子連れ少女は生き延びたい 作:ちゃっぱ
竈門家の呼吸についてはまた後で調べるとして――――それ以上に最初から行われていた鬼の調査は順調に行われた。
なんでも、最近動物や人が近づきにくくなった廃村があるとのこと。
そこは呪われているから、近づかない方がいいと噂があるとのこと。
人が近づかれたら――――食べられて死んでしまうという話があるとのこと。
この噂に鬼が関わっている可能性は高い。
「……炭治郎くんと離れるいい機会だしね」
炭治郎君の家から2日ほどかけて歩いた大きな山道。
もはや歩き慣れたともいえる山の中は、生い茂る木々のせいで太陽の光が遮断され、まだ昼前だというのに薄暗く気味の悪い空気を醸し出している。
まるで一日中夜のような雰囲気だ。
こんなところ、鬼にとっては居心地の良い場所だろう。確実に。
「あーやだやだ。帰りたいなぁ」
できれば善逸のもとまで帰りたい。
でも無理だよね。まだやることいっぱいあるし……。
そもそも何故俺がここに来なくちゃいけないのか。
まあここら辺に人も動物も寄り付くことのない廃村があるという噂があってやってきただけなんだけどさぁ。
「……廃村に、鬼ね」
本当に村に人がいなくなってんのか怪しいもんだよな。
人じゃなくても、絶対に誰かいるのは確実だろう。
だって―――――こんなにも音が響いているっていうのにさ。
村に近くなってきたためか、聞こえてくる音は複数。人がいるのだろう。
鬼も確実にいるのだろう。
しかし、恐怖の音は全く感じられない。
人と鬼が共存して生きている?
……いや、それはあり得ない。
ああ、でも。
これは――――。
「……もっと近くまでいって、音を聞いてからすぐ帰ろう」
くそ。もう嫌だけど。嫌だけど!
鬼がいるのは確実だからもうこれで調査は終了で良いんだけどね!!
本当だったら行きたくはないんだけどね!
ここまで来たら帰っても良いんだけどね!!
「故郷かどうか、だけ」
……調べなくてはならない。
俺たちがいた故郷かどうかを、調べないといけない。
忘れてしまったんだ。あの故郷の場所を。
何処に俺たちが生まれたのか。
あの地獄はまだ続いているのかどうかさえ、知らないから―――。
「故郷だったら、両親がいるかどうかだけでも……」
気になることがあった。
絶対に知らなくてはならないことだ。
もしも俺の知りたいことが本当なら、探さなくてはならない人間がいるはずだから。
ちょっとだけ、確認したくなったんだ。
「だ、大丈夫……俺はちゃんと、逃げる力がある」
……思えば、一番最初に感じた時のような感覚だ。
生まれついて最初に聞いた様々な音を、きちんと受け止めはしなかった。
弟が生まれるまでの間は、絶望の縁に生きていた。
心がなく、死ぬことに恐怖もなく。
ただその場に立つ人形のようにそこにいた。
弟のおかげで、俺は『私』に戻れたんだ。
その時の感覚だ。
生と死の狭間を揺らめいた人形だったときに、こんな感覚でただ呼吸していただけだったかもしれないと――――思い出してしまった。
「私の故郷かどうかだけ、それを確かめるだけ……」
村から逃げたときは必死だった。
だから、何処に私達の故郷があるのか思い出せないでいた。
父さんと母さんを、見殺しにしてしまった後悔は未だに残っている。
他の人達なんてどうでも良いと、ただ弟を優先して鬼から逃げたあの罪悪感は心にこびりついて離れることはない。
それが、俺の唯一の罪なのだと片腕を失ってようやく実感した。
俺の罪は確かにあった。
そして、今は俺の手に弟はいない。守るべき子供は、ちゃんと生きている。
ここで俺がどうなろうとも、善逸はちゃんと生き延びれる。
だから、ここが故郷なら終わらせなくてはならない。
俺は戦えないから、誰かにその引導を渡してほしいけれど……。
その前に、探さなくてはならない被害者がいる。
私達の両親が、まだ生きている……なら。
奇跡的にでもいいから、生きてるという可能性が知りたい。
私達が逃げてしまったせいで何か悲劇がまた起きたなら。
それは、私が知るべき罪だから。
「キヒヒッ」
「ッ―――――!!!」
聞こえてきた音に――――思いっきり振り返った。
・・・・
鬼から逃げることはできたのに、また鬼に見つかるとか俺の不幸極まってるよなぁ。
いやー。もう深追いすんのやめた方がいいよなぁ。
……だって、覚悟を決めていたというのに、それはすべて無駄になったとも言えるんだから。
「はぁ……はぁ……」
頭から血を流したせいか、視界がぼやける。
身体中がぼろぼろなせいで、足がガクガクと震える。
こんな修羅場は久しぶりだ。
こんなにも酷く消耗したのは、久しぶりの感覚だ。
「肉は何処だ!」
「探せ! オレタチノ肉っっ!」
村は俺の知るものと異なった。
入ってから気づく。トラウマが何も刺激されないこの土地は俺の知らない場所。
餌場の一つだと理解する。
故郷ではないなら、無理してここにいる必要はない。
だから、離れようとした。
でも、それはすぐには出来なかった。
鬼は複数いた。
どうやら探知系の血鬼術が使える鬼がいたようで、そいつのせいで村の中にこっそり入った俺を即座に捕まえようとしてきたのだ。
俺を餌と認識する鬼どもの牙と爪に気づいたのは、素早い動きのせいで聴覚が察知する前―――攻撃を食らったあとだった。
ああもう。
ほんと、普段からやらないことは無理すれば死ぬってマジで理解するわ!!!
「ふぅ……すぅー」
息を大きく引き、呼吸を整える。
逃げるために必要な体力を温存する。
大丈夫だ。
俺の七年間は、ちゃんと活かせる。私はちゃんと、生きれる。
「居たぞ! あそこだ!!」
聞こえた鬼の音に、聴覚よりも先に身体が動く。
日の当たる場所を見つけて、あと少し前へ出れば良いのだと気づく。
鬼は俺を逃がそうとしない、なら―――。
「音真似。雷の呼吸―――簡易、霹靂一閃」
バリバリと足の力を込める。
爆発的に、一番向こうの日が当たる場所へ逃げる。駆ける。
「はっ……はぁっ……」
きっとこのあと、しばらく俺の足は動かなくなる。
戦いのために使われる呼吸なら、俺の行為は死ぬようなものだ。
でも、あの地獄のような七年間の特訓を生きてきたわけじゃない。
呼吸をたくさん聞いて、真似をできるかたくさん試したわけじゃない。
何度も骨折して、何度も死にかけたわけじゃない。
上弦から逃げられるように。
弟を逃がすために。
ひとつの武器を極めることは俺の死を意味する。
だから、複数だ。
でも完璧に全てを、という訳じゃない。
戦うためではなく、逃げるために。
俺に合うものを、一時的に。
使えるなら、一瞬でもいいから、確実に。
だから、簡易的に。
こう見えても、音の真似は得意なんだ。
それと何故かは知らないけれど、雷の呼吸は壱ノ型の霹靂一閃だけが俺の身体に合うんでね。
太陽の下まで駆けた俺に対して、鬼どもは悔しそうにしながらも、そのあとまた奥まで逃げる俺を影からずっと睨み付けていた。
・・・
「うぐぐ……」
身体がいたい。痛い。
ふらふらで死んじゃいそうなほど血が流れて、痛いとしか思えない。
包帯で巻くのも片腕を使うだけだから、慣れた身体でもしっかりと巻くことは難しい。片腕と口を使って、止血だけでもと頑張ったがそれだけだ。
何も出来ない右腕の傷は、もう諦めて必死に前へ。
夜になれば鬼が探しに来るだろうから、山を一つでも越えて、行かなくては。
でも、ずっと前へ前へと進んでいたから。
よくわからなくなってきた。
「カァー!」
烏が飛ぶ。
きっと、俺だけの為に貸してくれたカラスだ。
隊士の持つカラスのように喋ることはない。でも、道案内はしっかりとやってくれる。
いつもは仕事を終えるか仕事を指示するか、それとも休息のために宿を見つけなくてはならないときにしか現れないけれど。
そいつが指示する方へ、前へ。
もうどこまでいった?
日が沈んだりしたっけ?
山を越えられたの?
……まさか、炭治郎くんたちの家に近いの??
「何で……ここらに藤の花の家紋はねえんだよ……」
骨がギシギシとなっている。
きっと、霹靂一閃で無茶をしたからだろう。
俺は呼吸を完璧に使える訳じゃない。
音真似だけで、あそこまで出来ることに驚かれたけれど、それだけだ。
戦うために使えないから意味はない。
それに、俺の霹靂一閃は本来のようなものとかけ離れている。足を動かすために使う。
だから今、足が動きにくいのだろう。
「はぁ……ぐっ……」
ばたりと倒れる俺は、必死に音を拾うことに集中した。
ここらへんに鬼の気配はない。
カラスの鳴き声はするけれど、無理だから。
しばらく休ませてほしいから。
「寝させてよ。お願い」
大丈夫。私は死なない。
善逸を置いて、死ぬつもりはない。
でも、ちょっとだけ。
少し眠るだけだから。
最初に感じたのは、カラスがやけに慌てて俺に何かを伝えようとしているなぁ、というものだった。
その時はたまたま一人で木を切っていたから、気づけたのは俺だけだった。
カラスから、あの安心する彼女の匂いがした。和善さんの匂いだ。
それと同時に、血の匂いもしていたんだ。
嫌な予感がした。
俺も無理してでもついていけば良かったかもと。
彼女は片腕だ。
がっしりしたボロボロの手を持っていたけれど、それでも、彼女は普通の大人よりはまだ子供だから。
俺よりは年上でも、庇護されるべき少女だと……。
「案内してくれるのか!」
「カァー!」
心臓がやけにうるさい。
早く。はやく彼女に会いたい。
何があった?
彼女は、何を探していた?
「はっ……はっ……」
彼女の笑い声が聞きたい。たまに見せたあの素の顔を見てみたい。照れた顔をみたい。怒った顔を見たい。
元気な顔が見れることを願う。
泣きそうな顔だけは、見たくないから。
『炭治郎くんはしっかりしてるね。すごく偉いね。でも誰かに甘えても良いんだよ。許されるじゃなくて、それが当たり前のことだからね。
長男だからっていっても、人なんだから限界もあるんだよ。君も兄弟と同じで、お父さんやお母さんに甘えられる一人の子供なんだからね。
ごめんね急にこんなこと言って……。
君の心は強いけど、それでも、たまに酷く聞こえる音があるから』
寂しそうに笑って。ちゃんと俺を見てくれた人に会いたいのだと。
しっかりしてる。真面目だと言われることは多くあれど、長男だからという前提がつく俺に対して、ただの人間だと。
一人の子供だと言った言葉に、すとんと納得ができたから。
『お兄ちゃんは、和善お兄ちゃんが傍に居なくてもいいの!!?』
いいや、全く良くはないんだ。
禰豆子の言った通り、俺はあの人がいないと無理だって気づいたんだ。
だから――――ああ、ここで我慢することはないと。
彼女に甘えても。きっと驚かれはしても受け入れてくれるのだと。
避けられてしまうのなら、避けられないよう押していけばいいのだと禰豆子も言っていて、俺もその方がいいと思っていて。
だから、帰りを待っていた。
ずっとずっと。あなたの帰りを待っていたんだ。
なのにどうしてなんだろうか。
家族と一緒に笑ってくれる彼女の傍にいたくて……。
兄弟がいる前ではなんとなく甘えにくいけれど、たまにぎゅっと抱き締めてほしいことがあったから。
―――なんで、こんなところで倒れてるんだよ!!
「あっ、ああ……和善さん!!」
血濡れだった。
死にかけていた。
見たくないような姿で倒れて、ボロボロで。
でも、必死に生きようとしているのは、感じられて。
彼女のもとに駆けた俺の音を察知したのだろう。
急に目を見開き警戒の匂いを出す彼女が、俺を見てがくりと脱力した。
「いだだだ……」
「無茶しないでくれ! 和善さんの身体はすごく重症なんだぞ!!」
ゆらゆらと揺れる月の光のような瞳が細まる。
でも、今までのような強い光はない。
でも誰かを思っているのは分かった。生きようとしていることに安堵したけれど、それでも。
ボロボロで今にも死にそうな身体のくせに、俺を見ようとはしない。
いや、ちゃんと見てくれてはいる。安心させようと無理して笑うのも分かる。
「ごめん、ね。ちょっと、肩を貸してくれるかなぁ……それか、誰かを呼んでくれると助かるよ」
俺を頼ってくれるのは嬉しい。
でも、その理由はきっと―――自分のためじゃない。
俺ではなく、遠くの誰かを見る目と匂いをいつもしていた。
俺の頭を撫でてくれている時だって、同じだった。
それが嫌で。でもそれは、甘えているのに俺を見てくれないことに怒りがあって。
でも、何で怒ったのか分からなくて。
不機嫌になった理由は、彼女の目が俺を見ているのに違う人をみていると分かったからで。俺を見ていてほしいとずっと思っていて。
でも――――。
『お兄ちゃんの、鈍感!!』
でも、禰豆子の言った通り。
……それは、なんで?
「たんじろう、くん?」
ハッと我に返る。
考え事をする前に、早く彼女の怪我を治さないといけない。
せめて、右腕の怪我を布で巻いていくだけでもしてから肩を貸していこう。
俺はまだまだ小さいから、背負えないことに怒りを覚えながらも。
「死なないでください。和善さん」
「……ふふっ。大丈夫、だよ。……俺は、ちゃんと生きるから。生きないと、いけないから」
「っ!」
それは誰のためだ。
誰を想って言っているんだ。
なぜそんなに、無茶をするんだ。
どうして俺は、こんなにも嫌なことを考える。
俺じゃない誰かのために、彼女は生きるのか―――。
「俺は、善逸と一緒に生きたいから……大丈夫だよ」
「……はっ」
安心させるために言ったのだろう。
思考がぼんやりしているらしい彼女は、俺を見ていないとはっきり理解した。
善逸という人のために、生きようとしていることに嫌な感情が走った。
なんで俺じゃないんだ。何で。なんで。
「ぜんいつ……」
ぶつり、と。
はっきりと音が聞こえた。
ああ。わかった。
こんなにも心臓が痛くて死にそうな感覚の意味を、理解できた。
「俺じゃあ、駄目か?」
赤い実のように、潤んでいる綺麗な唇を、じっと見つめて――――――。
・・・・
「俺じゃあ、駄目か?」
「…………えっ?」
やけに心に響く声だ。
何かを願う甘いもの。それだけをただ望むという声が、耳を刺激する。
まるでこの世全てが失くなったとしても構わないというような、必死な心の音がする。
急だった。
突然、いつもの穏やかな音が変わった。
優しい心はそのままに。
―――ただ、彼の音が急激に変わった。
「どうした、の?」
怪我をしたのがいけないかもしれない。
死にかけている様子を子供の彼に見せてしまったせいか?
でも違う。
これは。この音は確実に違う。
何故それが俺に向けられる?
炭治郎くんの家族でもない俺が、何故?
「俺が――――あなたの居場所には、なれないのか?」
「………………えっ?」
悲しそうに笑う炭治郎君の顔が、やけに大人っぽく見えた。
まだまだ子供のくせに、何故か炭十郎さんが奥さんに向けるようなとても綺麗な音を鳴らしている。
優しさと純粋無垢な音を含めたものだ。
でも、それ以外にも初めて聞く音がある。
俺に向けられるこれは……。
―――――この鈴の音は、なに?
「やっと分かった。どうしてあなたを見てしまうのか。どうして離れたくないのか。何であなたが俺以外を考えると嫌に思うのか……」
頬に、炭治郎くんの小さな手を添えて。
俺の顔をじっと見つめて。
「ねえ和善さん。本当の名前はなんですか?
俺に全部教えてください。貴方の本当の心を、俺に教えてくださいよ。ねぇ和善さん」
甘い。甘い声だ。
懇願する声だ。何かを必死に願う心の音だ。
「好きだ。あなたのことが、好きなんだ。
だから―――――死なないで」
俺のために傍にいて、と。
大粒の涙を流す小さな炭治郎くんが、ただそれだけを願っているように聞こえた。
そんな彼がただ泣いて。ないて。
「好きなんだ。ずっとずっと、一緒に居たいんだ、和善さん……」
涙を流した少年が、ただ一つのことを懇願して――――。
「ん―――――っっ!?」
唇に、小さく接吻を交わす。
ぼんやりとしていた思考を一気に覚ますような衝撃だった。
何で。どうして?
「大好きです、傍に居てください―――お願いだ、和善さん。俺のお願いを聞いてくれ」
何で顔が近づいて――――。
いや近い近い近い近いっっ。
「っ……待って、いま身体うごかない、から……」
「はい。分かってます」
「だからまっっ……んぐ……」
無理やり頬固定されて口づけを交わされて―――――。
あああああああああああっっっ!!!!(羞恥死)
「好きだ、傍に居てくれ」
炭治郎くんやべええええええええええええ
これ子供のしていいことじゃねええええええええええええええええ!!!
なんか開いちゃいけない扉がフルオープンしてませんかねえええええっ!!
無自覚でこれ!?
やべえだろこれえええええええええっっ!!!
あっ、なんか血が足りない。
視界がふらついて……
「和善さん? ―――和善さん!!!?」
遠くなっていく意識から聞こえたのは、心配する炭治郎くんの声だった。