが鬼が来るんじゃないかと心の中で怖がっている人がいた。

 

 

 いや、優しいのは確かなんだ。

 

 ただ俺という存在を認められることが出来ないだけで、それ以外は本当に優しい人だと音で理解できるんだ。

 

 だから早くこの問題を解決できたらいいと思うようになった。

 

 

 まだ俺は未熟だ。

 弟に会えないのも、善逸を危険に合わせないためにも。

 

 逃げるだけでは生き抜くことはできない。

 

 

 強い者こそ、何かを守り抜くことが出来るだろう。

 でも弱い者は、何を成すこともなくただその場で死ぬしかないのだから。

 

 

 俺はただ守られて、逃げるための力をつけるようになれと言う。

 それを教わるために駄目親父以外にも俺の身体に合った呼吸の師に教わりに行く。

 

 この七年の間にようやく呼吸の仕方を覚えられるようになったが、それでもまだまだ実戦向きではない。

 

 逃走用の一種としてしか、使わない。

 

 

 

 だからだろう。

 確実に鬼と対峙したくない俺の気持ちを考慮してか、鬼殺隊のメインともいえる隊士になることだけは避けられたんだ。

 

 

 

 それでも逃げるべき力があるなら役立てなくてはならない。

 

 

 

 ――――働かざる者食うべからず。

 藤の花を中心に移動を繰り返し守られてきた俺にとって、その考えは当たり前に存在していた。

 

 

 だから、ある程度危険ではないし、俺の聴力が有効ならと立候補した鬼殺隊の所属の一つ。

 それが隠の調査だ。

 

 

 まあある程度と言ってもやはり死亡率は高いがな。

 なんせ情報も何もない状態で鬼がいるかどうか調べなくちゃならないのだから。

 

 

 しかし、調査には様々な階級が存在する。

 鬼殺隊と同じく、新人から古株まで存在するためその仕事内容もそれぞれで異なるためだ。

 

 

 鬼と関わることになるのだから、そうじゃないと無駄に死ぬ人間が多くなってしまう。

 それを回避するためにと作られた階級だが、それでも死ぬときは死ぬものだ。

 

 とりあえず、俺は古株級の調査を行うつもりはない。ないったらない。

 鬼に出会うために働いているわけじゃないし、弟のために力を付けているだけなんだからな!

 

 

 まあとにかく、調査には段階があるため、そのおかげで俺は今もなお運よく死ぬことはないといえるだろう。

 

 

 調査の段階は大きく分けて三つある。

 一応鬼殺隊の隊士のように名前がついているのだが、まあ俺的に分かりやすく区別したものがある。

 

 

 それこそ―――

 調査にはまだ鬼がいるか分からない初級。

 人が死んでいる。もしくは被害にあっていると分かる中級捜査。

 そして鬼が確実にいるためその居場所を探る上級捜査に別れて行うというものだ。

 

 

 俺の所属は初級捜査。

 様々な町や村の噂話を聞いて、その原因を突き止め鬼かどうかを判断するだけのもの。

 

 

 それが、あちこちの藤の花の屋敷に移動して守られている俺が出来る唯一のことだった。

 

 

 鬼がいるかどうかはその場所の近くで耳で聞いて判断し、すぐ逃げればいいため簡単なものだと思う。

 安全とは言えないが、昼間に行うからこそ生存率は格段に上がる。

 鬼がいても鍛えられた俺なら逃げることができる。

 

 これも逃げるための力を付けるのに役に立つ。

 

 

 それに本当に鬼がいるのかは調査をしてみないと分からないものばかりだから気楽なものだ。

 

 

 人が一人行方不明になったという噂話や、夜中に何やら気味の悪い化け物がいるという噂を聞いてやってくる簡単な隠の仕事を任され、その場へ赴く。

 

 

 しかし、実際に行ってみて分かったことは、人が行方不明になったというのは実は家出していたというもの。

 気味の悪い化け物は月の光の加減によって揺れ動く花の影が幻影を見せていたというものばかりだった。

 

 

 その程度ならまだいい。

 まだあの最悪の修羅場には出会ってはいない。

 

 

 鬼事もまだ、終わりが見えない。

 

 

 幸運かそれとも上弦の方が飽きたのか、未だに俺という存在は見つかってはいないから。

 

 でもいつかは遭遇するだろう。

 

 

 その時にならないと、覚悟は決まらない。

 

 

 だから俺は、今のうちにやりたいことをやるのだ。

 

 

 

 そんなときに出会ったのが、炭治郎くん達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









 彼はなにも最初から『長男だから』と考え行動したことはない。


 最初に禰豆子が生まれた時に彼が感じたのは慈しみだった。
 守らなくてはならない存在に初めて触れた瞬間の感動を、彼はずっと覚えていた。


 愛おしいと感じる妹に、彼は初めて『長男』という立場を心から理解したのだ。


 だから彼は頑張っていた。
 どんな状況でも、彼は長男だからと衝動的に込み上げてくる気持ちを全て呑み込み、行動していた。


 山の中にある家の裏手で遊んでいた幼い妹たちがいつの間にか家よりも離れた場所にいたことを知って慌てて追ってきたときに見えたもの。

 ―――――崖から落ちそうになっていた光景に、とっさに彼女らを庇ったのは当然のことだった。



 手を引っ張り妹たちを引き上げる反動で、炭治郎だけが崖から落ちてしまう事態になった。


 まだまだ幼児な弟たち。そして長男と同じく『長女』だからしっかり者な禰豆子が、崖の上から炭治郎を見ている。


 禰豆子が泣きながらどうにかして兄の元へ向かおうとしているようだったが、それは無理だと炭治郎は悟った。


 長男だから痛みも我慢できる。
 長男だから妹たちが怪我をしなくて良かった。
 でも後で家から離れた件について説教をしなくてはならないなと他人事のように考えつつも――――。




「お兄ちゃん!!」


「来るな禰豆子! 危ないから崖から降りようとするなっ!……禰豆子、誰か人を呼んできてくれ!!」


「でも……」


「兄ちゃんなら大丈夫だ!」


「う、うん……分かった! 」




 だから、守らなくてはならない兄弟たちがいない場で、幼い炭治郎一人が山の中でしゃがみこんでいる恐怖を我慢することはできなかった。


 家族が危険じゃなければ、あとは自分一人の問題だ。

 無事に家まで帰らなくてはならないが―――まだ子供な炭治郎は本当に帰れるのかと不安になった。



「父さんは病気で起き上がれる元気はないし、母さんはお腹に赤ちゃんがいるから動くのは危ない」



 なら、自分がやらなくてはならない。



 でも、どうやって?




「いたい……」



 崖から落ちたのに骨を折らずに済んだのは奇跡だった。
 しかし足をくじいた。じくじくと痛く、歩くのもままならない。


 我慢をしなくてはならないといっても、長男だとしても限度はある。
 幼い炭治郎はただ泣くことだけを堪えてその場に蹲った。



「ちょっと休憩したらよくなる。大丈夫だ、俺は兄ちゃんなんだから」



 心からそう思っているわけではない。
 大丈夫な状況じゃない。不安しかない。嫌な考えがたくさん思い浮かんでは消えていく。

 しかし炭治郎はそれで諦めるほど軟ではなかった。


 しかし、刹那――――





「っ――――」




 崖より下は薄暗い森の中。
 そこでがさがさと何かが動く音に彼はびくりと身体を震わせた。


 獣か何かだろうかととっさに思い浮かぶのは肉食動物ばかり。
 風下にいるせいか、匂いさえ分からない。


 だから彼は震えていた。



「……だ、大丈夫だ。俺は長男。大丈夫だ炭治郎。俺は大丈夫」




 無理やりにでも立ち上がって、近づいて来るであろう生き物と対峙する。


 しかし――――。




「……あれ、こんなところに子供?」



「にん、げん?」




 目を大きく見開いた瞳は綺麗なお月様のような色。
 髪は黒色だが、その瞳の色がとても綺麗だと炭治郎は思った。



 険しい表情をしながら近づいてきたため、その人の匂いが感じられた。




「どうしたの坊や。何かあったの?」



 母のように優しそうな匂いだった。
 しかし和服の間からチラリと見えてしまうぐらいには、身体中が怪我の痕だらけでボロボロだった。



 片腕がないのにそれをものともしない――――少年の格好をした、少女だった。




「あの……」


「足怪我してるね。ほら、しゃがんで」


「あっ」



 いつの間に持っていたのだろうか。
 無理やりにだが座らされたその場で彼女はしゃがみこみ、炭治郎の痛む足に包帯を差し出す。



「ごめんね。片手だと巻きにくいからちょっと手伝ってほしいんだ」


「あっ。俺一人で出来ます!」


「敬語はいらないよ。それに無理はしちゃいけない。ねっ、赤く腫れてるし結構痛いでしょ? 我慢してる音も凄い聞こえてるし、お兄さんに任せて君は片手を貸すだけで良いから」


「でも……」


「頑固だねぇ君は。お兄さんの言葉は信用できないかな?」


「そんなことない! だって、凄く優しい匂いがするのに!」


「に、におい?」



 戸惑っているのが伝わったけれど、幼い炭治郎はただ真剣に自分の気持ちが伝わればいいと頷く。



「ああ! 安心できるほど凄く良い匂いだ!」



「あーっと?……ああ。もしかしてお香の匂いかな?」


「違う! お香も良い匂いだけどそうじゃない!」


「あはは。まあまあ詳しい話は後で聞くから、とにかく先に応急手当ね」


「うっ……」




 人と接触できて安心できたからだろうか。
 それともこの男と偽る少女の優しさに触れたからだろうか。


 痛みがぶり返し目元に涙が浮かぶ。
 それににこりと笑う彼女がただ小さな口を開いた。




「俺の名前は和善。苗字はない、ただの和善だよ……君は?」


「か、竈門炭治郎……です」


「そっか。じゃあ炭治郎くんって呼ばせてもらうね。よし、俺が背負って君の家まで送るから……ほら、手を出して」


「え、でも……和善さんの身体は……」


「ああ、片腕の事? これは昔ちょーっとやっちゃっただけだから気にしないで。片腕でもたくさん旅してきたから、これでも俺体力ある方だし、ね?」


「……はい」




 伸ばされた手を、素直に掴んだ。


 男と偽っている和善の一つしかない手は傷だらけで本当の男のようにがっちりとしていて、身体中からは藤の花の香りが漂っていた。






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