子連れ少女は生き延びたい 作:ちゃっぱ
ヒノカミ様のための神楽。
一晩中、雪が降りしきる中ずっと行うと言われるそれは、どんなに過酷なものだろう。
息を変えれば出来るものだと炭治郎君は言っていた。
病弱で布団から出るのも大変な炭十郎さんが、一晩中と。
―――――あれ、これってもしや呼吸なのでは?
何か呼吸をして身体中に酸素を巡らせて一晩中舞うことにも耐えきれているのでは??
そう思った俺は悪くないと思う。
だから俺は真っ先に訪ねた。
俺がやるべきことは鬼を察知すべき聴力を鍛えることが先なのだけれども……。
「……あの、炭十郎さん」
「なんだい?」
「ヒノカミの神楽で独特な呼吸を使って舞うことが出来ると炭治郎くんから聞きました。その、俺にその呼吸の仕方を教えてください!」
様々な呼吸を聞いてきた。
いろんな呼吸の仕方について、簡単にだけど習ってきた。
もちろん俺が出来るものと出来ないものはある。
呼吸とは音だが、身体が馴染むか馴染まないかは別であり、真似事をするかのように音を聞いて呼吸を真似る俺は――――その呼吸法の最大の力を出せるわけじゃない。
戦うことだってもちろん俺にはできない。
でも逃げることでなら扱える。
簡易版、呼吸法として。
独自に試している部分もあるし、ちゃんと逃げられるようにも使えている。
だから、ヒノカミ神楽という舞いで使う呼吸が俺にもできれば―――より、逃げるようになれるのであれば。
だというのに、炭十郎さんは私好みの物凄い大好きな顔で微笑みながらも、爆弾発言をしてきたのだ。
「おや、炭治郎はようやく君に嫁入りしてほしいと告げたのかい?」
「ふぁ!!?」
え、何言ってんの!?
いや炭十郎さん、何言ってんの!!???
「ああ、自覚してはいないようだ。……いや、この呼吸は竈門家に伝わる代々の大事なものだからね。ヒノカミ様のための神楽が使えるようになりたいのなら……それに、君が直接言うのなら、そういうことだと思ったんだが」
「どういうことですか!?」
何で炭治郎君の嫁入りすることになってんの!?
というか呼吸についてそういう代々のしきたりとかはまだ聞いてないし、ただ呼吸を聞いただけで簡単に調査せず炭十郎さんに頼み込んだ俺が悪いけど!!!
「だいたい、俺は男ですよ!!」
「ふふ」
「……いやなんですかその生暖かい目は!?」
あああああっ!
俺が女だってばれてるんですかああああっっ!!!?
いやまあ、寝る場所がなぜか禰豆子ちゃんの隣とかだったりするのが何でだろーって思ってたけど!!?
胸に包帯とか巻いてるの誰も「怪我してるの?」とかは聞かれなかったけど!!?
ああそこで疑問に思って終わりにしちゃいけなかったんだなお姉ちゃん楽観だったわ反省!!
これ、俺の性別ばれてますね!!!!
「呼吸については君に教えることはできない。でも君が竈門家に入るというなら―――」
「と、とりあえず……ヒノカミ様のための神楽を舞うのを見てから考えます」
「ふふふっ。そうかい」
だから! そういう笑い顔とか優しい音を出して俺を見る目とか止めてくれませんかね!!!
炭十郎さんの冗談だとしても!!! めっちゃ心に悪いので!!!!!
ほんっとに、勘弁してくれよ竈門家ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!
・・・
村外れのとある団子屋。
竈門家の子供たちが絶対に来ないだろう二つ先の村に俺はいる。
頼んだ団子が出来る間に手紙を書くための紙と筆を用意し、机の上に広げていく。
手紙を書いている筆は止まらない。
しかし書いている文字と考えている言葉は全く別だ。
「……というか、自覚してとか言わなかったっけ? 嫁入り?」
なんかいろいろと爆弾発言されたような気がする。
いや、気のせいならそれでいいんだけど。
でも嘘はついていなかった。それは音で分かる。
こういう時に俺の耳は嘘発見器になるから、嫌だなぁとは思うけれど。
本当であってほしくないことほど、本当だと分かってしまう耳がなければいいのにと、感じてしまうから。
「そっか。炭治郎くん……」
――――そういえばとは思う。
ふとした時に、彼から聞こえてきた音の正体を、俺は知っている。
たまに鈴の音のような柔らかい音が聞こえてきたことがあるのだ。
それは俺に向かって甘えたりじっと見つめてきたりそういう時にしか聞こえてこない柔らかい者だったのだ。
だからこれは、ただ炭治郎くんが両親以外で甘えられる存在になれているのかと思っていた。
この音は恋ではなく、ただの憧れに近いものだと思い込んでいた。
そうじゃなかった。
本当に、炭十郎さんが言う通りあの音が本来通りの『もの』だとするなら。
「いやいやいや。駄目でしょ!」
思わず大きな声が団子屋の中で響いた。
それに冷たい目をした複数の人の視線が俺に向かうけど、俺としてはそれどころじゃない。
「あああああ……」
頭を抱えてうなだれる。
炭治郎くん、それは駄目だよ。
私なんかじゃなくても、良いでしょ。
「私なんかを、好きになっちゃあ駄目でしょう」
あの子はとても優しくて尊い生き物だ。
あの両親のもとで生まれて、長男として頑張っている可愛い子だ。
成長したら絶対にいい男になると分かる、凄く格好いい子だ。
だから、嫁入りの女性を望むのならもっと良い子を選んでほしい。
私よりもっと、素晴らしく美人で可愛い女性を。
しっかり者でもいいし、柔らかく笑う天然な女の子でもいい。
――――ただ、この私だけはやってはならないと思うんだ。
だって私は女を捨てた身だ。いくら性別を変えて男として生きようとも、竈門家に性別がばれていようとも。
それでも俺は、女を捨てたんだ。
いやそれだけじゃない。
もうとっくに、嫁に行くという手段が俺にないことぐらいわかっている。怪我をしてボロボロの身体になった時点で、ちゃんとした子を産むことだってできないだろうし、いろんな意味で俺は傷物だから無理なのも分かっている。
女性としての幸せなんて――――腕が片腕になった時点で覚悟はできた。
弟が幸せになるのを見届けるまで、お姉ちゃんは頑張ると決めている。
炭治郎くんは辛い目に遭わなくていい。私と一緒にいて、良いことなんて一つもないだろうに。
「うー……」
……名残惜しいけど、出ていくべきか?
でも呼吸について知る機会があるならやるべきだよな。
今のうちに見て聞いて覚えてやれば、何か使えるかもしれないしなぁ。
「……決めた。しばらく甘やかすのを止めよう」
書き終えた手紙をたたんでから懐に入れ、いつの間にか来た団子を一気に食べて外へ出ることに決める。
甘い。美味しい。
でも状況は甘くないんだよなぁ。
「……さて」
歩いた先、山の中で笛を鳴らす。
響き渡る音に対して、小さな羽の音が聞こえてくる。
「カァーカァー!! ナンダー!!」
「呼吸について知れる機会があった。だから俺はしばらくここにいるよ。それについて書いた手紙だ。これを煉獄さん家に届けてほしい。それとこの手紙は善逸にお願いな!」
「グァ……」
「……おい、なんだよその目は。いや、別にサボるためにここに居るわけじゃね―からな!」
「カァー?」
「本当か? って目で見るんじゃねえ! 本当だっつのー!」
ああもう生意気カラスめ! 分かっているよ!
ちゃんと鬼も探すよ!!!
・・・
最近、和善さんの様子が変だ。
じっと見つめていたら和善さんが首を傾けて薄く笑った後、「どうしたの、炭治郎くん?」と言ってくれるのが普通だった。
手を引っ張って「頭を撫でて欲しい」と言ったら、少し困った顔をして……でもなんだか嬉しそうに、その手で俺の頭を撫でてくれた。
最近、和善さんが俺に対してそっけない。
何故?
俺を嫌いになった――――というには、その匂いはいつも通りだ。
いや、少しだけ困惑? あと疑問と、後悔のような匂いもしている。
……俺が、和善さんに何かやったのか?
「……あの、和善さん!」
「ん、んーと。ごめんね炭治郎君、ちょっとやることあるからー!」
最近、探し物に集中していて傍に居ることも難しい。
彼女の顔を見ている時間がどんどん減っていって、弟たちだって酷く寂しいと感じているのに。
「和善さん……」
玄関から出て行った彼女の背を寂しく見つめているうちに、その様子を見ていたのだろう。
禰豆子の匂いが背後からして、振り返って――――。
「――――もう、おにいちゃん!」
「痛っ!」
何故かデコピンをされた。
強烈なソレは俺の頭より固く、衝撃で少しだけふらつく。
「ど、どうしたんだ禰豆子。急に怒って……」
「もう! お兄ちゃんの鈍感! 頑固者! こういう時ぐらい素直に甘えればいいのに!!」
「ね、禰豆子!?」
禰豆子がなぜか泣きそうな顔で俯いている。
それに慌てて禰豆子の頭を撫でると、妹は母さんにそっくりな顔を歪めて、キッと俺の方を睨んだ。
「和善お兄ちゃんが、いつまでもここに居るわけじゃないんだよ!!」
「なっ……」
「お兄ちゃんはそれでもいいの!? 和善お兄ちゃんがいなくなっても、お兄ちゃんは何も思わないの!!?」
妹の言葉によって想像するのは和善さんが来る前までの日々。
家族だけで支え合う生活。
和善さんがふとした瞬間父さんと話をして笑い合っていて、禰豆子と買い物に出かけて、竹雄と遊んでいて、母さんと一緒に料理を手伝って、たまに寝付けないと泣く花子の腹を優しく叩いてとても綺麗な子守唄を歌ってくれて。
『炭治郎くん』
こちらを見て笑う、彼女がいないのは。
それは、そてはとても――――。
「……むりだ」
―――――俺には、無理だ。
しかし残念なことに炭治郎くんはまだ無自覚だ。
やったねお姉ちゃん、逃げられるよぉ!(フラグ)